第三幕
ΞがBAZURAのすぐ側に姿を現した時、戸ヶ崎はそれを挑発と捉えた。
「Ξ、こちらを攻撃する体勢に入りました」
戸ヶ崎が報告する。
「奴は俺達に任せろ。クロウ1、クロウ3はBAZURAを誘導」
宮本が返した。
クロウ2はΞの正面に周り込んだ。メーザーバルカンが火を噴く。しかしΞは紫色のバリアーを張るとそれを防いだ。そのままゆっくりとΞはクロウ2の方へ歩き出した。その様子には余裕が見て取れる。
しかし目標はクリアーされている。BAZURAは確実に戸ヶ崎達の挑発に乗っていた。
「BAZURA、こちらを追跡中」
「了解、引き続き誘導せよ」
本郷から通信が入った。
一方、Ξ相手に戦闘をしていたクロウ2は、振動ミサイルを小出しにしつつ、メーザーバルカンで牽制をしていた。だがどの装備もΞの紫色のシールドを貫通する事は出来なかった。
「明らかに人選ミスじゃないですか?」
藤木が軽口を叩く。
「あれを破れるのはジャベリンミサイルだけですよ」
「クロウ3にはBAZURAを逃さないという使命が有る。ΞはΝに任せておけば良い」
「でも、肝心のΝがまだ姿を見せないですよ」
「金澤が預言した。それを信じろ」
「了解です」
その時だった、空からエメラルドグリーンの光が降り注いだ。それを見た戸ヶ崎は希望を覚えた。勝沼さんが来てくれた。だがその希望は一瞬で冷めた。勝沼と長峰がまた戦わねばならない。それは想像を絶する悲劇だと感じたのだ。
「BAZURAの事だけを考えなさい」
後ろに眼でも着いているのだろうか、五藤が釘を刺した。見透かされている。
光はやがて、人型を作りあげた。Νがそこに立っているのだった。
「ΞはΝにやらせる。こちらはBAZURA攻略にシフトする」
宮本が述べた。
Νもそれを理解しているかのように、Ξに向かって行った。
「BAZURA、作戦ポイントT7αを移動中。このままだとコースを外れます」
木元が報告した。
「了解した。修正させる」
クロウ2がミサイルを発射しながらBAZURAへ接近するのだった。
BAZURAは上空を通過したクロウ2に吠えると、右の口からオレンジ色の光線を放った。それは、クロウ2の機体を掠り、空へと向かって突き刺さった。
「グットシュート!」
木元が思わず称賛の声を上げる。そうだ、こいつを早く片付けて勝沼さんと長峰の悲しい戦いを終わらせなければ。戸ヶ崎はそう決意していた。
その為には、BAZURAを仕留める必要が有る。それだけは確実にしたい。戸ヶ崎は、BAZURAを目標地点まで先頭に立って誘導した。それは五藤も気が付いていたのだろう。五藤は、戸ヶ崎の気持ちが丸々分かっている訳では無い。或いは動機としても、彼とは正確には違う。だが五藤も勝沼を戦わせたく無いと考えていた。
クロウ3は相手を眼の前にして、ゆっくり後退を続けた。BAZURAはその後を愚かにも追いかけて来た。それは完全にメサイアの狙い通りだった。
「良いぞ、その調子だ」
しかしそこに邪魔が入った。Νを蹴り飛ばしたΞは、一気にBAZURAの元へと駆け寄った。BAZURAはΞに進路を妨害される形になった。それを見たBAZURAはΞの意思を理解したかのように、進行方向を西へと変えた。Ξは、更に、ハリアーMK9を散らすように、紫色の光弾を連続発射した。
Νが起き上がり、Ξにタックルを食らわせる。だがそれを、ΞはΝの力を受け流す形で応じた。そしてそのままΝをBAZURAにぶつけた。BAZURAは眼の前に現れた新たな標的に向かって、爪を突き立てた。Νの苦しむ声が辺りに響く。
「副隊長、どうしたら……!?」
木元の声が聞こえた。
「Νを援護しますか!?」
戸ヶ崎も神経を尖らせる。
「Νは私達の同志と考えるべきか、或いはもっと違う物と考えるべきかで作戦の立て方が変わる」
宮本が呟く。
「結論は早く出して下さい」
五藤が、BAZURAの注意を再びクロウ3に集めるように上空を旋回した。だが、BAZURAはΝを攻撃する事で満腹虫垂を満たしたみたいだった。
そして、その攻撃にΞも加わった。ΞはΝを羽交い絞めにすると、BAZURAに攻撃をさせた。鋭い爪が、Νの身体を襲う。Νは火花を散らして立ち上がっているのがやっとだった。傷口からはエメラルドグリーンの光が漏れている。
