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ジークロブと少女

 ――どこまでも続く赤い地平線。緑よりも乾いた大地が広がった大地を、一台の『ジークロブ』が走っていた。


 ジークロブの黒い装甲は砂ぼこりや泥で汚れている。町には少々似つかわしくないが、旅人はたいていこんなものである。誰もたいして気にしなかった。

 やがてジークロブは町に一軒だけの雑貨屋を発見し、その前に止まった。車体から一人の少女がどこか緊張しながら降りてくる。

 彼女の名はリーシャ・マクダエル。

 このジークロブと共に旅を続ける《流れ者》と呼ばれる旅人であった。



   *****



 私は両手に持った包みを古ぼけたカウンターに置いた。


「これとこれ。……ください」


 やる気のなさそうな髭面の店主は新聞からちらりと目を離してこちらを見ると、「200」とだけ口にする。遠い記憶にある、有り得ないほど清潔でマナーに厳しかった国をいつものように心の中で思い浮かべながら、私は無言で銅貸を二枚包みの横に置いた。


「まいど」


 そっけないが、どこへ行ってもこんなものだ。礼儀作法やら接客態度やらを、教育さえまともに受けていない人間に求める方がおかしいのだから。

 袋にも入れてもらえない――それどころか埃を被っている――包みを脇に抱え、私は薄暗い店内から外へと出る。

 とたんに、まぶしいほどの光が私の目を刺した。


 ああ、今日も空がすごく青い。


 陽光に目を細め、私は店の前に止めたジークロブに乗り込むために歩きだす。

 まともに建っているビルが一つもない、荒廃した世界。ここは、かつて私が《遥》と呼ばれていた頃に住んでいた小さな島国の存在する星ではない。いや、世界が違うのかもしれない。

 仮に異世界と呼ぶことにするこの世界は、当たり前に銃などの武器を目にする、安全は力か金で手に入れろ、な所だった。



 ジークロブ。それはロボットと車と戦車を合わせたような違うような、そんな乗り物だ。形や種類は用途によって大きく異なるが、この世界の住民にとっては当たり前にある物、そんな感じである。

 私のジークロブは、形はジープに近い。

 ジープよりは広い車内は運転席以外には椅子は無く、剥き出しの鉄板である。そこに布団やら絨毯やらをひいて、生活しやすくしている。

 私は目的地をオートに設定すると布団の上にごろんと横になった。ブーツは既に脱いでいる。そして買ってきたばかりの包みを一つ開けた。

 中には薄く切って塩を振り、油で揚げた芋が入っている。いわゆるポテトチップスだけど、かつて食べていた物と比べると味は下の下である。しかし、この世界で美食を求めると大変な出費になるので我慢しなくちゃいけない。

 寝転がりながら芋をもぐもぐやっていると車内スピーカーから若い男の声が響いた。


『お嬢、横になりながら食べちゃお行儀悪いですよー。太っちまいますよー』

「うるさい」


 能天気な明るい声に嗜められ、私は不機嫌にその言葉をはたき返した。ひゃーおっかねー、と楽しげにわざと呟くのがさらにしゃくに障る。

 この声――これは、私のジークロブに搭載されているAI(人口知能)が発しているものだ。私のジークロブは、祖父がわざわざ手をかけて作ってくれた、私専用の物である。

 非常に感謝しているし、有り難いと思うくらいに高性能なものだが……AIに関してだけは疑問を投げずにはおれない。なぜコイツにした、と。

 在りし日の祖父の姿が眼裏に蘇る。


 ――リーシャは少々無口じゃからのう。陽気な性格がいいじゃろうのう。


 あの日に戻れるなら、私はAIをどうするか考える祖父に訴えることだろう。

 AIエリックだけは断固拒否する! と。

 ……今更言っても仕方ないけれど。


 憮然としながら芋を貪っていると、突如ビーッビーッと耳にうるさい音が鳴り響いた。何かとエンカウントしたらしい。


『メタルウルフが五匹ですねー。どーします? 振り切っちまいますか?』

「ううん。せっかくだし稼ごう。メタルウルフだからたいした稼ぎにはならないけど。弾薬は少なめでね」

『つまり確実に当てろと。相変わらず厳しいですね、お嬢は』


 愚痴を漏らしつつもエリックは楽しげだ。どうも好戦的な性格に育ってしまっているらしい。決して私のせいじゃない。……たぶん。

 とにかく、戦闘だ。

 運転はエリックに任せたまま、私の方もライフルを手に取って戦闘準備を整える。防弾ガラスの窓の一つから顔を出すと、鋭い牙を剥いてメタルウルフの一匹が襲い掛かってきた。


『させねーよ』


 エリックの声と共にジークロブの横面が開き、そこに並んだ小型銃機が一斉に火を噴いた。悲鳴のような鳴き声をあげてメタルウルフはバウンドしながら転がってゆく。たぶん、一匹クリア。


