第三幕
戸ヶ崎の腕時計型通信機が鳴った。
開くと本郷の顔が映された。
「戸ヶ崎隊員、DANGARUZOA検出。諏訪湖沿いにヘリを停める。それに乗り、作戦ポイントへ向かうよう」
「了解」
戸ヶ崎は、諏訪湖にさざ波を立てて、一機のメサイア仕様のヘリコプターがやって来るのを見た。そしてその着陸地点へと急いだ。
「戸ヶ崎伸司です、只今戻りました」
戸ヶ崎がそう述べると、ヘリコプターは彼を乗せて、発進した。地上がどんどんと遠ざかって行く。その時、諏訪湖沿いを自転車で走る郷野の姿が見えた。
「加藤、有難う……」
「何か?」
「いいえ、こちらの話です。現場へ急ぎましょう」
戸ヶ崎はパワードスーツに身を包むと、プロテクターを巻くのだった。情報はすぐに入って来た。
「現在DANGARUZOAとΝが出現。戦闘を開始しています」
その声を聞き、戸ヶ崎は一抹の不安を覚えた。もしかすると、Ξも現われるかもしれない。
「作戦ポイントへ到達。戸ヶ崎隊員、パラシュートで降りて下さい」
「自分は落下傘の経験が無いですが?」
「そうで有っても向かうのがメサイアという物です。さあ、これを持って」
戸ヶ崎に渡されたのは彼のイグニヴォマだった。そして戸ヶ崎はパラシュートを背負うと、意を決してヘリから飛び降りるのだった。晴天の中、ΝとDANGARUZOAの戦う姿が見えた。
「戸ヶ崎、来たか」
上手く開けた土地に着地した戸ヶ崎に、宮本からの通信が入った。
「来ました。現在作戦襟エリアへ急行中」
戸ヶ崎が叫んだその時、眼の前をブレザー姿の少女が駆けて行った。分かった。長峰深雪だ。
戸ヶ崎はイグニヴォマを構えると、パラシュートをどかしてその前に立ちはだかろうとした。
「止まれ、Ξ!」
イグニヴォマを構えた戸ヶ崎が長峰の前に立てたのは普段の彼の訓練の賜物か? 或いはこれも長峰の計画の内なのか?
「メサイアの隊員さん、また会いましたね」
長峰は悪びれる様子も無く落ち着いていた。
「貴様、また勝沼さんを倒しに行くのか?」
「竜ちゃんの事を倒して何が悪いの?」
「何だと!?」
長峰は高笑いをしてみせた。
「貴方には分からない話ね、戸ヶ崎さん」
「どういう意味だ?」
「竜ちゃんはね、私を殺したのよ。私を救わなかったの。その意味が分かりますか?」
「話が読めない」
「分かりませんか? 部外者は立ち去れと言う意味です」
長峰はそう言うと、ペンダントを握った。勝沼と同じ菱形のペンダント。そこから溢れるのは紫色の光だった。
「させるか!」
戸ヶ崎は長峰目掛けてイグニヴォマのシュツルムファウストを放った。それは長峰を直撃した。爆発が起きる。その爆煙の中から、紫色の光弾が放たれた。それは戸ヶ崎の右肩を吹き飛ばした。パワードスーツが抉れ、鮮血が流れ出た。
煙が晴れるとそこに、何の傷も負っていない長峰の姿が見えた。
「驚きました? 私は変身しなくても、この力を使う事が出来るのですよ」
長峰は、紫色の粒子に一気に包まれて、空へ向かって飛んだ。そう飛び上がったのだ。戸ヶ崎がそれを狙おうとイグニヴォマを構えるも、右肩の痛みが酷く、上を狙えない。
そして戸ヶ崎の眼の前で、長峰はΞに変身するのだった。Ξは、一気に駆け出した。
「こちら戸ヶ崎。Ξが現れました」
ハリアーMK9の轟音が響き、戸ヶ崎の頭上をクロウ1が通過する。
「こちらも目標を認識。ΞはΝの元へ向かう模様」
木元の声が聞こえた。
「木元、Ξを足止めしろ。こちらはDANGARUZOAを潰す」
宮本が応答した。
「戸ヶ崎隊員は地上から援護を。私もDANGARUZOAを目標にします」
五藤からの命令が下った。戸ヶ崎は、パワードスーツの脚部ポケットから、注射器を取り出すと、右腕に刺した。痛みやがて薄れて行った。
イグニヴォマを構え直す戸ヶ崎は、クロウ1のメーザーバルカンをシールドで防いでいるΞの背後に周った。そしてシールドの裏から、レーザーライフルで攻撃を加えた。火花が散り、僅かにΞの右肩に火が着くも、その程度だった。Ξは手から光弾を放つと、クロウ1を急襲した。回避に徹するクロウ1。戸ヶ崎も援護をする。だが全く効き目が無い。
「こんなのじゃ駄目だ」
戸ヶ崎は、せめて囮になろうと、Ξの顔面目掛けてバルカンを掃射した。Ξの顔面に火花が散る。Ξは漆黒の眼で、戸ヶ崎を捉えた。そして紫色の光弾を次々と発射した。それは地面を抉り、戸ヶ崎を吹っ飛ばした。上手く受け身を取る戸ヶ崎。だがそんな彼を嘲笑うかのように、Ξは光弾を次々と発射した。戸ヶ崎は逃げの一手に周った。
「戸ヶ崎君、有難う!」
そのΞの背中にクロウ1がミサイルパックいっぱいのミサイルを当てて、パックを切り離して上昇した。Ξはオレンジ色の閃光に包まれていた。その漆黒の眼が真っ赤に輝き出した。
「何だ?」
戸ヶ崎もそれを見て思わず口走ってしまった。一体どういう事が起きているのか?
