第二幕
五藤はコーヒーを飲みながら、夜勤を勤めていた。今の所、プレデターの反応は無い。五藤は戦略ディスプレーを見て、日本地図を出して監視していた。五藤が考えるのは矢張りΝとΞの事だった。彼女もまたあの二体の巨人の様子が気になるのだった。勝沼竜、そして長峰深雪。互いにかつて人間だった。それを何故あのような姿となって、戦いを続けるのか分からない。悪とか正義とかそんな物で軽く考えて良いのであろうか。
「五藤隊員、交代の時間です」
木元がやって来た。もうそんな時間か。五藤はマグカップを持つと、座席から立ち上がった。
「何をご覧になっていたのですか?」
「巨人達よ」
木元は少し不可解な表情を浮かべた。
「何か?」
「いえ、五藤隊員もそのような事を考えるのですね」
「考えざるを得ないわ。情報が解禁されていない事が特にね」
「情報?」
「そう、木元隊員も知らない彼等の情報がきっと有るわ」
「まさか、五藤隊員も戸ヶ崎君の言う事を信じているのですか?」
五藤は喋り過ぎた事を後悔した。勝沼の事を彼女が知っているという事は、戸ヶ崎と五藤のみの秘密のはずだった。ただ、恐らく情報は確実に漏れているだろう。それはあの日の戸ヶ崎の態度から分かった。
態度という言い方は恐らく正しくは無いだろう。その日戸ヶ崎は作戦行動に参加させられず、片桐に捕まっていたそうだ。作戦が終了して、戸ヶ崎に会ってみると様子がおかしかった。無駄にべらべら喋っているその姿から戸ヶ崎が自白剤を使われた事は明らかだった。
上層部は戸ヶ崎の証言をキャッチしているはずだ。しかし、あの二体に対して最も重要である事、人間が関わっている事はまだ知らされていないのだろう。もしかすると、本郷ですら知らされていない可能性が有る。
人間が関係している事を知らせない理由は何だ? 五藤はずっと考えていた。動揺や混乱を防ぐ為か? 勝沼はメサイアと共闘するつもりは無いのか?
「あれ? 何か余計な事話しました?」
木元が気まずそうに聞いて来た。五藤が仏頂面で考え事をしていたのが機嫌を損ねたように感じられたのだろう。
「いや、そういう訳では無いよ」
「そうですか? ではお休みなさい」
木元はそう言うと、自分のマグカップを持ってコーヒーメーカーへ向かった。
戸ヶ崎は眠りから覚めた。
身体中に痛みが有る。今日の戦いも厳しかった。戸ヶ崎は地上から、クラゲのような浮遊プレデターLUKEZを攻撃した。ΝとΞも現われた。Νは極力、Ξをメサイアに近付けなかった。その為戦いにメサイアのメンバーは集中出来た事だろう。戸ヶ崎も本来はそうすべきだった。だが彼は、少しΝの方を気にした。そこをLUKAZに攻撃されて戸ヶ崎は数メートル吹き飛ばされたのだった。結局LUKAZは、エネルギー爆弾の猛爆で吹き飛んだ。ΞもΝを散々痛め付けて、それから紫色の光の粒子となり消えた。
戸ヶ崎は打撲と診断された。身体中を湿布で包んでいた。しかしそれでも痛みは完全に消えない。寝返りを打つたびに起こされた。
戸ヶ崎はベッドに仰向けになった。天井には非常灯が付いている。全く殺風景な部屋だと思った。戸ヶ崎は携帯電話を見た。郷野からのメールが入っていた。最近の日本の治安の悪さは不思議だと彼女は言っていた。人間が簡単に消え、そこかしこで大事故が起こる。それを見て戸ヶ崎は苦い思いをした。真実は隠され続ける。きっと彼女に本当の事が伝わる事は無いであろう。
その戸ヶ崎の想いは、勝沼に向けられていた。勝沼は一体どうするつもりなのだろう。長峰がどういう意図で勝沼を攻撃するのかは戸ヶ崎の理解力を越えていた。彼女が彼を憎んでいる事も理由としては理解出来ない話では無い。だがそれがΝとΞに彼等が選ばれてしまった理由にはならないと考えていた。
戸ヶ崎はもう一度勝沼とゆっくり話がしたかった。そうする事で決して戸ヶ崎の中のもやもやが晴れる訳では無いだろう。しかし彼の気持ちの捌け口にはなるはずだ。勝沼さん、貴方は何の為に戦うのですか? 身も心も犠牲にして、そこまでさせる貴方の義務感は何ですか?
