第三幕
「岐阜県羽島市足近にプレデター反応検出!」
メサイアに出動命令が下った。戸ヶ崎が尋問から戻る前に、動きが有ったのだった。
「目標は?」
「恐らく地底にいます。DANGARUZOAでしょうね」
藤木が答える。
「クロウ1に木元、クロウ2に俺と藤木、クロウ3は本郷隊長と五藤で。五藤はガンナーを担当」
「了解」
δ地点のメサイア本部から垂直離陸したハリアーMK9三機。そのまま、一気にアフターバーナーを吹かして加速する。
「目的地は人口密集地だ。エネルギー爆弾やプロメテウスカノンはすぐには使えない。何とか川沿いへ誘導、これを殲滅する。宮本隊員と藤木隊員は念の為に、プロメテウスカノンを温存。木元隊員が一撃で仕留めなさい」
「任せて下さい隊長」
「五藤隊員、私達は囮になるわ。奴を木曽川へ誘導する。Ξが出なければ良いんだけれどな」
そう言うと、本郷は入道雲を避けて、一気に下降するのだった。
地底から巨大なドリル状の腕が現れた。以前の戦いの傷が癒えないままの羽島市は、再度恐怖のどん底に叩き落されるのだった。地底から姿を見せたのは、DANGARUZOAだった。ただ、左半身に大きな傷を負っていて、左腕が無かった。
そこに音速を越えて、クロウ3が現れた。
「五藤隊員、ミサイルを!」
「了解です!」
真っ直ぐにDANGARUZOAを目指すハリアーMK9。
「このくたばり損ないがあ!」
五藤は振動ミサイルを一気に発射した。それは煙の尾を引いて、DANGARUZOAの傷付いた左半身を猛爆した。
“GWOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!”
DANGARUZOAが悲鳴を上げる。
続けてクロウ2のミサイルも放たれる。矢張り傷を負っている箇所を狙った物だった。それ等は全て直撃をして、DANGARUZOAは真っ赤な体液を垂らしながら、口から破壊光線を放った。それを華麗に避けるクロウ2、クロウ3。
そこに紫色の光の粒子が降り注いで来た。
「おいでなすったな」
藤木が言葉を漏らす。
紫色の光の粒子は、DANGARUZOAの隣に降り掛かると、巨人の姿になった。Ξだ。
「クロウ3でΞを足止めする。残りの機体はDANGARUZOAを!」
「ですが、奴のシールドを突破出来るのは今の所ジャベリンだけです」
宮本からの通信だった。
「私達がシールドを張らせない。五藤隊員、行くわよ」
「はい!」
クロウ3は急加速をした。そのまま狙いを定めてΞの顔面目掛けてメーザーバルカンを放つ。Ξの顔に火花が散る。
「こんな物で倒せる相手では無いわよね」
「隊長、来ます!」
Ξが紫色の光弾を発射した。本郷はそれを軽々と避けて、Ξの正面を取った。
「振動ミサイル、ファイア!」
五藤の掛け声と共に、クロウ3のミサイルポッドから全ての振動ミサイルが放たれた。爆発が起きオレンジ色の閃光が羽島市に輝く。
「やった?」
「Ξに全弾命中。バリアー等で防がれていません!」
爆炎の中、Ξが倒れているのが見えた。
「この調子ならば勝てる! ミサイルポッドパージ。第二ポッドを用意せよ」
「了解」
起き上がったΞは、眼を真っ赤に染めた。怒りの感情であろう。
「Ξ、翼を展開。こちらを追撃する構えです」
「ハリアーMK9では奴の運動性に敵わない。逃げるよ」
本郷がそう述べた時、エメラルドグリーンの光が視界を遮った。クロウ3と入れ違いになるように、ΝがΞに攻撃を仕掛けていた。空中からの飛び蹴りを浴びせて、Ξを後退させる。
「また来てくれたか」
「勝沼……」
クロウ3は空中で急旋回し、戦うΝとΞの元へ降下して行った。
「隊長、ΞはΝに任せて置くべきです」
「そうは言ってもこれはチャンスなのよ? Νを援護して、Ξを今度こそ葬る」
「DANGARUZOAが先ですよ」
「プロメテウスカノンが二発有れば満足でしょう? 撃ちなさい、五藤隊員」