Ξは振り返ると大きく吠えて、木元のハリアーMK9を猛攻撃しだした。次々と光弾や光線が宙を舞うクロウ1を追う。木元は抜群の操縦センスでそれを避けているものの、落とされるのは時間の問題だった。
戸ヶ崎は再度、Ξの顔面を目掛けてレーザーライフルで攻撃を加えた。だが今度はシールドに阻まれた。
「ちい!」
戸ヶ崎は舌打ちをすると、一気に前まで駆け出した。もう一度、こちらを標的にするようにΞに挑発を仕掛けたのだ。Ξの光弾の影響で開けた所に出た戸ヶ崎は、レーザーライフルを放った。Ξはそれを片手で受け止めた。そしてそのままゆっくりと、戸ヶ崎の方を向いた。Ξを前にして、戸ヶ崎は明確な恐怖を感じていた。
戸ヶ崎には分かっていた。長峰はΝと――勝沼と戦いたいのだ。
Ξは咆哮を上げた。そして、両腕を高く上げて、その両方の掌に紫色のエネルギーを溜め、光線を発射した。木々を燃え上がらせて、クロウ1を一気に空の彼方まで逃げさせ、そして戸ヶ崎を爆発に巻き込ませた。Ξは勝ち誇ったような雄叫びと共に、ΝとDANGARUZOAの戦う所まで駆け出すのだった。
「来るぞ!」
クロウ3に乗り込む本郷は、こちらへ向かって猛ダッシュするΞの姿を見逃さなかった。
「矢張り木元隊員一人では荷が重過ぎましたね」
五藤が解説をする。
「そうも言っていられないわ。兎に角DANGARUZOAを殲滅する!」
本郷は宙返りをすると、一気にΝとDANGARUZOAの真上に付けた。メーザーバルカンと振動ミサイルがクロウ2から放たれる中、本郷は五藤にエネルギー爆弾での爆撃を命じた。
「了解、エネルギー爆弾、投下します」
光の爆弾が次々とハリアーMK9の下腹部から降下される。それ等は全て、五藤の正確な爆撃によって、DANGARUZOAを襲うのだった。DANGARUZOAは手あたり次第、そびえ立つ物、動く物の区別なく光線で攻撃を始めた。
「良いぞ、このままならば行ける」
本郷の計算ならば、例えΞが邪魔に入っても、DANGARUZOAは仕留められる予定だった。そしてΞはこの戦場に現れた。
「各機、Ξは無視しろ。DANGARUZOAを叩く」
本郷の次の命令は戸ヶ崎には非情に感じた。
勝沼と長峰が、例え結果上だとしても戦わなければならない。それはどれ程勝沼が避けたいか分かっていたからだった。右肩がまた痛みだした。
Ξは、Νにタックルを噛ました。だがΝは翅を広げ、それを華麗に飛んで回避した。Ξは、Νに向き合うと、今度は光弾を連続発射した。Νはバリアーを張るとそれを防いだ。そしてそのままバク転をすると、DANGARUZOAと距離を取った。
Ξは、雄叫びと共にΝに殴り掛かった。Νは顔面にそれを受け、また二発目を鳩尾に浴びて、一気に後退した。Ξの攻撃はそれでも続いた。ひたすらΝを殴り続ける。右ストレート、左ジャブ、アッパーカット。Νはそれを受けるだけ受けていた。
「何で反撃しないんだ?」
DANGARUZOAと戦闘をしつつも二体の巨人について考えていた藤木が呟いた。それは地上で攻撃に参加しようとしている戸ヶ崎の耳にも入った。分かっていた。相手が相手だから、戦えないんだ。
ΝはΞの攻撃を受け続けるしか無かった。Ξはそれを分かっているのか、余裕を醸し出しながら、次々と拳を打ち出す。Νは身体中を痛めつけられて、ふらふらと立ち上がる。そのΝ、勝沼の頭の中に、長峰の声が響くのだった。
「竜ちゃん、どうしたの? 何で戦わないの? まさか私とは戦えないって言うの?」
ΝはΞの飛び膝蹴りを受けて、更に後退する。段々とDANGARUZOAとの距離が広がる。
「竜ちゃん、私の事を楽しませてくれないんだ。あの時みたいに、助けてくれないんだ」
