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櫻、咲く、  作者: 鳥野
3/4

香、読む、

「お義父さん、私ね、アルバイトをしたいの。申請書に判子貰えないかな」


義父の帰宅は何時も遅い。

それでも今日は日を跨いでいないだけ、早い。おかずをレンジで温め直し、お味噌汁に火を通したものを食卓に並べると義父は、待ちかねていたように箸を持った。そんな義父の前に座り、馨は学校の総務課から貰ってきたアルバイト申請書を食卓に置いた。


馨の通う高校は、アルバイトに親の承諾を得た申請書が必要だった。

アルバイトについては考えていたので、申請書は鞄にしまっていた。最後のきっかけは、先ほどの優羽の発言だ。


義父である手島一臣(てしまいちおみ)は、眼鏡の奥の目をぱちぱちさせると、ゆっくりと食卓に置かれた申請書を目にした。どこかおっとりした動作と優しげな面立ち、かけている眼鏡も冷たそうではなく、頭がよさそう、といった印象となる義父を知ると、友人達は「馨はお父さんに似てるね」と言う事も多い。血のつながりなど全くないけれど、そのようなものを越えて、馨はこの義父の側にいると安心感をもらえる。


「おこずかい足りないのかい?」

義父は、のんびりと馨に訊いてきた。

「香奈も、あゆもバイトしてて、私もしたいなって、思ったの」

「それが僕の質問に対しての馨の答え?」


あ、と思った。

義父は許さない、そう思った。


「欲しいものがあるの。変な物じゃないの。自分でお金貯めて買いたいなって。香奈たちの話きいてたら、楽しそうで、私もしたいなって思ったの。私、部活とか入ってないし何かしたいなって。あ、あと、夕食当番の時には絶対バイト入れない。今までと変わらずに家の事もするよ」


ふーん、呟くと豚肉の生姜焼きをそれは美味しそうに一臣は、食べた。

「馨の作る料理は美味しいからね。全部の日をスーパーのお総菜やお弁当だと僕もつまらない。馨の和食は、お母さんより旨いと僕は思う。でもね、別に家の事は強制じゃない。けれどまー、母さんが単身赴任中の今、馨が家の事をしなくなったら、僕も優羽も結構困るからそれは変わらずに参加して貰うけどね。……なんだ、強制だね。何時もありがとう、馨」

「う、うううん」


ぶんぶん顔を横に振ると一臣は、それは面白そうに口の端をあげてから、目線を上にあげ、言った。

「家の事をして、バイトもするって、大変だ。馨の欲しいものを僕が買えば、馨はバイトしないかな?」


これは義父の柔らかなテストだと思う。

義父は、どんなに忙しくても私や優羽との対話を怠らない人だ、と思う。


「ううん。それでもバイトしたい、と思う」

「もしかして、バイトで稼いだお金を、そうだな、大学資金にしたいとか、家に入れたい、とか、生活資金にして、手島の家に負担をかけたくない。なーんて、考えていたりする?」


頬に朱が走った。

「ご、ごめんなさい!お義父さん!私それ、全然考えてなかった!!」


一臣は、上にあげていた目線を馨に戻したかと思うと。


「あーはっはっはっはっ!!!!!」盛大に笑い出した。

お風呂に入っていた優羽が台所にくると、笑う父を迷惑そうに見た。そのまま冷蔵庫を開け、飲み物を取り出すと「うるせーよ、父さん。今何時だと思ってるんだ」そのまま、飲み物を持って台所から出て行く優羽の背中に一臣が声掛けした。


「あー、すまんすまん」

それでも一臣の笑いは、小さくなっても続いていた。

どうしよう、どうなるのかなぁ、と笑う一臣を馨はじっと、どこか不安気に見ていたんだと思う。間もなくして、一臣は笑いをおさめると、馨に謝った。


「うん、まー、ならね。まずはいい」


(まずは)馨は義父の次の言葉を背を正し待った。


「僕からは3点」

こくこく頷く馨を笑いながら一臣は言った。


「今まで通り家事をする事。優羽にも相談して、少しあいつに負担を増してもいいが、それもあくまでも少し。まぁ、協力しなさい。僕も助けられる事はする、が、悪いとは思うけれど、今仕事が厳しい。せいぜい、そうだね、今まで通り、皿洗いに、簡単な掃除、自分のスーツのクリーニング管理程度しかできないと思う。これは謝ろう、ごめん」

