第三幕
Νは、思いっきりZAIASの顔面を殴りつけた。ZAIASは、ゆっくりと後退していく。Νが圧していた。
「五藤隊員、本当にやるのですか?」
戸ヶ崎は恐る恐る聞いた。ΝもZAIASもまとめて爆撃して殲滅する。メサイアの隊員としてはそれが良いのかもしれない。しかし戸ヶ崎は、あの男の顔、勝沼の顔を思い浮かべた。Νは、彼だと確信していた戸ヶ崎には、この状況は非常に苦しかった。
「五藤隊員、Νは――」
「味方だと言いたいのでしょう? 何で貴方はそんなにあの巨人を信頼するのか分からない。私にしてみれば、どちらも立派な排除対象よ!」
戸ヶ崎は返す言葉を探した。勝沼がΝだという確信を語るのも良かったかもしれない。しかし今の彼はそれをしなかった。その最大の理由は、メサイアがΝを戦力として使おうと考えた時に、勝沼の人権が自分のように犯される事を防ぎたかったからだ。
前部座席に座っていてヘルメットを被る戸ヶ崎の表情は絶対に五藤には見えないはず。しかし五藤はにべも無く、次の言葉を発した。
「貴方、何か知っているのね?」
戸ヶ崎は唾液を飲み込んだ。
地上に降りた、木元、藤木、宮本は、イグニヴォマを抱えて、攻撃を始めた。まずはシュツルムファウストが放たれ、ZAIASの下腹部を爆撃した。続いて、宮本がバルカンモードに切り替えて、Νを攻撃する。Νは片手でバリアーを張り、それを防いだ。
「くそ!」
宮本は、雪を踏みしめて、一気に森の奥へ向かった。
藤木は、レーザーライフルで木元と共に、ZAIASの脚部関節を狙い撃った。黄色い体液が、雨のように降りかかる。
「良いぞ、効いている」
藤木がにやりと笑うと、別の関節を狙って射撃を始めた。
「各位、エネルギー爆弾による爆撃を行う。退避を」
五藤からの通信だった。
上空には雪の中を、残された最後のハリアーがホバリングするのが見えた。
「エネルギー爆弾、ファイア!」
五藤が短く声を上げる。
一方戸ヶ崎は、半ば仕方が無く五藤の命令に従った。勝沼の事は結局話さなかった。エネルギー爆弾が次々と、機体下部から爆撃される。ΝとZAIASが炎に呑まれる。戸ヶ崎は、眼を閉じて、その炎を見ないようにした。
一方五藤は、容赦無く爆撃を続けた。
やがて爆撃が終ると、煙の中で、緑色の光が輝いていた。同時に、紅い六つの単眼も、健在だった。
「プロメテウスカノンさえ有れば」
五藤が下唇を噛む。
しかし、戸ヶ崎は逆にほっとしていた。これで、Νを邪魔する物は何も無くなった。地上部隊の攻撃が、Νにどれだけの効果を発揮するかは分からなかったが、たかが知れているだろう。もしも、プロメテウスカノンがΝに向かって使われたら……。
戸ヶ崎は同時に疑問も感じていた。もしも、もしもΝが倒されたら、勝沼はどうなるのだろう。死んでしまうのだろうか。以前Νが姿を消した時は、勝沼は傷を負いながらも生きていた。そんなに傷を負って、彼は生きて行けるのか。また、何故に彼が戦わなければならないのか。色々と疑問が交錯する中、戸ヶ崎はクロウ3を、一気に下降させた。
「戸ヶ崎隊員、何を――?」
五藤が問う。
「もう一回振動ミサイルをザイアスに向けてお願いします」
「Νを援護しろと?」
「いいえ」
戸ヶ崎はクロウ3をZAIASの背中に向けた。
「Νと格闘している今がチャンスです。奴を葬ってから、Νを攻撃しても遅くは無いです」
戸ヶ崎の言葉は一見詭弁だった。しかしながら、それでも五藤を説得するには充分だった。
「了解した。目標をロックする!」
ZAIASは再度、口からネット状の糸を吐き出した。Νがそれを被ると、電撃が走る。苦しむΝだが、全身を赤く発光させた。Νに纏わり着く糸が燃え出して、Νは網から脱出した。その瞬間、ZAIASの背中が爆発した。
"GGGGGGGGG!"
