表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Wing Fighter Ν  作者: 屋久堂義尊
episode01 プレデター
2/69

第二幕

「走れ! 走れ! 後ろを向くな!」

 炎天下の山中で、男の声がこだまする。

 戸ヶ崎伸司は斜面を一気に駆け下りると、沢へと入った。

 青々と茂った森の葉が、直接太陽の光を彼等に突き刺す事は無かったのは救いだった。それでも約三十キロの装備を抱えたまま、山を数週間かけて探索するのは骨が折れた。

 戸ヶ崎がこの仕事――自衛隊員を選んだのは、単純に給料が良かったからだけでは無かった。彼が幼い頃――確か小学生に入りたての頃だったと彼は記憶していた――に、当時彼が遊びに来ていた幕張で、死者数百人単位の大規模な事故が起きた。説明では、某国の人工衛星が大気圏突破に失敗して墜落したという物で片づけられていた。その時に、生き埋めになった彼を救ったのが陸上自衛隊の災害派遣部隊だった。それから戸ヶ崎は自衛隊に入って、人命救助に尽力する事を誓ったのだった。

 彼は防衛大に入り、今年卒業し、陸自に派遣された。階級は曹長だ。陸自での暮らしはとても厳しかった。だが彼の部隊はまだマシらしい。落下傘部隊に比べれば、地に足を着けられるだけ良いとの事だった。

 とは言え、行軍訓練はしんどい。足は棒のようになるし、意識は朦朧とする。そんな中で、上官だけが元気だった。仲間達は皆、疲弊し、足の動きに鈍さが見える者もいた。だが倒れる訳にはいかない、いや、倒れさせてはならない。一人脱落者が出るたびに、連帯責任として、その脱落者の装備を他の隊員が担がねばならないからだ。はっきり言って、そんな余裕は戸ヶ崎には無かった。

 防衛大でも訓練は有ったが、実際に部隊に配備されてからの物の方が厳しい。今年二十二歳の戸ヶ崎は、若さだけで何とか自分を励ましていた。山岳訓練は、時間という物を気にしてはやって行けない。今何時で、今何日目で、なんていう計算は、余計頭にカロリーを持っていかれる。与えられた僅かな食糧と水が尽きるまでに、何とかこの訓練を終わらせたかった。戸ヶ崎はこういう所に拘らないタイプなので、その場で捕まえたマムシの串焼きやカエルの開き、ハチの子なんかを平気で食べた。食料をもたせる為だ。まさにサバイバル生活だった。

 休憩は殆ど無く、漸く山頂に達した時、戸ヶ崎は自分の足が悲鳴を上げているのを感じた。迷彩服は汗と泥と枝で汚れ、傷付き、異臭を放っていた。追い詰められているな、と彼は実感した。

