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Wing Fighter Ν  作者: 屋久堂義尊
episode16 双頭龍
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第二幕

 この国に平和が訪れる事は無いのかもしれない。戸ヶ崎は、FANKRAを倒してからずっとそう考えていた。δポイントでは彼を悩ませるニュースは今の所無い。プレデターもΝもΞもあれから動きは無かった。その間に日本には台風が何度か通過した。

 戸ヶ崎の耳に入ったのは、九州の方で大きな被害が有ったというくらいだ。戸ヶ崎は陸自の部隊にいたから、援助に行きたい気持ちでいっぱいだった。戸ヶ崎の願いは勿論叶う事は無い。メサイアに入ると、そんな事もさせて貰えない。

 情報が入らない事は無い。だが、それも限られた物だった。所謂エンターテインメントの情報は全くと言っても良い程入って来なかった。そのような物は必要では無いのだ。

 戸ヶ崎は、朝食を済ませつつ、ブリーフィングルームへ向かった。結局あの晩は何も起こらなかった。それは勿論この国にとっては幸せな事であった。戸ヶ崎にとってもだ。そして勝沼にとっても。 

 戸ヶ崎の願いは勝沼の負担を減らす事だった。勝沼が身を削って戦に向かうのは、避けたいのだ。ただ、彼はきっと自分の力で長峰を止めるであろう。それは避ける事が出来ないのかもしれない。どうしたら、戸ヶ崎は勝沼の負担を減らせるか考えていた。

 戸ヶ崎はサンドイッチの最後の一欠片を口に入れ、ブリーフィングルームへ入った。

「おはよう、戸ヶ崎隊員」

 本郷が挨拶をした。

「おはようございます、隊長」

「何だか浮かない顔ね」

 本郷が述べる。彼女の表情にはまだ余裕が見られる。流石はメサイアの隊長である。

「隊長はこの異常事態で何でそんな冷静なんですか?」

「私が何年この異常事態を経験していると思っているの? キャリアが違うわ」

「プレデターってそんな前から存在していたんですか?」

「δ地帯が出来上がる前に、もうプレデターは存在していた。私は全てを棄てて、奴等と戦う事を決めた」

「そうなのですか……?」

「プレデターとの戦いは一方的だったらしいわね。それはそうなんだけれど。だって普通の人間はプレデターの事を記憶出来ないんだから、対策の立てようが無かった訳。そこで、メサイアが作られた。メサイアはその為にδ地帯をでっち上げたし、プレデターを記憶出来る者が私だけでは無い事も分かって来た。そう思うと、戸ヶ崎隊員も私も選ばれた者ね」

「隊長はそれで良かったのですか?」

「良いも悪いも無いわ。私はここに入ってまだ長いとは言えないけれど、今のメサイアでは年長者の内ね」

「あの……隊長にお子さんがいらっしゃるとと伺ったんですが」

 本郷は笑みを作った。

「ええ、そうよ、誰に聞いたか分からないけれど」

「お子さんに会いたいとは思われないのですか?」

「思うわよ」

「え?」

「でも、会いたい気持ちよりも、奴等を抹殺したい気持ちの方が勝ったという事ね」

「それは本音ですか?」

 本郷は再度笑みを浮かべる。ただ、先程に比べて幾分暗かった。

「本音、か……。私は、もうそれも良く分からなくなっている。子どもに会いたいのは事実ですもの。ただ、私も二択を迫られたわ。どちらにしても永久にこの世から抹殺されるならば、少しでも奴等に立ち向かえる道を選んだまでよ」

「そうですよね……そうです……」

 戸ヶ崎は少し残念そうに呟いた。

「戸ヶ崎隊員、貴方は良い隊員になれるわよ。戦える時に戦って置かないと」

 そこに五藤が入り込んで来た。

「さあ、疑問はここまでにしましょう。私達には迷う事も許されないのよ」

「はい、隊長」


 勝沼はコインランドリーから出て来た。黒いシャツに黒いジャケットを羽織っている。

 首からは菱形のペンダントがぶら下がっている。弱々しいが、エメラルドグリーンの光が輝いている。

 彼は、乾いた洗濯物をバッグに詰めると、晴天の下、歩き出した。まだ暑い。コンクリートに陽炎が漂っている。もう十月に入ったというのに何という暑さだ。

 あの軟体動物のようなプレデターが倒されて幾日が過ぎたのだろうか? 然程経っていないはずだ。深雪ちゃんの容赦無い攻撃も相変わらずだ。もう彼女には、善なる心が残されていないのか……? もう深雪ちゃんは、かつての優しい深雪ちゃんでは無くなったのだろうか?

