第三幕
勝沼と五藤は紫色の霧を掻き分けて中へと中へと進んで行った。どれだけ歩いたのか分からなかったが、彼等は進む先は同じような景色が繰り替えされているように思えた。
「森って自分の場所が良く分からなくなる……」
五藤が不意に呟く。
「まるでさっきから同じ所をぐるぐると周っているみたいね」
「その通りだ」
「え?」
五藤の発言に、勝沼は頷いてみせた。
「結界が強過ぎる。今の俺の力じゃこれが限界なのかもしれない」
「どういう事?」
勝沼はペンダントを強く握り締めた。その先から溢れる光が、ちらちらと点滅を始めた。
「もしかすると、本当に?」
「そうだ。俺達は同じ所を周っている。奴の力を侮ってしまったか」
五藤はそれを聞いて眼をカッと見開いた。
「何ふざけた事言っているのよ!? 戸ヶ崎隊員がピンチなんでしょ? 貴方が頼りだったのよ!」
そう叫ぶ五藤を勝沼は制した。勝沼の眼も同じように瞳孔がすぼんでいた。
「分かっている。俺も力を温存する事を止める」
戸ヶ崎は、胸のペンダントから、エメラルドグリーンの光を一気に放った。それが周囲の紫色の霧を相殺していった。ぼやけていた視界は一気に明るくなり、眼の前に開けた土地が見えた。
「戸ヶ崎隊員!」
五藤が思わず叫んだ。
そこには戸ヶ崎と、ブレザー姿の少女がいた。
「戸ヶ崎隊員、無事だったのね」
五藤が安堵の声を漏らす。
「五藤隊員、どうしてここに?」
「勝沼竜が、力を貸してくれたの」
再会を喜び合う戸ヶ崎と五藤だったが、勝沼は全く違う反応を見せた。彼の顔には困惑の色が見えた。
「何で……?」
勝沼の口から最初に出た言葉はそれだった。
ブレザー姿の少女、その顔は勝沼が良く知る存在だった。
「深雪ちゃん……?」
勝沼はその姿に驚きを隠せなかった。深雪ちゃんは、死んだはずだ。俺の眼の前で。
「久し振り、竜ちゃん」
そう言うと、長峰深雪はにっこり笑った。あの深雪だ。ビルから飛び降りて死んでしまったあの深雪だ。
戸ヶ崎と五藤は、それを見て、二人が知った仲で有る事を悟った。ただ、その関係性が、あまり良い物では無い事も、何とは無しに分かっていた。
「勝沼さん……。この娘は?」
戸ヶ崎が恐る恐る訪ねた。
「初めまして、戸ヶ崎伸司隊員。私は長峰深雪です。竜ちゃんの従姉妹の」
「じゃあ、勝沼さんの?」
聞いて戸ヶ崎は、まるで一種の親近感のような物を感じたのだろう。深雪の方へと近付いて行った。だがそれを、勝沼が制した。
「止せ、戸ヶ崎!」
戸ヶ崎は疑問符を浮かべた。
「私も勝沼に同意見だな。近寄らない方が良い」
五藤もそう述べた。
「どうして?」
全く理由の分からない状態に、戸ヶ崎は混乱した。それを見て、勝沼は苦しそうな顔をして、五藤はファイティングポーズを構える。そして、当の深雪は、にんまりと笑みを浮かべるのだった。まるで、無邪気に遊ぶ子供のように。
「深雪ちゃん、君は死んだはずだ」
勝沼は一度、ペンダントから手を離して彼女に向き直った。深雪は不敵な笑みを浮かべて、まるで歌うように言葉を並べた。
「私も選ばれたのよ、竜ちゃんみたいにね」
「俺の眼の前で死んだ君が、何故?」
勝沼は問いを続けた。
そのやり取りを聞き、戸ヶ崎は益々分からなくなってしまった。勝沼と、このブレザーの少女は従姉妹らしい。しかしながら、勝沼の言葉が本当ならば、彼女は死んだはずなのだ。しかも、勝沼の眼の前で。所が、戸ヶ崎は勝沼の言葉を信じられなかった。彼の眼の前で、本当に彼女は死んだのか。彼の勝手な思い込みでは無いのか。疑問は沢山有ったが、全てを処理しようとする事は戸ヶ崎には出来ない事だった。
「まさか、君が――深雪ちゃんが、あの巨人なのか?」
勝沼は、ゆっくりとまるで赤子に話しかけるように丁寧に言葉を連ねた。深雪は高笑いした。それを聞いて勝沼の眉間に皺が寄せられた。
「そう。メサイアはΞと呼んでいるわね。私が黒い巨人よ」
それを聞き、戸ヶ崎はざっと後退した。
「お前がΞなのか!?」