ZAIASが悲鳴を上げる。黄色い体液が、噴水のように吹き出す。
Νはそのまま、ZAIASを持ち上げると、一気に山の方へとジャイアントスイングしてみせた。山の稜線に、ZAIASが消える。Νは背中の翼を広げて、昆虫のように羽ばたかせ、大ジャンプした。そして、ひっくり返ったまま動かないZAIASに膝蹴りを食らわした。
"GGGGGGGGGGGGGGGGG!!"
ZAIASは、眼から光線を放った。Νはそれを腹部に受けて、火花を散らした。そのΝの背後に、クロウ3が構えていた。
「振動ミサイル、ファイア!」
五藤は再度ミサイル攻撃を開始した。
Νにも、ZAIASにも命中した。
「この勝負は貰った!」
五藤が確信を得たかのように叫んだ。
再度、ミサイルを撃つ。Νはバリアを張ってそれを防ぐも、ZAIASは無防備な腹部を攻撃されて、更に奥へと吹き飛んだ。
Νは、それを追うと、ZAIASの脚を一本掴み、全力で背負い投げを放った。空中を通過したZAIASの胴体は、思い切り山へと叩きつけられた。ZAIASは、段々と動きが鈍くなっていた。Νは、拳に紅いエネルギーを溜めると、思いっ切りZAIASの顔面を殴った。ZAIASの単眼が三つ潰れ、黄色の体液が噴き出した。
Νは畳みかけるように、ZAIASを再度持ち上げて、地面に何度も叩き付けた。
完全にグロッキーなZAIASを眼の前にして、Νはいよいよトドメを刺そうと、両手を広げた。指と指とがスパークを起こし、深紅のエネルギー光球がΝの両手に捉まれた。そしてΝはそれを、撃ち放とうとした。
その時だった。雷が、Νの身体を貫いた! 放たれたエネルギー光球は、ZAIASを捉える事無く、山を大きく削った。
「何だ? 今のは」
戸ヶ崎は空を見た。どす黒い雲が、もくもくと天から降りて来て、真っ黒い竜巻のようになった。その中心部、何か黒い物が見える。
雷鳴が轟き、次々とそこら中を稲妻が走る。風が急に強くなり、雪が更に強さを増す。稲妻は、Νの身体を走り、火花を散らす。
「ウウウアア……!」
Νが思わず跪く。
クロウ3にも、稲妻が襲い掛かる。戸ヶ崎は必死にかじを取り、機体を何とか安定させようとする。風も強まり、竜巻にクロウ3はどんどんと吸い寄せられていくのが戸ヶ崎には分かった。
「一体何なのですか!?」
戸ヶ崎は何とか機体を制御している。
「私に聞かれても困るわ!」
五藤も何が何だか分からないでいた。
「本郷隊長、これは……?」
「こちらで把握しているのは、何か巨大なエネルギー体が、確実に近付いているという事だ。どうやらこれが、異常気象の原因らしい」
「異常気象の原因って、この竜巻がですか?」
戸ヶ崎はアフターバーナーを全開で、竜巻から逃れようとする。竜巻の中心に有る黒い物体が、まるで毛糸球が解れていくように、少しずつ小さくなっていく。
「北海道を包んでいた全ての暗雲が、一気に稚内上空に集結している。それもたった一点に向かって。それが今の戸ヶ崎隊員のいる地点だ」
このどさくさに紛れて、ZAIASは息を吹き返した。起き上がったZAIASは、残された三つの眼から光線を放ち、Νを攻撃しだした。同時に落雷がΝを襲う。Νの右手から、紅い光弾が放たれて、竜巻の中の黒い何かを直撃した。その瞬間、悲鳴のような音がこだました。
竜巻は一気に収縮し、中に有った黒い物体だけが宙に浮かんだまま残された。Νも、ZAIASもそれをじっと見つめた。黒い物体は、段々に解けて行き、中から何かが姿を現した。
戸ヶ崎は眼を疑った。
「あれって……?」
黒い物体から現れたのは、黒い姿の巨人だった。背中には無理矢理布を引き千切って作ったような四枚の羽が有った。
「ウイングファイターなのか?」
戸ヶ崎がその黒い巨人の周りを一周した。全身が真っ黒で、瞳も黒い。胸にはプロテクターのような物が付いている。翼も真っ黒である。
