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Wing Fighter Ν  作者: 屋久堂義尊
episode09 支え
26/69

第二幕

 戸ヶ崎の眼の前で、Νは倒れた。Ξは勝ち時の咆哮を上げ、更に戸ヶ崎の絶望を深めた。戸ヶ崎が、イグニヴォマのバルカンを照射してΞを攻撃した所で意味は無いかもしれない。ただ、今眼の前で翼を広げて飛び立とうとするΞを抑えられるならば、彼は自分の出来る全てをした。

 そしてΞが飛び上がろうとした時、Ξはつんのめるような形で、宙に浮かぶのを止めた。

 何が起きたか戸ヶ崎も最初は理解出来なかった。Ξの右足首に、Νがしがみ付いていた。

「勝沼さんが……!」

 再び瞳に光を宿したΝは、Ξを引き摺り降ろすと、背中から抑えつけた。Ξは完全に動きを封じられた。だがΝが行うのはそこまでだった。その先、Νは動かなかった。Ξは根負けしたように、紫色の光となって消えるのだった。そして、Νは、戸ヶ崎は、五藤は聞いた。長峰深雪の声を。

「今日はこれくらいにしてあげます。竜ちゃん、また今度ね。はははははは」

 紫色の光粒子は、空へと舞い上がるのだった。

 Νは、それを確認した後、四枚の菱形の翅を広げて、羽ばたかせた。

「後を追うつもりなのか?」

 五藤が風に煽られながら述べた。

「いいえ、きっと……」

 戸ヶ崎が返す間も無く、Νは空中へ浮かび上がるのだった。


 DANGARUZOAを翻弄していたメサイアの残されたメンバー。DANGARUZOAは確実に、人口密集地帯からは離れて行った。所が次の瞬間、形勢は一気に様変わりした。DANGARUZOAが、拳状の腕を鋭く尖らせた。そしてそのまま地面を掘り進み出したのだ。

「逃げるつもりだ!」

 藤木が思わず叫ぶ。

「全ミサイル発射。奴を止めろ」

 本郷から指令が入った。本郷もレーザーライフルで攻撃を加える。ドリルのような構造で、奥へ奥へと身体を沈めるDANGARUZOAの腕。木元機が全てのミサイルポッドをパージしつつ振動ミサイルを放つ。オレンジ色の閃光が輝くも、相手はお構いなしである。

「木元、プロメテウスカノンを使え」

 本郷から指示が下った。木元は狙いを定める。

「プロメテウスカノン、ファイア!」

 木元の機体から深紅の破壊光線が発射された。それは地面に潜って行くDANGARUZOAを目掛けて放たれた。しかしながら、その直撃が来るより前に、DANGARUZOAは地底へと沈んだ。

「効果は?」

 木元がホバリングしつつ穴を見る。

 そこを、木元機の真下から、DANGARUZOAが姿を現した。

「しまった!」

 木元が回避行動を取るには、あまりにも時間が足りな過ぎた。DANGARUZOAのドリル状の腕が、クロウ1の真下から貫通する形で向けられた。

 だが、その時深紅の光線が、その腕を直撃した。木元はその隙にアフターバーナーを全開にして回避行動を取った。

「Νか」

 木元が呟くと、そこにエメラルドグリーンの光が降り注いだ。それに包まれながらΝが着地する。着陸したΝの背中の翅が、背中に縮こまり、収納される。

「各機、攻撃を中断せよ」

 本郷が命令する。

「このプレデターはどうするのです?」

 宮本が問う。

「戦わせて、弱った所を狙う。それが最善の策だ」

「しかし、もうまともな武装は無いです」

「プロメテウスカノンを使ってしまったのは私のミスだ。それ以外の方法でDANGARUZOAを潰しなさい」

「了解。各機、攻撃をエネルギー爆弾に切り替えろ」

 宮本が早速次の作戦に取り掛かった。

 Νは、DANGARUZOAを持ち上げると、地面に叩き付けた。DANGARUZOAは再度、両腕を拳状に変形させて、Νを殴り付けに向かった。Νはそれを回避して、必殺の一撃を浴びせようと、手を開き、指と指をスパークさせだした。だが、DANGARUZOAの方が速かった。DANGARUZOAは口から熱線を放ち、Νが作りだしたエネルギー光球に誘爆させた。Νは悲鳴と共に一気に吹き飛ばされた。その爆風は凄まじく、爆撃を行おうとしたハリアーを大きく揺らした。地面にいた本郷も吹っ飛び、木々が次々と倒れた。