部屋に戻った五藤は、ずらっと並ぶ空き部屋を見た。何人が犠牲になったのだろう。このメサイアに入って散って行った仲間達、先輩達の姿が浮かび上がる。どうせ彼等は世間的にはもっと早くに死んだ人間だ。だがそうは言っても実際には生きていた。そうして沢山の民を守る為に、命を散らしてしまった。
彼女は悲しみという感情を忘れていたかのように感じた。勿論それは考え過ぎだが。ただ、もうきっとかつてのように泣く事は出来ないんだろうと五藤は思った。
部屋に入る五藤。パソコンに向かうと、本郷からメールが届いていた。五藤はそれを開いた。
「戸ヶ崎隊員が尋問に掛けられた。少し気にして欲しい」
それは五藤だけに送られた物であろうか? 五藤は少し迷った。五藤は、適当に返信をすると、ベッドの上に寝転んだ。
彼女は不安だった。いつか、自分も尋問される可能性が有る。余計な事は喋れない。メサイアは手段を選ばない。どのような事をしてでも、きっとあの巨人をコントロールしようとするのだろう。
勝沼竜。あの男については独自に調査を進めねばならないと五藤も思っていた。戸ヶ崎の影響かと自分を省みた。ただ、五藤もΝの事、勝沼の事については特別報告しなかった。それは事実だ。
「私も甘くなった」
五藤は瞼を閉じるのだった。
山梨県韮崎市にプレデターの反応が検出されたのはそれからすぐの事だった。
戸ヶ崎はアラートに跳ね起き、プロテクターを装備してブリーフィングルームに走った。部屋には宮本と木元、五藤、本郷が集まっていた。
「遅れました」
戸ヶ崎は頭を下げた。
「いや、まだ良い。藤木は?」
宮本が聞く。
「藤木隊員、夜苦手ですからね」
木元が返事をした。
「そんな事を言っている場合か?」
宮本の怒声が飛ぶ。
「遅れました」
そこに藤木が入って来た。
隊員服に身を包んでいるもプロテクターを右手にはめ忘れている。
「藤木、今はお前を咎めない。だが覚悟しておけ」
「ええ、そうね。今はいざこざを無駄に起こす場合では無い」
本郷が冷静に応じた。
「目標は新種と思われる。油断するな」
本郷が命じた。
「クロウ1に木元隊員、クロウ2に宮本副隊長と藤木隊員、クロウ3に五藤隊員と戸ヶ崎隊員で出撃するように」
「了解!」
イグニヴォマを抱えた隊員達がハンガーへと走る。それを見た本郷は、隊長席に座ると、モニターを起動させた。
まるで頭足類のような姿をしたプレデターが韮崎の森に現れた。何本もの触手が家々を薙ぎ倒す。そして、中から人間を捕らえると、身体の下に持って行った。人々の悲鳴の後に、肉が引き裂かれ、骨を砕かれる音がした。口は下に有るのだ。
「目標、現在捕食活動中」
戸ヶ崎が報告した。
「何とか民家から遠ざける。ミサイル攻撃!」
宮本が命じた。
「了解」
木元が振動ミサイルを発射した。その軌道は、そのプレデターへと直撃コースを描いていた。だがその時、信じられない事が眼の前で起きた。ミサイルは、軟体性の身体に弾かれて民家へ落ちた。爆発し、オレンジ色の閃光を灯すミサイル。これでは逆効果だ。
「副隊長、ミサイルは無理です!」
「そうか。メーザーバルカンで攻撃、山間部へ誘導し、エネルギー爆弾で焼却だ」
「了解です」
ハリアーMK9は一気に目標を囲み、メーザーバルカンを放った。
「目標のコードネームはFANKRA。生態は不明。宮本副隊長の作戦で殲滅しなさい」
「了解」
本郷からの指令が入り、メサイアは広がった。西に相手を誘導する作戦だ。
「クロウ1、クロウ3でFANKRAの前へ。クロウ2、作戦地点A7で爆撃体勢」
