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Wing Fighter Ν  作者: 屋久堂義尊
episode01 プレデター
3/69

第三幕

 幾日過ぎたかは分からなかったが、戸ヶ崎は何とかその白い世界から脱出出来る事に成った。片桐達がやって来るまでは随分としりとりを弾ませていた。片桐の来た時は救われた気分だった。片桐を初めとする迎えは、真っ黒いスーツだった。白い世界にそれがとても映えていた。

「さあ、行きましょうか」

 片桐は相変わらず不気味な笑みを浮かべながら戸ヶ崎に接した。勿論戸ヶ崎には、それが歓迎の意味も込められていると分かっていたが。

「着替えは用意してあります。まずはそこから始めて下さい」

 戸ヶ崎が病室を出ると、また純白の廊下が待っていた。窓がどこにも見当たらないのが、ここの無機質さを際立たせていた。

 そこに、戸ヶ崎の下着と、群青色のパワードスーツが置いてあった。

「これを着るのですね?」

 戸ヶ崎がそれを指すと、方桐が頷いた。

 サイズはぴったりだった。ここで身体検査を受けた時のデータを参考にしたのだろう。

 最後にプロテクターをはめて、戸ヶ崎は新しい制服に身を包んだ。

「良くお似合いですよ」

 片桐が世辞を述べた。

「それで、この先どうすれば?」

「私達の基地へとご案内致します」

 片桐はそう言うと、白い壁の一つを触った。そこの壁が持ち上がり、出口が見えた。

「こういうシステムも有るのですよ」

 片桐はそう言うと、戸ヶ崎の両脇を部下であろうスーツの男達に囲ませた。恐らく、戸ヶ崎が逃げ出さない為の警戒なのであろう。しかし戸ヶ崎は覚悟を決めていた。特別抵抗をしたいとも思わなかった。

 出口に向かうと黒いワゴン車が見えた。その開いているドアに戸ヶ崎をスーツ達は誘導した。

 狭い車に、スーツ三人と戸ヶ崎、そして片桐が乗り込んだ。

「これから我々の、そして貴方の基地である、δポイントへと向かいます」

「δポイント? それって……」

「岐阜に有る立ち入り禁止区域です。もう二十年以上前に、原発の核燃料の輸送時の事故による放射能漏れが発表された地区です。αポイントを広島、βポイントを長崎、γポイントを福島とする第四の放射能危険地。と、公には発表されていますね。でもそれは嘘です」

「え?」

「私達が、秘密裡に作り上げた基地を隠す為の隠蔽工作の賜物です」

「じゃあ、その為に、多くの民間人を追い出したのですか!? 放射能差別も酷かったですし、風評被害だって物凄かったんです。自分知っています。未だに被爆者として受け入れを拒絶される人が沢山いるんですよ!?」

「少々手荒な真似をしたのは認めます。ですが、これも多くの民間人を守る為です。謂わば必要悪ですね」

「必要悪って……」

「戸ヶ崎隊員、貴方もメサイアに入れば分かります。今、この国は危機に瀕しているのです。MABIRESのような凶悪なプレデターがこの国にうようよしています。跳梁跋扈の世界ですね。それをどうにかしなければならない時に、一つ嘘を吐く事で多くが救われるならば、それで良いではないですか? そういう考え方をして頂けないと、メサイアではやって行けませんよ」

 ワゴンが発進してから、一時間くらいだろうか、戸ヶ崎を乗せた車は鬱蒼と茂った森林の中で停まった。

「ここに基地が?」

 戸ヶ崎が外を見るも、そこには荒れ果てた廃墟しか無かった。まさか、この廃墟が入口とでも言うのだろうか?

「ここにも仕掛けが有るのです」

 片桐はそう言うと、左手にはめた時計を操作した。すると、地面が大きく持ち上がり、巨大な穴が姿を見せた。ワゴンはそこを、何事も無かったかのように侵入するのだった。

 暫く暗黒の時間を経ると、広大なハンガーデッキに出た。黒いワゴンの他に、群青色のパワードスーツと同じ配色のヘリコプターやハリアーMK9なんかが置いて有った。戸ヶ崎の乗ったワゴンは、駐車場の一角に停まると、エンジンを切った。