 爆破が治まって、Νが再度起き上がった時には、もうDANGARUZOAの姿は無かった。逃げられたのだ。

 Νは、倒れると、そのまま光の粒子となって消えた。

「目標、Ν、どちらも消失」

 藤木が報告をする。

「了解、一旦δポイントに戻るわよ」

 本郷が応じるのだった。


 戸ヶ崎は勝沼の姿を探したかった。だが本郷がそれを許さなかった。また、五藤も彼女に同意見だったのは戸ヶ崎に失望を与えた。今こそ協力出来るチャンスだと彼は思っていたのだった。

「DANGARUZOAの行方は?」

 本郷は藤木に聞いた。

「まだ掴めていません」

「奴が人口密集地に出現したらまずいですね」

 木元が悔し気に述べた。

「その前に奴を叩くしか無い。索敵を怠るな」

 宮本が短く命じた。

「戸ヶ崎隊員」

 本郷が呼び出した。

「何ですか、隊長?」

「貴方に休暇を与えます」

「え?」

 戸ヶ崎が驚くのも無理は無かった。ここに来てまともな休暇を貰った事は無い。いや、寧ろそんな物は望めないと思っていた。本郷は眼を瞑ると続けた。

「貴方には迷いが有る。だから一度、全てを忘れなさい。リセットするのよ」

「そうは言いましても……」

「このままだと、こちらの任務に支障を来たすわ。それは迷惑なの。取り敢えず、一度日常に戻りなさい」

「分かりました」

「休暇にはルールが有ります。貴方には終始見張りが付きます。今までは隔離病棟に入院していた事になっているわ。貴方はまだ死人扱いでは無いからそこの所の辻褄合わせにはしっかり対応して頂戴。家族に会いに行っても良いかもね。でも、必要以上の事を話せば、家族も娑婆から消えて貰う事になるの。そこも気を付けて。因みに貴方の病気は、ウイルス性の肺炎だと言ってあります。一旦帰省して、それからまた別の病院に入るというプランはどうかしら? もしも、休暇中にプレデターが検出してら、貴方には出動の義務が課せられる。その際には、迎えが来るからよろしく。じゃあ行って来なさい」

 本郷はそう述べると、戸ヶ崎の背中を叩いた。


「帰ってくれ!」

 実家が有る諏訪に戻った戸ヶ崎に向けられる視線は決して温かみの有る物では無かった。周囲からは奇異の眼で見られ、彼が通る所人混みが出来ていた。そして実家に帰り着いた時、父の言葉が胸を貫いた。

「帰ってくれ、お前のような息子はおらん方がええ!」

「どういう事だ父さん!?」

 戸ヶ崎は長屋式の一軒家の玄関を前に、自分の父親相手に声を張り上げていた。

「お前、病気になっただろ。伝染病。それもかなり性質の悪い奴。お陰で父さん達は、村八分だ」

「そんな……。好きでなったんじゃ無いのに」

「そんな事関係無い。父さん達の家は消毒されて、父さん達も一時隔離されて、母さんに至ってはお前のせいで鬱病に罹って……」

「そんな……!?」

「兎に角、もう来ないでくれ。お前のような息子はうちにはおらん」

 戸ヶ崎の父はそう言うと、戸ヶ崎を突き飛ばすのだった。転げる戸ヶ崎を、多くの野次馬が囲う。戸ヶ崎は仕方が無く、その場を後にするのだった。

 諏訪湖沿いに来た時戸ヶ崎は、自分の今の状態がそれ程酷い物だと初めて知らされたのだ。全てが彼に敵意を剥き出しにして、存在する事を否定している。戸ヶ崎は悔しくて、諏訪湖に石を投げた。