 空はすっかり紅色に染まり、何回かの夜がやって来る事が分かった。今日はここぐらいが限界だろう。戸ヶ崎は、64式小銃を地面に杖代わりにして歩みを止めた。

「戸ヶ崎曹長、足が止まっているぞ!」

 上官が叫ぶ。まだ歩かせるのか、筋肉脳味噌め。戸ヶ崎が足に力を振り絞って立ち上がると、上官は満足したように前へ向き直った。

「さあ、行くとしようか」

 戸ヶ崎は自分を鼓舞した。

 その時だった。木々が一斉に騒いだ。烏が空に飛び去り、物凄い風が吹いて来た。同時に、胸糞が悪くなる嫌な匂いが立ち込めた。

「立原一佐、これは一体……?」

 周りの隊員達もこの異常さに気が付いたようで、口々に不安を述べた。

「馬鹿者! うろたえるな! 我々がここで怖気づいてどうする!? 各位、第一種警戒態勢」

 立原の声と共に、行軍していた自衛官達は、一斉に担いでいた64式を構えた。勿論戸ヶ崎もだった。

 空はみるみる暗くなり、風と共にあの匂いが強くなっていった。何が起きたか理解出来ないままで、銃を四方八方に向けた隊員達は不安に汗を拭った。

 その時だった。

 戸ヶ崎達の上空すぐを、何かが通過した。真っ赤な身体に巨大な羽を持つそれは、真っ直ぐに彼等の進行予定方向へ飛び去った。

「今のは?」

「おおかた、戦闘機の類だろう」

 立原はそうまるで言い聞かすように述べた。

 戸ヶ崎は、双眼鏡を取り出すと、今通過していた物の後をそれで追いかけた。木々の枝葉の隙間から必死に追う。

「見えた……」

 戸ヶ崎が呟く。真っ赤なボディを持ったそれは、とても戦闘機には見えない。その彼の感想は間も無く的を得る事になる。戸ヶ崎が見ていたそれは、なんと、羽ばたいたのだ。

「立原一佐、あれは戦闘機なんかではありません!」

 戸ヶ崎は必死で訴えた。

「曹長、休みたいが為に嘘を吐いて良いのか?」

「ですが……」

 戸ヶ崎の眼はまだそれを追っていた。それは再度羽ばたくと、僅かに高度を上げた。そしてそのまま反転し、こちらへ向かって来た。

「こちらへ来ます!」

「何だと!?」

 それが立原の最期の言葉だった。先程よりも低空で飛ぶそれは、唐突に急降下すると、頭を森に突っ込んだ。それの鋭い牙が立原を捉えると、再度距離を取った。もう一度大空へと舞うそれは、顎を小刻みに動かして、立原を胃の中へと収めたのだった。

「ひいいいいいいいいい!」

 これを見て、行軍行列は一気に乱れた。戸ヶ崎はパニックに陥った仲間達に押されながらも、双眼鏡でそれの動きを追っていた。

「皆、落ち着け! 来るぞ、十字の方向!」

 上空で反転したそれは、再度急降下を始めた。

 戸ヶ崎は双眼鏡を首にかけると64式小銃を構えた。

 それは、戸ヶ崎の眼の前の列を引き裂いた。その時、戸ヶ崎は初めてそれを見た。六つの眼を持ち巨大な顎には鋭い牙がびっしり生えている。首は長く、華奢であった。

 そしてそれが、頬袋に哀れな獲物達を仕舞い込むのが分かった。その後、奥歯で潰すのだろう。戸ヶ崎は震える自分を抑えつけると、64式小銃のロックを解除した。

 だが少し遅れて、それが再度空へ向かって飛び去ったから、彼の放った弾は、木々と葉を傷付けるだけに終わった。

「もう一度、空から来るだろう。その時がチャンスだ……」

 戸ヶ崎はそう自分に言い聞かせた。そして再度双眼鏡を睨んだ。今度は六時の方向から来るらしい。

 部隊のパニックも少し治まり、皆、戸ヶ崎の指示を待っていた。

「次に来たら、フルバーストで行くよ」

 戸ヶ崎はそう言うと、連射モードに切り替えた。

 不吉な羽音がして、あの嫌な匂いが充満したその時、彼等の上空にそれが舞い降りた。

「ぐあああああああ!」

「た……助けてくれ!」

 今度の犠牲は、二人だった。一気に顎に挟まれて、身体を血に染めた。

 だが、戸ヶ崎は怯まなかった。

「今行く!」

 戸ヶ崎は、咀嚼を始めようとしたそれの、顔面の片側に有る三つの眼を狙って小銃を放った。ぶちぶちぶちという嫌な音がして、眼玉が潰れた。

“GWOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!”

 それは三つの眼から大量の血液を流して空に向かい咆哮を上げた。苦しむそれの姿を見て、戸ヶ崎は始めてその全様を確認した。巨大な翼は腕と一体化しており、長い首の下は、華奢な身体つきだった。兎に角全身が真っ赤なのだ。足はまさに鳥その物だった。猛禽類のそれだ。関節の向きまでもそうだった。

「鳥なのか?」

「牙が生えていて羽毛が無い鳥なんて聞いた事無い」

 隊員達が口々に騒ぎ出した。

 それは、噛み砕きかけていた隊員二人を吐き出すと、再び空へ向かった。

「逃がさん」

 漸く士気を取り戻した自衛官達は、思い思いに発砲した。だが、その効果は殆ど望めなかった。

「あいつ、退散したのか?」

 一人の軍曹が仲間に聞いていた。戸ヶ崎は双眼鏡で、探してみた。そして見付けた。

「月をバックにこちらを向いている」

 戸ヶ崎はそう言うと、自分の装備から救急箱を取り出した。先程吐き戻された隊員達を手当てする為だった。だが、再び戸ヶ崎がそれの姿を見た時、事態は急変した。

「何……あれ……?」

 戸ヶ崎は思わず口にしてしまった。

 空でホバリングをしていたそれの口が大きく開き、喉の奥がオレンジ色に光り出した。

 そこでそれは、一度天を仰ぐと、一気にそのオレンジ色の火球を戸ヶ崎等のいた所へ放った。

 その火球が直撃したのは、丁度行軍の列のど真ん中だった。地面へと接触したその火球は、一気に横に広がり、戸ヶ崎の所にまで迫った。戸ヶ崎は咄嗟に、沢の一番深い所へと飛び込んだ。溺れるのは覚悟の上だ。だがここであの巨大な生物に殺されるよりマシだ。水へ倒れ込んだ戸ヶ崎の耳の後ろでは、地獄の業火で焼かれる仲間達の悲痛な叫び声が聞こえた。だがそれはすぐに止み、辺りには静寂が戻った。