「うん。大丈夫。お義父さんの仕事が今本当に忙しいのはわかるし、家がおろそかになるようなら、バイト辞める」


箸を完全に下に置くと身を乗り出し一臣は続けた。

「それとだ。教会には週一なんて言わないが月一は、出る事。バザーは参加」

「あ、それはわかってる。もうね、バザー出品用のあみぐるみを作り始めてるの」

「へぇー。と、いうか、あのさ、馨。あみぐるみってなんだい」

「もう!私よく作ってるじゃない。毛糸で作るぬいぐるみ」

「あー、あれかぁ。あれ、あみぐるみというのか」


あみぐるみ、あみぐる、み。

ツボに入ったのか、一臣は繰り返しあみぐるみと呟いた。


「ふーん。ああいうの好きな人間は多いだろうし、いいんだろうねー」

「私の作るあみぐるみ、結構人気なんだよ」

「なるほどねぇ」


手島家は一家全員クリスチャンだった。

馨もこの家の子どもになった時、そうなった。手島家ともともと仲良くしていた馨の生れた家、淸瀨の家も時々教会のイベントを手伝っていた事もあり、特に不満もなく馨は洗礼を受けた。


でも何故か、義父や義母、優羽には言わなかったが、馨は教会の雰囲気や神父、シスターの視線が苦手であったために日曜礼拝はさぼりがちだった。義父母も優羽もそうだったから、特に何も咎められたことはない。時々優羽が「オレ等えせカソリックだよなー」と笑う程。でも、それでも月一は日曜礼拝に参加したし、毎年の告解(赦の秘蹟)に降誕祭、復活祭、バザーには参加していた。


そんな事を思う馨を視線に入れながら、一臣は、あごをなでていた。

「次。ラスト。あのね、馨。どこでバイトする気なんだい?」

「へ?」

「そこが実は一番気になるなぁ」


そういうものなのかなぁ。首をかしげてから馨は候補をあげた。

「高校生を雇ってくれる処って、少ないの」

「だろうね」


馨は幾つかの候補をあげた。

カフェにマックといった飲食店のホール業務にお弁当屋さんやホテルの調理場、そして駅前の本屋さん。


「駅ビルの中にある本屋じゃなくて、駅前のあの本屋?」

「そ、そう。なっ、なんか好きなの、あの本屋さん」


変に思われなかっただろうか。顔が赤くなりませんように、と心で何度も唱えた。


「僕もあの本屋は好きだなぁ。品揃えも面白いし、夜遅くまでやっているのもいい……って、馨、バイトは遅くても夜9時までにしなさい。いや、受かった場所によっては8時だろう。そもそも高校生は夜10時までのバイトしか認められていないし、いやその前に馨は女の子なんだし……」


あ、まずい!

慌てて馨は話題を変更した。


「あのね!夜9時までしかしない!あと明るい処にあるお店しか受けないから!」

「……カフェとか飲食店のホールは駄目だからね。ホテルやらお弁当屋の調理場はいいし、本屋も、まぁ、いい」

「なんで?お義父さん」


溜息をつくと、一臣は申請書を引き寄せ、再度読み終えると席を立った。

又席に座ると、その手には判子。

「とにかく、駄目。じゃないと押さない」

「わ、わかった、よ?」


よくわからないが、ともかくも判子付の申請書を馨は手に入れた

うきうきした表情で申請書を見る馨の首筋に一臣は、その時気づいた。


「馨、首、痛かったかい」

「あ!」


首筋の痣を馨は咄嗟に隠した。

別に隠すものでもないのだけれど、小学生の頃散々からかいの対象になったために、どうも条件反射なのだと思う。そんな昔の痣だというのに、何故か時々刺すような痛みを感じる事がある。義父はそれを知っているのだ。


