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Wing Fighter Ν  作者: 屋久堂義尊
episode10 犠牲
29/69

第二幕

 戸ヶ崎が隊に復帰したのはそのすぐ前だった。

 彼は下諏訪グリーフサポートセンターに寄りたかったが、状況は全く好転しないが為に、今回の訪問は見送る事にした。

「お帰り、戸ヶ崎君」

 木元がにっこり笑って、彼の前にコーヒーを差し出した。

「Νは敵じゃ無いって、上が認めたみたいだよ。良かったね、戸ヶ崎君の考えた通りになって」

 木元はそう言うと、戸ヶ崎の前の席に座った。

「休暇はどうだった?」

「あんまり良く無いかな」

「そっか……そうだよね……」

 木元は少し寂し気に応えた。

「戸ヶ崎君って、病院組なの?」

「病院組?」

 戸ヶ崎が首を傾げる。

「私とか本郷隊長は、死人組なんだ」

「え? 良く分からないんだけど……」

「つまりさ、娑婆に居場所がもう無いんだよ。家族や友人には、私が生きている事を知っている人はいないんだ。本郷隊長なんか、お子さんまでいるのにだよ」

「そんな……。隠し通せる物なのか?」

「私は飛行機事故で行方不明。本郷隊長は、落下傘が開かず即死。もう休暇を貰っても自室で寝るのが限界かな」

 木元は溜め息を漏らした。

「昔はね、メサイアにももっと隊員がいたんだって。でも、皆自分の故郷や家族を棄てていたね」

「それで納得出来るのか?」

「納得なんかは分からないよ。ただ、ちょっと羨ましいかなと思って」

 戸ヶ崎は、その声が、いつもの木元ホムラのような明るさに欠けている事に驚くのだった。そうか、帰れるだけましなんだ。それに、戸ヶ崎には郷野との出会いが有った。それは大きい。

「何か、しんみりしちゃったね。ごめん」

 木元が謝る。

「良いんだ。自分も帰ってそんなに良い思いばかりじゃ無かったしね」

「え?」

「家族は不幸になっていたし、勘当はされるしね」

「そうなんだ」

 木元はふーっと息を吐いた。

「お互い苦労が絶えないね」

「まあね」

 戸ヶ崎はそう言うと、木元が持って来たコーヒーを飲むのだった。


 五藤はブリーフィングルームでぼーっと考え事をしていた。彼女の頭の中は、ΝとΞの事でいっぱいだった。人間が変身する。それは大方予想が付いていた。ただ、眼の前でそれを見ると、どうしようもないくらい悩ましかった。

 五藤は瞳の奥に、あの二体の戦いを蘇らせていた。Νが――勝沼竜が何故戦いを拒んだのか? あの長峰深雪という少女は何で我々の前に立ちはだかるのか? あの二人は知り合いなのは良く分かった。五藤はゆっくりと、椅子の背もたれに身体を預けた。もしも自分ならば――。自分ならば、禍々しい姿に変貌を遂げたあの巨人を攻撃出来るのだろうか? いや、するだろう。

 五藤は、ポケットから写真を取り出すと、それを見た。家族で写っている写真。だが、もうその姿を見る事は出来ない。

「昔の事を思い出しているのか?」

 宮本が気が付きやって来た。

「副隊長、すみません、何かセンチメンタルな気分です」

「たまには良い。五藤の家族って?」

「皆死にました」

「そうだったな……」

 宮本は五藤と初めて会った時の事を思い出していた。

 ピカピカの戦闘用スーツにプロテクターを付けていた彼女。元警察官だった彼女は、ある犯人の逆恨みを受けて、家族を殺された。それを彼女は、プレデターの仕業だと言っていた。人間の形をしたプレデター。そんな物がいるのか? 当時の宮本はそこが彼女の勝手な妄想だとばかり思っていた。だが実際は、ΝやΞのように、ヒューマノイドタイプの存在もいるのだ。

「五藤、お前の家族は不幸な最期を遂げた。だが今からでも仇討ちは出来る。プレデターを倒し、人々を救うんだ、それが最大の恩返しだ」

「分かっているんです。ただ……」

「ただ?」

「今は。言葉に出来ないです。すみません」

「そうか。それもまた良い。悩まない人間なんていないからな」

 宮本はそう言うと、五藤の肩を軽く叩いて、本郷の元へ向かった。

 