その黒い巨人は、いきなり右手を、薙ぎ払うかのように横に払った。そこから、深紅のエネルギー刃が放たれ、Νを直撃した。Νは火花を散らして後ろに吹き飛ばされた。
「何だ? 何が起こっているんだ?」
五藤も困惑しているらしい。黒い巨人とΝと、そしてZAIASの三体を、ロックしたり解除したりを繰り返している。
跳ね飛ばされたΝは、ゆっくりと立ち上がった。攻撃を浴びた箇所から、緑色の光が漏れ出している。一方ZAIASは、山に穴を掘って逃げ出し始めた。
「五藤隊員、奴が逃げます!」
「ここはZAIASだけでも葬ろう。振動ミサイル!」
五藤が狙いを澄まして放った振動ミサイルは真っ直ぐにZAIAS目掛けて飛んで行った。当たるかと思った次の瞬間、黒い巨人が腕から紫色の光弾を放ちミサイルを撃ち落とした。
「?!」
戸ヶ崎は、爆炎の中、ZAIASの膨れた下半身が地底に潜って行くのを確認した。
「あいつ、邪魔した!?」
五藤の声も裏返っている。
Νは、黒い巨人に向かって腕を構えた。黒い巨人は、それを嘲笑うかのように、紫色の光弾を何発もΝに向けて放った。Νはバリアーでそれを防いだ。
「本郷隊長、これはどういう事なのですか!?」
五藤が本部に連絡を取った。
「こちら本郷。詳細は不明。北海道を覆っていた異常気象の元となるエネルギーが集結したのがあの黒い巨人だ。恐らく、敵であろう」
「攻撃許可は?」
宮本が通信に割り込んで来た。
「片桐司令から干渉を禁ずる指令が下った。暫くは高みの見物と行く。生き残った方が我々の敵となる。互いに傷付け合い、弱った所を攻撃せよ」
「了解」
黒い巨人とΝは格闘戦に移っていた。両者互角。Νが殴れば黒い巨人も殴る、Νの蹴りを黒い巨人が防げば、黒い巨人の背負い投げをΝが回避する。一進一退の攻防が続く。やがて、上空を覆っていた暑い雲が消えると、二体の巨人の戦いは、激しさを増すのだった。
一度組み合った両者は、パッと離れる。黒い巨人は右腕を宙に掲げた。その手が紫色の淡い光を集め出した。そして、そのまま腕に黒いエネルギーを溜めると、一気にそれを空高く解放した。光は細く真っ直ぐ天に伸びると、そのまま鞭のようにしなり、一気にΝへ向けて振り下ろされた。Νはそれを下腹部に直接浴びた。大爆発が起こり、Νのいる爆発の中心からエメラルドグリーンの光が漏れていた。
黒い巨人は、それを見て、満足そうに煙の中へ入って行った。
「Νが負けた?」
木元はイグニヴォマを片手に黒い巨人の後を追った。
その時だった、煙の中からスパークが起こり、激しい衝撃波が発生した。ハリアーも地上に展開したメサイア達も黒い巨人も、その一撃で吹き飛ばされた。
煙の中に、Νが立っていた。Νは手を伸ばすと、両手にスパークを作りだした。そして、エネルギー光球を、黒い巨人に向かって放った。黒い巨人は、その直撃を食らって、一気に後退した。Νは畳みかけるように両腕にエネルギーをスパークさせて、腕から更にもう一球放とうとした。しかし黒い巨人の攻撃の方が早かった。黒い巨人は右腕を立てて、紫色の破壊光線をΝ目掛けて放った。Νはそれを腹部で受けた。火花が散り、Νは大きく後退。そしてΝの全身が赤く燃え上がり始めた。勝利を確信したのか、黒い巨人はゆっくりとΝに対して後ろを向くのだった。
「あの黒い巨人を攻撃」
宮本の指示の元、メサイアは黒い巨人を一斉に取り囲んだ。イグニヴォマが火を噴き、振動ミサイルが放たれる。だが黒い巨人は、何事も無いように前進し続けるのだった。
その時だった。
「ウオオオオオオオ……」
全身が真っ赤に燃え上がっているΝは身体を覆うその炎を、自分の両手の間に集めた。そして、そのまま腕を突き出すと、そのエネルギーを一気に黒い巨人に向けて撃ち出した。振り返った黒い巨人は、そのエネルギーをもろに受けてしまった。倒れる黒い巨人。それを見たΝだが、Νもエネルギーが限界なのか、膝を突いて前のめりになった。