「これが休暇? どう休めと言うんだ?」

 戸ヶ崎が呻くと、風が吹いて諏訪湖に波が立った。

 これがメサイアのやり方なのか。次々と行く先を失った隊員達は、もうメサイア以外に帰れる所は無くなる。これを狙っていたのか。

 戸ヶ崎は溜め息を吐く。

「あの、すみません……?」

 戸ヶ崎に女性の声が掛けられた。

「戸ヶ崎伸司さんですよね?」

 戸ヶ崎は、振り返ってみた。長髪のスレンダーな若い女性が眼の前に立っていた。

「ええ、そうですけれど?」

 戸ヶ崎は恐る恐る返した。するとその女性は満面の笑みを浮かべた。

「やっぱりそうだ! 戸ヶ崎君だ!」

「え? 何で自分の事を?」

「嫌だ、忘れちゃった? 私よ。郷野秋子。下小で同じクラスだった」

「郷野秋子? え? 聞き覚えないんだけれど……」

「元加藤秋子と言えば分かる?」

 戸ヶ崎の記憶が一気に引きずり出される。加藤秋子、その名は……。

「加藤? あの中学で東京に引っ越した?」

「そうそう。思い出してくれたのね」 

「苗字が変わったって事は、お前結婚したのか?」

 郷野はゆっくりと首を振った。

「そんな上手く行かないよ。両親が離婚して、母さんに付いて行く事にしたんだ。戸ヶ崎君はもう忘れちゃったかな? あのじいちゃんの家」

「覚えているよ、皆でスイカをご馳走になった所だろ。あの畑、良かったなあ。今でも何か作っているのか?」

「ううん。畑は売っちゃったんだ。今は母さんとばあちゃんと一緒に住んでいるよ」

「おじいさんは?」

「もう亡くなったわ。ばあちゃんも認知症で、母さんだけじゃ心配だから来たのよ」

「そうか……」

「戸ヶ崎君は、何しているの? 何か防衛大に行ったとは聞いていたけれど、自衛官?」

 戸ヶ崎は少し迷った。メサイアの事は言う事が出来ない。ならば、何とか誤魔化すしか無いのかもしれない。

「そんな所だが、ちょっと病気に罹っていてな、今は任務から外されている」

 戸ヶ崎は、本郷が作ったドラマ通りに話した。

「それでか、戸ヶ崎君に会いに行ってはいけないって皆が言うの」

「何だ知っていたのか」

「感染力が強いとか遺伝するとかって本当なの? 隔離されていたんでしょ?」

 郷野が聞いて来る。しかし邪気は感じられない。

「自分でも良く分からない。また数日後には病院に行くんだ」

 郷野はじっと見詰めると、悟ったように口を開いた。

「そういうの何かの陰謀みたいね」

 戸ヶ崎はびくりとした。鋭い、と思った。

「そうだな。まるで何かにはめられた気分だ」

 郷野は笑う。

「自分でも分かっているんじゃん。別の病院に通いなよ。セカンドオピニオン必要だよ」

「有難う。でも自分で好きに動けないんだ。あんまり色々やると、また両親に迷惑をかける事になるしね」

「でも戸ヶ崎君のご両親は戸ヶ崎君を棄てたよ」

 その発言は、例え分かっていても戸ヶ崎を悲しませる物だった。思わず目頭が熱くなった。

「ごめん、言い過ぎた」

 郷野が謝罪する。

「いや、良いんだ。事実は事実だから。自分はもう居場所が無い。大人しくどこかの病院にまた入院させられるよ。それしか無いんだ」

「戸ヶ崎君……」

 郷野の眼にも悲しい色が見えた。

「じゃあさ、メアド交換しようよ」

 郷野の持ち掛けに、戸ヶ崎は驚いた。自分の事が怖く無いのか? そう思うと、まるでこの郷野秋子という女性が、一種の差別を乗り越えているのかもしれないと言う希望を持てた。

