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ババアサンクチュアリ

作者: 会津遊一

 1985年。

 アメリカ合衆国、ロナルド・レーガン大統領の2期目の任期開始。そして、映画ネ○ーエンディング・ストーリーの流行がまだ残り、9月になってもデパートの屋上には偽物の着ぐるみが大量発生した。


 ただ、そんなことは関係なく、俺は100円玉を握りしめて、命を掛けた戦いに挑もうとしていた。


「やべぇ。ネリネリしてたら、僕の指から煙が出るぞ! これで店が燃えるかもしれない」

「あ、熱くないの?」

「ぜんっっっぜん、平気」

「……お前、007の生まれ変わりかよ」


 初めて”妖怪けむり”を触った低学年のガキ共が店の先で大騒ぎしている。バカバカしいぜ。そんな底の浅い大人が考えた子供だましに20円もの大金を支払うヤツの気が知れない。確かに、ちょっと忍者的な煙が出て格好いいだろ的なヤツには心が引かれるが、まだ、砂糖の王様あんこ玉を買った方が良いに決まってるだろう。分かってねぇぜ。


「ねえ、お兄ちゃん、あんこ玉のアタリって持ってる?」


 あんのじょう、俺の素性を知ってる近所の小さなクソガキが、暗い顔のまま服の裾を引っぱってきたのだ。最後の望みを、年上である俺に託したいのだろう。

 痛いほどわかるぜぇ、その気持ち。

 だってさ、お情け程度にしか甘くないゼリー棒と比べ、一個10円で買えるあんこ玉には特別な後光が刺していた。古い物だと舌の水分が根こそぎ奪われてしまうが、その甘美な味は王様宮殿。給食の冷凍ミカンに匹敵する悪魔の所行である。

 しかし、その甘みの代償は大きい。

 きな粉に包まれたあんこ玉は、消しカスをまとめたようなサイズでしかなかった。飴のようにゆっくり舐めても直ぐ消えてしまうし、あんこ玉だけは友達の間で一口ちょうだいは禁止になっている。気をつけないと、つい2、3個は買ってしまう麻薬菓子、それがあんこ玉なんだ。

 当然、もっと巨大なあんこ玉を食いたい、と皆は思う。

 その欲望を逆手にとったキタねぇ大人達は、中にアタリを入れてたのだ。もし、中に極小あんこ玉が入っていれば、大あんこ玉が貰えるという悪魔の仕組みだ。当然、そのアタリなど一箱に1つぐらいしかない。

 希望って餌でガキを釣り上げ、無限に連なる金吸い上げシステムを作り上げる気なのだ。ひでぇ。これこそ、ひでぇ悪魔の血がなせる技だろう。夢みたいな大あんこ玉を食いたさに、今まで何人もの猛者が潰れてきた……。


 そんな大人に、俺らは負けてたまるかよ。


「……よし、このBB玉に色を塗ったヤツを貸してやる。これを、半分食ったあんこ玉に入れろ。そして、大あんこ玉を貰ったら捨てるんだ」

「うん。分かった」

「ババアにバレるかもしれん。危険だぞ……」

「分かってる。でも、これに挑まなくして、なにが男だって言うんだよっっっ! おばちゃーーん、あんこ玉アタリが出たよーーーっ!」


 ガキは言われたとおり実行していた。

 その様子を俺が伺うようにしていたら、障子を開けて奥の方から1人のババアがゆっくりと出てきていた。見かけは成城辺りの小粋なお年寄り、という感じだが、その内面の闇は計り知れないだろう。

 エプロンを着けた白髪のババアはガキに近づいていった。


「あらあら、アタリを引いたのかい。おめでとう」

「うん。だから、大あんこ玉ちょーだい」

「……ちょっと待ちな。ガキんちょ。交換する前に、そのあんこ玉のアタリを貸しな」


 そういうとババアはガキの買った商品である、あんこ玉を奪い取り、本物かどうか自ら確認しだした。グリグリと唾の付いた指で食べかけの商品を潰し、悪魔の本性を剥き出しにしたのだった。


「あ、僕の」

「僕のじゃねーんだよ、このクソガキがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああっ! これ、やっぱり偽物じゃねーかっ! こんなんで私を騙そうとした罰だよ。ほれ、あーん。もぐもぐ。んんぅぅ、子供から奪ったあんこ玉は旨いねぇ」

「……う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああん」


 ババアに残り半分のあんこ玉を食われたガキは、泣きながら戦場から逃げ出していたのだった。だが、俺はバカにしない。むし、誇らしく感じていた。確かに、このガキは自分から挑戦した上で撃沈したが、今日の涙が明日の糧に繋がると俺は信じたい、そう思っていた。


