序幕
戸ヶ崎はメサイアの司令室へと向かっていた。所謂ブリーフィングルームと呼ばれる類いだ。今は夜中の三時を周った頃だ。戸ヶ崎は夜の警戒をするべく、司令室で夜勤の交代を任されていたのだ。部屋の入口まで来ると、扉を開けた。中には、五藤遥がいた。
「戸ヶ崎隊員、もう交代の時間なのね」
五藤はコーヒー片手に戸ヶ崎と向かいあった。
「勝沼……」
戸ヶ崎の身体を冷たい物が走ったのは五藤の口からその名が出た時だった。
「どうしてその名を?」
戸ヶ崎は恐る恐る聞いた。
「メサイアのデータバンクを甘く見ないで。この国に現在過ごしている全ての個人を特定するのは簡単よ」
「五藤隊員……」
「でもね、彼を探すのは苦労した」
「何でです?」
戸ヶ崎は思わず聞いてしまった。五藤はコーヒーをすすると、多少不愉快そうに話し出した。
「勝沼竜のデータは死亡・行方不明者のリストに入っていたの。だから私は最初、彼の顔を模した整形疑惑を考えたの」
「そうなのですか? でもそういうのただの偶然ではないのですか?」
「そう私も思ったわ。でも、こうも考えられる。勝沼は本当は死んでいる。死んでいるからこそ、Νと関われるようになった。その事については、まだ疑問が残るけれどね」
戸ヶ崎は、勝沼の事を思い出していた。あのエメラルドグリーンの光。その中に消えた勝沼の姿。ただ……。
「勝沼は、彼は戦闘のダメージを抱えていました。彼がもし死んでいたのならば、死後もそのような苦しみを味わう事になるなんて……」
「戸ヶ崎隊員が信じたい気持ちは時に裏目に出るよ。勝沼が他の人間と同じだと思うのは少し怖いわね」
「怖い?」
「私は勝沼が何か得体の知れない存在に思えるの。こんなに巨大な力に彼が関わっているとしたら、彼自身も自らの存在の異常さに気が付いていないとしたら、ただの脅威だわ」
「五藤隊員には、勝沼がそんな事をする人間に見えたのですか?」
五藤は渋い顔をした。
「私の直感でしか無いけれども、彼はそんなに危険な存在では無いと思うの……」
「五藤隊員もですか」
「ただ、その事はあまり表に出さない方が良いわね。積極的にΝを攻撃する事は無くなるだろうけれど、彼がその強力な能力を与えられている事は私達の脅威になり兼ねないと考えるのが普通。メサイアとしては警戒を怠れないわ」
「そうかもしれないですね」
五藤はカップのコーヒーを飲み干すと、戸ヶ崎の肩を叩いた。
「上には報告しないで置く。暫くはΝも恐ろしいが、Ξの方が脅威だ」
「Ξ、黒い巨人ですね」
「ええ、警戒を続けておきなさい」
戸ヶ崎は頷くと、自分のカップをコーヒーメーカーに持って行くのだった。