「弾の無駄撃ちには注意してね」

『はいはい。お嬢の安全にはかえられませんけどねー』


 なんて会話を交わしながらメタルウルフと戦い、数十分後には無事に五匹クリアとなった。

 メタルウルフは半分機械で出来た、なんというか……アンドロイドの一種のような生き物だ。かつて軍事用に研究されていた生き物で、どんな生き物でも襲うしダメージを受けても機械を食べて自己修復を行う、かなり厄介な生体兵器だ。 この世界は、私が生まれるずっとずっと前に、大きな戦争があったらしい。その時、二つに分かれて戦った国々はこぞって生体兵器を研究、開発した。戦いは相討ちと言うか、どちらも上層部が壊滅してうやむやに終わったらしいけど、その時に作られたロボットやアンドロイドは混乱のうちに流出してしまい、今はそいつらがごろごろいる世界になっている。

 だから、私みたいに戦えるジークロブを持っていない人はろくに町の外にも出られない。

 もっとも、町が絶対に安全かというと、そういうわけでもなかったりする。メタルウルフやロボットが時々襲いに来たりするしね。

 そういった事情から、私みたいな《流れ者》を管理して、依頼を出すギルドと呼ばれる場所もある。民間の傭兵みたいな感じかな。


『お嬢、そろそろ出発しませんか? あんまり時間かけると他のが出てきますよー』


 倒したメタルウルフから使えそうな部品や討伐証明のコアを集めていると、心配そうにエリックが声をかけてきた。エリックは私が車内にいる時以外はいつも心配している。どんだけ過保護なの。


「……今戻る」


 ずた袋に集めた物を入れて立ち上がると、私は少しだけ辺りを見渡した。埃っぽい、渇いた大地がどこまでも続く。地平線を見る度に、ああ、ここは日本じゃないんだなあ、と実感する。

 だというのに、なぜか私はあの国をどこかで追い求めていたりする。なつかしいからか、それとも。

 軽く首を振って、私はジークロブへと歩きだした。

 チカチカとライトを瞬かせているジークロブが、今の私の“帰る場所”だ。


「おまたせ。行こう」


 乗り込んだ私がそう声をかけると、エリックはすぐにジークロブを発進させた。

 軽い振動を感じながら再び布団に横たわり目を閉じると、心地よい睡魔が襲ってきた。

 私が眠りかけていることに気付いたらしく、車内のライトが落ち、ゆっくりとしたテンポの古いバラードが子守唄がわりに流れる。

 本当に、どんだけ過保護なの。

 苦笑しつつも私は睡魔に身を任せ、深い眠りに落ちていった。



   *****



 次の町は比較的大きく、賑やかだった。ここならギルドもあるだろう。

 私が今まで集めた機械やコアを取り出していると、ジークロブの前部分が開き、中から一体の男性型アンドロイドが出てきた。

 身長は二メートル近くあって細身なのに引き締まった体格をしている。褐色の肌を彩るのはクセのある赤毛と深いターコイズブルーの瞳。野性的な華のある、端正な容姿のアンドロイドで――まあ、一言でいうならエリックだ。以上。


「俺もついていきますよ。お嬢一人だと危なっかしいですし」

「……荷物持ちね」

「はいはい」


 私は口では言わなかったが、内心すごく安堵していた。だって、私はひどい人見知りなのだ。コミュニケーション能力がとてつもなく低い、いわゆるコミュ障。生まれ変わっても、この障害からは逃れられなかった。


 ギルドはいつ来ても緊張する。目付きの悪い人が多すぎるのだ、私が悪いわけじゃない。


「買い取り価格はこうなっております」

「んー、もうちょい上がらない?」

「申し訳ありませんが……」

「そんなこと言わずにさー。ほら、これとか傷一つないしさ」


 係の職員さんとエリックが交渉するのを、私は後ろで見守っていた。

 エリックは非常に高性能なアンドロイドなので、めったに人間じゃないとばれたりしない。こうして間近に見ても、人間にしか見えない。

 もしばれたらどうなるのだろうか。……盗まれたり? それは困る。エリックが居なくなるということは、ジークロブにAIが無くなるということだ。絶対にばれないようにしよう。うん。


「お嬢、これで決定でいいですか?」

「ん? うん、オッケー」


 いろいろと考えているうちに値段交渉は終わったらしい。提示された買い取り価格は、一番最初のものよりもだいぶ上がっていた。さすが、エリック。うざいし過保護だけど、頼りになる。