Νは両腕を使って、Ξの膝蹴りを防御した。そして、Ξの背後に周り込むと、Ξの両腕を押さえ付けた。Ξは、必死にもがく。だがΝは身体を密着させて、Ξの動きを封じている。
「それが竜ちゃんの答えなんだ。私とは戦えないんだ。何でかな、竜ちゃんが私を殺したのにな。その事を分かっていないんでしょうね。竜ちゃん、私と戦いなさい!」
Ξの身体に紫色の光が溜まり、スパークする。紫の稲妻がΝを直撃した。Νは身体中を電流の通り道にされて、苦悶の声を上げる。そしてΞは背後にいるΝを押し潰す形で倒れ込んだ。
Νの束縛を離れたΞはそれを見て、腰に手を当てて挑発するかのようなポーズをした。Νはそれを見ながらのろのろと立ち上がった。Ξは両手を前に突き出すと、光弾を放った。Νの身体に突き刺さったそれは爆発すると同時に、エメラルドグリーンの光を噴出させた。それでもΝは攻めない。ずっと攻撃を待っている。
「竜ちゃんは分かっていないね。私がいつか攻撃を止めると思っているんでしょ? 甘いよね、そういう所。じゃあ、こうしてみようか?」
Ξは、腕を伸ばすと、近くに立っていた雑居ビルに光弾を直撃させた。爆発炎上するビル。続いて農場を攻撃するΞ。一瞬で建物が燃え上がる。
「ほら、竜ちゃんが戦わないと民家を燃やしちゃうよ」
Ξが再度攻撃の為に光弾を放つ。それを身を挺してΝが防御した。Νは身体を使って、その攻撃を防ぐのだった。
「良く出来ました」
Νは、傷を庇いながら立ち上がると、漸く戦う姿勢を見せた。
「それで良いの、さあ、邪魔が来ない内に戦いましょうか」
Νは拳を握ると、攻撃体勢に入った。
戸ヶ崎は必死にΞの後を追った。駄目だ、勝沼さんと長峰を戦わせてはならない。今戸ヶ崎の眼の前でΝとΞが向き合っている。先程までずっと防戦一方だったΝの動きが明らかに変わったのだ。建物を破壊されたが故に、きっと攻撃に転じたんだろう。
それはメサイアとしては喜ぶべき事なのかもしれない。メサイアの攻撃力でΞに勝てるか分からない。だがΝならばΞに勝てるかもしれない。それがメサイアの楽観的な希望だった。ΝがΞの相手をしている間に、プレデターに集中出来るという点も良かった。だが……。
勝沼という人間が実はΝだと知った時、戸ヶ崎は彼が積極的に戦うのを嫌っていた。そして長峰深雪。彼女にとって、彼は何だったのだろうかはまだはっきりしない。そうは言いつつも、彼女と彼が戦う事は良く無い事だと分かった。
戸ヶ崎はゆっくりとイグニヴォマを構えた。レーザーライフルが、Ξを直撃する。
「戸ヶ崎隊員、今はDANGARUZOAに攻撃を集中しなさい」
本郷からの指令が下った。戸ヶ崎は已む無く、次の攻撃をDANGARUZOAに向けるのだった。早くこのプレデターを始末して、勝沼さんを戦いから背けないといけない。戸ヶ崎は必死にレーザーライフルを放った。
DANGARUZOAはエネルギー爆弾を受けて、腕をドリル状に伸ばした。
「また逃げるつもりか?」
戸ヶ崎は必死にレーザーライフルでDANGARUZOAを撃ち抜いた。右に左に腕を貫く。DANGARUZOAは悲鳴を上げて、戸ヶ崎を睨む。爆発が次々とDANGARUZOAを襲うも、DANGARUZOAは頭上のハリアー目掛けて光線を放つ。
「くたばり損ないが!」
戸ヶ崎は必死に攻撃を仕掛けた。だがここまでか。
DANGARUZOAは一気に地面を掘削し出した。次々と土砂が空中に巻き上げられる。エネルギー爆弾の攻撃もここまでか。
「プロメテウスカノンの使用を許可する! 木元隊員!」
「了解しました。プロメテウスカノンを使用します」
本郷から指示が出た。木元が、クロウ1を一気に旋回させて、上空からDANGARUZOAを狙う。DANGARUZOAは必死に地面を掘り、背中はがら空きである。チャンスだ!
