序章
勝沼は、公園で眼を覚ました。起き上がるや否や、蛇口に向かった。顔を洗う勝沼。その際に口を濯ぎ、水を口の中へ流し込む。
それを終えると、勝沼は、何処へとも無く歩き出した。その足取りに力は無い。偶々、総合病院の入り口に辿り着いた時、勝沼は迷った。医学的な治療でこの傷が治るならば頼るのも良いかもしれない。
だが勝沼は分かっていた。これはそういう傷では無いのだ。それに、今の彼には病院で治療を受けられるだけの環境が整っていない。そう、彼は死んだ存在なのだ。
勝沼は、改めて自分の首からぶら下がっているペンダントを見た。そこには、エメラルドグリーンの光が有った。この力に任せれば、何もかも解決出来た。空腹を満たす事も、喉の渇きを潤す事も。ただ、勝沼がそれを望まないのが障害だった。勝沼は、歯痒かった。自分に託されたこの力を使っても、彼が一番守りたい存在を救えないのだ。
勝沼は総合病院から離れて、街から出来るだけ離れようと、山の方を目指した。やがて木々の下に入ると、木漏れ日が気持ち良かった。それに呼応するように、勝沼のペンダントが輝いた。力を回復しているのかもしれない。
「Ν」と、メサイアは呼称していた。そして、深雪ちゃんが「Ξ」。彼等に深雪ちゃんを任せておけない。勝沼はそう思っていた。それは、五藤が勝沼に、長峰をやらせようとした事と重なっていた。勝沼は覚悟を決めていた。深雪ちゃんは、俺が止めなければ……。
だがそれと同時に戸ヶ崎の指摘も正しかった。勝沼には迷いが有った。深雪ちゃんを果たして倒せるのだろうか? Ξと呼ばれるあの巨人を倒した時、深雪ちゃんの命が尽きてしまうならば、それは彼に出来る事では無くなってしまうかもしれない。自分の手で、彼女を殺せない……。
勝沼は、もう一度ペンダントを見た。エメラルド色の光は、やがてゆっくりと鼓動を始めた。まるで彼の迷いを打ち砕くかのように。




