序幕
「超能力?」
木元が素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ええ、にわかには信じがたいでしょうが、金澤隊員は超能力者よ」
本郷の言葉に、木元が不穏になるのも頷ける。だが、彼女を除けば、他の隊員達に驚きは少なかった。元来彼女の事を知っていた戸ヶ崎は勿論、宮本や藤木、そして五藤も極めて冷静だった。
「え? え? 何で? 何で皆そんなに冷静なの?」
木元が狼狽える。
「ΝやΞなんかが現れているんだ。今更エスパーの一人や二人、いてもおかしく無いでしょう」
藤木が冷静に返した。
「私の力が皆さんの為になるならば……」
「ちょっと待ってよ。預言って言っているけれど、本当に当たる訳なの?」
「その事は前回のFANKRA戦で明らかになったはずよ」
本郷はそう言うと、自分のデスクに座った。
「金澤隊員、貴方はそこの藤木隊員の後ろの空いているデスクを使いなさい。パソコンは用意して有るから」
「了解です、隊長」
戸ヶ崎は暫くその様子を眺めていた。預言者。そう言われていたが、戸ヶ崎の前にいた彼女は、戦う側では無く、守られる側の存在に見えた。彼女は本当の民間人なのだ。戸ヶ崎のように自衛隊上がりで無ければ、五藤のように元警察官でも無い。普通の一般人。それを戦闘員に仕立て上げる事に戸ヶ崎は戸惑いを感じていた。
だが、金澤の眼には炎が灯っていた。きっと彼女は、何度も何度もプレデターの襲来を予言し続けていたのであろう。それがやっとまともに扱われる。そう言った思いであろう。戸ヶ崎はその気持ちが分からないでも無かった。もしも自分に同じ能力が有れば、きっと戸ヶ崎も同じような行動に移るはずだ。そう思うと、金澤の事が身近に感じられた。
藤木がデスクが近いからか、何か彼女に話し掛けていた。それを聞いた金澤は、にっこり笑った。そして戸ヶ崎と眼が合った。戸ヶ崎は、彼女に緊張の色が無い事に驚かされた。きっとここに彼女がいる事実も、預言されていたのかもしれない。
「戸ヶ崎隊員」
本郷が戸ヶ崎を呼んだ。
「はい」
「この前のレポートだけれども、武器開発部が凄い喜んでいたわよ。良い物作ったのね。その調子でお願いね」
そう言う本郷の顔は笑っていた。ただし、口元だけだったが。本郷の眼には、何か疑いの色が見えた。どういう事なのだろう。戸ヶ崎は、ゆっくり頷いて、「光栄です」とだけ述べた。
公園のベンチで、勝沼は夜を明かした。彼の収入源は、昔作った映画の権利だけだった。安い話だ。両親の貯金は別の人間の口座に振り込まれてしまった。勝沼の為に残された資金源はごくごく僅かなのだ。それでも彼が生きて行けているのは、Νの不思議な力のお陰であろう。Νの光は、勝沼のベッドにもなれば風呂にもなる。だが、勝沼はΝの力を濫用する事はしたく無かった。人間として生きたかったのだ。それがあくまでも彼の拘りだった。それにそうしてΝの光の力を使う事は、結果として戦闘時に自分のエネルギー不足を招く事にもなる。ただ、だからと言って勝沼の肉体にダメージが加われば、それも戦闘時に影響が出る。これは一種の駆け引きなのだ。
夏場も終わりを迎え、段々と寒さが厳しくなるであろう。その頃の事を勝沼は考えていない訳では無かった。Νの光に任せるしか無い時も来るであろう。だがそれまでは、勝沼は意地を貫き通すつもりだった。
あの怪物を逃したのは本当に情けなかった。ずっと奴の存在を掴めないでいた。恐らく別次元に逃げているのだ。勝沼の力も万能では無い。全てが見える訳では無いのだ。
そんな勝沼を驚かせたのは、メサイアの動きだった。彼等は勝沼でも予測が出来なかった事をやってのけた。そんな事が出来るまで、彼等の科学力は進歩しているのであろうか。いや、または何かしらの法則性を見出したのかもしれない。
そこは勝沼には判断がつかなかった。