「さあ、ここからは貴方の足で歩いて下さい」

 片桐にそう言われ、戸ヶ崎は冷たいコンクリートの上に足を置いた。

「まず、貴方に一つ謝らなければならない事が有ります」

 唐突に片桐が述べたので、戸ヶ崎は驚いた。

「何ですか、今更?」

 片桐は溜め息を漏らすと首を横に振った。

「貴方にはまず、訓練を受けて頂きます。何、緊張する事は有りません。陸自の行軍訓練に比べれば大した事では無いはず。貴方なら切り抜けられるでしょう。リハビリを兼ねてですね」

「分かりました」

 訓練は、防衛大時代からもうずっと続けている。今に成ってわざわざ言う事では無い。陸自の訓練よりも簡単ならば、恐らくクリアー出来るだろう。戸ヶ崎はそう思った。

「しかし、もし貴方が訓練に失敗したら……」

「失敗?」

「貴方に限ればそんな事無いとは思いますが、仮に失敗して、途中で放棄するようになったならば、貴方は精神病院へと入ります」

「?!」

「そこで電気治療を受けて、記憶を操作させて頂きます。日常生活に戻るには、少し影響が有ると考えて下さい。元通りには成れません」

「そんなの無茶苦茶じゃないですか!?」

「国の為、民の為、混乱を引き起こさない為です。自己犠牲心は自衛隊で教わりませんでしたか?」

「だからって、記憶を操作だなんて……」

 片桐の顔からあの嫌な笑みが消えた。こうして見ると、とても彫が深い。

「貴方の言う事が間違っているとは言いません。しかし、現実を知ればそんな悩みは消える事でしょう。その現実を見る為にも、まずは訓練をクリアーして頂かなければならないですね」

 悪びれる様子も無く、方桐は淡々と語った。それは確実に事務的な連絡だと戸ヶ崎は感じた。要するに、彼は駒の一つに過ぎないという事だろう。喉から手が出る程、戸ヶ崎が欲しいのでは無いのだと戸ヶ崎は理解した。だから、要らなくなれば、記憶を消去して、元の世界に投げ込まれるだろう。

 戸ヶ崎は頭を横に振った。人々を守るという基礎的な所では同じではないか。悩む必要は無い。この片桐という男を信じよう。

「……分かりました。訓練を受けます」


 炎天下の中、最初の訓練は行われた。

 今まで使っていた小銃に比べて、銃身が長く、重量が有る、「イグニヴォマ」という銃を持たされた。バルカンとレーザーライフル、シュツルムファウストがセットに成ったような汎用性の高い銃だった。

 その扱いに、戸ヶ崎は早い内から慣れてしまった。的にも正確に当てられるようになったし、銃身を折り曲げてのバルカンや、先端にロケット弾をセットしたシュツルムファウストの扱いも卒無くこなした。射撃訓練は、陸自で鍛えられた物がそのまま活かせて、楽々だった。

 次の訓練は徹底的な身体トレーニングだった。病み上がりの戸ヶ崎は意外とこれに手間がかかった。外に出て暦を見てから知ったが、戸ヶ崎は一ヶ月近く隔離されていたらしい。その間ベットの上で動かなかった為、筋肉が衰えていたのだ。既に誰もいない、人っ子一人いないマンションの非常階段を、登っては降り、登っては降りを繰り返し、休む事無くその屋上で、腹筋や背筋を伸ばし、腕立て伏せを何度もしつこくやり遂げた。これに、イグニヴォマとバックパックを担いだ計三十キロ超の重しを着けて、同じように階段と屋上で訓練をするのだった。

 それが終わると、最後にシミュレーターに入った。車やヘリコプターの物からハリアーMK9の物まで。特にハリアーは、未経験の状態だった為に、覚えるのには一苦労だった。空自のFに比べて性能がどうとかそういった事も戸ヶ崎には分からなかった。戦車も訓練が有ったが、これは全く問題無く終えた。

「では、貴方をテストします」

 全てのメニューをこなした戸ヶ崎に、片桐が見計らったようにやって来た。

「このδポイントの各地に、貴方を狙う無人機銃を配置しました。全部で三つです。無人機銃はペイント弾を撃ちます。当てられればゲームオーバーです。制限時間は二十四時間。水と食料も一日分だけです。貴方にはイグニヴォマを与えます。では、テストを開始します」

「了解」

 戸ヶ崎は、無人の街に向かって駆け出した。

 ボロボロに成った民家に足を踏み入れて、戸ヶ崎は少し申し訳無い気分に成った。家というのは人が住んでいないとどうしてこう朽ちていくのか? 戸ヶ崎は素朴な疑問を持った。荒れ果てたその中には、ちゃぶ台やテレビ、完全に土と化している食べ物を乗せた食器が有った。もう匂う事は無いが、見ていれば複雑な気分になる。δポイントの惨劇が、作られた物だったなんて……。それ程この国は切羽詰っているのか?

