編入*5
「ねぇーねぇーぇ、あーおーいーちゃーん。」
窓側の一番前の席。
床に膝をつき、机に腕と顔を乗せた銀髪君。
窓から入る陽が銀髪を反射し、キラキラと輝いていて眩しい。
痛まないのかなぁっとぼんやりと銀髪を眺めていた私は、銀髪君の言葉に反応が遅れた。
「マジ俺と付き合おうよー。」
「………ん?」
SHRが終わると我先にと机の周りに群がる生徒達。
質問攻めにあっていた私は、質問を聞き逃さないように四方八方に集中していたが、銀髪君が近付き、机に群がる生徒が一瞬で道を分けたことに気付かなかった。
今まで群がっていた生徒は遠慮してか、少し離れた所で私達の様子を伺っている。
誰かに助けを求め周りを見るが、目が合っても誰ひとり助けてくれない…。その目が好奇心で輝いているのは気のせいだろうか。
「ねぇー、いいっしょー?」
「——っ…」
トントンと人差し指で机を叩いていた銀髪君は、痺れをきらしたのか前から横へと素早く移動し、肩に手を回す。
——かっ顔が近い…
銀髪君は誰から見てもイケメンと言われる部類で、銀の髪の毛はウルフに瞳はシルバーのカラコンと派手な容姿をしている。
派手でも似合い過ぎるのは、持って生まれた天性なのかな、と観察していると、何故か近づいてくる綺麗な顔…
「えっ…」
グッと力強く引き寄せられた肩。
伏せられた瞳には長くびっしりと生えた黒い睫毛。
鼻筋が高く、薄い唇。
その唇からは……舌打ち。
あ…あぶなかったぁ…
銀髪君の唇が私の唇に重なる瞬間、私は自分の口を手で塞いでキスを回避した。
手にキスがされることもなく、瞬時に動きを止めた所を見ると、反射神経もいいなと目の前の銀髪を睨みつつも冷静な自分がいた。
教室内は悲鳴が響き、鼓膜を震わせる。
悲鳴は銀髪君のファンが上げたモノだと分かるが、何故か周りからは「おしい」やら「勿体ない」やら、明らかに愉しんでいるだろう男女の声も飛び交う。
「葵ちゃん…。睨んでも逆効果だよ。」
「そこどいて。」
「嫌だって言ったら?」
「それでもどいて!!」
睨みつける瞳が霞み、体は震える。
銀髪君にも震えが伝わっているはずだが、全く離す気配はなくシルバーの瞳は真剣だ。
冷やかしの声を聞きながら、泣くまいと手で押さえた唇を噛み締めた瞬間、バッと肩に回っていた腕が離れた。バシーンっと効果音付きで。
「はぁーい、バカ銀っ!!そこまでー!」
「いてぇな、暴力女っ!」
「いてぇじゃないわよ!エロ銀っ!」
「邪魔すんじゃねぇよ、バカ美穂!」
目の前での言い争いに圧倒され、口をポカンっと開く。
「高橋さん嫌がってるじゃん。」
「嫌がってねぇよ。ただ緊張してるだけだろーが。」
「アホじゃないの!!どう見たって嫌がってるじゃない!」
「はぁ?そんなわけねーよ。」
黒のストレートの髪を纏め、右耳の後ろにシュシュで結わいている女の子。
銀と呼ばれた銀髪君との言い争いで二重の瞳は少し吊り上がっているが、怒っていても可愛い。
銀髪君の頬はモミジ型に赤くなっていて、先程の痛々しい音は叩いた音はこれかぁと、感心した。
周りは二人の喧嘩を見ているだけで、止める気配がない。
喧嘩の発端は自分だからと、どうにか止めようとするが…
「銀は7歳までおねしょしてたじゃん!!」
「はぁ?お前こそ小学校の遠足の時、お化け屋敷にビビって漏らしたし!」
「きぃぃぃーー!!むかつくーっ!もう銀にお母さんのお弁当あげない!」
「そっ、それは卑怯じゃねぇ!?」
「ふんっ!!」
…………これを止めるの?
低レベル…な争い…と言うより、恋人達が痴話喧嘩をしているようにしか見えない。
「あ…あのぉ…」
「銀がそんなんだからおばさんが私に泣きついてくるんじゃん!」
「俺は自分がしたいことをしているだけだ!」
「ただの性欲マシーンじゃない!!それに何この髪!襟足長い!銀髪っ!カラコン!」
「いてぇ!髪ひっぱんなブス美穂!」
……うん、無理かな。
そんな2人を止めたのは、勿論私でも周りの生徒でもなく。
始業のチャイムだ。
チャイムが鳴った瞬間に2人は罵倒し合うのを止めたが、睨み合ったまま両者とも譲らない。
そんな二人を横に座りなれない椅子に座り、机の中から数学の教科書を出す。
教科書をパラパラと捲り、気になるのは視界ギリギリに入る2人の姿。
2人の終焉は呆気なく数学担当の先生によって幕を下ろされる。
「授業始めるぞー。」
勢いよくドアが開き、入ってきたのは20代後半のイケメン教師。
「おい、羽山に水口睨み合ってないで席に着け。」
この言葉を合図に、2人は睨み合ったまま舌打ちをし合って自分の席へと戻った。
あっ、後ろの席…
美穂と呼ばれた女の子は私の後ろの席で、あとでお礼を言おうと思い黒板の方へ顔を向けた。
クラスに入ってから数十分。
もう既にいっぱいいっぱいだ。