 そして戸ヶ崎は、行軍の疲れも有ったからかか、水の中で眼を閉じてしまった。



 彼が再度眼を開けたのは、純白のベッドの上だった。

「ここは?」

 戸ヶ崎が思わず口にすると、白衣をまとった看護師達が、一斉に集まった。

「バイタルチェック」

「心電図取ります」

「呼吸、安定」

 駆け寄った看護師達は、てきぱきと戸ヶ崎のデータを取ると、揃えるように散らばった。

「あの、自分は一体……?」

 戸ヶ崎が視線を向けるや否や、看護師達は吸い込まれるように、病室の出口に向かった。そこで戸ヶ崎は漸く、自分が個室にいた事を知った。それにしては、だだっ広い部屋だった。

「気が付きましたね?」

 今度は背広を来た男が入って来た。すらりと高い身長に、とても細い手足。戸ヶ崎はそれを見て瞬時に、その人間が最前線で活動をする自衛官では無い事を理解した。

「君が眼を開けたのは、丁度二十二時間振りです」

 男はそう言うと、戸ヶ崎の左側に座った。

「貴方は一体?」

「申し遅れました。私はメサイアの一員、片桐です」

「メサイア?」

 聞き慣れない言葉に戸ヶ崎は眉をしかめた。

「説明します。陸海空という隔たりを越えた超派の防衛組織です。また、警察組織や海上保安庁からも優れた人材を掻き集めた、我が国防衛のスペシャリストの集まりと考えて下されば結構です」

 何を言っているんだ? 戸ヶ崎は思わず首を傾げた。

 それを見て、片桐は咳払いを一つした。

「まあ、イメージが湧かないのが当然です。メサイアは極秘組織ですし、その存在を初めて知って疑問を覚えなかった者の方が少ないですから」

「それで、そのメサイアは、自分に何の用でやって来られたのですか?」

 片桐はふっと笑った。

「勿論、貴方をスカウトに来たのです」

「スカウト?」

 戸ヶ崎は思わず上体を持ち上げた。だがその時、全身に痛みを覚えた。

「無理をしてはいけない。貴方の身体は貴方が思っている以上にダメージが有ると思って下さい。肋骨も折れていますし」

「自分の仲間達は?」

 戸ヶ崎のその問いに、片桐は眼を伏せた。

「残念ながら、ほぼ壊滅です。生き残った者も、記憶障害やPTSDに苦しんでいます。その中で、MABIRESにダメージを与えたのが貴方の攻撃だと知り、こうしてここに召喚した訳です」

「その、マビレス、と言うのは何なのですか?」

 片桐はポケットから眼鏡ケースを取り出すと、蓋を開け、中に入っていた金縁の眼鏡のレンズを磨き始めた。

「MABIRES、それは貴方が遭遇したプレデターです」

「プレデター?」

「そうですね、貴方にはそこから説明をせねばなりませんよね。では、ざっくりと説明しましょう。プレデターとは、我々人間の天敵です。奴等は人間を専門に捕食する生物です。初めて出現したのはもう二十年近く前です。一体どういう経緯で生まれたかは定かでは無いです。ただ分かる事は、彼等はタフである事、そして冷酷である事、我々は奴等を倒さねばならない事、この三点です」

「それで、そのメサイアに自分も加われと言うのですね」

「ええ、物分かりが良くて助かります」

 片桐はそう言うと、深呼吸を一つして、磨いていた眼鏡をかけた。

「人類の為に、働くつもりはないですか、戸ヶ崎伸司曹長?」

 片桐の眼は、真っ直ぐに戸ヶ崎の方へ向いていた。

 戸ヶ崎は再びベットに身体を任せた。メサイア、プレデター、どれも聞き慣れない言葉だ。

「ちなみにですが」

 片桐が口の端を僅かに吊り上げて語り出した。

「プレデターの出現以降、大きな災害や人間の蒸発には奴等が関わっています。大抵のケースが、未解決の失踪事件や拉致事件なのですが、それ以外にも水害や大火災なんかもプレデター絡みの事件が有ります。貴方が知る事件も、プレデター関係の物かもしれないですね」