 三軒目の民家に入った時、轟音がして戸ヶ崎の足元に蛍光ピンクの液体が飛んで来た。すかさず、身体を壁に隠し、その攻撃が途切れるかを戸ヶ崎は注視した。無人機銃は、押し入れの中に有った。戸ヶ崎は、テーブルの裏へと位置を変えた。それに合わせてペイント弾が彼を襲う。だが戸ヶ崎は、無人機銃が冷却の為に攻撃を一時止めたその瞬間を狙って、イグニヴォマのバルカンを放った。機銃は蜂の巣に成り、沈黙するのであった。

 二つ目の無人機銃は、アパートの屋根から狙って来た。戸ヶ崎はダッシュで、死角へと潜り込むと、モードをレーザーライフルに切り替えた。スコープに眼を当てて、銃を放つと、瞬時に無人機銃が寸断された。これで残りは後一つだ。

 戸ヶ崎はここで食事を摂る事にした。パックで渡されたドライフルーツだった。そのプルーンを咀嚼していると、ポツリと頬に何かが当たった。見上げると、空は青いが雨粒が彼の眼に入った。

「狐の嫁入りか」

 戸ヶ崎はそう呟くと、パイナップルを食べ終えて、水分を補給し、最後の獲物を探しに出掛けた。

 三時を周った頃だろうか、大方、民家をチェックした戸ヶ崎は、丘陵部へと入って行った。δポイントと簡単に言うが、その範囲は広大である。戸ヶ崎はそれまでの時間で、ほぼ全域を踏破した。しかし疲れが見え始めた。

「陸自の訓練より簡単って、そんな事無いじゃん」

 イグニヴォマが重過ぎるのだ。それを肩に担いで、戸ヶ崎は山へと入った。

 すると、ガサガサ、っと音がした。すかさずイグニヴォマを構える戸ヶ崎。最後の無人機銃か? 音のした方向を向くと、何も無い。戸ヶ崎はスコープに眼を凝らした。そして、それを捉えた。

 そこには――戸ヶ崎から百メートル以上離れていた草村に、人が立っていた。間違い無い、明らかに人だ。人間だ。これは、訓練の一貫なのか? 戸ヶ崎を見張っているのか? 注意してみると、それは男だった。青年と言っても良い歳頃だ。黒いパンツに黒のシャツと全身黒づくめだった。

 その時、戸ヶ崎の後ろで物音がした。そちらの方を振り向くと、キャタピラーを付けた無人機銃がこちらへ向かっていた。ペイント弾が撃たれる前に、戸ヶ崎はイグニヴォマのレーザーライフルで機銃を貫通させた。無人機銃は動きを止め、黒い煙をぷすぷすと昇らせた。

 ふー、と溜め息を吐いた戸ヶ崎が、振り返って再度先程の青年を探すと、その姿は消えて無くなっていた。

 狐の嫁入りも、いつの間にか止んでいた。


「素晴らしい。お見事です」

 本部へ戻った戸ヶ崎を、片桐が賞賛した。

「もっと時間が必要なのではないかと思っておりましたもの」

「自分がラッキーだっただけです。このイグニヴォマの重さにもだいぶ慣れて来ましたし、それも有るかもしれないです」

「それはそれは。今後の活躍が期待出来ます」

 片桐はそう言うと、戸ヶ崎を彼の自室へと連れて行った。まだ引っ越しの片付けが終わっておらず、段ボール箱が大量に山積みにされていた。ベッドだけは、きちんと用意されていたが。