五藤は操縦桿のトリガーに手を掛けた。勝沼の、あの嘆願が頭を過った。已む無く攻撃する五藤。メーザーバルカンが戦う二体の間を爆撃する。
Νが、こちらを見た。光る瞳には、困惑の色が見えた。
Ξが、Νに殴り掛かった。Νはその腕を持つと、一本背負いを浴びせた。倒れるΞをΝは起き上がらせると、股座に手を掛けて投げ飛ばした。だがΞは空中で体勢を立て直すと、着地した。
「竜ちゃん、やっと戦う気になってくれたのね?」
「ああ。深雪ちゃんの過ちは、俺が正す!」
二体の巨人の会話は、二体の巨人にしか聞こえない。だが、そこに、クロウ3が割って入った。
「邪魔しないで貰えます?」
その声は、本郷と五藤に聞こえた。
Ξは光弾を連続発射した。それを見たΝも深紅の光弾を腕から放つ。相殺される光弾。
その炎を突き抜けて、クロウ3は急上昇。そして再度急旋回する。
「聞こえた、五藤隊員?」
「ええ、時折有る事です」
「攻撃はしない方が良いのかもしれないわね」
「同感です」
「目標変更。クロウ3もDANGARUZOAを狙う」
二体の巨人を後にして、ハリアーMK9は東へ進んだ。
「では続きましてΞについて話して頂けないでしょうか、戸ヶ崎伸司隊員」
「はい」
戸ヶ崎への尋問はまだ続いていた。片桐は手を机の上のノートパソコンに置くと、周りの黒服達を一瞥した。周囲の黒服達は、全く動きを見せなかった。それを見た片桐は満足そうに笑みを浮かべるのだった。
「Ξも、人間が関わっているのですね?」
「はい、そうです」
「どのような人間ですか?」
「長峰深雪という名の少女です」
「少女?」
片桐がオウム返しをする。黒服にも動揺の色が見える。
「少女とは具体的に?」
「彼女はまだ、高校生です」
それはきっと、片桐達に言わせれば信じられない事だったのだろう。片桐本人も、明らかに様子が変わった。
「あれ程の惨事を、少女がやったのですか?」
「はい、そうです」
「まさか、その長峰という少女も……?」
「はい、死んだ人だと勝沼さんは言っていました」
周囲がざわざわとし出したのを見て、戸ヶ崎は自分の発言がこんな反応を生むと初めて知った。きっと誰もが、悪のギャングのようなとてつもないモラルに欠ける存在をイメージしていたのだろう。だが実際は、年端もいかない少女の仕出かした出来事だった。それにしては、犠牲が大き過ぎる。
「戸ヶ崎隊員、ここ十年で死亡した長峰深雪のリストを出します。貴方が見た人物はどれですか?」
再度プロジェクターから画像が片桐の背後に映し出される。戸ヶ崎が眼を向けたのは、丁度三枚目の写真だった。それは、片桐も見過ごさなかった。
「彼女が……?」
戸ヶ崎はこっくりと頷いた。
「死因は、自殺ですか……。穏やかな話では無いですね。享年十七歳」
「勝沼さんは、自分の眼の前で彼女を亡くしたと証言していました」
戸ヶ崎は堰が切れたように次々と情報を吐き出した。
「それは、もう二年も前の話です。何故今になって、彼女は現われたのですか?」
「自分にも分かりません。ただ、勝沼さんは、長峰が自分を恨んでいて、それで攻撃をすると言っていました」
「どういう意味です? 少し説明して下さい。分かる範囲で」
「勝沼さんは、彼女の死を止められなかった。その事について咎められているという話でしょう。これは自分の推察ですが、勝沼さんがΝに変身出来るようになってから、暫くして漸くΞは現われた。空白の時間が多分有ったと思われます。恐らくは、勝沼さんがΝの力を得たのも最近の話ではないでしょうか? そうして、例の北海道でのΞ誕生の瞬間。勝沼さんがそうで有ったように、長峰も「選ばれた」。彼を倒す為の対抗者として。それには長峰の存在が最も効果的です。勝沼さんは戦いにくいでしょう。事実勝沼さんは、自分にも、Ξの事は任せて欲しいと言っていました」
「勝沼とコンタクトを取ったのか?」
黒服の一人が声を上げた。