 勝沼は、そのまま街の方へと向かった。その行く先は、深雪ちゃんの家だった。しかし、かつての彼女の家はもう無い。数々の悲劇を体験した長峰家は、どこか他の場所に引っ越してしまった。勝沼はその前を通り過ぎると、「あの」ビルへと向かった。そう、深雪ちゃんが最期を遂げたあのビルに。勝沼は、意を決したように、キッとビルの屋上を見据えて、非常階段へ向かった。

 あの時、もしも俺が違う答えを出していたならば、深雪ちゃんは死なずに済んだのかもしれない。そう思うと、勝沼は胸が張り裂けそうになった。深雪ちゃんさえ助かっていれば、こんな眼に遭わなくて済んだろう。

 そして勝沼は、同時に別の事も考えていた。何故この光は、俺を選んだのだろうか、というあくまでも想像だった。何でこんな恐ろしい力に出逢ったのか。そしてその意味は何なのか。また、どうして深雪ちゃんにまで闇の力が具現化したのか。

 それを考えながら、勝沼は一歩一歩階段に足を掛けた。そのたびに、様々な思索が頭の中で行われた。どれも答えを出すのは難しかった。

 やがて勝沼は屋上に出ていた。城跡が見える松本の街。そこからは、彼がかつて通っていた蟻ケ崎大学が見える。そして、かつての長峰家と勝沼家も。どれも距離としてはそんなに離れていない。そう、自転車で周れる距離なのだ。遠くの方にぼんやりと富士山が見えた。山に囲まれた松本の盆地から富士が見えるのはあまり多く無いらしい。勝沼は、あの時の事を思い出していた。フェンスを乗り越えた深雪ちゃんが、彼に質問をぶつけ、そして死んでしまった事。それが、どれだけ苦しかったか。きっと誰にも分かって貰えないであろう。

「また自分だけ苦しいと思っている」

 勝沼はその声に驚き後ろを向いた。

 長峰深雪が立っていた。

「竜ちゃんってそういう所有るよね」

 ブレザー姿で淡々と語る長峰に、勝沼は思わずあの時の姿を思い浮かべてしまった。

「そう、ここは思い出の場所ね」

 深雪ちゃん、俺だよ。眼を覚まして。

 勝沼は心で念じた。

「どうしてそんなに怖い顔しているの? 私、そんなに怖い?」

「深雪ちゃん。もう止めてくれ。これ以上罪の無い人を犠牲にしないでくれ」

「竜ちゃんが抵抗を止めれば、或いは考えても良いかもね」

 深雪ちゃんの胸元にには、俺と同じペンダント。そこには紫の光が宿っている。僅かに点滅するその光は、勝沼の持っている物と同じだった。

「それに、私はこの世界の連中が、罪の無い人だと思えないわ」

「え?」

「私を殺したのは、竜ちゃんだけが原因では無い。そもそも私を苛めたこの世界が憎いのよ」

「憎しみからは憎しみしか生まれない」

「竜ちゃん、哲学ね」

 深雪ちゃんの顔に張り付いた笑顔が、勝沼にはとても怖い物に見えた。

「罪無き人を守る戦士だものね、竜ちゃんは」

「深雪ちゃん、お願いだ。もうこんな事は終わりにしよう。俺達は――いや、深雪ちゃんは確かに不幸だったかもしれない。でもだからって、他の人を不幸にする事は許されない」

「どういう意味よ?」

「辛いから、苦しいから、それで復讐なんて馬鹿げているよ」

「竜ちゃんに何が分かるの!?」

 深雪ちゃん、そんな顔で俺を見ないでくれ。

 長峰深雪の顔には憎悪が浮かんでいた。初めて気が付いたが彼女は泣いていた。

「私をこうさせたのはこの世界全てよ。許す訳には行かないわ」

 長峰はそう述べると、胸のペンダントを握り締めた。

「この力は、私を救ってくれる。このどうしようもない怒りを発散させてくれる。竜ちゃんはそんな事が出来る? あんな巨人になってまるで正義の味方よね。竜ちゃんはきっと自分を悲劇の主人公とでも思っているんでしょう? 大間違いよ」