「少々お待ち下さい。本郷隊長をお呼びします」

 片桐は、携帯電話を取り出すと、電話をかけ始めた。

「もしもし、私です。ええ、新入隊員の件です。テストはパスしました。そちらにお渡ししても問題は無いと判断出来ます。では、彼の部屋で待たせておきます」

 片桐はそう話すと、戸ヶ崎の方を向いた。

「私はこれで失礼します。これからは、本郷隊長の指示に従うようにして下さい。本郷隊長は、間もなくいらっしゃいます。それでは、ご活躍、楽しみにしておきますよ」

 会釈を一つして、部屋から片桐は消えるのだった。

 独りになった戸ヶ崎は、手近な段ボールを足置き場にして、ベッドに座った。足の裏が痛かった。焼けるような痛みだ。冷却のスプレーを使いたかったが、どこにしまわれたかも分からない。引っ越しくらい自分でしたかったなと戸ヶ崎は思った。

 と、コンコン、というノックの音が聞こえた。戸ヶ崎は立ち上がると、背筋を伸ばしてドアを開いた。

「初めまして、戸ヶ崎隊員」

 そこに立っていたのはロングヘアーのスラリとした女性だった。色は白く、小顔で、少し首が長い。パワードスーツの上からでも分かるくらい、スタイルが良い。アニメや漫画で描かれる防衛隊の隊長とはかけ離れた存在に見えた。凛とした表情には、揺るがぬ精神が表われているように映る。

「私がメサイア隊長の本郷玲子よ、よろしく」

「は、はい。戸ヶ崎伸司曹長です。よろしくお願い致します」

 戸ヶ崎が敬礼するのを見て、本郷はくすくす笑った。

「戸ヶ崎隊員。貴方はもう曹長では無いのよ。一隊員。覚えておきなさい。メサイアは自衛官ばかりの組織では無いのよ」

「は、すみません」

 謝る戸ヶ崎の肩を本郷は軽く叩いた。

「さあ、行きましょう。皆貴方を待っているわ」

 戸ヶ崎は本郷に促されて、部屋を出た。

「ブリーフィングルームは貴方の網膜のデータで入れるようになっているから。ここのスキャナーを見るだけで大丈夫よ」

「こうですか?」

 戸ヶ崎が眼を開くと、赤い色だったランプが緑に成った。そして厳重にロックされていた分厚い扉が開いた。

「このブラストドアは並みの武器では開けられないは。厚さは一メートル以上。ロケットランチャーの攻撃にも耐えられるのよ」

 戸ヶ崎は続いて、円く成っているデスクへと向かった。四人のパワードスーツを着た隊員達が座って思い思いに話していた。

「皆、紹介するわね。戸ヶ崎伸司隊員よ」

 本郷が語ると、皆一斉にこちらを見た。戸ヶ崎は胸を張って、頭を下げた。

「よろしくお願い致します」

「戸ヶ崎隊員、紹介するわね。こちらが宮本秀二副隊長。優れたガンナーよ」

 すらりとした長身に、痩せこけた頬の宮本は立ち上がると、「どうぞよろしく」とだけ述べた。

「次に五藤遥隊員。元警察官のエリートだったのよね?」

「隊長、恥ずかしい事言わないで下さいよ」

 五藤は狐顔で眼が吊り上がっている。そのスレンダーながら筋肉質な腕を持つ彼女はにっこり笑うと、「よろしくね」と言った。

「こちらが藤木武隊員。海上保安庁から引き抜かれた隊員よ。海上保安庁に入る前は海自で活躍していた海の似合う男よ。優れた分析官でも有るわ。覚えておきなさい」

 引き締まった身体に日に焼けた顔をした男が立ち上がった。

「藤木だ。よろしくね」

「最後、戸ヶ崎隊員よりも若いんだけれど先輩に成るわね。木元ホムラ隊員よ。空自の天才パイロットだったの。ハリアーMK9の事は彼女に聞いておけば分かるわ」

 木元と呼ばれた女性はまだ幼さの残る顔立ちをしていた。戸ヶ崎より年下だと言っていたが、一体いくつなのか? ただ、この若さで引き抜かれたという事は相当なエリートだと戸ヶ崎は思った。