戸ヶ崎は思わずイグニヴォマのレーザーを放った。しかし紫色の霧が、それを弾き返した。
「本当、この武器は通用しないのね」
五藤が静かに呟く。
「私達の再会を喜ぶのにメサイアを呼んだのには意味が有るわ」
長峰は、顔に笑顔を貼り付けて、何かを拳に握り締めていた。手を開き、それを見せた。それは菱形のペンダントだった。そこから紫色のエネルギーが鼓動を示すように波動となって発せられていた。それを見た勝沼は自分のペンダントを握り締めた。
「私が、お揃いにしたペンダント、大切にしてくれたんだ」
長峰は笑い続けている。それと反比例するように、勝沼の顔には険しい物が浮かぶ。
「竜ちゃんもこれで変身するのね。私もよ」
長峰はそのまま、ゆっくりと勝沼の周りを歩き出した。
「メサイアの皆様は、私達の変身する姿をしっかり見て下さいね。そして知って欲しいのです、私達がどういう風に戦っているのかを。そして、そんな私達の前では、貴方達のやっている事が如何に無意味で有るかという事を。税金の無駄遣いをするのはお仕舞にしたら?」
「長峰と言ったわね」
五藤が口を開く。
「貴方達はどこまで知っているの?」
「勿論、貴方達のちんけな芝居については知識として以前に入って来るわ」
「δ地帯の事も知っている。そういう情報は求めなくとも勝手に入って来る」
勝沼が解説した。
「あの地帯に入り込めたのもそれが故か」
戸ヶ崎は初めて勝沼を見掛けたあの時の事を思い出していた。イグニヴォマを抱えた彼の眼の前に現れた黒服の男。それが勝沼だった。
「さあ、メサイアの皆さん、ショーの時間ですよ。まずは、これを観て頂きます」
長峰がペンダントを握ると、紫色の光が放たれた。その激しい光に、戸ヶ崎と五藤は眼を閉じた。瞼の裏、そこに映されたのはDANGARUZOAと戦っているメサイアのハリアーだった。
「戸ヶ崎隊員」
「今のは? まさか……?」
「そう、DANGARUZOAだっけ? あのプレデターは再出現していますよ。戦っている仲間達の所に行きたいでしょうね。でもこの結界が有る以上、それは望めないわ」
「結界を晴らす方法は一つしか無い」
勝沼は歩き回る深雪を眼で追いながら、自分がどういう立場に立っているかが分かってしまったのだろう。だから彼はまるで最初からそう定められていたかのように、迷う事無く叫ぶのだった。
「俺が変身する事だろ!?」
戸ヶ崎と五藤がいる眼の前で、勝沼はペンダントを握り締めた。エメラルドグリーンの光がそこからほとばしる。その光は、一気に勝沼の身体を包み込むと、光の粒子に分解された。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
勝沼の身体が巨大な人間型の存在へと構成され直す。そして、戸ヶ崎と五藤、そして深雪の眼の前で、勝沼はΝへと変身した。Νから放たれる光が、紫の霧を全て吹き飛ばした。
戸ヶ崎の通信機が鳴り響いた。
「こちら戸ヶ崎」
応じると、本郷が出た。
「戸ヶ崎隊員、どうして無線のスイッチを切ったの!? 事態は悪化しているのよ!!」
「隊長、どう説明して良いか分かりません。ただ、私と五藤隊員は、自ら通信を遮断するような場所にいた訳では無いのです」
必死に腕のブレスレット型の通信機に語る戸ヶ崎を見て、深雪が高笑いをした。
「大人は大変ですね。私には分からない世界です」
戸ヶ崎は、キッと深雪を睨み付けた。そしてイグニヴォマを構えた。
「霧が無くなった今ならば、これも通用するはず!」
戸ヶ崎がイグニヴォマのバルカンを発射した。それは真っ直ぐ深雪の元へと届いたかに見えた。しかし、紫色のバリアーがそれを防いだ。
「言いましたよね、無駄だって。私は、貴方達では倒せないですよ」
深雪は、ペンダントを両手で握った。紫色の光が一気に溢れ出て、深雪の身体が光の分子に分解される。そして黒い巨人――Ξとなって、Νの前に降り立った。
「矢張り、ΝもΞも人間が変身していたのね」
五藤が冷静に分析して、腕の通信機に向かって報告する。
