第三幕
戸ヶ崎は、武器開発部へのレポートを提出して、本郷の物への直しを提出した。それを本郷が、地下十階で確認していたその時だった。
「来ます!」
突如、金澤の声が響いた。
周囲の全てが、一気に固まった。
「今何と?」
一人の白衣姿の女性が問うた。
「軟体動物型の怪物が、河口湖南、船津に現れます!」
暫く固まっていた時間を動かしたのは本郷だった。
「いつだ!?」
本郷は、厳しく聞いた。
五藤はその情報を、休暇中に聞いていた。すぐに作戦に復帰せよとの事であった。まだ勝沼の事を調べたかったがここまでのようだ。
「敵の姿は確認出来ないですが……?」
「承知している。これは我々が初めて体験する後手に回らない戦いだ」
「根拠は勿論有るのですよね?」
「無論だ、すぐに副隊長達を出撃させる」
「了解です。作戦エリアA2αへ向かいます。そこで拾って下さい!」
五藤は、レンタカーを借りると、急いで河口湖を周る事にした。人々は避難指示が出ていないのか、全く動きを見せない。本郷隊長の命令なのか? 或いは片桐司令の?
どちらにせよ、メサイアが人々を守る事に関してそこまで執着していないのが良く分かった。第一、五藤はいつメサイアがプレデターの検出を予知できるようになったかを知らなかった。そう思うと、彼女は知らない事だらけなのだ。
五藤がレンタカーに乗ろうとしたその時、彼女の眼の前に人影が有った。五藤はその姿を見て驚いた。勝沼竜だった。
「勝沼……竜……」
「メサイアの五藤遥隊員」
「貴方がここにいるという事は、本郷隊長の言う事は間違いでは無かったという事ね」
勝沼はゆっくり頷いた。
「目標は――FANKRAは現われるのね?」
「そうだ。しかし俺の力でも完全に予測は出来ない」
「メサイアの方が良く出来た部隊という訳か」
「俺はエスパーでは無いからな」
「似たような物よ。でも……」
「でも、何だ?」
「戸ヶ崎隊員の影響かな? 私も貴方を信じたい」
勝沼は、少し照れくさげに笑い、鼻を掻いた。
「信じてくれるのは嬉しいが、またお前達は俺を攻撃するだろう?」
「それは上の判断。私もかつてはそう思っていた……、申し訳無い事をいっぱいして来たわね……」
「そんな謝られても……」
「兎に角、奴がまた現れるのでしょう? だったら戦わないと」
勝沼はゆっくり頷いた。
「俺も行く」
「勝沼竜、貴方も協力してくれるのね?」
しかし勝沼は首を振った。
「メサイアに協力する気は無い。俺はお前達の組織を信頼していない。目的の為ならば手段を選ばないやり方は確かに表面上は上手く行っていても、いつか破綻する。それが分からないのならば、俺は俺のやり方で戦わせて貰う」
五藤は少し躊躇した。それは、メサイアの彼女に向けられた一種の刃だった。彼女達が手を出す事を、勝沼は止めているのかもしれない。そう思うと、五藤は自分達の組織を信じられなくなった。しかし――。
「確かにメサイアは、目的の為には手段を選ばない組織よ。でも、プレデターと戦い人々の盾となる事を選んだのは間違いだとは思わない! これは私の意思よ」
「では、お前が何でそこまで拘るのか? プレデターに家族を襲われたからか?」
五藤はそれを聞き、フッと笑った。
「何もかも分かるのね、勝沼竜」
「全てでは無いが……」
「私がプレデターと戦う理由。それは、復讐よ」
五藤は言い切った。自分の口から臓物を吐き出すような不快感は有った。だが嘘は言っていなかった。
「復讐か……。俺も似ているかもしれない」
「え?」
五藤は思わず聞き返してしまった。
「俺も家族をプレデターに襲われて亡くしている」