「飛ぶのは得意ですからね。よろしくどうぞ、戸ヶ崎君」

「そして私が本郷玲子。元陸軍一佐。落下傘部隊にいたわ。このメサイアの六代目の隊長を務めています。早く私達の顔と名前を覚える事にまずは専念しなさい」

「分かりました、本郷隊長」

「よろしい、空いている所に座りなさい」

 本郷が述べると、戸ヶ崎は五藤と藤木の間に座った。

「どう? 印象としては?」

 五藤が戸ヶ崎に聞いて来た。

「は、若い隊員ばかりなのですね」

 カチカチの戸ヶ崎に五藤は少し表情を曇らせた。

「ベテランは皆死んじゃったの。プレデターの攻撃は、私達でも防ぎ切れない物も有ったという訳」

 戸ヶ崎は、自分が体験した惨状を思い出した。上官を食らい、仲間達を蹂躙し、全てを燃やし尽くしたあの怪物を。確か、マビレスと呼ばれていた。あいつは、あいつと戦えるならば、それで良い。

「あの、マビレスはその後どうなったのでしょうか?」

 五藤は答えてくれなかった。祈るように手を組み、それに顎を乗せていた。

「MABIRESはまだ生きているかもしれない」

 代わりに藤木が答えた。

「奴はここ二ヶ月くらい好き放題さ。ちょこまかと空中格闘戦を挑む俺達を躱して行くんだ。そうなんだが……」

「……だが?」

 藤木は、少し渋るような仕草を見せたがやがて思い出したように口を開いた。

「二週間程前から姿を消している。生死不明だ。だが一体何が奴を殺せるだろう? 陸海空全ての自衛隊には、戦闘記録は無い。だから、どこかに身を潜めているというのが俺の推察だ」

「もしかすると、繁殖の為に巣に籠っているなんて可能性も有るわね」

 木元が会話に入って来た。

「繁殖? あんなのに繁殖されたら自分達日本人はどうするんですか!?」

 思わず声を荒げる戸ヶ崎を木元が宥めた。

「プレデターが暴れない限り、私達に出番は無いのかもしれない。奴等がどこに潜んでいるのか特定出来る術は無いの。何度も偵察隊を派遣したけれど、効果は無し。MABIRESUみたくあんなに巨大なプレデターでも、隠れる場所が日本にはまだ有るのね」

「そんな呑気な事でどうするのですか!?」

「戸ヶ崎隊員、今は辛抱しなさい」

 興奮した戸ヶ崎を、本郷が宥めた。戸ヶ崎は頭を掻きむしると、机に突っ伏した。



 事件はその晩に起こった。苛立ちを抑え切らない戸ヶ崎を隊員達が敬遠する中、メサイア本部のブザーが鳴った。事件だ。

「プレデター検出!」

 宮本が叫ぶ。

「出撃するのよ、皆急ぎなさい!」

 本郷がイグニヴォマを隊員に投げて叫んだ。

 戸ヶ崎もそれを手に取ると、基地に本郷を残してハンガーまでダッシュした。

 ハリアーに、戸ヶ崎は五藤と乗り込んだ。天井が開き、夜空が見える。ハリアー三機は、次々と垂直離陸して、現場へと急行した。

「マビレスですか?」

 コックピットの中で戸ヶ崎は五藤に問うた。

「そんなの分からないわ! ただ、どんな敵が出て来ても殲滅するのが私達の任務なのよ」

 アフターバーナーが点火されると、戸ヶ崎はそのGに歯を食い縛った。陸自の出身の彼には、まだ戦闘機は苦手だった。せめてヘリコプターくらいが限界だ。

「こちら木元、目標地点に到着。酷い有様よ」

 その光景はすぐに戸ヶ崎も知る事となった。滋賀県東近江市の国道427号線にボロボロになってしまった自動車が列をなしていた。

「こんな事、やっぱりマビレスなのでしょうか?」

「分からない。MABIRESの可能性も有るけれど、場合によっては……」

「人災ですか?」

「それも有るけれど、別のプレデターの可能性も捨てられないね」

 五藤はハリアーで累々と並ぶスクラップの上を飛行した。

「こちら藤木、敵影は今の所見当たらない。もうとんずらした後なのか?」

「宮本だ、五藤、木元、戸ヶ崎は地上へと降り、目標を捜索せよ。俺と藤木は上空を警戒する」

「了解しました副隊長」

 五藤はそう述べると、ハリアーを道の駅に着地させた。北の方に、もう一機、木元のハリアーが垂直着陸をするのが見えた。

「さあ、降りるわよ戸ヶ崎隊員」

 戸ヶ崎はイグニヴォマを片手に担ぐと、タラップを駆け下りた。

「これの使い方分かる?」

 五藤が戸ヶ崎の左手首に巻かれた機器を指差した。

「詳しくは……」

 五藤は自分のそれを戸ヶ崎に見せた。

「テレビ電話のような物ね。こうしてモニターを開いて使うの。番号を使えば個別に呼び出しも出来る」

「しかし、自分はまだ番号を教えて頂いて無いです」

「だろうね。ここの所片桐さんも新メンバー獲得に浮かれていい加減だったから。今は臨時の番号を登録するわ。私を呼ぶ際は、001と押して。ここから分かれて行動するから」

