第2話 そうは問屋が下ろさねぇ。
またも俺達はワープした。
今度は薄暗く、それでいて長い廊下だ。
道幅は5、6人なら並列で歩ける程度の幅、壁の上方に金属板の上にロウソクを置いた古風な照明があるだけなので、ギュウギュウ詰めで歩けば多分コケる。
俺は不自然に右手に力が篭る。
「ここが、魔都・・なのか?」
「多分。もしかしたらさっきみたいに王城とか魔王城みたいな所にワープさせられたのかも」
可能性は十分にあった。
そして、それよりも重要な点が一つ。
それは、今回俺のみが奴らを倒す事ができる、ということ。
「俺だけで倒せるか・・・な?」
不安で仕方がない。
元はしがない一般高校生、特別何か武術や部活といった運動もせず、自堕落な生活を送るニート予備軍だったこの俺が、勇者となって魔神元帥とやらを倒す事なんて出来るのか。
気分は最悪だった。
いつか、才能が開花されて、最強になれると思っていた。
いつか、異世界に転移して、最強になりたいと思っていた。
いつか、俺は力を手に入れて、最強でありたいと思っていた。
だが、それが何だ?
最強であれば、それでいいのか?
それは違う、誤答だ。
違う。俺は、何の為に力を手に入れたかった? ただの自己満足か? 違う。
俺は誰かを守りたかった。
たとえ小さな命でも、自分自身の力でその命を守りたかった。
だったら、俺は今、その力を発揮すべきなのではないか。
もし失敗すれば、最低でも深衣奈の命はない。
俺の聖剣を託す事が出来るかも知れないが、俺よりもひ弱な深衣奈に操れるとは思えない。
だったら、だったら。
ここで、俺は遂に夢を叶える事ができるのではないか。
俺はその言葉で自分に自信を持たせる。
「・・・・よし」
「行くよ、結城」
「ああ」
俺は長い廊下を駆け出した。
☆☆☆
「ここか・・・な?」
廊下の最奥に位置した扉、ご丁寧に扉の上には「魔神元帥 サタン」と書かれている。
ギィィィ。
やけに耳に残る音を発しつつ、扉は開けられた。
広い。
体育館程度の広さ、と考えてもらっていいだろう。
奥には王座が見える。
次の瞬間。
周囲のロウソク達が一斉に燃え上がった。
そして、俺はサタンの顔を直視した。
「魔神元帥・・・サタン」
「その通り、俺がサタンだ。で、お前は誰だ? 勇者気取りの命知らずか?」
「残念ながら、正真正銘、勇者様だよ」
「面白い・・・」
サタンは立ち上がった。
俺はエクスカリバーを構える。
「いくぞ」
瞬間、サタンの正拳突きが顔面に放たれる。
昔やったFPSのスキル、つまりは反射神経が過敏反応し、俺は転がるようにして避ける。
まさかゲームの力をここで使うとは、あながち俺も間違った道は進んでなかったみたいだな。
「よく避けた。次はもっと早いぞ」
シュン。
虚空を切り裂くその音で、俺は吹き飛ばされた。
音もなく、一瞬のうちに近寄って繰り出された一撃。
たかだか人生ゲームにしちゃ、ちょっとシビア過ぎるんじゃねぇの?
「・・・そうかい」
口は切れて血の味がする。
左腕は壁に強打して未だに感覚がない。
足は転がったときに変にひねって動きがぎこちない。
最悪さ、逆に最悪という状態をかき集めたような状態。
辛うじて破損の無い右腕でエクスカリバーを強く握る。
「手加減、無用だなぁ!!!!」
久々だった。
俺はキレていた。
何にキレていたかは分からない、けれど。
それからは異常だった。
「はぁ、はぁ、はぁぁぁ!!」
「ぐ・・っく!」
「おらあああああああ!」
「ぐ・・ふっ!?」
剣戟が放たれ、素手で防ぎきろうとサタンは奮闘する。
だが、怒りによって向上した俺の力はこの程度ではない。
最速の剣戟を瞬間的に放ち続ける。
ゲリラ豪雨に近い現象だ。何それカッコ悪い。
俺は倒れこんだサタンを見下ろしてこう言った。
「ナメてんじゃねぇよ。こちとら200万で人様救ってる勇者なんだぜ」
「・・く・・く」
俺はサタンの顔面に剣の柄を叩きつけた。
ゴイン、という鈍い音がしてサタンは首を落とした。
本当はかっこよく剣でバッサリいきたかったのだが、一応憲法に準ずる日本人だから、法律的に殺人はアカンと脳内で警報が鳴っていたので止めておいた。
「はぁ・・はぁ・・・!」
今更ながらに、左半身の痛みが尋常じゃない。
肩から足にかけて麻痺したかのように動かないし、これはガチで後遺症残りそう。
とか思ってたら深衣奈がまた意味不明な呪文を唱え、次の瞬間には痛みが消えていた。
どんな理屈だよ、とか思ったがやはり女神様は最強なんだと納得する。うん、女神最強。
大体そんなものだ、女神が転生するゲームではどっちかというと悪魔の方が強そうな気もするが。
「大丈夫? 結城」
「平気平気」
「本当に? あれだけ壁に全身強打してるんだよ?」
「知ってるよ、けどお前のヘンテコな呪文で復活した」
「・・・そっか」
優しげな微笑みで俺を見つめる深衣奈。おい止めろよ、何か俺の母さんみたいじゃん。
大抵この表情をするときの母親は何か諦めたときだ。え、俺の人生も諦められたのか?
脳内でふざける余裕も出てきたところで、俺はロキの部屋を後にした。
くそ、こんなのがあと3人も居るのかよ。さっきのはマグレに継ぐマグレが引き起こす連鎖反応の結果だから、あまり間に受けちゃいけない。
重い足取りで廊下を歩く。
「・・・はぁ、最悪だ」
「まぁまぁ、次も勝てるよ」
「お前なぁ、今までが楽だからってそう言えるけど、命の保証はねぇんだぞ?」
だが、次の瞬間。
《おめでとうございます 魔神元帥ティアマト・レヴィアタン・サタン・バラキエルの討伐に成功しました!》
「「はぁぁぁぁぁ!?」」
俺と深衣奈がまたしてもハモる。
《ティアマトは難病により病死、レヴィアタンは自身の顔の整形に失敗して嘆いて自害、バラキエルはニンニクの食べ過ぎで亡くなりました!》
「最悪じゃねぇか!?」
何だよ何だよ!!
ティアマトはいいとしてレヴィアタンとバラキエル完全にアホだろ!!
レヴィアタンって完全ナルシじゃねぇか! バラキエルも完全にアホ! 魔神元帥がニンニク食い過ぎで死ぬってどんな事例だよ!!
ツッコミ切れないくらいに目の前の事実がふざけていた。
何、これは巡り巡ってきた勇者様の出番終了のお知らせ?
俺は項垂れた。
そして、また俺たちはゲームボードの上へとワープする。
「・・・・やっぱ、働かなくて、いいッスよね?」