「うん。どうしてなのかなぁ。一瞬ね。痣、そんな目立つ?」

「いや。僕は知っているからね。だから、気づくんだよ。それに痛みも、おそらく、季節の変わり目だからじゃないかなー」


首筋の痣はある時から突然出来ていた。

ある時――、ほんとの両親を亡くした日。交通事故にあった日から、不思議な事だと思う。時々馨は、この痣は両親達が‘自分たちを忘れないで’と馨に残したものなんじゃないか、とさえ思う。そう思うと、時々もう両親を忘れている事のある自分をどうしていいかわからなくなる。

それに――。


「変だよね。首筋に二つの痣なんて。まるで吸血鬼みたいって、やっぱり私も思うよ」

一臣は馨の言葉にきょとん、とした顔をして笑った。


「馨はやっぱり女の子だからかなぁ。ロマンチストだよねぇ。それなら馨は教会に出入りする度に、なんだっけ痛んだり、灰になったりするんじゃないかい?」


一臣のにやにやした顔に少しばかり馨は照れた。

(ほんとだ。昔吸血鬼みたいだって、男の子たちにからかわれた時も優羽や友達がそう言って、やりこめてくれたっけなぁ)


首筋にかけていた手をはずすと、一臣が笑いかける。だろう?って、そんな風に。馨は一臣に「おやすみなさい」と申請書を手に居間を出ていった。


入れ替わりのように優羽が居間へと入ってきた。

ちらり、馨の出ていった廊下へ目をやって。


「まさかオレに同じバイトをしろ、なんて言わないよな」

「お前受験生だろ」

「――へぇ?そーゆー気遣いはしてくれるんだ」

「どうしてそう、捻くれるかね」


缶ビールのプルトップを開けると、ぐびぐびと一臣は喉を潤す。


「父さん、今日あいつ、なんか匂った」


だいこんの味噌煮にきゅうりとシラスの梅肉和え、ひょいひょい箸を進める一臣に優羽は苛立った。


「首筋の痣も今日は妙に目立つし、あいつさ――」

「優羽」


むっとした顔を隠さず、優羽は黙ると父親の言葉を待った。


「過敏になるな。夜遅くなった時は迎えに行け。それはいいな。以上」



*****



本屋さん、本屋さん、受かるといいなぁ。次はお弁当屋さん。

申請書を見つめながら、馨はにこにこと緩む顔をおさえられなかった。


次の日、香奈の呆れ顔を背にして、教室をかけだした。

駅前の本屋に履歴書持参で面接にいくために。すでに朝のうちに面接の予約を入れていたのだ。簡単な受け答えで、ネックになったのは高校生であること。夜8時まで、という時間については、女の子はもともと8時までしか採用していないらしかった。


「土曜の午後3時から6時ってできる?」

中途半端な時間だなぁと思ったけれど、頷くとそれが決め手になったようで、次の日、採用との留守電が早速馨の携帯に入っていた。


――ほんとうに、嬉しい、嬉しいことがあった。


「あ、れ」

目の前に、遠峰くんがいた――。


初めてのレジ業務。隣にはベテランのお姉さんがついてくれて、書籍のバーコードをバーコード読み取る機械で、ピッピッと私が打つと、お姉さんが隣で「カバーかけますか?ありがとうございます」と挨拶を口にする。その間にレジからおつりがジャラジャラ出てきて、お客さんに手渡す。


「ほら、手島さんも『ありがとうございます』忘れてるよ」

「は、はい!……あ、ありがとうございます」


緊張して、照れて、ずーーーーぅっと顔が熱かった。

慣れない。全く、慣れない。ど、どうしよう!!

お姉さんには「そんなに緊張しなくていいから、いいから」と何度か言われたけれど、無理。


そんな時だった。


「あ、れ」って、上から声がした。

本を差し出されると、お客さんの顔を見る余裕なんてなくて、とにかくバーコード!!と思ってしまう私だったけれど、その声に馨も顔をあげた。


――あ。


顔は、真っ赤、だった、と思う。

でも元々真っ赤だったから、どう、更に真っ赤になるんだろう、と思ったら耳が痛くなってきた。暑くて、暑くて。痛くなった。手まで震えてきた。


「お客さま、この子と、ああ、すみません。うちのバイトの子とお知り合いですか?」

お姉さんの声が聞えた。


馨がずーっと、ずーっと憧れていた遠峰くんがそこにいて。

それと、それと。


「はい。多分、同じ高校なんですが、彼女は僕の事知らないかも」

頭の中が真っ白になった。

遠峰くんが私の事を知ってるんだって!!