「矢張りね、そうだと思った」
「だが俺が戦う理由は別だ」
五藤は勝沼の眼を見た。嘘は言っていないだろう。
「俺は、深雪ちゃんを救えなかった、だから彼女の代わりに、多くの命を救いたいと願っているんだ」
「でも長峰は、貴方の敵に回ったのよ?」
「あの深雪ちゃんは負の部分しか持ち合わせていない。だから今は俺の前に立ち塞がる。でも真の深雪ちゃんならば、きっと対話が出来るはずだ」
「都合の良い解釈ね」
五藤が述べると、勝沼は少し悲しそうな顔をした。
「どの道急がないと」
五藤が車に乗り込もうとした時、勝沼の姿は消えていた。
勝沼竜。その存在に五藤は自分が興味を持ち始めた事を自覚していた。もしも彼と分かり合えたら、きっともっと多くの人々を救えるだろう。
五藤はそう希望を持つのだった。
預言の場所に木元のクロウ1が到着した時、まだ何のアクションも起きていなかった。
「本郷隊長、何も見えないですし、センサーも反応無いです」
木元が報告する。
「木元隊員、奴は必ず現れる。その場で待機を」
「了解」
木元は機体を河口湖の湖岸に沿って、旋回させるのだった。
その時、真っ黒い光弾が、クロウ1の翼を掠めた。
「危ねえなあ」
木元が悪態を吐くと、湖から、タコのような姿をしたプレデターが飛び出した。FANKRAだ。
「こちら木元、目標検出。これより排除行動に移る」
戸ヶ崎は独りでハリアーMK9を動かしていた、訓練を除けば独りでの操縦は初めてだった。目標を確認した戸ヶ崎は機体を低空飛行させて、ジャベリンを撃ち込んだ。ジャベリンは、早速捕食活動を取ろうとしていたFANKRAの胴体を貫通した。
FANKRAが悲鳴を上げる。戸ヶ崎はその上部を通過すると、更にジャベリンで追い討ちを掛けるべく、旋回した。
「民間人が多い。これではまともに戦えません」
「こちら宮本だ。奴を鳴沢のゴルフ場に誘導し、殲滅する」
「戸ヶ崎君、頼りにしているわよ」
クロウ1が、メーザーバルカンを放って、FANKRAを攻撃した。爆発と共に、FANKRAの粘膜が焦げる。人々は声を上げて、頭を抱え込む。
FANKRAは眼から黒い光弾を連続発射した。それはクロウ1を執拗に追い回す。だがその為にFANKRAに隙が出来た。戸ヶ崎は背後からジャベリンミサイルを撃った。それは戸ヶ崎の期待通りFANKRAの身体を貫通した。傷口から黒い体液が溢れる。
「こっちだ! こっちに来い!」
戸ヶ崎は挑発するようにFANKRAの頭上で旋回を続けた。FANKRAは、戸ヶ崎に襲い掛かるべく飛び上がるかに見えたが、実際は河口湖内に逃げようとした。
「今逃がす訳には行かない!」
藤木の声がこだまする。
クロウ2がメーザーバルカンを放つも、FANKRAは、何本もの触手を広げて、湖に向かって飛んだ。これまでかとメサイアの面々が絶望した時、エメラルドグリーンの光が湖に降り立った。それは、すぐに人型を形取ると、FANKRAを押さえていた。
「Νだ!」
木元が叫んだ。
ΝはFANKRAを両手で掴んでいた。FANKRAは触手で激しく抵抗をした。Νは顔や足や腕や、様々な箇所に触手を巻かれ、締め付けられていった。
「副隊長、どうすれば……?」
藤木が問う。
「今すぐに彼を援護すべきです!」
戸ヶ崎が叫んだ。
Νは全身を締め付けられて、苦しそうに立膝を突いた。
「副隊長!」
大声を上げる戸ヶ崎。少し焦りも見える。
「私も戸ヶ崎隊員に賛成です」
その声は、突然割って入って来た。
「五藤……」
宮本は、インカムに入って来たその声に最初違和感を感じた。五藤までもが、Νの味方をするのか?