 藤木はひたすらキーボードを叩いていた。木元がやって来ても気が付かない程に。

「ねえ」

 木元が声を掛けると、藤木はぎょっとした顔をした。

「何だホムラか……。驚かせるなよ」

「驚くような事していたの?」

「別に」

「あ、分かった。アダルトサイトにアクセスしてたんだなあ」

「どうしてそうなる?」

 木元は藤木の隣に座った。

「藤木隊員ハッカーだもんね。そういう人って小さい頃からエッチな動画を見る為に訓練しているって聞いたよ」

 藤木は苦笑した。

「僕はハッカーでは無いんだけれどな。海自のフリゲートの一クルーさ」

「でも今のメサイアの情報を牛耳っているの藤木隊員じゃない」

「殉死した平戸隊員の跡を継いだだけさ。パソコンは実はそんな得意で無いのにね」

 藤木はエンターキーを力強く押すと、後ろに伸びをした。

「作業完了。紅茶でも飲もうかな。ホムラ、注いで来てよ」

「また私をパシリにする。まあ良いけれど。アールグレイが入ったみたいだしね。私も飲もうかな」

「有難う」

 木元はカップを用意して、ティーバックを取り出すのだった。


 本郷はずっと戦略ディスプレーを眺めていた。今度DANGARUZOAが現れたら確実に仕留めなければならない。しかし、その為にはΞの妨害を防ぐ策が必要だ。ΝがΞを防いでくれると思っていたのが誤算だった。前回の戦いでΞをΝは積極的に攻撃しなかった。何故かは分からない。Ξの挑発的な破壊行為に漸く戦意を現したみたいだったが、それまでは防戦一方だった。Νはもしかすると、Ξに勝てないのかもしれない。弱った方を潰そうと考えていたが、Νが人間の味方である可能性も高い。だとすれば、目標はΞに集中させた方が良いだろう。だがどうやって、あの黒い巨人を倒す? メサイアが誇る兵器では太刀打ち出来ないかもしれない。いや、事実そうだ。こちらの戦力を増強させないと。

「本郷隊長」

 気が付くとブリーフィングルームに片桐の姿が有った。気が付かなかったが、入って来たようだ。周りの隊員達もいつの間にか黙り込んでいる。

「司令、何か?」

「皆さんにも朗報です。私達が持つ最大の兵器、プロメテウスカノンをクロウ2にも装備させました。予算が入り次第、クロウ3にも装着させる予定です」

「では、プロメテウスカノンは二機有ると考えてよろしいのですね?」

「その通りです本郷隊長。また、クロウ3にはプロメテウスカノン程の威力は無いものの、ジャベリンミサイルを撃てるように改造を加えております」

「ジャベリン?」

「先端をビームで包む徹甲弾ですね。相手の体内に突き刺さり、抜ける事は無い。従来の振動ミサイルも使えるようにしています。ジャベリンに関しては、外付けのミサイルポッドに格納します。こちらの計算だと、ΝやΞのバリアーを貫けるはずです」

「これで、恐れる物は何も無い訳ですね」

「そう言い切ってしまうのは少し展開が速いですよ木元隊員」

 片桐は、両手を背後で組むと、ゆっくりとブリーフィングルーム内を歩き始めた。

「戸ヶ崎隊員の証言も有り、Νは恐らく味方でしょう。ただしそれは対プレデターに限定しますが。Ξという厄介な相手もどうにかせねばなりません。一発の攻撃で仕留められなくとも、二発のプロメテウスカノンが有れば倒せない相手では無いと考えます」

「司令、Ξの攻撃を躱して、奴を倒すのは至難の業です。特に、Ξはプレデターの味方をします。Ξとプレデター、どちらを優先して攻撃すれば良いのですか?」

 片桐はフッと笑いを零した。

「失礼。それは本郷隊長の判断に任せます」

「私の一存で、ですか?」

「そうです。貴方が戦い易い方法で構わないです」

「分かりました」


 岐阜山中。

 勝沼は破壊された雑居ビルを見上げていた。Ξの――長峰の手で破壊された物だ。勝沼は黒いシャツを脱いで、黒いタンクトップ姿になった。腕のあちらこちらを負傷している。

「何が狙いなんだ、深雪ちゃん……? 俺が悪いのか? それとも別の理由が有るのか?」

 勝沼は思い出していた。

 長峰との日々を。

 幼い頃から仲良しで、一緒に遊園地や動物園なんかに行った事。まだ幼い頃、勝沼に手を引かれ、テーマパークで迷子になって、泣きながら歩く深雪ちゃん。あの時は勝沼が、俺がお兄ちゃんなんだからしっかりしないと、と空元気で不安を隠していたんだっけ。九州に旅行に行った時の事も覚えている。サファリパークでライオンに餌をやるのをビクついていた勝沼を深雪ちゃんが笑ったのはいつの頃かな。土手に並んで星を見たのも懐かしい。