黒い巨人はゆっくり立ち上がると、黒い波動を放ちながら、その場から消え去った。
Νも、エメラルドグリーンの光に分解され、姿を消すのだった。
「本郷隊長、目標消失」
クロウ3が報告した時には、もう二体の巨人は完全にいなくなっていた。
「着陸し、奴等の手掛かりを探すように」
本郷からの通信はそれだけだった。クロウ3は、ゆっくりと戦いで出来た森の木々の間に着陸した。
さっきまでの雪模様が嘘のようにピーカンだった。
「漸く夏らしくなってきたわ」
「ええ、心なしか汗ばんできました」
「戸ヶ崎隊員は西をお願い。私は東へ向かうわ」
「了解しました」
戸ヶ崎はイグニヴォマを担ぎ、そのまま森の奥目指して進んだ。
勝沼は満身創痍だった。ZAIASの事も気掛かりだが、それよりもあの黒い巨人だ。一体あれは何なのだろうか。少なくとも、味方では無い。勝沼は、全身に痛みを抱えながらも、黒い巨人の正体を掴むべく、歩みを止めなかった。もし、もしもあの黒い巨人がウイングファイターならば、変身する前の人間体が有るはずだ。そいつとコンタクトを取りたい。
勝沼はその思いを胸に、脚を引き摺りながら、森の奥へと向かった。ゆっくりとした足取りで。その時、茂みが動いた。
「誰だ?」
警戒心を棄てる事の無かった勝沼は、その茂みから、五藤が現れた時、跳ねるような形で後ろへ飛んだ。
「民間人ね?」
五藤は何一つ疑う様子も無く、勝沼へと近付くのだった。勝沼は一方、五藤が接近するのを拒むように後方へずり下がった。
「怯えなくても良い。私は貴方の味方よ。さあ、安全な所へ」
五藤は何にも分かっていなかった。それが勝沼に更に恐怖を与えた。もしもこの女が、自分がΝだと知ったらどう動くのか。
「こちら五藤、民間人を保護しました。避難所に案内します」
五藤はインカムにそう告げると、勝沼を誘導しようとした。勝沼は、しかしながら、それを聞き一気に森の奥へと駆け出した。全身の痛みが彼を苦しめたが、だとしてもメサイアに関わる訳には行かない。
「待ちなさい!」
五藤が後ろから追尾して来るのも分かった。勝沼はペンダントを取り出すと、エメラルド色の光の粒子となってその場から消え去った。五藤はそれを目撃した。
「まさか、戸ヶ崎隊員が見た物って……」
エメラルドグリーンの光は、段々に薄れて行き、等々完全に消え去ってしまった。
「こちら五藤。本郷隊長、報告が有ります」
戸ヶ崎はイグニヴォマを構えつつ、森の中を歩き回った。ZAIASの黄色い体液の痕に、虫が集っていた。匂いも半端では無かった。戸ヶ崎はヘルメットを被り直すと、辺りを警戒しつつ、ひたすら前進した。
「薄気味悪い」
戸ヶ崎はそう述べた。
「こちら宮本、現在ZAIASのの逃げた穴に進入中。藤木隊員と共に、一時ここより離脱する」
戸ヶ崎の耳に宮本からの報告が入った。
「了解です」
戸ヶ崎はそう述べると、辺りを警戒して、前へと進んだ。
「?」
戸ヶ崎はその時、眼の前を何かの影が通り過ぎるのを見た。思わず戸ヶ崎は、イグニヴォマにシュツルムファウストを取り付けた。
それは人影だった。しかも女の人影だった。戸ヶ崎は驚きを隠せなかった。何故ならば、彼女は制服を着ていたからだ。年恰好も若い。少し幼さも見える。
「そこの少女」
少し開けた所に出た途端、戸ヶ崎は少女に声を掛けた。長い髪がつやつやとしていた。少女はゆっくりと振り向いた。その顔には憂いが見えた。
「ここは作戦エリア内です、すぐに避難を――」
戸ヶ崎が言い終わる前に、少女の眼から光が放たれて戸ヶ崎を直撃した。倒れる戸ヶ崎。
「な……何故……?」
少女はにんまり笑うと、黒い粒子になって消えるのだった。




