第二幕
東京都奥多摩町にプレデター検出の報告を受けた時、既に世間は夏一色に染まり、誰も彼も娯楽に夢中になっていたのかもしれない。そのあまりにも呑気な人々を餌食にしようとして、天はプレデターを送り込んだ。プレデターのコードネームはTAIKAROH、不気味な四足歩行のトカゲのようなプレデターだ。TAIKAROHはハリアーMK9の攻撃を受けてもびくともしない強靭な体力の持ち主だった。その攻撃力も非常に強大で、鼻先の角から電気を放ち、身体から振動波を放った。メサイアとしては、このプレデターを、奥多摩山中で殲滅したい所だった。しかしあまりにも硬いその皮を打ち破るだけの攻撃力を、今のメサイアは持ち合わせていなかった。
「眼を狙います」
ハリアーMK9、クロウ3のガンナーを任された戸ヶ崎は、必死に振動ミサイルを撃ち込んだ。だがそれでも、TAIKAROHは怯みさえしない。
「駄目だ、瞼ですら硬過ぎます」
戸ヶ崎は思い切り毒づいた。ここまで兵器が通用しなければ、メサイアなんか存在意味が無い。
陸上自衛隊の援護射撃も有ったが、メサイアのハリアー達は、対処の仕方が無いかに思われた。
「クロウ3、上昇し、エネルギー爆弾を投下せよ」
クロウ2の宮本からの命令だった。
「しかし、奴にエネルギー爆弾は通用しません」
戸ヶ崎が思わず応える。
「そんな事を言っている暇は無い。急げ」
これを聞いた五藤は、スロットルを全開にして、一気に空へと上がった。戸ヶ崎はそのGに必死に耐えていた。
「目標頂上に到着」
五藤が顔色一つ変えずに、報告した。戸ヶ崎はまだこれに慣れていない。暫く頭の中がグルグルと回っていた。
「クロウ1、クロウ2は目標の注意を引く。クロウ3は奴の周りに爆撃、火の輪を作って奴を閉じ込める」
宮本の冷静な声が聞こえた。
「戸ヶ崎隊員、良いわね?」
五藤が念を押した。
「やれます、お願いします」
戸ヶ崎は機体下部のハッチを開いた。そしてそのままエネルギー爆弾を投下した。
爆発がTAIKAROHの眼の前で起こった。TAIKAROHは少し怯んだ様子だった。
続いて第二波、第三波と爆撃が続く。爆撃が一通り終わった時、TAIKAROHは炎に囲まれていた。この事態は奴も想像していなかっただろう。
「取り囲んだ。チャンス」
木元がミサイルポッドから次々と振動ミサイルを撃ち込んだ。TAIKAROHは炎の中で、ゆっくりと動きを止めて行った。
「これなら勝てるかもしれない」
木元の口に笑みが浮かんだ。
だがそれは一瞬の事だった。TAIKAROHは蹲ると、身体中から衝撃波を放った。その振動は、草木を薙ぎ払い、奴を包んでいた炎まで吹き飛ばしてしまった。
「く……」
宮本が悔しげに口を噤む。
「副隊長、どうすれば?」
戸ヶ崎はその様子を伺った。
「こうなったら総力戦だ。何としても奴を市街地に入れるな」
「了解」
戸ヶ崎は上空からTAIKAROHの頭上に振動ミサイルを放った。それは確実に、奴の頭部を直撃した。爆発が起こるのだが、それでも戸ヶ崎は攻撃を続けた。
「馬鹿、弾着で敵が見えない」
五藤が戸ヶ崎を落ち着かせるべく、再度上昇した。
煙の中、TAIKAROHはゆっくりと歩いていた。このまま何もせずに終わってしまうのか?
