表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰色の獏  作者: 丸虫52
6/7

(6)

 翌朝いつものように家を出た私は、外の様子に驚いた。〝霧の夢〟の中にいるように辺り一面真っ白だった。霧が音を吸い込んでいるのか空気が質量を増しているのか、静かさがまとわりついてくるように感じる。私はしばらくその場に立ち尽くしていたが、なんの気配も感じられなかった。そんなところまで〝霧の夢〟と同じだった。

 微かに誰かが走ってくる足音が聞こえた。霧を透かして見ていると、押し出されるように見知った顔が現れた。

「おはよう、花生里かおり。ひどい霧ね。まるっきり前が見えなくて、危ないったらないわ」

 舞子まいこは少し怒っているようだった。

「どうしたの?」

「そこの角で、直進してきた自転車とぶつかりそうになったのよ。こっちが歩いてたから避けられたけど、こんな視界が悪い時にスピード出すなんて非常識だわ。ぶつかったら交通事故よ、交通事故。自転車と歩行者じゃ、歩行者が弱者なのよ。わかってるのかしら」

「それは朝から災難ね」

 私達は歩きながら話していたが、舞子の非常識な自転車に対して怒りはなかなか治まらなかった。

「非難するのは良いけど、注意してないと今度はこっちが非難される側になるよ」

 霧はどんどん深くなっていく。家を出た時は1メートルくらい先が見えたのに、今は伸ばした自分の手さえ見えないくらい濃くなっている。何だか本当に夢の中に入り込んだみたいだ。

 そんな事を考えていたら、舞子の姿を見失った。さっきまで聞こえていた声も聞こえない。

「舞子、どこ?」

 慌てて呼び掛けたけれど、返事がない。霧の中に独り、取り残されてしまったような気がした。

「舞子!」

 何度か呼ぶと、微かに声が聞こえたような気がした。急いでそちらの方へ行こうと体の向きを変えた私の目の前を、物凄いスピードで何かが通り過ぎた。何だったんだろう、今のは。〝光の球〟みたいに見えたけど、まさかあんなものが現実にあるはず無い。高速に動いていたからそんなふうに思っただけだ。そう考えて足を踏み出そうとした丁度その時、今度は見間違いでも何でもなくバレーボール大の光の塊が通り過ぎて行った。風圧に私の前髪が揺れた。

 〝霧の夢〟? いつから? 家を出た時から? 

 訳がわからず呆然と立っていると、目の前をまた〝光の球〟が通り過ぎた。みんな同じ方向から飛んで来て、同じ方向へ飛び去っていく。飛んで来た本へ行くべきか、飛んで行った先へ行くべきか――少し躊躇った後、私は飛び去った方へ駆け出した。


 『後悔先に立たず』という諺とは少し違うけれど、私はすぐにこっちを選んだことを悔やんだ。

 〝霧の夢〟の〝光の球〟がどんなものか、嫌というほど体験したはずなのに……!

 頭の後ろに目がない私は、高速で飛んでくる〝光の球〟の接近に気が付かない。ぶつかられて衝撃を受けて、初めて気が付く。そして衝撃から立ち直って進みだすと、次が来る――この繰り返しで、何度も倒れ込む羽目になった。


 それでも悪戦苦闘の末、ようやく一際明るい場所が見えてきた。私はほっ安堵の息をつきかけて、とんでもない光景を目にしてその場に凍りついた。あまりの衝撃に足の力が抜け、気が付くとその場に座り込んでいた。


〝光の珠〟が、大きくなってる……!

 次から次へ集まってくる〝光の珠〟は、お互いにくっつき合ってどんどん大きくなっている。どこにこんなにあったのかと思うほど、〝光の珠〟私の横を風を切って擦り抜けて行く。

 あっという間に〝光の珠〟は私の身長をはるかに超え、見上げても一番上が見えないくらい大きくなっていった。なのにまだ小さな〝光の球〟は、吸い込まれるように集まって来ている。

 どのくらい見上げていただろう、私は我に返った。

 いくら大きさと衝撃度合いに関係がないとは言っても、こんな大きなものにぶつかられる事を想像すると震えが来る。できるだけ離れておこうと、私はそろそろと後退った。

 ところが 私が動き出すと同時に、巨大な〝光の球〟も引っ張られるようにゆっくりと動き出した。

 私が立ち止まると〝光の球〟も止まるし、後退ると動く。一定の距離を保っている。最初に〝光の球〟と不毛な鬼ごっこをした時の逆バージョンだ。これじゃあ逃げる事ができない。

「うそ……」

 急に恐怖心が湧き出した。逃げたいのに、逃げられない――〝闇〟に取りこまれそうになった時の恐怖心に似ている。あの時と違うのは、阻止してくれるモノがいない、という事。私はパニックになった。

 〝光の球〟を横目で見ながらあたりを見回し、じりじりと体をずらしながらどこへ逃げようか必死に考えた。

 ところが、そんな私の動きを見通しているかのように、ゆらゆらと揺れたいた〝光の球〟がいきなり私目がけて迫ってきた!

 また、あの衝撃が来る! ――私は目をぎゅっとつむり、体を硬直させた。

 しかし、いつまでも衝撃は来ない。恐る恐る目を開けると、白い白い光が目に飛び込んできた。

 目が見えなくなったのかと思った。でもそれは、間違いだった。

 私の目は見える。ただ、見える範囲すべてが白い光なのだ。私は〝光の珠〟に取り込まれてしまった事に気がついた。

 光は眩しくなかった。それどころか、泣きたくなるほど優しくて、暖かくて、懐かしくて……。どこかでこれと同じ想いをしたことがある気がした。

 ふと気配を感じてその方へ顔を向けて、私はびっくりして立ち上がった。

「舞子……!」

 どうしてここに舞子が……?

 夢だから何があっても不思議じゃない、とは思わなかった。うまく説明できないけれど、これはただの夢ではない、と直感した。

ようやく終わりが見えてきました、万歳!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