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私と舞子の最大の違いは考え方と行動力だと思う。自分を卑下するつもりはないけれど、私は舞子のように前向きに考えることも行動する事も出来ない。人の目が気になるのだ。周りの視線を気にして怯えてしまうのは、いじめを受けたことの後遺症だと思っている。なるべく注目を集めないように、目立たないようにして、攻撃を受ける可能性を減らす――自然と身に着いた癖のようなものだ。
だから自分の思う事をハッキリと口にして、人の思惑を気にしないで行動する舞子は私の憧れであり、目標だった。舞子のようになりたいと常々思っていた。意識して真似てみた事もあったが、違和感を感じてすぐに止めた。
わかったのは私は舞子ではない、私という個性は私だけのものという事だった。人の目を気にして思うままに振る舞えないのも、ウジウジと考えてなかなか行動に移せないのも、私だからだ。
以前いじめから逃れようとして足掻いていた時、舞子に言われた言葉がある。
「長所と短所って同じものなのよ。見方が変わってるだけ。『優しい』は長所で、『優柔不断』は短所。でも同じことなの」
その時は聞き流したけれど、後になって納得した。『行動力がない』のは短所だけど、『慎重』なのは長所だ。人の『目を気にしすぎる』のは良くないかもしれないが、人の『気持ちをよく考える』のは良い事だと思う――そう思ったら、気持ちが軽くなったのを覚えている。
世の中は舞子みたいな人間ばかりを求めていない。じっくりゆっくり、周りと協調できる人間も必要とされるはずだ。
ふと気がつくと、〝霧の夢〟を見ていない事に気がついた。〝光の球〟を捕まえるために、見ようと努力していたころより長い期間だった。
いつも当たり前のようにあったものが無くなると、とたんに不安になる。
「一生懸命考えてる花生里の邪魔しちゃいけないと思って、夢の方で自重してるんじゃない?」
ある朝いつものように登校中に舞子に話すと、詰まらなさそうな不貞腐れたような返事が返ってきた。
「どうしたの、舞子。なんか変だよ?」
「だあって、最近花生里ってばあんまりかまってくれないもん」
頬を膨らませて、舞子が言う。それを見て、舞子が拗ねているのだとわかって、私は慌てた。本当は慌てる必要なんてないのだけれど、友達の少ない私にとって舞子は本当に特別なのだ。舞子に見捨てられたら、私の事を気にしてくれる人などいないのじゃないだろうかと思う。舞子はそんな事をするような人間ではないと知っているけれど。だから別に機嫌を取るつもりではないのだが、言い訳じみているなと思いつつ自分の考えを話した。
「いや、だってやるからには見切り発車はしたくないじゃない。いくら時間があっても、ある程度目星は付けとかなきゃ」
取り敢えず何でもやってみるのも手だけれど、闇雲に手を出すのは時間の無駄だ。何になりたいのか、そのために私にできる事は何か、どうすればいいのか。良く考えて、調べて行動を起こそうと決めた。
そう言うと、黙って聞いていた舞子は、
「花生里らしいね」
と、少し寂しそうに笑った。
舞子と話しながら、〝霧の夢〟が私に将来の事を考えさせるためのものなのだとしたら、もう二度と見ることはないかもしれないと思った。寂しいけれど、これも人としての成長の一歩なんだ――そんな感慨さえ抱いた。
ところが、それが甘い考えだとわかったのはその夜の事だった。
◆◆◆
私は〝霧の夢〟の中を、息を切らせて走っていた。
本当に久しぶりに見た〝霧の夢〟は、それまでと違って超ハードだった。
現れた〝光の球〟は、一つ。それが問答無用で追いかけて来たのだ。
今までのように避けるだけではダメだった。何しろ〝光の球〟は自動追尾装置の付いているミサイルみたいに、どこまでも追いかけてくる。そしてぶつかると、物凄い衝撃が来た。
目の前は一瞬真っ白になり、息ができなくなる。耳の奥の方で甲高い金属音がして、その後どっと冷や汗が出て、ぶつかった場所の感覚が無くなる。体中の力が抜けて、立っていられなくなった。
ぶつかった〝光の球〟はすぐに消滅してしまったけれど、ぶつかった場所はその光が移ったかのようにしばらく光り続け、やがて土に水が染み込むように消えた。そしてその夜は、もう〝光の球〟は出てこなかった。朝目覚めるまで、私は〝霧〟の中でひとり蹲っていた。
◆◆◆
それをあの日から毎晩見るようになった。出てくる〝光の球〟は一つ。多くても二つ。そして受ける衝撃と〝球〟の大きさに関係はない。ただ、あの衝撃はあまりにもリアルで、夢の中とはいえ何度も体験したいとは思わない。
今までで一番起きた時の状態が悪そうな夢なのに、目覚めは今までに無いほど良い。
まず、睡眠を充分に取った状態というのはこんな感じなのかと思うほど、スッキリ目が覚める。ベッドの中でグダグダしているのがもったいなく感じる。朝から気力体力が充実して、何でも出来そうな気がする。
「最近、凄く張り切ってるみたいだけど、何かあったの? 今までのほんわりしていた花生里とは別人みたい」
と、舞子が驚くほどだ。そこで夢の事を話すと、目を丸くした。
「じゃあやる気充分なの?」
「うん。取り敢えず、舞子が言っていた作家目指してみる。今は専門学校があるし、投稿サイトもあるし、その手の書籍もあるし。まず、自分の体験を文章にする所から入ってみようと思う」
握り拳で私が宣言すると、舞子は私以上に嬉しそうな顔で頷いた。
「がんばって」
ようやくUPです。なかなか思うように進んでくれません。