「良いよ。交換しようか」

 戸ヶ崎はそう言うと、携帯電話を出した。

「赤外線行ける?」

「勿論だ」

「じゃあ私から送信するね」

 郷野はそう言うと、戸ヶ崎の携帯電話に自分の携帯を近付けた。

「送信完了」

 郷野は楽しそうに述べた。

「今度は戸ヶ崎君の番だよ」

 郷野が嬉しそうに携帯電話を近付ける。戸ヶ崎も何とは無くだったが楽しかった。

「受信完了」

 郷野は笑うと、戸ヶ崎のアドレスを見た。

「げー、何これ。滅茶苦茶な文字列」

「買った時から変えていないからなあ」

「メアドは人の性格を表す物でしょ。変えてないって勿体無いよ」

「そういう加藤――いや、郷野のメアドはどうなんだよ?」

「私のは好きな歌詞を持って来ているわ」

“This_is_the_nexus”と画面に浮き出ている。

「戸ヶ崎君、メアドで第一印象を決めないとね」

「自分にそんな物必要かな?」

「当り前よ。さ、変え方教えてあげるから変えてみましょう。やっぱり自分の名前を入れたいかな?」

「そういう物なのか?」

「一般的にはね。私は好きじゃ無いけれど。もっと個性出して行こうよ」

「個性か」

 戸ヶ崎は空を見た。真っ青な空には飛行機雲が棚引いている。

「所で加藤、じゃ無かった、郷野。お前は何をやっていたんだ?」

「別に加藤で良いわ。私はグリーフケアサポートサービスの宣伝中よ」

「何だ、グリーフケアなんかやっているのか?」

「本当はどこかの病院のお抱えのターミナルケアなんかやりたいんだけれどね」

 郷野はそう言うと、一旦戸ヶ崎の後ろの方に駆け去った。堤防に自転車が停めて有った。その籠から一枚のチラシを持つと、郷野は大急ぎで駆け寄って来た。

「これがそれよ」

 戸ヶ崎はそれを受け取った。

「グリーフサポート下諏訪か」

「そうよ、中々本格的でさ、月に一回東京の島田晋先生をお呼びしたりしているの」

「良い仕事に就けたね」

「そうは言っても全然駄目。グリーフケアとかグリーフサポートとか一言で言うと簡単だけれども、実際にやってみると、十人十色と言うか多種多様と言うかね。座談会とか開くと、人によっては喧嘩になっちゃったりするんだ。心に傷を抱えると、人は時に狂暴になるよ」

「そうなんだ」

「戸ヶ崎君の仕事の方がまともかもね。だって人を守る仕事だものね」

 戸ヶ崎は溜め息を吐いた。

「そんな簡単じゃ無いよ」

「だって人を守る仕事なんでしょ」

「確かにそうなんだけれど……」

「何で自衛官なの?」

 戸ヶ崎はそれを聞いてハッとした。何故ならば、郷野の問いはメサイアに対して向けられる物だと勘違いしてしまったからだ。

「一番は、給料かな」

「そんなに良いの?」

「一応国家公務員だからね。でも今はもうその仕事を続けられるかも分からない」

 戸ヶ崎の言葉は尻すぼみであった。

「これからどうするのかなあ」

 戸ヶ崎は諏訪湖の方を見ながら呟いた。

「それは戸ヶ崎君にしか分からないよ。でも不思議ね」

 郷野は戸ヶ崎の横に座った。

「本当に伝染病なの? 一時期は死亡説も出ていたみたいらしいけれど」

「死んだ方が良かったな。まさか故郷が敵に回るなんて誰も予想しないだろうし」

「でも、私は味方よ」

「え?」

「早く病を治して、もう一度会おうよ」

 戸ヶ崎は面食らった顔をしてしまった。ここに来て一番優しい言葉だった。

「加藤、自分の事怖くないのか?」

「だって病気は治る物だよ。それに戸ヶ崎君が隔離が必要な程危険な人には私には見えないしね。どこの病院に行くか決めたら、また連絡頂戴よ。会いに行くから」

「加藤、有難う」

 戸ヶ崎は再度、諏訪湖の方を見詰めた。スワンの形をした大型遊覧船が見えた。

「じゃあ私は仕事に戻らなきゃ」

 郷野はそう言うと、自転車の方へ駆けて行った。

「加藤!」

 戸ヶ崎が叫んだ。

 振り向く郷野。

「有難う。必ずメールは返すから!」

 郷野はそれを聞くと、サムズアップしてみせた。



 勝沼は、菱形のペンダントを見ていた。淡い光が漏れている。あの黒い巨人が長峰深雪だと知ったのは正直ショックだった。深雪ちゃんは、俺の眼の前で死んだはずだ。それが何であんな風に。

 すると、勝沼の頭に何かが入って来た。暴れるDANGARUZOAの姿であった。

「行かないと」

 勝沼は足を引き摺りながら、幹線道路を目指すのだった。

 少し歩いた交差点で、勝沼はタクシーを拾い、岐阜羽島の駅の方へ向かった。声がするのだ。あの怪物の叫び声が。

 しかし同時に勝沼はもう一つの可能性を考えていた。黒い巨人――確かΞを名付けられていた――が、また邪魔に入った時、彼は戦う事が出来るのだろうか。いや、戦わなければならない。それはとても難しい決断だった。

「ここで」

 勝沼はタクシーの代金を払い、降りると一気に森の方へ走って行った。

 同時に地震が起こり、土砂の中からドリル状の物が突き出していた。DANGARUZOAだ。勝沼は走りながら、ペンダントを握り締めた。

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 エメラルドグリーンの光が勝沼を分解して、巨大な人型へ姿を変えた。

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