「坂下さん、今は落ち着いて下さい。戸ヶ崎隊員、続きをどうぞ」
「はい。勝沼さんは、自分の手で長峰と決着を着けるつもりなのでしょう。それ故に、自分達に頼んで来たのです。そう思うと、勝沼さんは、一種の共同作戦を持ち出したのだと考えられます」
「ΞはΝに任せ、我々はプレデターを叩く、という事ですね?」
「はい」
「この意見に何か言いたい方はいらっしゃいますか?」
片桐が問うと、黒服達が一斉にごちゃごちゃ喋り出した。
「皆ばらばらでは話になりません。権藤さん、代表して一言」
「はい」
権藤と呼ばれた男が前に一歩出る。ライトがそちらに向けられる。恰幅の良い中年である。
「勝沼の言う事を、戸ヶ崎隊員が鵜呑みにしている事がまずおかしい」
「どういう意味ですか?」
「ΝとΞ、本当は彼等は仲間で、お互い戦い合うようなふりをして、人々に恐怖を与え、秩序を乱し、我々を混乱の渦へと招いているのではないか? そもそもΝとΞは似たような形態を持っている上に、両者の変身前の存在が身内であるなんて、まずもって奴等の作戦の中に陥っていると考えるべきであろう。それを戸ヶ崎隊員は、あたかもΝが味方、Ξが敵、ΝとΞが戦うのを見逃せと申すようだ。それこそ策に溺れた行為と言えるのではないか?」
黒服達が野次を飛ばす。
「皆さん、品が無いですよ。今は権藤さんの発言に対する戸ヶ崎隊員の反応を伺いましょう。どうぞ、戸ヶ崎隊員」
戸ヶ崎は首筋に痛みが強まるのを感じていた。だがそれと反比例するように頭はぼやけて来た。
「勝沼さんは、自分達の危機を何度も救ってくれました。しかし、長峰は違います。勝沼さんは、光の粒子に自分を変換出来る事はしても、自分達を攻撃しなかった。ですが長峰は、人間態で有りながらもこちらを殺そうと攻撃して来ます。そもそもの態度が全く異なるのです」
「それが罠だとしたら?」
「それでも、賭ける価値は有ります」
権藤は呆れたように首を振ると、後ずさるのだった。
「戸ヶ崎隊員、何故勝沼の事を報告しなかったのですか?」
「メサイアは、勝沼さんを、ただの兵器としか、戦力になるかならないかしか考えない。彼の人権を侵す事だって平気でするでしょう。それを避けたかったのです」
「そのような呑気な事を言っていられる状態なのですか? 今のこの国の、この世界の有り様を見れば、Νのような強力な戦力は、喉から手が出る程欲しいものです」
「その為に、自分は病人にして、他の隊員も死人同然の扱い。逆らえば精神病院に入院。どうせ閉鎖病棟ですよね? それが勝沼さんにまで及ぶ事になるのは避けたかったのが、自分が彼の事を隠し続けていた理由です」
「言ってくれますね。平和の為に身を捧げる事を何故否定するのか、私には分かりません。では最後の質問にしましょうか。勝沼の活動拠点はどこに有るのですか? 隠したくとも、今の貴方には隠せないはずです」
戸ヶ崎はその意味が分かった。そうだ、自分は喋り過ぎている。こんなに洗い浚い白状して勝沼さんの身の危険を強めているだけだ。だがそうは思っても、口が勝手に動いてしまう。抵抗する事も出来ない。
「勝沼さんの活動拠点は……」
戸ヶ崎の頭のニューロンが一斉に働き出した。勝沼さんはどこにいるのだろう? 家は有るのだろうか? 彼はどこで普段生活しているのだろうか? 戸ヶ崎は自分の無知にほっとした。余計な事を喋らずに済む。
「勝沼さんの活動拠点は分かりません。神出鬼没です。強いて言うならば、エメラルドグリーンの光の中です」
「Ξもまた同じだと?」
「ええ、長峰もどこか一定の所に留まる事は無いでしょう」
「分かりました。貴重なお時間有難うございます。ブレインブレイカーの効力が切れるまで保養室で休みなさい。現在、メサイアは岐阜羽島でDANGARUZOA、Ν、Ξと戦闘中ですが、今度の戦いには貴方は参加させません」
「Νが? Ξが? そんな、行かないといけません!」