「そう思っているのは深雪ちゃんの方じゃないか!」

「ええ、そうよ。私は悲劇の主人公よ。私は消えなくて良い存在だったはずよ! それを消したこの世界を、私は許さない! 復讐してやる!」

 勝沼は、長峰の持つペンダントを見た。紫の光の波動が段々と強まっている。それを眼にして、勝沼は恐ろしさを覚えた。もう深雪ちゃんはかつての深雪ちゃんでは無い。彼女はもう死んだのだ。そう自分に言い聞かせた。

 勝沼は、バックを下に降ろすと、自分もペンダントを握った。弱々しい光が放たれていた。

「ここで戦うつもり?」

 長峰の顔に笑顔が浮かんだ。楽しんでいる。愉快に感じている。玩具を与えられた子どもの顔だ。

「俺は、ここでは戦えない」

「甘いわね。ここに住む皆を巻き込みたく無いから?」

「違う。俺と深雪ちゃんの思い出の地だからだ」

 勝沼のその叫びを聞き、長峰が一瞬怯むのが分かった。

「それは……正しい答えね」

 長峰はそう言うと、勝沼に向けた敵意を少し減らした。勝沼はほっと一息吐くと、ペンダントから手を離した。

 深雪ちゃん、俺は今でも君を守りたいと思っているんだ。

 勝沼の細やかな願いは、長峰に届いたんのであろうか……?

 少なくとも彼は、一度戦闘態勢を崩せた事に感謝した。

 長峰は何事も無かったのように、勝沼に背中を向けたまま喋りつづけた。

「ねえ、竜ちゃん。竜ちゃんは何で巨人の力を使うの?」

「俺は……」

 勝沼は迷った。

「俺はもう、誰も苦しませたく無いんだ」

「でも竜ちゃんが戦えば私が苦しむわよ」

「深雪ちゃん――!」

 勝沼は苦しかった。そんな事は言われたく無かった。

「正義の味方は本当に正義の為に戦っていると思うの?」

「どういう意味?」

「正義の反対は本当に悪なの? それって単純過ぎよ」

 長峰は勝沼の方を振り向くと、これまでに無い鋭い眼を向けた。

「私は悪なの? さあ、答えて」

 勝沼はそう言って、両腕を地面に平行に上げる長峰を見るのが苦痛だった。彼女の胸のペンダントが怪しく光る。

「……悪だよ」

 勝沼は振り絞るように答えた。

「今の深雪ちゃんは悪だよ。でもやり直せる、やり直せるよ!」

「やり直す? 私が? 何の為に?」

「罪を償う為だよ」

「償う? 償うべきはこの愚民共でしょうが!」

 長峰の胸のペンダントから、紫の光の波動が放たれた。それは勝沼を一気に防護フェンスへと弾き飛ばした。痛みに耐えて、勝沼が再び長峰を探すも、その姿はどこにも無かった。