 戸ヶ崎は身が引き締まる思いだった。いよいよあの敵と戦える。マビレスとかいったあの化け物を仕留められるかもしれない。死んでいった仲間達の為の手向けだ。

「じゃあ、私はこっちを行くから、戸ヶ崎隊員は東側をお願い」

「分かりました、五藤隊員」

「お、名前覚えたのね。良い調子よ。何か有ったら連絡して。じゃ」

 五藤はイグニヴォマを軽々と担ぐと、国道から外れて森の中へ入って行った。

 戸ヶ崎も、イグニヴォマを構えて、国道から延びた脇道を歩いて行った。勿論、最大級の警戒をして。

 ゆっくりした足取りで、戸ヶ崎は坂になっている小道を進んだ。途中、がさがさと音がしたので何かを思えばシマヘビだった。それを見ると、戸ヶ崎は腹が鳴った。陸自時代には、シマヘビの蒲焼きが訓練中のご馳走だった。こんな時にまで身体は正直に反応するのだ。

 その時だった。

 突然地面が揺れて、戸ヶ崎の眼の前の道路が陥没し、砂煙が舞った。その砂塵の中から、巨大な青い鋏が現れた。

 以前見たのと違う……!

 戸ヶ崎はその鋏が自分を狙った物だと悟った。すぐさまイグニヴォマを構えると、レーザーライフルモードにした。

 鋏が振り下ろされる。戸ヶ崎はそれを避けてみせ、銃の引き金を引いた。青白いレーザーが、鋏を貫通した。

“GSHAAAAAAAAA!!”

 耳を劈くような叫び声がして、鋏が地中に引っ込んだ。戸ヶ崎は、逃がさんとばかりにそれをレーザーで追撃した。しかしその攻撃は地面をえぐるだけに終わった。

「そうだ、報告……!」

 戸ヶ崎は左腕の小型情報端末を開くと、001と押そうとした。

 所がその時、先程とは比較にならない程の揺れが、戸ヶ崎を襲った。あまりの揺れに、不意を突かれた戸ヶ崎は地面に蹲った。

 先程陥没した道路の更に奥、アスファルトが周りの土ごと沈み、青い身体をした怪物が出現した。巨大な二本の鋏に触覚、巨大な複眼、横に開く顎、昆虫を思わせるそれは、鋏を大きく振りかぶった。

 戸ヶ崎は、何とか避けようとするが、揺れが凄まじく転がる事すら出来ない。

「やられる……!」

 戸ヶ崎は腹を括った。仲間達の仇は討てず、折角メサイアに入ったもののこうしてあっけなく死んでしまうとは……。

 その時、鋏の動きが止まった。

「え?」

 戸ヶ崎も思わず身動きを止めた。そして見た。怪物を背後から羽交い絞めにする巨大な人影を。

「何なんだ、一体!?」

 戸ヶ崎はゆっくり立ち上がった。四枚の長い菱形の羽を生やした白銀の巨人が、怪物に襲い掛かっていたのだ。

 怪物は、段々と後ろに引き摺られていき、最後巨人に持ち上げられた。巨人がそれを地面に思い切り叩きつけた。激しい揺れが大地に伝播する。戸ヶ崎は再度バランスを崩した。

 と、戸ヶ崎は小型情報端末の通信を発信させたままだった事に気が付いた。

「戸ヶ崎隊員! 戸ヶ崎隊員、何が有ったか!?」

 五藤の必死な形相が小型モニターに映った。

「五藤隊員。目標と会敵しました。しかも……二体……」

 戸ヶ崎の眼の前では、巨人が甲虫の甲羅を思わせる怪物の背中を、何度も何度も殴りつける姿が映った。戸ヶ崎は、眼の前の光景が本物かどうかも理解出来ないでいた。

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