帰国*1
ガラガラと腰辺りまである大きなキャリーバッグを引き、空いた腕には大きなボストンバッグ。
混雑する人混みに紛れ、慣れないキャリーバッグで人の足を轢かないように注意を払う。
肩からずれ落ちて腕でぶら下がっているバッグを肩へ戻すのを諦め、人混みの隙間から周りを見渡した。
「あっ、葵ちゃ〜ん!あーおーいーちゃーんっ!」
疲れがどこかへ飛んで行ってしまいそうなほどの可愛らしい声に、自然と頬が緩む。
声の主を探す為に声がした方へ顔を向けたが、
「あれ?」
人が多いからか見当たらない。
私の周りは待ち合わせの人と合流したり、我先にと帰路につく人がいなくなり視界が開けたが、可愛らしい声の主…親友の姿が全く確認できない。
「あ゛ぁ〜お゛ぉ〜い゛〜じゃ〜…」
声は聞こえる。
しかし、姿は見えない。
「ごごだよー…」
「あっ!いたいた!!未来[ミク]!!」
人混みに親友のと思われる手先が帰路につく観光客の肩からニョキッと生えている。
キャリーバッグが左右に傾く勢いで駆け寄ると
「きゃぁぁぁー!葵ちゃんっ久しぶりぃー!!」
ふわりと薔薇の香りを纏った親友が飛び付いて来た。
飛び付いて来た親友を受け止める為に、キャリーバッグは腕にあったボストンバッグと一緒に投げ出された。
首に腕を回し抱きつく親友の未来[ミク]の猪突猛進な所も、小さくて可愛いところも変わっていない。
ふわふわの髪の毛を撫で「久しぶり」と声を掛けると、くりくりの瞳に涙を溜めた。
「葵ちゃぁーんっ、会いたかったぁ!二年は長すぎる!!」
首に抱きついていた腕を腰に移動し、未来は思い切り腕に力をいれた。
「——っ、みぐ、ぐ…ぐるじぃ…」
「きゃっ、ごっごめん!!」
「あー、苦しかった…。未来は相変わらずだね。」
力を緩めただけで離れようとしない未来をべリッと剥がし、「あははは」と笑う親友の額を小突く。
あぁ、癒されるなぁ。
誤魔化すように笑う未来を許してしまうのは毎度のこと。
「ほら、行こう。」
「うんっ!あのねあのね、葵ちゃんが編入する高校にね、凄くイケメンの男の子がいるって噂だよ!!」
「へぇー。」
「でねでね、その人ね喧嘩が強いんだって!あの有名な不良ってやつかな?バイクてまブイブイやってるのかな?」
二年経っても未来は天然だ。
「それにね、彼女いないんだって!髪の毛とか眉毛とか全部剃っちゃってるのかな?うわぁ、見てみたいっ!ねっ、葵ちゃんも一目見てみたいよね!?」
「うん、そうだね。」
一方的な会話も毎度のこと。
「パパが車のとこで待ってるんだけど…どこに駐車したんだっけ…??」
未来の天然は今に始まった事ではない。
「あっ、いたいた!!パパー!葵ちゃん連れて来たよー!!」
私の隣から勢いよく駆け出した親友の後ろ姿を眺めながら「変わってないな… 」と胸の中で苦笑いをする。
キャリーバッグだけになり軽くなった足取りで未来の後に続く。
少し先を走る未来が振り返って
「おかえり、葵ちゃん。」
そんな親友の言葉に
「ただいま、未来。」
胸は歓喜に震えた。
「よし、帰ろう!!葵ちゃん早くっ。置いて行っちゃうよー!」
「あっ!気を——…」
「……いたぁーーーい!!」
転ぶのも毎度のこと…。
ベチャリと女優顔負けのコケっぷりを披露した未来の先には、黒のボストンバッグが残念なことに投げ出されていた——…