「……なんか失礼なこと考えませんでした?」

「いや、別に。むしろ褒めたよ」

「……本当に?」

「本当だよ」


 まだエリックは疑わしそうにしたけど、再度繰り返すと今度は嬉しそうに笑った。


「まあ、これくらいは。いつでも頼って下さい」


 照れたような仕草が妙に人間くさい。本当、高性能だなー。

 そんな高性能なエリックのおかげで手に入れた金額は約二十万ギル。ギルはこの辺りの通貨で、感覚的には日本円とほぼ同じかな。

 もっとも、食料品が高かったり、弾薬が安かったり、物価は全然違うけど。


「次はどうします?」

「弾薬の補充をしたいから武器屋によろうか。あと、食料品も買い込みたい」

「了解」


 エリックはアンドロイドのまま動くらしく、さっさとジークロブの運転席に乗り込んだ。私はその隣で下部から出てきた助手席に座り、落ち着かない気持ちで外を眺める。

 たまにこうして人型のエリックとジークロブに乗ると、なんとなくかしこまってしまうのだ。本当に私ってコミュ障だわ。


「……何か音楽でも流しましょうか?」

「ううん、すぐ着きそうだからいい」


 気を遣ってくれるエリックに首を振ってみせる。エリックは少し苦笑するとジークロブを発進させた。


 いいと言ったのにクラシックに似た音楽を流しながらジークロブは町中を進み、ほどなく武器屋に着いた。

 予備の弾薬を買って武器の整備を頼み終わると、次は食料品だ。私の楽しみの時間でもある。

 浮き立つ気持ちを抑えながら食料品店に向かおうとしたが、それは町中に鳴り響く鐘の音に邪魔されてしまった。


「G‐12型だ。“人攫いロボ”が出たぞー!」


 大声で叫んだ男性の言葉に、町は一気に騒然となった。旧式のロボットの中でも頑丈さが取り柄のG‐12型は、命令系統に何かバグが発生しているのか、人間を攫っていくことがよくある。攫われた人間は衰弱して動けなくなるまでつれ回され、荒野に置き去りにされるのだ。ゆえに、ついたあだ名が人攫いロボ。そのまんまだね。


「お嬢、早く俺に……ジークロブに乗って下さい」

「うん」


 シャッターが閉まる音が響く中、私は運転席に乗り込み、エリックはアンドロイド体を前方に収納してジークロブに意識を戻した。


『で、どうします? 当然、行くんですよね?』

「もちろん。他に先こされる前に行くよ」

『了解!』


 嬉しげに答えエリックはジークロブを急発進させた。



   *****



 逃げる人々の中を無理に逆走し、着いた場所は町の入り口にある広場だった。

 そこでは既に銃撃戦が行われており、戦う術のない一般の人は避難しているようだった。

 G‐12型は巨体から小型機関銃を打ち出し、応戦する町の兵士や流れ者達を寄せ付けていない。事態は早くも膠着状態に陥ってしまっているらしい。


「……エリック、どうしようか? 私も降りて戦おうかな」

『お嬢が降りるのは却下です。俺が行ってもいいんですが……まあ、このままでもいけそうですね。しっかり捕まっていて下さいね』


 言うが早いかエリックは再びジークロブを急発進させ、G‐12型を大きく回り込みながら重機関銃を撃ち放った。その攻撃でG‐12型の右足が吹っ飛び、流れ者達から口笛が飛ぶ。

 G‐12型は咄嗟に迎撃するが、すでにエリックは離れた後である。


「エリック……無茶しすぎ!」

『そうですか? 成功確率は高かったんですけど。ああ、掃討終了みたいですよ』


 私がハンドルにしがみついたまま詰ると、エリックは申し訳なさそうな雰囲気を一瞬だけ漂わせ、しかし、すぐに話を逸らした。くそう、後でじっくり責めてやる。

 ハンドルから体を起こして外を見ると、確かにエリックの言う通り、G‐12型は無力化され、兵士と流れ者達が懸賞金の分配について話し合っていた。


「エリック、一端路地に入って、アンドロイド体になって交渉してきて!」

『はいはい。お嬢も少しは交渉して、勉強するのもいいと思いますけど……』

「あんな怖そうな人達と? 無理無理!」

『……まあ、今回は仕方ないですね』


 エリックは器用にも溜め息の音を再現し、私はそっぽを向くのだった。



   *****



 エリックのおかげでしっかり懸賞金を貰えた私達は、潤った懐で再び食料品店を訪れて買い込み、武器の整備が終わるのを待って再び旅だった。


『お嬢、次はどこに行きます?』

「うーん。まずはタツキヤに向かおうか。このまま西かな」

『了解。タツキヤに着いたらしばらく骨休みしたらどうです? 確か温泉街でしたよね』

「ああ、そういえば。うん、それもいいね」


 他愛ない話をしながらジークロブを走らせる。

 赤い荒野はどこまでも広くて、時々不安にかられ、先を見失いそうになってしまう。けれど、エリックとくだらない事を話しながらジークロブを走らせていると、いつの間にか長い道のりを越えていたりする。

 ……口煩くて過保護な奴だけど、こんな時はエリックがいてくれて良かったと思ってしまうな。


『お嬢? 疲れましたか?』


 私が黙り込んでいると、エリックが気遣わしげに尋ねてきた。


「うーん……まあ、少しだけ」

『寝てていいですよ。着いたら起こしますから』

「うん。そうしようかな」


 珍しく素直な気持ちでエリックの言葉を受け入れ、私は布団に横になった。流れてくるバラードに耳を澄ませながら、目を瞑る。

 今日も空は青く、荒野は赤い。

 バラックと呼ばれる赤い荒野は確かに厳しい環境だけど、その分おおらかで誰をも受け入れてくれる。


 だから私はエリックと共に旅を続けているのだろう。長い、目的の無い旅を。 いつか、何かを手に入れるまで。

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