「分かった。直ちにFANKRAを攻撃せよ。全機、メーザーバルカンで奴の触手を破断させる」
「了解!」
戸ヶ崎は、クロウ3を急降下させると、そのまま河口湖の西側から、メーザーバルカンを連射して一気にΝとFANKRAに接近した。FANKRAの身体が沸騰して爆発する。
Νはその隙を逃がさずに、FANKRAを一気に南の森林地帯に投げ捨てた。
「五藤隊員、今迎えに行きます」
戸ヶ崎が、クロウ3を一旦戦線から離脱させた。
ΝはFANKRAに戦いを挑んだ。FANKRAは黒い光弾を発射した。Νはそれを両腕で作ったシールドで跳ね返した。そして逆に、深紅の光弾を発射した。それはFANKRAの身体に直撃するや否や爆発を起こした。FANKRAは悲鳴を上げて、地面を転がり込んだ。
「良し、ここならばエネルギー爆弾を使える。各機爆撃開始!」
「了解」
宮本の一声で、クロウ1とクロウ2がFANKRA上空にスタンバイした。FANKRAは再度光弾を放ち、Νを攻撃。こちらには一切気が付いていない様子だった。
「エネルギー爆弾、照射開始!」
「了解」
宮本の指示通り、二機のハリアーMK9はエネルギー爆弾を投下し出すのだった。
爆発が起こり、ゴルフ場の真ん中で、FANKRAは炎に包まれた。ΝはハリアーMK9のエネルギー爆弾の爆風を手で防いでいた。FANKRAの身体が火で覆われたのを見たΝは、その怪物の眼が虹色に光るのを見た。
「副隊長、目標周囲に重力の乱れを確認」
「藤木、どういう事だ?」
「まずいですよ、奴に逃げられます」
FANKRAは、身体中を発光させ始めた。
「木元、プロメテウスカノンを使う。何とか奴を足止めしろ」
「了解、メーザーで攻撃をします」
FANKRA直上で爆撃を続けていたクロウ1とクロウ2は、機体を降下させて、FANKRAを正面に捉えた。FANKRAの身体が極彩色に輝いていた。
「メーザーバルカン、ファイア!」
木元が叫び、青白いメーザーの嵐がFANKRAを襲う。だがその攻撃も果たして通用しているかは定かでは無かった。
「重力の歪みがどんどんと強まります。このままだと別位相へと逃がしてしまいます!」
藤木が必死に報告する。
「プロメテウスカノンのチャージが間に合わないか……」
宮本が下唇を噛む。
その時だった。ΝがFANKRAに突進、組み合った。FANKRAの身体の光が途絶えた。Νは、絡みつくFANKRAを振り払うと、地面に叩き付けた。それも一度では無い。何度も何度も、地面にFANKRAがぶつかる。FANKRAはそのたびに、悲痛な叫び声を上げた。
「プロメテウスカノン、チャージ完了!」
藤木が叫ぶ。
それを聞いていたように、ΝはFANKRAをゴルフ場のバンカーへと捻じ伏せて、背後へ飛んだ。
「今だ!」
「プロメテウスカノン、ファイア!」
深紅の熱光線が、クロウ2の砲門から放たれた。大爆発がゴルフ場を覆うのだった。
戸ヶ崎は、クロウ3を着陸させて、五藤を銃座に乗せていた。すると、南の方で光が上がった。
「作戦エリア内ですね」
クロウ3を離陸させようとした戸ヶ崎は、五藤に話し掛けた。五藤はそれを聞くと、ハリアーMK9の一切の通信機のスイッチを切り、腕時計型通信機も一度閉じた。
「何をなさるのです?」
戸ヶ崎は呆気に取られて聞いた。
「勝沼竜に会ったわ」
「え? 勝沼さんに?」
「彼は今、長峰の為に戦っているのよ」
「どういう意味ですか?」
「あの長峰は、本当の長峰では無いと、勝沼竜は言っていたわ。正気を取り戻させるつもりなのよ、きっと」
「正気って……」
「さあ、行きましょう。彼が戦っている」
五藤はそう言うと、全てのスイッチを入れた。
「システム、オールグリーン。戸ヶ崎隊員、出して」
「了解です」
クロウ3はゆっくりと垂直離陸をした。