「そんなに浸透しているのですか?」

「ええ、残念ながら」

 片桐の顔に曇りが見えたのを戸ヶ崎は見逃さなかった。

「それでは私はこの辺で。次回来る時に正式な答えを下さい。では、お大事に」

 片桐が背中を見せた時、戸ヶ崎は一番気になっている事を問うた。

「もし、もしも自分がメサイアに入る事を拒めば?」

 病室のドアの前、片桐は振り返った。その顔には笑顔こそ張り付いていたが、戸ヶ崎はそれが仮面だと分かった。

「メサイアを拒否したならば、貴方は自由を奪われます。プレデターの関係にしてもメサイアにしても、貴方は知り過ぎています。一応電気治療をして記憶操作はしますが、形としては精神病院に入院ですね」

「そんな、無茶苦茶だ!」

「仕方が無いです。秩序を重んじるのがこの国ですから」

 片桐は少し意地悪い表情を見せた。

「では、お返事待っています。今は身体を休める事だけを考えて下さい」

 片桐はそう言い残すと、病室の扉を閉めるのだった。

 戸ヶ崎は、だだっ広い病室にまた独りになった。

「メサイア……、新興宗教のような物なのか……? しかし防衛組織らしい……。自衛隊の延長か……?」

 戸ヶ崎の問いに答える者は誰もいなかった。


 その三日後か? 日にちを確認する物が何も無い戸ヶ崎は、三食出る院内食と、自分の睡眠時間からそれを計算するしか無かった。窓が有れば、朝日や夕日、夜の闇で一日を知る事が出来たろうが、それも叶わなかった。

「今何時ですか?」

 と、時折現れる看護師に問うても、誰も何も答えなかった。彼女達は黙々と、戸ヶ崎のバイタルをチェックするだけだった。

 退屈を凌ぐ事も苦しかった。純白の病室はそれを濁す色を殆ど持たなかった。遊ぶ物やテレビのように集中する物、人間の暖かさを連想させる見舞い品も無かった。自衛官を志した内から、時間を有効に潰す方法は考えていたが、こういう場面に遭遇する事は皆無に等しかった。戸ヶ崎は、永遠に続くしりとりを、自分を相手にするのだった。

 そうして時間を可能なだけ図っているいる内に、再び片桐が現れたのだった。

「戸ヶ崎伸司曹長、お目覚めのようですね」

「片桐さん」

 片桐は以前と同じ背広を着ていた。彼はゆっくりと、また彼が以前居た同じ場所――戸ヶ崎の左側に立った。

「答えは出して頂けますか?」

 戸ヶ崎は、ゆっくりと頷いた。

「決心して頂けたのですね」

「答えて欲しい問いが有ります。それは、メサイアは、人の命を守る仕事なのですね?」

 片桐はフッと笑った。

「或いは、自衛隊よりも更に民間人の命への責任を負う事になるかもしれません」

「“かも”?」

 眉間に皺を寄せる戸ヶ崎に、方桐は再度不敵な笑みを漏らした。

「それは貴方次第ですよ、戸ヶ崎伸司曹長」

 戸ヶ崎はその笑顔に嫌な物を感じた。まるで、そう、挑戦するような感覚。でも、それはすぐに、ぞくぞくとした思いに切り替わった。試されているならば、試すと良い。

「分かりました、やります。やらせて下さい」

 戸ヶ崎の決意は硬かった。

「よろしいです。私もこうしてここに来た甲斐が有りました。戸ヶ崎曹長――いえ、戸ヶ崎隊員。貴方は立派なメサイアの一員に成れるでしょう。私も貴方を戦力として期待しています。MABIRESのようなプレデターと戦い、人々を救って下さい。まずは、身体を治す所から始めましょうか。肋骨の治療さえ済めば、何とか働いて頂けそうです。貴方は、寮で暮らしていますか?」

「ええ、陸自の駐屯地暮らしです。問題でも?」

 片桐は首を横に振った。

「メサイアの隊員は基地で暮らす事になっています。私が、引っ越しをしておきましょう。部屋は選べませんので、ご了承を。給与については、こちらの支部隊長である本郷玲子隊長に相談して下さい。では、退院の際、迎えを寄越します。今は、傷を癒して下さい。それでは」

 片桐は満足気に、その場を去るのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