FANKRAは、触手を伸ばし、クロウ1を攻撃。しかし木元はそれを華麗に躱す。触手は空しくも空を切り、地面に叩き付けられていた。そこを今度はクロウ3が攻撃する。メーザーは効果的らしい、確実にダメージを与えている。
だが次の瞬間、戸ヶ崎達は眼を疑った。FANKRAは、グッと地面に身体を沈めたかと思うと、モザイク状に身体を光らせて、消えた。
「え?」
木元の困惑した声が聞こえる。
「何が有ったんだ?」
宮本が問う。
「現在解析中です。少なくともここにFANKRAの反応は無いです」
「一体どういう事?」
本郷も思わず聞いてしまった。
「分かりません。ただ、今奴は姿を消しています。作戦執行は困難かと」
藤木が応じた。
「やむを得ない、各機一時作戦を中断する。戸ヶ崎、五藤は地上から警戒に当たれ。木元は上空から哨戒活動。俺と藤木は一旦δ地帯に戻る」
「了解。警戒に当たります」
五藤がハリアーMK9を垂直着陸させるのだった。
恐怖に怯える人々が、避難所である学校に集まっていた。戸ヶ崎はその姿を見て、幾らか恐怖を覚えた。彼等はこの惨状を忘れてしまうのであろう。水を求めて自衛隊の給水車に向かう人々の中から一人の女が近付いて来た。戸ヶ崎はその女が、自分を自衛隊の一人だと思って語りかけて来たのだと思っていた。
「すみません、お話良いですか?」
「自分は自衛官では無いですが」
「ええ、分かっています」
戸ヶ崎はそれを聞いて驚いた。
「ならばどういう要件ですか?」
「貴方方の組織についての話です」
「組織?」
「対プレデター組織メサイアですよね?」
戸ヶ崎はそれを聞き、ざっと後ずさった。
「何故その事を?」
「私、見えてしまうのです」
「見えてしまう?」
「あのプレデターが次にどこに現れるかが」
五藤は中央線沿いを山道の方へ歩いていた。辺りはFANKRAの残した粘膜でべとべとである。五藤はそれを少しずつ避けながら、前へと進んだ。奴の痕跡は一切見当たらない。五藤が通信機のスイッチを入れる。
「こちら五藤。FANKRAの反応は一切無い。そちらはどうか?」
「こちら木元。空からも異常は感知されません。引き続き哨戒します」
「頼む」
五藤が連絡を切り替える。
「こちら五藤。戸ヶ崎隊員、そちらはどうか?」
「五藤隊員、それが……」
その時、五藤の眼の前の草むらが揺れた。思わずイグニヴォマを構える五藤。
「?!」
そこには、思わぬ影がいた。
「まさか……?」
五藤は思わず目尻を吊り上げた。その視線の先には、勝沼竜が立っていた。
「逃がしたみたいだな」
勝沼は冷静なまま述べた。しかしその言葉には勝沼の想いも含まれているように感じた。彼は歎いているのだ。きっと彼も急いで来たのだろう。全身が汗でびっしょりだった。
「ええ、残念ながら」
五藤は応じた。勝沼が悲しい目付きに変わった。
「俺がもっと早く来ていれば……」
「貴方は何を?」
「深雪ちゃんとの戦闘の傷が癒えなかったんだ……」
「深雪ちゃん……、Ξの事ね」
「そう呼ばないで欲しい」
「どうして?」
「彼女は俺にとって、身内なんだ。簡単に恨めない」
五藤はふーっと溜め息を吐いた。
「貴方、案外人情派なのね」
「君達の方が冷酷過ぎる」
五藤はイグニヴォマを構えるのを止めた。そして通信機のモニターを閉じた。
「良いのか?」
勝沼が意外そうな言葉遣いをした。
「ええ。貴方の事は、個人的に付き合うという事にします」
「有難う。君は、五藤遥隊員だな?」
「分かるのね」
「知りたい情報は入って来る。この力はそういう使い方も出来る。戸ヶ崎の事を知ったのもそれが切っ掛けだ」
五藤は納得した。そうなのだ、Νの力は、人智を越えているのだ。
「あの敵は一体?」
「奴は空間を自由に行き来出来る能力を持っている」
