第二幕
戸ヶ崎は焦りを隠せないでいた。TAIKAROHがもしも都市部に出現したりしたら被害はこんな物では済まない。地下に潜ったTAIKAROHにはメサイアの全てを屈指しても全く歯が立たない。それ所か、居場所すら掴めていない。最悪の事態を想定すれば、戸ヶ崎はゾッとした。あの化け物が容赦無く民間人を食い荒らす姿は見たいとは思えなかった。
そしてもう一つ、戸ヶ崎が気になっている事が有った。Νの存在である。Νは、何故あそこまでして戦うのか? プレデターを抹殺して人々を守る為に戦っているのは分かる。だが勝沼にそこまでの使命感を持たせる物は戸ヶ崎には掴めないでいた。
「あ、あれは?」
戸ヶ崎はハリアーMK9クロウ3で青梅の山間部が大きく陥没しているのを発見した。
「何か有りそうね」
五藤が静かに反応する。
「ただの陥没では無いですね」
戸ヶ崎も眼を細める。
「こちらクロウ3。青梅山中に謎の陥没を確認。方向は……」
戸ヶ崎はその行く末を地図で見た。
「青梅駅です!」
「何としても食い止める」
宮本の声には鋭さが有った。
しかし、それを遮る物が彼等の間に走った。
「クロウ1は直ちに帰還せよ」
それは、本郷の声だった。
「帰還ですか?」
宮本の声がメサイアの隊員達の耳に響いた。戸ヶ崎も、その声に同感していた。
「そう。TAIKAROHは、クロウ2、クロウ3で進行を防ぐよう」
「しかしながら――」
「宮本副隊長、これは命令よ」
本郷の声に、重い物が有った。その訳を戸ヶ崎は問いたかった。しかし、五藤がそれを手で制した。
「戦いに参加出来ないのは残念ですが、私は一旦δポイントへ引き返します」
木元の声には迷いは無かった。むしろ明るいくらいだった。だが、そこに彼女なりの葛藤が有った事は決して否定出来ないだろう。木元は、最前線で戦う事に意味が有るというタイプの隊員だったからだ。だから木元は付け加えた。
「本郷隊長、説明して頂けるのですね?」
「木元隊員、勿論よ。一旦戻りなさい」
「分かりました。副隊長、夢見がちな戸ヶ崎君をよろしくお願いしますね」
戸ヶ崎は彼女の言葉に木元のユーモラスな一面を見たのか、或いは皮肉を感じたのか、正直分からなかった。もうそれ所では彼の心は無かった。TAIKAROHが駅へと進んでいるのは明らかだった。それを防げないなんて、何と無力だと戸ヶ崎は嘆いた。
「全機、エネルギー爆弾による爆撃をD1ポイントで行う。市街地に奴を入れるな」
宮本の命令が下り、木元機を除く藤木、宮本の機体、そして五藤、戸ヶ崎の機体が山間部にホバリングした。
「遠慮はするな、一斉に攻撃する」
陥没している地面の最先端に、二機のハリアーMK9が猛爆を開始した。山は大きく燃え広がり、一気に地面が抉られる。その先に、いよいよTAIKAROHが姿を見せた。黒い身体が脈打っている。全く傷が無いように見えた。
「目標検出、攻撃せよ」
宮本と藤木のハリアーが振動ミサイルを放った。真っ直ぐに煙の尾を引いて、ミサイルはTAIKAROHを直撃した。爆発と共に、TAIKAROHが全身を表に現した。多少動きが鈍くなっているものの、傷はついていない。TAIKAROHは、再び地中に戻る事無く、そのままゆっくりと青梅駅を目指して進み出した。
「私達が囮になります」
五藤がそう告げると、彼女と戸ヶ崎を乗せたクロウ3は、TAIKAROHの正面に出た。メーザーバルカンを放ち牽制するガンナーの戸ヶ崎。その攻撃は体表の硬いTAIKAROHには殆ど効果は無いらしい。
「戸ヶ崎隊員、奴の眼や口を狙うの!」
五藤の声がして戸ヶ崎はTAIKAROHの眼をロックオンした。そのまま、振動ミサイルを有りっ丈放った。ミサイルは真っ直ぐにTAIKAROHの顔面を目掛けて進んだ。しかしその時だった。TAIKAROHの身体から衝撃波が放たれた。ミサイルはその衝撃で、全てTAIKAROHに届かず爆散した。