戸ヶ崎は、再度振動ミサイルのセットをした。残り数発しかない。木元機のミサイルポッドも一つ切り離されていた。クロウ2の宮本、藤木組は、メーザーバルカンで敵を牽制したいたが、それも効果としては薄かった。
「一体、どうしろと言うんだよ!?」
戸ヶ崎がそう叫んだ時、突如TAIKAROHの前にエメラルドグリーンの光が溢れ出した。光の粒子はゆっくりと人型を形成し、Νとなった。
「副隊長、どうすれば?」
藤木が問う。宮本は幾らか考えた後、こう答えた。
「二体が戦うならば我々は高みの見物と行こう。そして、どちらも弱った時に、集中攻撃をかける」
戸ヶ崎は乗り気では無かった。だが、彼の中にも任務を遂行せねばならないという使命感が芽生えだした。
戸ヶ崎と五藤は上空でホバリングして、出方を待っていた。
Νは、真っ直ぐにTAIKAROHに向かって行った。思い切り顎を蹴り上げて、怯んだ相手に腕に手を掛けると一気に山間部に押し出して行った。遠くに見える家々を避けて、Νは戦うつもりだと戸ヶ崎はすぐに分かった。
「勝沼さん」
戸ヶ崎はそう言うとゆっくりと操縦桿を握り締めた。
Νの攻撃は激しかった。敵に付け入るスキを与えなかった。TAIKAROHも電撃で、Νを攻撃したが、Νはバリアを張ってそれを防いだ。そのままの勢いで、Νは組み合うと、TAIKAROHを後ろに押し倒した。その腹部が真っ青な事をメサイアの隊員達は初めて知った。
「TAIKAROHの腹部目掛けて集中攻撃!」
宮本の指示が有った。五藤はすかさずTAIKAROHの上空に舞い上がり、ベストポジションをキープした。
「戸ヶ崎隊員、攻撃を」
「了解。振動ミサイル、ファイアー」
戸ヶ崎等ののるハリアーMK9、クロウ3からミサイルが放たれた。それがTAIKAROHの青い腹部を直撃した。Νも、メサイアの思わぬ援護を受けて、一気に両手に紅いエネルギー光球を作り上げた。
しかしそれを放とうとした瞬間、TAIKAROHが思わぬ反撃に出た。青い腹部が激しくフラッシュした。それはエネルギー波だった。先程の、炎を吹き飛ばした物と同じだ。
Νは大きく吹き飛ばされて、エネルギー光球はΝの手の中で爆発した。
「何て奴だ……」
藤木が独り言ちた。
TAIKAROHは再び起き上がると、ダメージを受けて、弱っているΝに体当たりを食らわした。ΝはTAIKAROHに馬乗りにされて、その状態から直接衝撃波を放たれていた。Νが苦しみの声を漏らす。
「そのままでいてくれ」
五藤がそう言うと、組み合う二体の直上でホバリングをした。
「良い判断だ。爆撃を開始せよ」
宮本の命令が有った。戸ヶ崎はそれに従う事が出来ずにいた。
「戸ヶ崎隊員、何をしている!?」
五藤が苛立っていた。
「しかし、自分には……」
「やりなさい!」
「……すまない」
戸ヶ崎は、爆撃を開始した。
クロウ3の下腹部のハッチが開き、エネルギー爆弾の発射装置が姿を現した。そこから白色のエネルギー爆弾が次々と降下された。そこに、クロウ2も加わった。二機の爆撃で、TAIKAROHとΝは炎に包まれた。そのまま完全に二体が燃え尽きされば良かったのだが、TAIKAROHの放つ衝撃波は、どんどんと爆撃の炎を掻き消していた。逆にダメージを受けているのはΝの方だった。
「これでも駄目か?」
木元が舌打ちをした。彼女のクロウ1は、ミサイル攻撃をするべく二体の前へと躍り出た。振動ミサイルが次々と二体に命中した。それでもTAIKAROHには効果が無かった。
Νは、爆発と衝撃波の中で、最後の反撃に出た。巴投げの恰好で、TAIKAROHを投げ飛ばした。再び青い腹部を見せるTAIKAROH。Νは、両肘を折り曲げて身体の前に持って来た。その肘と肘の間に深紅のスパークが起こった。Νは腕を真っ直ぐ上に上げると、そのスパークした腕と腕の間から真っ赤な破壊光線を放った。光線は、TAIKAROHの腹部を薙ぐように命中した。爆発したTAIKAROHは悲鳴を上げた。深紅の血液がTAIKAROHから溢れる。TAIKAROHは、一気にひっくり返ると、一目散に穴を掘りだした。Νの攻撃もここまでだった。Νは立膝を突くと、そのままエメラルド色の光の粒子になって消えていってしまった。
「各位、哨戒に当たりなさい」
本郷からの指令が有って、戸ヶ崎は自分の抱えている不安を払拭するように首を振った。