 ただし、ババア、テメェは許さねぇ。


「おい、オバちゃん。テレビのマ○オやらして」


 俺は握りしめた100円玉を手に、ババアの所へ向かった。回りで買い物していたガキ共はザワッとした空気を出していたが、応援してくれる者はいなかった。遠巻きでチャラチャラと陰口を叩くだけで、決して店の奥には近づかなかった。

 へへ、1人でだって、俺はやってやるよ。

 諦めが悪いんだ。

 

「……ほう、マ○オをやりたいのかい。こりゃ勇ましいね」


 ババアは笑うと、俺を部屋の奥へと連れて行った。

 一歩進むたびに少し鼓動が高鳴った。この夏に発売されたスーパーマ○オは社会現象となり、誰もがプレーしたいと羨望の眼差しで見つめるアイテムだった。しかし、騒がれるテレビの世界とは異なり、実際、数万もするゲーム機を持っている子供はクラスの5分の1が良い所だ。俺の家も、とうぜん買ってもらって無い。


 いち早くマ○オをプレーして、クラスで自慢しているグループに俺も入りたい。あんな事ができる、こんな事ができるって、皆に言いてぇぇ。


 その欲望だけが俺を動かしていた。

 薄気味の悪いババアが奥の部屋に通し、障子をバタンと閉じられた完全密室空間に追い込まれても何とか正気を保っていたのはマ○オがやりたい一心だった。いや、他に求めるモノなど、ありはしない。これからマ○オをやりきるためには、動揺なんてしていられないのだ。

 やがて、ババアが仏壇の戸を開き、一台のあんこ玉色した機械を見せてきたのだ。


「さあ、これがファミ○ーコンピュータ。通称、ファミタだ」


 なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。

 ふ、ファミタだと。ゲーム機を持ってるヤツは、ファミタって略すのか。なんか語呂が悪いし、そんなのクラスの誰も言ってなかったぞ。それは、本当なのか。それとも、ブラフか。もしかして玄人の証しなんだろうか。


 いやいや、落ち着くんだ。

 いつのまにか混乱した俺の額には、信じられないぐらいの汗が滲んでいた。しかし、このまま引き下がる訳にも行かない。ババアに足元を見られたら、今後、骨の髄までしゃぶられてしまうだろう。あんこ玉を食われたガキと同じ目に合いたくなかったら、必死に胸を張らなくてはいけない。

 ババアに笑われないよう、俺は汗で濡れてしまったお金を差し出した。


「た、確か100円で3回分だろ。残った10円はあんこ玉の分だからな」

「ほほ。分かったわ。それじゃあ、今からだよ。はい、スタートっっ!」


 ババアが叫んだことに俺は訝しみつつ、ファミタのコントローラーを握りしめていた。悪いが、こっちはデパートの売り場で散々、高校生が試しプレーをしていたのを遠くから眺めていたんだ。怖いから全く近寄らなかったが、何にも知らないずぶの素人という訳じゃないんだぜ。

 帰りに食べるあんこ玉は、勝利のあんこ玉だ。

 俺は、深呼吸1つして、仏壇の横にあるテレビを見つめた。


「よし」

「……あら、早く始めないとマ○オさん、勝手に死んじゃうよ」


 なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。

 ま、ま、ま、マ○オは、タイム制なのか。ほ、本当なのか。早く動かさないと死んでしまうなんて、そんな内容のゲームなのか。前に見ていた時は、そんな感じじゃなかったぞ。い、いや、確かクラスのヤツが時間が経つと勝手に死ぬとか言っていたような記憶がある。ただ、それはゲームが始まってからの話しであって、まだ俺はボタンすら押してないんだぞ。

 ババアのウソなんじゃないのか。

 しかし、仮にババアの話しが本当なら直ぐに動かさないと……。

 俺は震える指でゲームをスタートさせていた。


 ギュ、タタンタ タタンタタン。


「あ、クソ。動揺して、最初のヤツに殺されちゃった」

「あらあら、残念ね。ちなみに、次はもう1つのコントローラーよ」


 ギュ、タタンタ タタンタタン。


「って、ウソじゃねーか」

「いやいや、次の時は、2Pもできるわよって意味よ」


 ギュ、タタンタ タタンタタン。


「……おぉい、怒るぞ」

「はい、30円分は終了。マ○オさんは、2人で交互にプレーするって意味よ」

「なんだよ、それってル○ージの事だろ。それぐらいなら知って……」


 そこで、俺はハッとした。

 要するに、このババアの狙いはウソの情報を俺に教えることで、いち早くミスを誘発させてゲームを終了させることにあるのだ。当然、憧れのマ○オを中途半端なプレーしかできなかった子供は、次もお金を握りしめて戦場に足を踏み入れる事になるだろう。