ΝはΞを受け流して対応していた。だが、今度は積極的に攻める。Ξの腕を抱え、股に手を掛け、一気に投げ飛ばした。Ξは背中から地面に落ちた。その眼の前で、まさにプロメテウスカノンが放たれようとしている。Ξは紫色のシールドをDANGARUZOAの頭上に張り巡らせた。
「プロメテウスカノン、ファイア!」
木元の機体が強力な破壊光線を機体上部の発射口から発した。深紅の光線は真っ直ぐにDANGARUZOAを直撃したかに見えた。
だが、それはΞが張ったシールドに弾かれた。
「まさか!」
木元が口元を歪めた。このままだと逃げられる。だがプロメテウスカノンは一発しか撃てない。
「このままだと、また逃げられる」
Νが、Ξの身体に体当たりを食らわせた。そして、DANGARUZOAを目掛けてクァンタムバーストのエネルギーを溜め込んだ。そのエネルギー光球を放とうとした瞬間、Ξのシールドが更にΝの眼の前に張り巡らされた。Νの必殺技も、Ξの防御力を上回らなかった。シールドを前にして、Νの攻撃は爆発した。その力は決してΞのシールドを破れなかったのだった。
DANGARUZOAは地面に身体を完全に潜り込ませてしまった。メサイアのハリアー達は、その後を追って攻撃を始めた。だがメーザーバルカンも振動ミサイルも、どれも地底に潜ったDANGARUZOAを捉えきれなかった。
Νは、改めてΞに向き直った。Νは悔し気に拳を握り締めていた。そのままΞに向かって、走って行った。Ξはそれを、余裕の表情で躱してみせた。勝沼の脳裏に、再度長峰の声が響く。
「ほらね、竜ちゃんが私の為にしなかった事への罰よ。あのプレデターは生かしておくわ。また今度、会った時にはちゃんと私の事を誠意を持って扱って貰いたいわね」
勝沼の頭にそう呼びかけて、Ξは紫色の光の粒子となって、空へと消えて行った。Νは地面に拳をぶつけた。破壊された建物が、勝沼の心に突き刺さった。Νはエメラルドグリーンの光の粒子となって、消え去るのだった。
戸ヶ崎は必死に勝沼の姿を探していた。彼は詫びたかった。勝沼を長峰と戦わせたのは自分にも責が有ると彼は考えていたのだ。
その時、戸ヶ崎の通信機が鳴った。開くと、そこに宮本が映し出された。
「戸ヶ崎、作戦は失敗だ。至急本部へ戻り、ブリーフィングを行う」
「副隊長、自分の休暇は……?」
「そうだったか……、分かった。休暇を終えてから報告しよう。今は戦闘に駆り出して済まなかったな」
「肩の方を負傷しました。普通に病院に行っても良いのですか?」
「いや、万が一の事が有る。うちのメディカルセンターへ寄っていけ。休暇はその分伸ばして良い」
宮本はそう言うと、通信を切った。戸ヶ崎は、手近な装甲車に乗り込むと、一度δ地帯に戻るのだった。
治療は然程大袈裟な物では無かった。単に、消毒と簡単な縫合を受けるだけだった。これもメサイアのパワードスーツのお陰らしい。
肩に包帯を巻いた戸ヶ崎は、再び諏訪へと向かった。自宅に寄り着く事が出来ないのは当たり前だが、それを越えて、勝沼の事が気掛かりだった。戸ヶ崎はまた諏訪湖沿いにしゃがみ込むと、勝沼に想いを馳せた。
長峰が何を言いたかったか戸ヶ崎には分からなかったが、それでも彼女が何か特別な感情を勝沼に抱いているのは分かった。長峰と勝沼の関係を洗わないといけない。戸ヶ崎は本部に帰った後の仕事を頭に思い浮かべていた。
その時、携帯電話のバイブレーションが鳴った。戸ヶ崎がそれを見ると、郷野の物だった。
「今どこ? 暇ならばうちのグリーフサポートのチラシ配り手伝ってくれる?」
彼女のそんなメールを見て、戸ヶ崎は、諏訪湖を後にした。目指す場所は郷野の元だった。勝沼の激闘を目の当たりにして、その後郷野に会うのは少し気が引けるのも事実だ。だが彼は、彼女の為にならば多々帰るかもしれないと思っていた。たった一人、彼を抹消したいと考えない友人。友は、何年経っても友なのかは分からない。ただ、加藤――郷野が彼の故郷に、今なろうとしていた。