 そんな深雪ちゃんが、苛めに遭っていた。それに気が付かなかった。もしかして深雪ちゃんはその事を怒っているのだろうか。それで、勝沼を攻撃するのだろうか。

 自然と、勝沼の眼から涙が零れた。

 ビルを破壊し、人々を食らう怪物の味方になり、あの優しかった深雪ちゃんはどこへ消えてしまったのだろう。何が彼女をそこまで落としてしまったのだろう。

 勝沼は胸のペンダントを見た。俺が止めるしか無い。その決意に応えるように、エメラルドグリーンの光が鼓動を描くように波打ち出た。今度は、必ずこれ以上深雪ちゃんに罪を背負わせない。もしも本当に生きているならば、罪を償って貰う。勿論、勝沼は自分がサポートする事を念頭に置いていた。これ以上、被害を広げてはいけないんだ。勝沼の願いに呼応して、エメラルドグリーンの光は強みを増していた。

 その時だった。勝沼の脳裏にビジョンがパッと浮かんだ。怪物が、町を襲っている。人々が踏み潰され、食い散らかされ、捻り潰されている。また現れるんだ。

 勝沼は、ペンダントを右手に乗せると、瞼を閉じて瞑想に入った。その身体からエメラルドグリーンの光が溢れ出した。


「岐阜県羽島市桑原にプレデター反応検出! DANGARUZOAと思われます」

「メサイア、出動!」

「了解!」

 一斉にプロテクターをはめる隊員達。それを本郷が眺めている。ほんの一分もかからない内に、全員戦闘準備完了である。意外に戸ヶ崎の動きが良い。陸自での訓練のお陰か。

「木元はクロウ1、俺と藤木はクロウ2、五藤と戸賀崎はクロウ3で出撃。今度こそ奴を逃すな!」

「了解です」

 ハンガーへと走る戸ヶ崎達。そのままハリアーMK9に乗り込む。

「出撃!」

 全ての機体が垂直上昇、一気にアフターバーナーに火を点けて、目標地点に向かった。

 戸ヶ崎は全速力で飛ぶハリアーのGに漸く慣れて来ていた。そのまま下降して羽島市街地上空を通過。

「いました、十字の方向」

「市街地でプロメテウスカノンは使えない。ミサイルとバルカンで、奴を木曽川へ誘導する」

 宮本の指示の元、三機のハリアーはDANGARUZOAを囲んだ。

「振動ミサイル、ファイアー!」

 木元が第一番目のミサイルポッドから振動ミサイルを発射する。それは真っ直ぐにDANGARUZOAを直撃した。倒れ込むDANGARUZOA。しかし直ぐに立ち上がると、光線を放った。華麗に避けてみせるクロウ1。DANGARUZOAは悔し気に、ハンマーハンドで町を殴り潰した。土煙が上がり、人々の悲鳴がこだまする。

 その時だった。エメラルドグリーンの光が空から降り注ぎ、Νを構成した。

「Νが来てくれた!」

 戸ヶ崎は思わず歓喜の声を上げる。

「戸ヶ崎隊員、彼を援護する。DANGARUZOAの後方に周り込むからジャベリンを使用しなさい」

「はい」

 クロウ3は、Νにがっちり抑えられているDANGARUZOAの背中に付いた。

「ジャベリンミサイル、ファイア!」

 機体側面に取り付けられたミサイルポッドから、二発のミサイルが放たれた。ミサイルは、先端をビーム幕で覆い、そのままDANGARUZOAの背中に突き刺さった。

“GWAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!”