「了解です、隊長」
五藤が迷いも無く応えるのが、戸ヶ崎には複雑だった。
緑色をした光の中から、勝沼は森に降り立った。全身、汗でぐっしょりで有ったが、それは彼がこの猛暑に曝されていたからでは無い。彼はその場にぐったりと身を投げ出した。草や土の匂いが心地良かった。彼の頬に何か冷たい物が当たった。雨の一滴だった。雨は段々と強さを増していた。勝沼はそれが恵みの雨に思えた。今の火照り切った身体に、この水の雫は最適だった。
勝沼は、自分の首から下がっているペンダントを見た。弱々しくなりながらもエメラルドグリーンの光が消える事は無かった。それを見た勝沼は、安心したように瞼を閉じた。
雨はますます激しくなり、森は鬱蒼とした姿を更に深めて行った。
「竜ちゃん、何やってんの?」
大学へと向かう勝沼の横に、ブレザー姿の女子高生が並んだ。彼女の名前は長峰深雪、勝沼の母方のいとこだった。
「今日も大学でしょ? こんなに早くから行って開いているの?」
勝沼は、深雪の屈託の無い笑顔に思わず勝沼も笑みを零す。
「サークル目当てだよ。うちのサークルさ、人数の割に部室が狭いから、こういう時に行っておいて作業した方が良いんだ」
「竜ちゃんのサークルって映研でしょ? 作業って何なの」
深雪が素朴な疑問をぶつけて来た。
「編集とかバックグラウンドミュージックをどうするかとか合成とか結構忙しいんだよ」
「竜ちゃん、真面目なんだ」
「俺は映画が好きだ。だから映画の魅力を出来るだけ皆に知って欲しいんだ。その為ならば、何でもするさ」
深雪はくすくすと笑いだした。
「何だよ笑い出して」
「だって竜ちゃん、映画映画って言っているけれど普通の大学じゃん。何で映画学校に行かなかったの?」
「お袋が許してくれなかったんだ」
勝沼の声には悲しい物が有った。そこを深雪は感じ取ったのか、ばつが悪そうな顔をした。
「まあ、でも今の大学生活もそれなりに楽しんでいるよ」
勝沼のその言葉は空元気に聞こえた。
深雪は頷くと、勝沼の前に立ち塞がった。
「何だ?」
勝沼が思わず問う。
「これあげる」
深雪はそう言うとバックからエメラルドに光るひし形のペンダントを取り出した。
「何だこれ?」
「お守りよ」
「お守り?」
勝沼はそれを受け取ると、しげしげと眺めた。
「プラスチック製の偽物だけれど、価値が有る物だと思ってさ、使ってみてよ」
深雪の言葉が心からの物だと勝沼は理解した。
「来年からは三回生か。就活をしないといけないんだよね?」
深雪は勝沼に進路を譲ると、再び勝沼の横に並んだ。
「俺は映画にしか興味無いからな」
「コンクールに出したりするの?」
「出来るならばね」
「そっか。夢って大事だよね」
深雪はにっこり笑うと、再度勝沼の顔を向いた。
「叶うと良いね、竜ちゃん」
勝沼はおうと頷いた。
二人の通学路は、大通りに出た所で別れていた。
「ねえさ」
深雪は別れ間際に勝沼を引き留めた。
「このペンダント、ただじゃ渡さないよ」
勝沼の顔に青い物が走った。ろくでも無いお願いをされると厄介だ。深雪はそういう所が有る。
「何なんだ、一体?」
勝沼は諦めたようにそう言った。
「私のお願いを、一つだけ叶えて欲しいんだ」
勝沼はますます渋い顔になった。
「でも今は何も無いの。また今度、その権利を使わせて貰うわ」
深雪はそう述べると、下手くそなスキップをしながら勝沼と反対方向へ向かった。
「願いって何だ?」
それから数ヶ月後の事だった。その願いが果たされようとしたのは。
その昼、勝沼が授業中にも関わらず、彼の携帯電話が鳴った。そこには深雪の名前が出ていた。
「こんな時間に何だ?」
勝沼は隠れて教室を出ると、電話に出た。
「もしもし?」
「竜ちゃん、お願い聞いて欲しいの」
「今すぐじゃないといけないの?」
廊下に立ちながら、勝沼は小声で呟いた。電話の先の深雪の表情は矢張り分からない。
そもそもおかしな話だ、深雪だって授業中のはずだ。繰り返すようだが、何だってこんな時間に連絡をするのか?
「ね、すぐに来て。今すぐ来て欲しいの、竜ちゃん」
勝沼は深雪の声に、少し震えが有るのが分かった。
「……何か有ったか?」
「来てくれたら話してあげる」
勝沼は何か不吉な予感を感じて、彼女の元に向かおうと決めるのだった。