「こちら五藤、ΝとΞと遭遇。これより戦線に復帰します」
戸ヶ崎と五藤が、走ってその場から去るのだった。
DANGARUZOAは熱線を吐いて、クロウ1を襲撃していた。木元は軽くそれを避けてみせた。
「そんな当てずっぽうで、私は落とせないよ」
木元は旋回すると、一気に振動ミサイルを放った。DANGARUZOAはそれを受けて、一瞬怯んだ。その隙に、クロウ2が急接近し、メーザーバルカンで攻撃した。DANGARUZOAは、苛ついたように叫び声を上げた。
「矢張りこいつも、眼が再生されている」
宮本がDANGARUZOAに接近して確認した。
「恐ろしい回復能力ですね」
藤木が照準を合わせて、ミサイルを発射した。全弾が命中して、DANGARUZOAが苦痛の声を漏らす。
地上では、本郷がイグニヴォマを手に、DANGARUZOAに攻撃をしていた。シュツルムファウストが真っ直ぐ飛ぶと、命中し爆発する。DANGARUZOAが、本郷を探すも本郷は森に隠れて、やり過ごす。そうしてそのまま次の攻撃地点を探すのだった。本郷は出来るだけ相手の後方を捉えるようにしていた。真正面からぶつかり合っても火力で勝てる相手では無い。クロウ1が挑発するようにDANGARUZOAにミサイルを当てる。オレンジ色の閃光が走り、一気に周囲を熱が襲う。本郷はそれを感じていた。
「良いぞ、効いている」
宮本の通信が本郷の耳にも入った。本郷はレーザーライフルでDANGARUZOAの右腕を最高出力で照射した。その一撃は、命中した途端、DANGARUZOAの肩に火が着くレベルだった。DANGARUZOAがいたずらに、森を焼き払う。だが本郷はもうそこにはいない。本郷は森林を走り抜けた。目の前が開けた。森林の中のサイクリングロードに出たのだった。本郷は腹這いになると、再びレーザーライフルを発射。そして同時に、サイクリングロードから一気に森林へ戻った。
DANGARUZOAに苛立ちが見え出したのは藤木には理解出来た。
「目標は知能レベルとしてはそう高く無いと思われます」
「良し、このまま奴の体力を奪う」
クロウ2が、DANGARUZOAの直上から急降下してミサイルとメーザーバルカンの二重攻撃を放った。DANGARUZOAは敵を探すように、辺りをきょろきょろとし、眼玉をしきりに動かしていた。それを分かっていながら、クロウ2は目標の眼の前に飛行ルートを持って来た。DANGARUZOAが熱線を発射するも、クロウ2は軽々と避けてみせた。DANGARUZOAは苛立つように、拳状の腕を地面に叩き付けた。電撃がスパークして火花が飛び散った。
本郷はその衝撃に備えるように、四足になった。
「自棄になっているな。そんなのじゃ私達は倒せないよ」
ΝとΞの戦いは一方的だった。ΞはひたすらΝを攻める。殴る、蹴る、光弾を飛ばす。Νはそれを受けるしか無い。
「勝沼さん、何で攻撃しないんだ!?」
戸ヶ崎の眼の前で、ΝはΞに組み伏せられていた。
「きっと彼女のせいよ」
五藤が述べた。
「彼女?」
「長峰深雪とか言っていたわね。彼女が変身したから攻撃が出来ないのよ」
Νは腹部を思いっ切り蹴り飛ばされた。Νの身体浮かび上がり、戸ヶ崎と五藤の頭上を通過する。Νの瞳がちかちかと点滅する。一方Ξは、紫色のエネルギーを腕に溜め込むと、頭上へ両腕を伸ばした。掌と掌の間にスパークが起こり、紫の破壊光線がΝ目掛けて発射された。戸ヶ崎達の頭上を通過したその攻撃は、真っ直ぐに倒れるΝの身体を焼き払った。
「ウウウウウウウウウウアアアアアアアアアア!!」
Νの悲痛な叫びが聞こえ、大爆発が起こるのだった。
「勝沼さん!」
戸ヶ崎は思わず叫んだ。その爆発の炎に削られて、土砂崩れが発生した。戸ヶ崎達の方には、大量の土砂と岩石が流れ込んだ。巻き込まれる……! 戸ヶ崎が覚悟を決めた時、巨大な腕がそれを庇った。Νだった。Νの全身は、エメラルドの光が漏れ出ていた。