「良し、メサイアはΝを援護する!」
宮本の出した決断は以上だった。
「了解、BAZURAは私がやります。残り二機で、Ξを止めて下さい」
木元がそう言うと、クロウ1は、ミサイルポッドいっぱいの振動ミサイルをBAZURAの顔面目掛けて放った。それはオレンジ色の発光を起こし、熱を開放した。BAZURAは一度、後ろへ仰け反ると、そのまま倒れた。
Ξはそれを見て、Νを突き飛ばした。Νは力無く地面に倒れてしまった。
「勝沼さん……、すみません、援護が遅くなって……」
戸ヶ崎は謝罪の言葉を述べると、ジャベリンを放った。徹甲弾はΞの身体に突き刺さった。Ξが怯み、後退する。紫色の光が傷口から溢れていた。
「良いでしょう。貴方達から片付けます!」
長峰の声だった。戸ヶ崎は震えを覚えた。五藤も同じだった。
Ξの眼が深紅に染まった。
「怯むな! 戸ヶ崎、撃て!」
宮本が命じた。
「了解!」
ジャベリンミサイルが二発、機体の側面から放たれる。Ξはそれを、紫色の光弾で撃ち落とした。
「ジャベリンはスピードに欠けるものね」
五藤が当たり前のように解説する。
「奴の背後に周るわ」
「お願いします」
五藤は一旦機体を上昇させると、宙返りをした。戸ヶ崎がGに耐える。
Ξは、クロウ3から顔を離さなかった。Ξは両手を高々と上げると、そこに紫色のエネルギーを溜めだした。
「五藤隊員、来ます!」
Ξの両手の間からスパークが発生し、紫色の光線が一気に放出された。それはクロウ3の機体を薙ぎ払うかのような形で空を切った。
「くッ!」
五藤が歯を食い縛ってΞの光線、ダークネスレイを避けた。
「うおおおおおお!」
戸ヶ崎がメーザーバルカンとジャベリンミサイルで攻撃を加える。
と、全く違う方角からミサイルが飛んで来た。クロウ2の物だった。Ξはダークネスレイを放つ腕を解放してしまった。エネルギーは爆発を起こし、Ξは炎に飲まれた。
「やったか?」
宮本の声がインカムに入って来た。クロウ2とクロウ3は、爆発の上空を旋回した。
一方BAZURAはクロウ1の挑発を受けていた。木元が駆るクロウ1は、振動ミサイルを次々とBAZURAの腹部に直撃させた。
Νも、立ち上がり、BAZURAへ体当たりをする。BAZURAは児童公園に倒れて、暫くもがいた。ΝはBAZURAの長い尾を持つと、そのまま持ち上げて、地面に叩き付けた。土煙が上がり、BAZURAの姿が隠れる。だがその煙の中から、BAZURAがオレンジ色の光線を発射した。それはΝの顔面を直撃して、爆発を起こした。Νは後ろ向きに吹き飛び、ビジネスホテルに身体をぶつけて崩してしまった。
「頼りないのね」
木元がメーザーバルカンを連射しながら、一気に接近するのだった。
Νが立ち上がると、BAZURAが二つの口を大きく開いた。双頭の龍は、天に向かって吠えると、鋭い爪でΝを殴り付けた。Νはそこから火花を散らし、後退した。BAZURAは、左右の口から光線を放った。大地を焼き、Νを炎の中へと沈めてしまうその威力に、Νは呑まれてしまった。
「やらせないよ」
木元が急降下して、ミサイルの雨をBAZURAへ浴びせる。BAZURAは一瞬怯んだかのように見えた。
一方Ξを相手にしていたクロウ2、クロウ3は、Ξの怒りを買った。Ξは両手を伸ばすと、紫色の光弾を連続で、空へ向けて放った。
「こいつをΝに任せるはずでは?」
藤木が問う。
「そう出来ればな」
宮本が冷静に返して、クロウ2を一気に上昇させる。
「どうしたら良いんだ……?」
戸ヶ崎も苦戦していた。彼はガンナーだが、照準を合わせる事が出来ないのだ。
「背後に周れませんか?」
「無理ね。Ξはもう死角が無い」
戸ヶ崎は唇を噛んだ。勝ち目が無い。そう言うしか無いのか。
クロウ3は下降して、森の間を抜けた。五藤の操縦は流石な物で、木々にぶつかる事は無かった。その後ろを、紫色の光弾が追う。爆発が起き、山に火の手が上がる。
「ハリアーがもう一機有れば」
戸ヶ崎の口から出たのはそんな現実逃避だった。
「有っても勝てるかは分からなわ」
Ξは真っ赤な眼を輝かせて、今度はぼろきれのような翼を広げた。空中戦に持ち込むらしい。