「FANKRAにそんな力が? ならば奴を捉える方法は無いの?」
「それは俺にも分からない。しかしミサイル攻撃は奴には効かない。確実に仕留めなければ被害は広まる一方だ」
「FANKRAがどこに現れるか教えて貰えないか?」
五藤は本題を切り出した。それこそが、五藤達の求めている情報である。
「俺は千里眼を持っている訳では無い。その質問には答えられない」
「Νの力で知る事は出来ないの?」
「この力は万能の能力では無い。今は力が弱っている。それに、幾らあの力を使っても、空間を越えてまで追跡する事等出来ない。だから、次に現れた時が勝負だ」
五藤は、それを聞き頷いた。そうだ、被害を広めない為にも次に現れた時が勝負の時なんだ。奴は積極的に人間を捕食する。再度侵攻を許せば、被害は更に広まるだろう。ジャベリンミサイルを試す必要も有るだろう。振動ミサイルこそ防がれたものの、貫通を目的とする徹甲弾ならば、或いは希望が有るかもしれない。
「私達は、私達のやり方で何とか奴を倒すわ。貴方は……」
「分かっている。深雪ちゃんは俺が何とかする」
「ねえ、聞いても良い?」
「何だ?」
「どうして長峰深雪は、貴方を攻撃するの? 貴方達いがみ合っているの?」
「いがみ合う、か……」
勝沼は空を見上げた。
「俺が深雪ちゃんを救えなかった事を彼女は恨んでいるんだ」
「救う? 話が見えない」
「苛められてた彼女が、俺に最後の賭けをしたんだ。彼女が自分の事を立ち止まらせてくれる事を俺に期待したのだろう。そこで、俺は彼女を生き永らえさせる事が出来なかった。彼女は俺の前で、ビルから飛び降り自殺した」
「そんな……!?」
「だが、それはもう二年も前の話だ。何で今になって彼女が俺に向かって来るのかが理解出来ない。そこは俺の理解を越えている」
「勝沼、聞きたいのだが、貴方は死んでいるの……?」
勝沼は意外そうな声を出した。
「え?」
「私が貴方の事を調べた際には、死亡者リストに入っていたわ。数カ月前に、自動車事故で亡くなっていると……」
「成る程」
「どうなの?」
「死んでいない。現に眼の前にいるだろ?」
「でも長峰深雪は死んでいるのでしょ?」
「深雪ちゃんは死んだ。俺の眼の前で。ただ、その死を何かが利用しているのかもしれない」
「何か?」
「まだ分からない。それを見極める為に、俺は戦う」
勝沼がそう述べる。その表明に五藤は少し拍子抜けだった。
戸ヶ崎は慎重にその相手を見た。彼女はふざけた眼をしている訳では無い。それが逆に戸ヶ崎を不安にさせた。
「貴方は?」
「私は金澤みのりと言います。私は他人には無い力が有ります。未来が見えるのです。あの化け物が、次にどこに現れるのか」
「金澤さん、貴方はプレデターの存在を忘れないのですか?」
「プレデター。貴方達はそのように呼んでいるのですね? 私はこれまでにも、何度かそのプレデターの出現を予知しました。その記憶は消えないです。他の方々とは違って」
戸ヶ崎はそれを真実と捉える事にした。
「貴方が嘘を言っているとは思えないです。協力して頂けますか?」
「良いですが……、私には見えます。貴方達の組織に加わらされる可能性が高い事が」
「メサイアに?」
「ええ、黒服の男性が私を脅します。閉鎖病棟に入れられるか、或いは仲間になるか聞いて来ます」
「そこまで分かるのですか?」
「私の力は、自分に害が有る事が訪れる時だけ発揮されます。例えば、昔は定期テストの問題なんかが分かりました。今はそのプレデターの事が頭に浮かびます」
「ファンクラですか? あれは、一体どこへ消えたのですか?」
「分かる限りですが、次は山梨市水口に現れます」
戸ヶ崎はそれを聞き、本郷に賭けてみる事にした。