Ξは嘲笑うかのように、戸ヶ崎と五藤を庇ったΝに飛び膝蹴りを浴びせた。Νは吹っ飛ぶと、崖に衝突した。
「やられっ放しじゃないか!」
戸ヶ崎が思わず叫ぶ。苦しむΝにゆっくりとΞが近付いて行く。戸ヶ崎はイグニヴォマを構えて、レーザーライフルを放った。それはΞの左肩を直撃した。火花が飛び散り、Ξの動きが止まった。Ξがゆっくりとこちらを振り向く。戸ヶ崎は再度イグニヴォマを発射した。Ξは紫の光のシールドを張ると、それを弾いた。反射されたレーザーが、戸ヶ崎達の足元に直撃した。吹き飛ぶ二人。倒れた戸ヶ崎に土くれが遅れて降りかかる。
どうすれば良い? 戸ヶ崎は必死になって考えた。
Νは、悶えながらも、Ξに向き直った。Ξは、足元のメサイア達を攻撃していた。Νは一気に駆け出すと、Ξにタックルを食らわせた。戸ヶ崎と五藤を狙っていたΞは、そのまま横向きに体勢を崩した。Ξは受け身を取ると、Νに向かって吠えるのだった。
Νは、立ち上がるとΞの方を向いて、両手を上げた。抵抗を一切しないつもりらしい。しかしそんな物はΞにはお構いなしだった。Ξは、連続で右腕から紫色の光弾を放った。Νは、それを全て身で受けた。そして最後の一発が、胸を爆発させた。戸ヶ崎の前で起こったその出来事は、「戦い」と呼ぶにはあまりにも一方的だった。Νは両手を上げて、Ξの攻撃を受けた後、膝を折り、前に倒れた。エメラルドグリーンの光があちらこちらから噴き出していた。Ξが勝ち時を上げるのだった。
「勝沼さん!」
「勝沼!」
戸ヶ崎も五藤も眼の前で倒れている巨人を相手に叫んでいた。勝沼にもう立ち上がるエネルギーが無い事は簡単に予想出来た。Ξがゆっくりと倒れているΝの元へと歩み始めた。五藤は通信機に叫ぶ。
「こちら五藤、ΝとΞの戦闘に巻き込まれています。現在Ξが優勢!」
戸ヶ崎はそれを横で聞きながら、救援を求めない五藤に苛立った。勿論それが仕方が無い事で、五藤の立場上無理なのも分かっていたが。
Νはピクリとも動かない。とうとうΞが、Νを足で踏み潰しだした。それを見た戸ヶ崎は、イグニヴォマのレーザーをΞに向けて放った。それはΞの顔面を捉えて火花を散らした。Νを踏み潰していたΞは、それを一旦止めた。そして、ゆっくりとその顔を戸ヶ崎に向けるのだった。Ξは戸ヶ崎の方に足を向けた。そして両腕を高く上げると、掌と掌の間にスパークを起こし、紫色のエネルギーを溜めだした。必殺の一撃が来る……! 戸ヶ崎はそれを理解すると、一気に森の奥へ逃げた。それを追うように、光線が森を薙ぎ払う。炎がごっと燃え上がり、戸ヶ崎は爆発で吹き飛ばされた。
「戸ヶ崎隊員!」
五藤がそちらへ走る。それを見たΞは、腕からの光弾で、今度は五藤を狙い出した。五藤は必死に逃げるものの一発が足元にぶつかった。五藤も爆風で吹っ飛び、地面に投げ出されてしまった。トドメを刺される――。五藤がそう覚悟した時、五藤の頭に何かが入って来た。殺しはしないです、貴方達には証人になって頂くので、と。
「五藤隊員、今の」
身を起こした戸ヶ崎が、五藤の側に寄る。
「貴方も聞こえたのね?」
「ええ」
Ξは虫けらのような戸ヶ崎と五藤を見下ろすと、動かないΝの方へと足を向かわせた。そして、Νを踏みしめて、咆哮を上げるのだった。
戸ヶ崎は、その姿に恐れを抱いた。同じウイングファイターだと思う二体。こんなにも性質が違うなんて……。
Ξは、背中に収納していた穴の空いたぼろきれのような羽を伸ばすと、空へ飛ぼうとしていた。戸ヶ崎は起き上がると叫んだ。
「行かせてたまるかあああ!!」
イグニヴォマを拾い上げえて、バルカンモードにした戸ヶ崎は、Ξの背の羽を目掛けて銃弾を発射した。Ξはそれでも、動きを止めようとしなかった。
ゆっくりと陽が沈み出した頃、戸ヶ崎は瞳から光を失くしてしまったΝに必死に呼びかけるのだった。
「勝沼さん、立って! 今貴方が倒れたら、Ξはどうするのですか!?」
だがその声も、Νには届いていない様子だった。五藤は思った。ウイングファイターΝは死んだ、と。