「宮本副隊長、爆撃を!」
五藤の声で、クロウ2がエネルギー爆弾を投下した。TAIKAROHは炎に包まれながらも、その歩みを止めなかった。
しかし、戸ヶ崎は粘った。彼はTAIKAROHの右眼をロックすると、メーザーを放った。それは真っ直ぐにTAIKAROHの右眼を抉り取った。
「ナイスヒット!」
藤木が述べた。
TAIKAROHはひっくり返り、青い腹部を見せて苦しみだした。戸ヶ崎は思わずガッツポーズを取った。
「今だ! 一斉攻撃!」
宮本が叫ぶと、戸ヶ崎はメーザーバルカンを、藤木、宮本はエネルギー爆弾を雨霰とぶつけた。辺り一体を炎が包み込み、TAIKAROHは悶絶していた。
「戸ヶ崎隊員、左眼を」
五藤が指示を出した。戸ヶ崎は動き回るTAIKAROHの左眼をロックした。
「メーザーバルカン、ファイア!」
戸ヶ崎の攻撃は、TAIKAROHの左の眼を直撃した。再び苦しみ出すTAIKAROH。
「やれる……!」
宮本は勝利を確信したようだった。爆撃に継ぐ爆撃。青梅駅に到達する間際で、TAIKAROHの進撃を阻止出来ると考えたのだ。TAIKAROHは腹部を投げ出して、地面に背中を擦るように悶え苦しんだ。
「今だ! 総攻撃!」
宮本の指示で、クロウ2、クロウ3はエネルギー爆弾を連続で爆撃した。光が地面を包み、熱風が森を薙ぎ払った。その中で、TAIKAROHは、焼き尽くされたかに思えた。
しかし、炎の中から跳躍したTAIKAROHは、クロウ2を捉えた。クロウ2は必死に回避を行ったが、次の瞬間には尾翼に傷が入ってしまった。
「これ以上の航行は危険です」
藤木の声が、戸ヶ崎の耳にも入った。もう自分達しかいない……。
TAIKROHが前進を始める。五藤が操縦をして、TAIKROHの正面に出た。眼は潰したはずなのに、全く動じる事無く青梅駅を目指すその巨体に、戸ヶ崎はプレデターの並みならぬ恐怖を感じた。
「戸ヶ崎隊員、振動ミサイルで牽制!」
五藤の指示の元、戸ヶ崎はミサイルランチャーを放とうとした。だが、幾ら射撃のボタンを押しても、ミサイルが発射されない。
「どういう事だ?」
戸ヶ崎の焦りはそのまま五藤にも伝わった。
「ミサイル発射不能!」
その間に、TAIKROHがクロウ3を目指して駆け出していた。
絶対絶命のピンチだった。
だがその時、森からエメラルドグリーンの光が沸き起こった。光は段々と人の形になり、Νがそこに立っていた。
「Νか!?」
五藤、戸ヶ崎機とTAIKROHの間に降臨したΝは、真っ直ぐにTAIKROHへ向かった。
「メーザーバルカンで応戦!」
五藤の操縦で、クロウ3は戦う二体から少し距離を置いた。
TAIKROHはΝに抑えつけられて、どんどんと青梅駅の方から遠ざかって行った。
しかし、TAIKROHの電気ショックがΝに襲い掛かった。Νは大きく後退した。電撃を浴びた所から煙が出ている。
「あいつ、眼が見えないはずなのに……」
戸ヶ崎は思わず歯ぎしりをした。
「所詮その程度のダメージだったというだけよ」
五藤はこんな時にも冷静だった。
メーザーバルカンを放つクロウ3。しかしこんな物は気休めにもならない。戸ヶ崎はそれを感じていた。Νだけが頼りだと彼は感じていた。
Νは再度前進し、ジャンプした。その右腕が紅い光に包まれて、TAIKAROHの顔面に強烈なパンチが直撃した。火花を散らし、大きく仰け反るTAIKAROH。そこをΝは逃さなかった。一気にTAIKAROHを押し倒して、馬乗りの形になった。パンチとチョップを繰り出すΝ。圧している、今度は行ける。戸ヶ崎はそう感じた。
だが、TAIKAROHは黙っていなかった。背中を発光させて衝撃波を放ち、Νを弾き飛ばした。
