死神
みなさんも、犯行を否認する容疑者の話はよく聞くだろう。あれは、自分の犯行が発覚するのが怖くて否認しているのではない。無論、そういう輩もいる、が、犯行を否認する犯人のほとんどがそうではないのだ。
また、その事は、初めは大きく報道されても、次第に人々の記憶から消え去っていく。それも、単純に忘れたというのではない。
実は、“死神”がかかわっているのだ。今回の話は、その“死神”の話。
青年は、ある事件の容疑者となっていた。その事件とは殺人事件で、その容疑者として青年が捕まったという訳だ。
しかし青年は、容疑を否認していた。確実な物証も、状況証拠もそろっているというのに、青年はかたくなに無実を主張する。取り調べ室では、警官の怒声が響いていた。
「貴様、まだしらばっくれる気か! ここに証拠もあるんだぞ! お前以外にだれがいると言うんだ!」
「はぁ……ですが警部どの、私には本当に、そんな記憶がないのです。これは本当です。信じてください」
青年には、何も言ってもこの調子だった。仕方なしに、嘘発見器が使用された。その結果は、驚くべきものだった。
青年の言う事はすべて本当だったのだ。つまり、青年は殺人を犯していない。仮に殺したとしても、その記憶がないという訳だった。
別な者が犯人ではないかと何度も検証してみたが、結果は同じで、青年以外に犯人と思しき人物は浮上しなかった。
青年に殺人の記憶がないのも、仕方のない事だった。ある人物に記憶を消されていたからなのだ。
いや、『人物』ではない。これこそ“死神”の仕業だった。死神が青年の記憶を消したのだ。
死神と言えば本来、死にゆく者の魂を狩り、死後の世界へと導く者の事だが、人の記憶を消し去ると言う能力ももっていた。普通ならばめったに使われない能力だが、現世に派遣されている死神たちは大抵が『死神界の掟に反する行為』と言うもので息抜きをしていたので、このような案件は頻発していた。
この死神たちは、死神警察に逮捕されないよう巧妙に隠れていたのだが、そんな雲隠れも長く続くものではない。ついに、一人の死神が警察に捕まった。
この事は、現世にいるほかの死神たちに多大なショックを与えた。
「まずいぞ。奴は我々全員の居場所を知っている。警察で拷問されたら、まずいと思って我々の居場所を教えてしまうかもしれない」
「しかし、それを防ぐ手立てが……」
「いっそのこと、警察どもを根絶やしにしたらどうだ?」
「いや、それでは目立ちすぎる。ほとんどの者が捕まってしまうぞ」
「では、どうする?」
「奴を殺すか」
「いや、恐らく奴は厳重な警備下にいるだろう。それを殺すのは難しい」
「ならば、どうすれば……」
このような会議が半日がかりで繰り返されたのち、やっとある名案が思いついた。それは大変いい案で、全員の意見はすぐに一致した。
その作戦は、今夜決行された。どうやら効果を上げたようである。
取り調べ室では、死神警察による取り調べが行われていた。
「おい、いい加減吐いたらどうだ? 違法行為をしたんだろ?」
すなわち、人間の記憶を消したかどうかという事である。しかし、取り調べを受けている死神の答えは変わらなかった。
「ですから、やっていません。信じられないというのなら、嘘発見器をお使いになられても……」