プロメテウスカノンの衝撃で、ゴルフ場は一気に燃え上がった。だが、そこで宮本達が見た物は、絶望的な光景だった。FANKRAの前に巨人が立っていた。Ξだった。プロメテウスカノンは、Ξが張った紫色のバリアーで防がれていた。
「そんなの……」
木元が信じられないという声を上げた。
「怯むな木元。クロウ1からプロメテウスカノンを!」
宮本が命じる。
「了解。プロメテウスカノン、チャージ!」
木元のクロウ1が、FANKRAをロックして、真っ赤な光を溜め始めた。だが同時に、FANKRAも自分の身体を虹色に輝かせだした。
「重力場に亀裂が生じます」
「このおおおおおおおおおおおおおおお!」
木元がプロメテウスカノンを発射しようとした時、Ξが紫色の光弾を放った。
「やられる……!」
木元が覚悟を決めた時、緑色の光がその光弾を弾き返した。
「え?」
Νがシールドを張って、木元を庇ったのだ。
「何で?」
木元が呟く。
「今だ、撃て!」
宮本のその叫びで木元は現実に引き戻された。
「プロメテウスカノン、ファイア!」
深紅の熱線が、ハリアーMK9の機体上部から発射される。それは一気に時空の裂け眼へ逃げようとしたFANKRAを襲った。
だが、勝負は一瞬の差だった。FANKRAは、虹色の身体を輝かせて、その空間から消えた。
Νは、悔し気に拳を握り締めた。Ξは嘲笑うかのように、腰に両手を当てて、その場から消え去った。Νも、エメラルドグリーンの光となり、天高く登って行くのだった。
「FANKRAは、逃がしたと思われます……」
藤木がしょげた声で報告した。
「Ξめ、私達の邪魔をしてどうするつもりなのよ」
木元も憤っていた。だが同時に、木元は自分の体験が信じられなかった。Νが、私を守った……。その事は木元の頭では中々整理がつかない話だった。
その場へクロウ3が遅れて到着した。
「遅かったな」
「すみません、藤木隊員」
珍しく五藤が謝った。
「そのような話はまた後で聞かせてくれ。一旦撤収する」
「了解です」
メサイアの面々は、河口湖を後にするのだった。
δポイントに戻った彼等を、本郷が迎えた。
「すみません、隊長。目標を逃がしました」
宮本が謝罪する。
「良いわ。もう私達は、奴等を迎撃するだけの部隊では無くなったんだから」
その言葉に、宮本が疑念を抱いたのだろう、首を傾げるのだった。
「メサイアに新しい隊員が入る事が決まったわ」
「新入隊員ですか?」
「そう、以前FANKRA戦で協力して貰った、金澤みのり隊員よ」
その名を聞き、そしてその姿を見て、戸ヶ崎は胸に痛みを覚えた。彼女は矢張り、メサイアに加えられていたのだ。そう、プレデターの存在を認知し、そしてそれを預言する。メサイアが戦力として欲しがるのも納得がいく。
「一人一人自己紹介をして貰おうかしら? じゃあ、戸ヶ崎隊員から」
本郷に向けられて、戸ヶ崎は苦悶の表情を浮かべた。
「戸ヶ崎伸司です。よろしく……」
「よろしくお願いします、戸ヶ崎隊員」
金澤は、決して嫌な顔をしなかった。それが戸ヶ崎には苦痛だった。
勝沼はたった一人、夜の森を彷徨っていた。長峰深雪の妨害は、決定的な物になっていた。深雪ちゃんはもう、本当にイビル・ワンになってしまったのか……? それは信じたく無かった。だが、今日の長峰の行為は、既に勝沼の願っていた彼女の姿を越えていた。
勝沼は、再びFANKRAが現れるのを待つ事にした。彼女の挑発に乗る事にしたのだ。例え力づくでも、深雪ちゃんから力を奪わなければならない。その為には、あの化け物達を利用する事も必要だ。
絶対に、深雪ちゃんを元の優しい深雪ちゃんに戻す。そう心に決めた勝沼は、ビジネスホテルの方へ向かった。
辺りを、スズムシやコオロギの声が包むのだった。