はっとした。


「いえ!――し、知ってます。な、なんとな、く」


変な事を言った、ろう、か。

なんか三人の間に沈黙がある。ど、どうしよう!それになにがなんとなくよ!

嘘つき。私の嘘つきーーーー!!!

ここの本屋をアルバイトに選んだのも遠峰くんがよく買いに来るの知ってたからじゃない!!!!でもまさか、初日から会えるとか思ってなかったから、心の準備ができてないよ。


でもそんな事を言える訳はなくて。


「そうなの。あ、この子、手島さんね、今日からうちでバイトしてるんですよ。お客さまよければ又買いに来て下さいね。といってもお客さま、うちの常連さまですものね」

「ああ、そうなんですか。よろしくお願いします」


お姉さんが私を遠峰くんに紹介すると、何故か遠峰くんは私にそう言って、お辞儀をしてきた。隣のレジのお客さんやバイトの子もどこかきょとん、と私たちを見ていた。


「あ!い、いえ。えっと、その、こ、こちらこそ、あの、まだ慣れませんが、よろしくお願いいたします」


お姉さんが耐えきれないという風に、吹き出した。

その後、なんとかレジ業務を終え、私はお姉さんがいなくなった隙に、それとなくよけておいた遠峰くんが購入した本の間にはさまっていたしおりみたいな(売り上げカードというらしい)ものを見ながらメモ帳に急いで書籍名をうつしとった。


「手島さん、あがっていいよ」という店長さんの声に他のアルバイトさんや正社員の方にお疲れ様のご挨拶をして(お姉さんは既にあがっていた)お店の裏にあるバッグヤードに行くと、エプロンをはずす。


私は又フロアに戻ると、本棚を確認して、遠峰くんが購入した本がもうない、とわかると、店長さんに言った。


「あ、あの本を注文したいんですけど、いいですか?」

「ああ、いいよ-。うちで買うと少し割り引きしてあげるよ」

「え!そうなんですか」


うんうん、頷くと店長さんは、他のバイトの男の子を呼ぶと

「手島さん、本を注文するんだそうだ。ついでに注文書の書き方を簡単に教えてやってくれ。まー、もう上がってるから、とりあえず簡単にな」


注文口は、カウンターがちょっと高い。

馨は身長が低いので、少し背伸びして注文書をのぞき込んだ。

男子バイトの子が指さすところに、注文する書籍を書き、自分の名前と電話番号を書く。


「着いたら、電話する?」

「いえ、あのバイトでくるから」

「そうだね」

受け取りの部分を切り取ると、男子バイトさんはそれを馨に差し出した。

「注文してから、うちに着くのは大体一週間かかる」


馨は驚いた。そんなにかかると思わなかったから。男子バイトさんは苦笑して言う。


「そう思うよね。かかるんだ。お客さんにもそれはたまに言われる。手島さんも注文を受けるようになったら、それよく言われるかも。覚悟しておいて。だから、今だとネット通販に負けちゃうね、本屋は」


本屋を出る頃は、もう辺りは真っ暗だった。

携帯を取り出すと薄青い画面から、午後8時半とあった。


「馨」


振り返ると、優羽が立っていた。


「え!迎えに来てくれたの?」

「まー、そう。初日だしおまけ」


つまんなそうに立っている優羽が、今日はとっても可愛くみえた。

にこにこする馨を薄気味悪そうに優羽が見る。


「ありがとうね、優羽」

「――あ、うん。まーな。何?そんな楽しかったの?バイト」


鞄の中にいれた受取書を意識すると、今日の出来事を思うと、どうしてもにやにやしてしまう。よかった。やっぱりアルバイト初めて、よかった。

嬉しくて嬉しくてたまらなかった。


「うん。とっても、とっても楽しかったの!」


優羽が目を細め、夜だというのに、なんだか眩しそうにしていた。



一人称と三人称とかごっちゃになってるかと、すみません。

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