 深雪ちゃんを説得出来なかった。勝沼は、拳をフェンスに叩き付けるのだった。


「来ます」

 ブリーフィングルームで、メサイアの面々がそれぞれ事務をしている最中、金澤が呟いた。

「来るって、プレデター?」

 木元が聞く。

「ええ、福井県越前町です。エボシ山に現れます」

「良し、出動!」

 宮本が指示を出す。

「金澤はクロウ1へ乗せる」

「副隊長、私嫌ですよ、独りでやらせて下さい」

 木元が駄々をこねる。

「これも作戦の内だ。命令に従え」

 宮本は厳しく跳ね除けた。

「ですが、私も何をすれば良いのか……」

「問題無い、座っていろ」

 宮本はそう言うと、それ以上の質問は受け付けないとばかりに、イグニヴォマを抱えた。木元と金澤も、それに倣うのだった。

「予感は的中したな」

 クロウ3の銃座に座りながら、戸ヶ崎は呟いた。

「何か言った?」

 メインパイロットを務める五藤が聞いた。

「いいえ、独り言です」

「クロウ3、オールグリーン。スタンディングバイ」

 クロウ1から順番に、クロウ2、クロウ3と垂直離陸するのだった。

「金澤、目標の詳細な情報は掴めるか?」

 宮本が聞いた。

「それは何とも……。まだぼやけています」

 金澤がそう答えると、木元が少し意地悪く笑った。

「所詮は警報装置か」

 木元が皮肉を言うと共に、雲海すれすれを通過して行った。今日の福井は曇天だった。

「こちらクロウ1、エボシ山南東に到着。目標の姿は見えないです」

 本部に残った本郷がその報告を受ける。

「木元隊員、気を付けて。プレデターはどこから出るか分からないわ」

 その時だった。金澤が叫んだ。

「上!」

「え?」

 木元が咄嗟に切り返した。クロウ1のいた所を上空から巨大な足が通過して行った。それは地面に着地すると、土煙を上げた。

「神出鬼没だな」

 木元が機体をそのプレデターに向ける。真っ黒い双頭の二足歩行の爬虫類型プレデターだ。尻尾も二股に別れている。眼が真っ赤に輝くのが恐怖心を煽った。

「こちら木元、目標と会敵。どうします?」

「人口密集地から遠ざけて攻撃する。ミサイル発射用意」

「了解。戸ヶ崎隊員、振動ミサイルを」

 クロウ3が急降下して、プレデターの頭部をロックオンする。振動ミサイルが機体下部から放たれて、プレデターを直撃した。

「全弾命中!」

 戸ヶ崎が報告する。

「効果は?」

 五藤が煙の中を通過する。

 その中にプレデターの真っ赤な瞳が輝いていた。

「ちい!」

 五藤は急旋回し、プレデターの背後に周る。プレデターは、二つの頭からオレンジ色の光線を放って、辺りを焼き始めた。

「目標のコードネームはBAZURA。BAZURAは硬い表皮で覆われていると推定されるわ。振動ミサイルは、奴の頭部に集中。メーザーバルカンでの牽制も忘れずに」

 本郷から指示が下った。

「ジャベリンミサイルは?」

「BAZURAの動きを止める為に使いなさい。でも、ジャベリンミサイルやプロメテウスカノンはワイルドカードよ。決定打として温存して攻撃するように」

「了解。目標をエボシ山山頂付近に誘導。プロメテウスカノンで蒸発させる」

 宮本がすぐさま作戦を立案する。本郷もそれにゴーサインを出した。戦いが始まる。こうして、メサイアはBAZURA殲滅作戦に乗り出すのだった。BAZURAも、メサイアの挑発に乗った。段々と、山の方へ誘導されるBAZURA。それを囲うように、三機のハリアーMK9が展開していた。

 丁度BAZURAの光線を木元が避けた時だった。金澤が身震いした。

「何だっていうの?」

 木元が、銃座に座り込む金澤を気にした。金澤は、何か諦めたように、空を見上げていた。

 BAZURAの右顔面目掛けて、木元はメーザーバルカンを放った。それはBAZURAの口内を爆発させて、敵を怯ませるには充分な威力を誇っていた。

「……来ます」

 その時だった。木元がBAZURAを攻撃中に金澤がいきなり呟いた。

「来るって、何?」

 木元が半ば苛つきながら聞いた。

「例の巨人です」

「どっちがって言うんだ?」

 木元が問う。

「どちらもです」

 すると、空から紫色の光が降り注ぎ始めた。雲がより一層黒ずんで見える。

「何なの?」

 木元は、BAZURAの攻撃を躱して、それを見た。紫色の光は、ゆっくりと巨人の形を作り上げた。Ξだった。

「こちら木元、Ξと会敵」

「宮本だ、こちらも確認している。Νはまだ現れないか?」

「金澤隊員の預言が正しければ、現れます」

「良し、それまでは俺達で相手をする。クロウ1、クロウ3はBAZURAを倒せ」

「了解です」

 木元は機体をBAZURA上空でホバリングし、エネルギー爆弾を用いるのだった。BAZURAが苦しみの声を上げる。

 一方、実体化したΞは、漆黒の眼をBAZURAの方へ向けた。その肩から火花が飛び散る。クロウ2が攻撃を仕掛けたのだ。

「相手になってやる」

 藤木がトリガーを握り締めるのだった。

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