「五藤、奴が空へ上がった。叩き落せ」
「了解」
五藤は機体を上昇させた。が、それが許されなかった。Ξの攻撃は執拗で、クロウ3は避ける事で精一杯だった。
「ΞはΝに任せるんじゃ無かったんですか?」
藤木が再度ミサイルを連射しつつ、皮肉を述べた。
「状況が変わったのよ、Ξはこちらで潰します」
五藤が律儀に応答した。
「五藤隊員、ΝをΞにぶつけてはいけないです」
戸ヶ崎が五藤に呟いた。だが、五藤は少しそれに不服そうだった。
「私はそうは思わない」
「どうしてですか?」
「勝沼は――勝沼君は自分で蹴りを付けたいんじゃないの?」
「え?」
「今は眼の前の状況に集中しなさい」
五藤は操縦桿を一気に引いた。機体が急上昇する。戸ヶ崎の頭上にクロウ2の相手をし出したΞが見える。連続攻撃にクロウ2が回避行動に専念する。
「ΞかBAZURAか、どちらかに絞りたい」
宮本が本音を漏らした。それは戸ヶ崎も同じだった。
Νは一方、BAZURAに殴り掛かった。BAZURAの二つの首が叫び声を上げる。Νはひたすら相手の鳩尾を狙ってジャブを繰り出した。BAZURAがよろける。BAZURAの右の首をΝは抱え込むと、そのまま巴投げを繰り出した。BAZURAの身体が宙を浮いて、飛ばされた。
「BAZURA、Ξの方へ押されて行きます」
木元が報告した。
「良し、まとめて始末出来る」
宮本が頷く。同時にきりもみ回転で、Ξの光弾を避けるクロウ2。Ξは翼を羽ばたかせると、その後を追撃した。
「援護します!」
五藤がΞの背後に周った。戸ヶ崎がメーザーバルカンを放つ。Ξの背中を爆発が襲う。煙が上がり、Ξが眼を真っ赤に染めて、身体中から放電を放った。
「うわあああ!」
クロウ2、クロウ3共にその雷撃を浴びる。コックピットに火花が散る。
「墜ちてたまるか!」
五藤が操縦桿を握りつつ、反撃のチャンスを待つ。彼女の握る手に、電撃が走る。それは宮本も同じだった。宮本はその状態から、宙返りをしてみせた。失速ギリギリで天に腹を向けるクロウ2は、放電を続けるΞの翼をロックした。
「行け!」
宮本が叫ぶ。藤木がトリガーを引く。メーザーバルカンが放たれ、Ξの布のような翼を直撃した。
Ξが放電を止めて、一気に下降していく。
「良くやった」
宮本が称賛の言葉を短く告げる。
「有難うございます」
Ξは煙を棚引かせながら、地面に激突した。そこに、Νの力強い攻めを受けて吹き飛ばされたBAZURAが重なる。
「今だ!」
五藤が機首を、二体の巨大な怪物に向ける。戸ヶ崎がトリガーを引き、ジャベリンミサイルが放たれた。それは、BAZURAの右の頭に突き刺さり、Ξにもダメージを与えた。
「四の五の言っていられない。プロメテウスカノンを使用する」
宮本が許可を下した。それは苦渋の決断だった。
「クロウ3はジャベリンミサイルでΞのシールドを破れ。俺達とクロウ1でプロメテウスカノンを上空から叩き付ける!」
「了解!」
クロウ3は、機首を真下に向けたまま、二体の巨大な影をロックした。その後ろに、クロウ1、クロウ2がプロメテウスカノンをチャージしていた。
Ξが真上を向いた。真っ赤な眼は一度落ち着きを見せて、真っ黒いそれに変わっていた。Ξは、Ξ自身とBAZURAを覆うシールドを張った。
「ジャベリンミサイル、ファイア!」
戸ヶ崎がミサイルを発射した。それは、Ξの張ったシールドをビームコーティングを使って浸食し、貫通した。Ξが思わず避ける。
「プロメテウスカノン、ファイア!」
二機のハリアーから放たれたプロメテウスカノンは、シールドの消え去った二体の怪物を丸呑みにして見せるかに思われた。
だが、それで決まる程甘い物では無かった。
BAZURAの両頭から放たれたオレンジ色の光線が、二発のプロメテウスカノン相殺した。
「?!」
思わず宮本が言葉を失う。
Ξが高笑いをした。切り札を失ったのだ。
「副隊長!」
「怯むな! エネルギー爆弾を使う!」
宮本が切り替えた。
その時だった。光の刃が、BAZURAの尻尾を一つ切断した。
“GWOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!”