ΝとTAIKAROHは一進一退の戦いを続けていた。戸ヶ崎はそのバトルフィールドに、自分達の居場所が無い事を感じていた。TAIKROHの電撃が、Νの身体を走る。苦しむΝだが、それを払い除けると、拳に紅いエネルギーを溜めこみ、TAIKROHの腹部目掛けて発射した。爆発が起き、TAIKAROHは大きく後退する。
戸ヶ崎はその動きが、ΝによるTAIKAROHへの牽制である事が瞬時に理解出来た。勝沼が、彼が町を守る為に戦っているのだ。
「戸ヶ崎隊員、弱った方を倒しなさい」
ガンナーである戸ヶ崎の前の座席で何やらコードを弄っていた五藤が述べた。戸ヶ崎の前のディスプレーに、振動ミサイルの発射装置の回復が表示された。
「自分は――」
戸ヶ崎は言い掛けて、止めた。勝沼の事を何故か話す気になれなかった。もしも、勝沼がメサイアの知る所になれば、彼が無事で済むはずは無い。良くて利用されるのがオチだ。
しかし同時にその事実は、戸ヶ崎がΝを攻撃しない動機を失わせる物だった。戸ヶ崎は迷った。どうすれば良いか分からなかった。
その眼前で、TAIKAROHの牙がΝに襲い掛かった。Νは右足を噛み付かれて、エメラルドグリーンの光が漏れていた。だがΝは、そのまま収納していた四枚の翼を、背中に押し出して、羽ばたき始めるのだった。
「どういうつもり?」
五藤が独り言ちる。
Νは足にTAIKAROHをぶら下げたまま、空へと飛び上がった。
「戸ヶ崎隊員! ミサイルを!」
五藤が指示を出す。すぐさま戸ヶ崎の前のディスプレーが二体をロックした事を告げる。戸ヶ崎は、思わず唾を飲み込んだ。
「早くしなさい!」
五藤の一声が、戸ヶ崎に突き刺さった。戸ヶ崎は、瞼を閉じると、ミサイルの発射ボタンを連打した。
クロウ3に搭載された振動ミサイルが全発、煙の尾を引いて、空へと急上昇する二体の巨大な影を追った。大爆発が雲の奥で起こった。その中から、煙を引いて何かが落ちて来るのが見えた。TAIKAROHだった。TAIKAROHは真っ直ぐに、吹上峠の方へと落下して行った。土煙が上がり、TAIKAROHは土砂の中に埋もれてしまった。
「死んだの?」
五藤が呟く。それがΝを指しての事か、或いはTAIKAROHを指しての事かは分からなかった。
「クロウ3、こちら宮本だ。目標はどうした?」
突然入った通信に、五藤が応じた。
「副隊長、見失いました。ΝもTAIKAROHもどうなったかは分かりかねます」
「そうか。クロウ2の修復に手間がかかる。俺達は暫くこの辺りを哨戒する。クロウ3は青梅市役所前で補給を受けろ。ΝやTAIKAROHは生きているのか死んでいるのかが分からない以上、メサイアはここを離れられない。木元機が何故帰還命令を受けたのかは理解出来ないが、我々だけでやるしか無いという事だ」
「了解。青梅市役所に向かいます」
五藤の操縦でクロウ3は市街地の方へと向かった。そこは簡単な補給基地となっていた。大量の振動ミサイルが用意されていて、圧倒的質量で相手を攻めるメサイアには相応しく無い戦法が執られようとしていた。
「五藤隊員」
「どうしたの?」
「五藤隊員は、どうして迷いも無くΝを攻撃出来るのですか?」
戸ヶ崎の素朴な疑問に五藤は嘆いた。
「あれが味方では無い――いいえ、もっと言えば私達のコントロール下に置かれない以上、常に倒せるようにしなければならない。それに――」
「それに?」
「あれが我が国の戦力として捉えられれば、周辺各国に日本が振り回される事になる。だから、どんな場合であっても、Νは“敵”でなければならない」
「そんな……」
五藤は眉を吊り上げた。
「戸ヶ崎隊員、貴方何を知っているの?」
戸ヶ崎はその言葉に詰まった。
「自分は、何も知りません。知る事も出来ません」
戸ヶ崎は俯くのだった。