 なんという、ド汚ねぇ策士だ、このババア。

 そんなに子供のなけなしの金を奪うのが楽しいのか。そこまでして子供から楽しみを奪うなんて許せねぇ。


「……ちょっと、オバちゃん黙っててよ。こっちはプレーに集中したいんだ」

「あら、残念ねぇ」


 そう口では言っていたが、ババアは勝ち誇った薄笑いすら浮かべていた。くそ、このまま負けてたまるか。俺はマ○オのプレーに集中することにした。


「って、あれ、おかしいな。この谷が普通のジャンプで越えられないぞ。どうすりゃ良いんだ」


 俺は意気揚々とゲームをプレーしていたのだが、ある地点で攻略に行き詰まった。ただ、技術の問題ではない。タイミングを計ってAボタンだけを押しただけでは進まない気がしていた。


「……んー、今のところキノコ以外のアイテムもないし。これは何か必要だな。オバちゃん、マ○オの説明書ってないかな」

「50円」

「……は?」

「説明書がみたいのなら、追加料金を払いなって言ったんだよ」


 ババアはウソみたいにニコニコした顔をしていた。

 俺は血の気が引くほど驚愕した。

 おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい。このババアは本気なのかよ。まさか、一回のプレーが30円という世界において、説明書を見るだけで50円もの大金を奪おうというのか。あんこ玉を5個も買えるほどの血肉を俺の財布から奪おうというのか。

 バカな。

 こんな横暴は許されない。ありえない。いくら何でも、それは社会的な大人の態度として最低ではないだろうか。経済的に豊かな年上は、小さな子供のすることには寛大さを見せ付ける、それが大人ってヤツ何じゃないのか……。

 この世には神も仏もいないのかっっっっ。

 そう俺が思うも、ババアは変わらぬ笑みを浮かべていた。絶対に金を払わなきゃ見せはしない、という鋼鉄の意志が感じられたのだ。

 

 ウソだろ……。


 俺は絶望した。ゲームはスタートで停止させていたので、思わずコントローラーから手を離していた。どうする、どうする、どうする。いま50円なんて大金は持ってないし、仮に持っていた所でババアに支払うのは癪でしかたない。

 しかし、正直、マ○オはやりたい。

 もっと沢山プレーしてクラスの男子に自慢したいし、スゲースゲーっと友達から持て囃されたい。いや、どちらかといえば、マ○オを続けたいという気持ちの方が強かった。テレビで流行ってると言われたアイテムを、いち早く知った男になって賞賛されたかった。


 それに、まだ60円分のプレーが残っている。これから、プレーを続けた所で、操作方法が分からなかったら無駄にマ○オを殺すだけとなるだろう。それだったら先行投資と考え、50円を支払って説明書を確認した方が、後々の事まで考えると特のような気がしていた。

 ただ、そんな金はないが……。


「……いま50円がないのなら、前借りでもいいよ」


 ババアは俺の気持ちを察したかのように、そういう悪魔の取引を持ち込んできた。その瞳は全てを読み取ってしまう閻魔大王の如き暗黒の瞳であり、今まで幾千という小学生を負かしてきた絶対的な凄みを秘めていたのだ。

 勝負を挑むには、早すぎたか……。

 この化け物めぇ……。

 ガックシと俺は項垂れた。


「……ご、50円、今度持ってくるから説明書を見せて」

「はい、毎度ねー」

「う、うん」


 パチン。

 喜んだ俺がオバさんから説明書を受け取ろうとした時、テレビの画面が急に真っ暗となったのだ。ゲームの音も出ていない。一瞬、電源でも抜けたのかなとか、もしかして壊れたのかとか、俺は甘いことを考えた。

 しかし、ババアはニヤニヤとした浮かべていたのだ。


「あら、残念。時間が来たみたいよ」

「時間?」

「言ってなかったかしら。ウチのお店はね、ゲーム、一回5分で30円なの。君の場合、残機はあったけど時間切れ無いのよ。残念ねぇ」

「……え?」


 俺は惚けるしかなかった。一瞬、何か言い返そうかと思ったのだが、仏壇の戸に注意書きの張り紙があるのをババアが指で示していた。

 暫し、黒いテレビを見つめるしかなく、再び手にしたコントローラーは冷たかった。店を出る時、借金50円の紙を渡された俺は、あんこ玉を舐めつつ帰路についた。なぜだか、今日に限って妙に渋い味がしたような気がしていたのだった。

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