BAZURAが悲鳴を上げる。真っ黒い体液がドロドロと流れ出している。切断された尻尾も跳ねまわって苦しんでいる。やがてそれは動きを失い、地べたに転がった。
Ξが振り向くと、そこにΝが立っていた。Νはもう一度、抜刀する形でホーリーフラッシュを放った。Ξはそれを片手で弾いた。光の刃は砕け飛んで、光の粒子に変わった。
BAZURAは地面を掘り始めた。
「奴が逃げる!」
戸ヶ崎が叫ぶ。
Νはそれに応じるように、両腕を広げて、深紅のエネルギーを溜め始めた。Ξが、妨害をしようとする。
「させない!」
戸ヶ崎は、ジャベリンミサイルを発射した。それは、Ξの右肩に二本刺さった。Ξが恨めし気にクロウ3を睨む。
Νはその隙に、必殺の一撃で有る、クァンタムバーストを腕に溜めた。そしてそれを思いっ切り投げ付けた。BAZURAは、それをまともに浴びるかに見えた。しかしBAZURAの方が速かった。BAZURAは地面に身体を埋めていて、クァンタムバーストはその穴を直撃するだけだった。
「惜しかったね竜ちゃん」
Ξは満足気に肩のジャベリンを引っこ抜くと、地面に叩き付けた。
「今日はゆっくり遊べなかったけれど、今度はちゃんと相手してよね」
Ξのその言葉は、Νである勝沼にしか聞こえなかった。
Ξは紫色の光の粒子に分解されると、一気に天へと昇って行った。
Νはそれを見届けると、片膝を突いて、地面に伏せた。そしてエメラルド色の光の粒子となり、散らばって行くのだった。
「逃がしたか……」
宮本が悔しそうに呟く。プロメテウスカノンを封じられた事は大きい。謂わば最後の武器だったのだから。
「副隊長、すぐに帰投なさい。今後の作戦を練ります」
本郷からそのような命令を受けた宮本は、ハリアーMark9二機を従えて、δポイントへ戻るのだった。
「五藤隊員」
「何か?」
戸ヶ崎はインカムのスイッチを切って、五藤に問い掛けた。
「勝沼さんは、長峰と戦わせるべきでは無いと思います」
「どうして?」
「身内同士殺させ合うなんて、残酷です」
「どういう事情が有るにしろ、勝沼君が自分で望んでいるのよ。自分の手で、Ξを何とかしたいって」
「でも……」
「私達は野暮天なのよ。本当はΞなんかに私達が戦いを挑んではいけないんだわ」
「そんな、酷ですよ」
「自分の身に当てて考えてみたら? 貴方の家族が悪に走ったとして、それを見ず知らずの誰かに裁かれるよりかは、自分で真実を知りたいと思うはずよ」
「五藤隊員がそういう事を言われるとは思いませんでした」
「……ええ、そうね……」
五藤はそれから口を開く事は無かった。
δポイントに辿り着いた戸ヶ崎は、簡単な報告書を澄ませると、自室で休息をとっていた。携帯電話を見ると、メールが届いていた。郷野秋子からの物だった。
「加藤……」
戸ヶ崎の携帯電話の画面には、グリーフサポート下諏訪での講和の写真が載せられていた。奥の方に有る壺に花が活けてある。郷野のメールだと、それは彼女が活けたらしい。
「たまには戸ヶ崎君の状況も教えてね」と末尾に記されていた。
「それが出来れば、楽なんだけれどな……」
戸ヶ崎は胸のもやもやした感じを捨てきれないでいた。五藤の言う通りなのか。かつて、Ξを追い詰めた時、勝沼は身を張ってそれを防いだ。ただあの頃と今は状況が変わっている。戸ヶ崎はそう思った。
携帯の電源を落とした戸ヶ崎は、ベッドへ向かうのだった。そして、天井を見上げ続けるのだった。
それから戸ヶ崎が眠るに就くまで時が必要だった。