「なりません。余計な事を喋って貰っては困ります。保養室へお連れしなさい」
戸ヶ崎の横から、白衣姿の女性がやって来て彼の腕を掴んだ。戸ヶ崎は訊問室から消えるのだった。
「勝沼竜と長峰深雪、か……」
片桐はライトを消すのだった。
ΝはΞに巴投げを食らわせた。Ξの身体が宙を舞う。倒れるΞ。そこに馬乗りになり、パンチを浴びせようとした。だがΞは翼を広げて、Νを跳ね飛ばした。受け身を取るΝ。すかさず、手から光弾を放つ。深紅の光弾は、Ξの右足を直撃した。火花が散るΞ。
「やってくれるね、竜ちゃん!」
Ξの眼が真っ赤に輝く。両腕を上げると、エネルギーを両の掌に溜めたΞは必殺の一撃を放った。ダークネスレイだ。咄嗟に両腕で身を庇うΝ。だが光線は無情にも、Νの身体を包み込み爆発を起こした。
勝ち誇るΞ。眼から赤い光が消えて行く。勝利を確信したΞに、深紅の光弾が当てられた。胸元に直撃したそれは、Ξを怯ませた。Νは健在だった。立ち上がるΝ。Ξは腹部を庇いながら、真っ直ぐ立ち上がろうとしている。Νはこのチャンスを逃さなかった。両手を左の腰に当てて、抜刀するような動きで右手を大きく払った。真っ赤に輝く光の刃ホーリーフラッシュが、Ξを直撃した。
「ウウウウウウウウウアアアアアアアアアア!!」
吹っ飛ばされるΞ。一方のΝも、膝を突いて、肩で息をしている。
「やるわね竜ちゃん……。この勝負、預けておく!」
Ξは、ホーリーフラッシュを受けた箇所から紫の光を漏らしつつ、自分の身体を粒子に分解して、空へと消えた。Νもエメラルドグリーンの光の粒子となり、力尽きるように大地に散らばった。
「目標、木曽川中腹に入ります」
五藤の報告を受けて、本郷は更に挑発するように機体を小刻みに動かしてDANGARUZOAを誘導していた。クロウ1が、プロメテウスカノン発射の準備をしている。左半身を大きく傷付けているDANGARUZOAは、のろのろと体液を滴らせながら、目標ポイントに向かっていた。そして丁度河の中心に光線を放ちながら突入した。
「今だ!」
本郷が叫んだ。
「プロメテウスカノン、ファイア!」
木元のクロウ1から、深紅の破壊光線が放たれた。空気を焼く音と共に、その攻撃は、DANGARUZOAの頭部から足元までなぞるように撃ち払った。DANGARUZOAが断末魔を上げる。大爆発するDANGARUZOA。
「やった! ホムラがやった!」
藤木が歓喜の声を上げた。
「見事な腕前だったわね」
本郷が称えた。
三機のハリアーMK9は、DANGARUZOAの残骸を後にして、δポイントへと戻るルートへ向かって行った。
戦果を聞いた戸ヶ崎は、まずはΞをΝが戦って退けた事を安心した。勝沼の願いが確かな物になったからだ。同時に散々メサイアを苦しめたDANGARUZOAが倒された事の喜びも有った。
だが片桐の尋問の事も有り、喜びのムードに包まれている隊のメンバーに混ざりたく無かった。
夜になると、戸ヶ崎は真っ直ぐ自室へ向かった。前に使っていただろう死んでしまった隊員が残していった落書きが壁に有った。今日の尋問を受けて、戸ヶ崎は改めてメサイアの恐怖を知った。目的の為ならば手段を選ばない。自白剤を使われたのは矢張り戸ヶ崎としても不愉快だった。
その時、携帯電話が鳴った。見てみると、郷野からのメールだった。
「加藤か……」
郷野のメールを戸ヶ崎は読むのだった。
「病院はどう? 私はこの前初めて法話デビューしました。大勢のご家族や大切な方を失った人の前で話すのって難しいね! 戸ヶ崎君はいつ退院するの? お見舞いに行って良い?」
戸ヶ崎は何だかほっこりした。加藤の奴、頑張っているんだ。自分も頑張らないとな。
戸ヶ崎はメールを返そうとして、止めた。もしかするとまだ自白剤の効果が残っているかもしれない。余計な事を言えば本当に病院行きだ。勿論加藤にも手が回るだろう。
戸ヶ崎はベッドに潜り込み、扇風機のスイッチを入れるのだった。