 今まで聞いた事の無いような悲鳴がDANGARUZOAから上がった。ジャベリンミサイルが突き刺さった穴からは、だらだらと真っ赤な血が溢れていた。

「良いぞ、効いている」

 五藤が勝ち誇ったような笑みを浮かべる。戸ヶ崎は、第二射を用意していた。

 だが、そのクロウ3を紫色の光弾の雨が襲った。五藤が必死に回避する。

 戸ヶ崎の脳裏にも聞こえた。

「私と竜ちゃんの遊びの邪魔はさせないですよ」

 空から千切った布のような四枚の翼が見えた。Ξだ。

「邪魔って……」

 五藤が思わず口にする。

「五藤隊員にも聞こえたのですね」

「ええ。勝沼とあのΞは従姉妹なのよね?」

「そうらしいんです」

「それで勝沼は戦いを渋った訳か」

 Ξは木曽川の中に降り立つと、翼を格納し、右腕から紫色の光弾を放った。それはΝを直撃し、Νの右肩から火花が飛び散った。そして怯んだΝに、DANGARUZOAの電撃を帯びたハンマーパンチが炸裂した。スパークして吹き飛ぶΝ。

「竜ちゃん、竜ちゃんの相手は私だよ」

 Νに飛び掛かるΞ。マウントポジションを取られるΝ。必死に抵抗して、Ξを横へ転がす事に成功したΝだが、そこをDANGARUZOAの熱線が直撃した。

「ウウウウウウウウウアアアアアアアアアア!」

 Νが吹き飛ばされる。それを追うΞ。

「DANGARUZOAを攻撃する! Ξには構うな!」

 宮本の命令が飛ぶ。三機のハリアーMK9は一気に加速して、町を目指すプレデターの進行先からミサイルとバルカンを発射した。火花が飛び散るDANGARUZOA。戸ヶ崎がジャベリンミサイルの二射目をDANGARUZOAの脚目掛けて撃ち込む。命中し、貫通するジャベリンミサイル。堪らず倒れ込むDANGARUZOA。再び立ち上がろうとするプレデターに振動ミサイルの雨がクロウ1より降り注げられた。DANGARUZOAは怒りに任せて、口から熱線を空へ向けて放った。雲を切り裂き、空気を歪ませる程の熱線がハリアーを散り散りにさせる。

「大丈夫だ、奴の注意はこちらに引き付けた。このまま木曽川に誘導。プロメテウスカノンで仕留める」

 Νは相手の攻撃を防ぎつつ、合気道のように受け流してダメージを与えていた。

「へえ、竜ちゃん、そんな事も出来るんだ。映画馬鹿かと思っていたのにね」

 Ξは両腕を上げると、エネルギーを両方の掌の間にスパークさせた。

「これはどうする? ダークネスレイ!」

 紫色の破壊光線が、真っ直ぐにΝに向けて放たれた。Νは咄嗟に、シールドを作ってそれを防いだ。だが、その攻撃はシールドに弾かれた部分が辺りに散らばって爆発を起こしてしまった。Νの眼の前で、家々が燃え、ビルが吹き飛び、子どもを連れた母親が蒸発した。

「あはは、ほら。竜ちゃんのせいだよ」

 Ξが嘲笑する。Νは拳を作ると、一気に駆け出した。そしてその拳をΞの左頬に直撃させた。火花が散り、吹き飛ぶΞ。ハッとするΝ。思わず拳を見てしまう。

「そう、そうよ。そうやって遊んでいたいの。手加減無しで行くわよ」

 Ξは、構えると、Νに向かって飛び掛かる。Νは飛び蹴りを受けて、後ずさった。

「お願いだ、深雪ちゃん。俺達が戦う理由は無い!」

 勝沼は必死に呼びかけた。

「そっちに無くてもこっちには有るのよ!」

 Ξが膝蹴りを食らわせた。それはΝの鳩尾を直撃した。

「また手を抜いている。あの時と同じね」

「?!」

「そんなんだから、私を止められないのよ竜ちゃん!」

 蹲るΝに、Ξが踵落としを決めた。Νが地面に転がる。

「歯ごたえが無いわね。じゃあ、またこの街を焼き払うだけね」

 Ξは、そう言うと、紫色の光弾を家々に向かい放射した。次々とビルが崩れ、橋が崩落する。

「止めろ!」

 Νが立ち上がり、Ξを抑え込んだ。

「いつまでも抑えていたんじゃ勝てないよ、竜ちゃん」

 Νは嘲笑するΞを抱えながら、四枚の翅を伸ばした。それを昆虫のように羽ばたかせると、空中へ舞い上がるのだった。

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