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誇りと引き換えに。



あの方の失ったものは、とてつもなく大きく、何にも変えられないものでした。



あの方の得たものは、途方も知れないほど尊く、何とも比べられないものでした。



例えあの方がそれを選んだのではないのだとしても。


あの方の人生に影を、心に傷を負わせたのだとしても。






初めてあの方に出会ったのは父に連れられたお茶会の席で。


9歳のわたくしは社交を知らず、ただうろたえ、固まり、泣き出しそうになっていました。


優しい父の声掛けも、仕立てたばかりの綺麗なドレスも、美味しそうに並べられたお菓子も、色とりどりの花々も、普段でしたら小躍りして喜んでいたそれらは、このときばかりはなんらわたくしの緊張をほぐす助けにならず。

準備期間もろくに設けられずに決められた日取りの茶会は、初対面の人々に立ち向かうだけの勇気も、気持ちを抑えて愛らしい子供の笑顔を作る狡猾さも奪い去り、頼りなのは手の平の中の父の裾だけ。

茶会には大人だけでなく、子供達もいましたがわたくしほどに幼いものはおらず、近寄って声を掛ける事ことは出来ませんでした。

誰か誘ってくれたら・・・・と思わないでもありませんでしたが、皆様が大人の世界に興奮し浮き足立っているようで同年代との交わりに忙しく、わたくしのような相手にならない幼子の懊悩に気づけるほどの余裕は持たないようでした。


いえ・・・きっと声を掛けてもらっても萎縮し、その手をとって共に楽しむと言うことは難しかったでしょう・・・・。

それほどにわたくしは子供であったのです。




茶会と言っても立食式のパーティーは、9歳の子供の目線からすれば見上げるばかり。

見えるものは足、足、足。

顔の見えない頭上で交わされる会話も、今までに無い多くの人の集まりも、わたくしには恐ろしいと思えるほどでした。


会が始まって1時間ほどでしょうか、わたくしはもうすっかり疲れきっていました。

見上げるばかりの首も、しがみついていた手のひらも、置いていかれないようについていった足も痛みを訴えだしていて、頭の中はぼんやりと濁り始めていたほど。


そんな折、小さな歓声が聞こえ、ざわめきが広がり拍手と共に人々の波が左右に避けていきました。

疲れていたわたくしの耳にも聞こえた歓声。


もちろんわたくしには何がなんだか分かるはずもなく・・・まあ、身長のこともあって全く何も見えてはいませんでしたけれど。

人々のざわめきの元が気にはなっていましたが、父の裾を手放して見に行くことは出来ません。

その当時は何故でしょう。

この手を離すことはとても怖いことだと思っていたのかもしれませんね。


影のある室内から、その方が庭園に出てきた時、日差しに照らされた金の髪が輝き、凛とした表情の美しさと相まって、

「・・・天使さま」

思わず呟いてしまいましたの。

まだ幼いわたくしには・・・いえ今のわたくしでさえ、この時のあの方を思い出せば同じ思いを抱いたでしょう。

それまで不安だった気持ちも霞んだ頭も、出そうになっていた涙もあの方を目に入れた瞬間消えてしまいました。

それが分かったのでしょう。父は笑って「あの方がアレクシエル皇子だよ、シエラレーネ。私達の宝、国の次代を担うべき素晴らしい方だ。お前も恥じない自分になりなさい。ほら顔をあげて」あの方が良く見える位置まで連れて行ってくださり。


あの方はこのとき御歳12。

微かに浮かべた微笑に、周囲の誉め讃える声に謙遜し応える姿。

同じ年頃の少年達とは比べ物にならない落ち着いたまさに王族として相応しい佇まいでした。

あの方にも人として、12歳の少年としての面がおありになったでしょうに、わたくしは全くそんなことも考えず、ただただ憧れたものでしたわ。

それは協会の壁画に描かれた天使さまを見るように。

幼子を抱いて我々を温かく見守る聖母さまを見上げるように。

生身の人としてではなく。


このときの国王様、王妃様と並んだ姿は誰の目から見ても理想の家族の姿そのものでした。

王族に理想の家族など不敬を問われそうですが、とてもお幸せそうに見えました。

あえて、不幸を探すのならば、他に兄弟もおらず、たった一人のお子様であったことでしょう。

他にご兄弟がいれば、この後のあの方の運命は大きく変わったに違いありません。

あんなことがあった後でも、支えあえたことでしょう。


詳細についてはここで語るのは差し控えさせていただきます。

きっと、いまこれを読まれているあなたは遠からずそれを知ることになるでしょうから。


わたくしは全てを知るわけではないのです。


あの方のことを語っていますけれど、わたくし個人としてこの時もこれ以後も、あの方と接したことは御座いません。

お顔を拝見するのも、遠くから数えられるほど。

ですからこの一回の邂逅が心に強く焼きつきました。


幼い頃の植え付けとは厄介なものですね。

ほら、よく言われているでしょう?

『三つ子の魂百まで』と。

わたくしの中のあの方はこれから10年間変わらない崇拝と憧憬の対象でした。

あの方に人格があることなど、あの方の人生があることなど考えもしないことで・・・


それが間違いであると、あの方も一人の人間であると分かったときにはもう決断された後でございました。

わたくし達の生活も変わりましたが、あの方に比べればいかほどでしょう・・・・。

初めて拝見した10年後に再びお姿を見かけたとき、わたくしはあの方の支払った、支払い続けている犠牲に気づかされたのです。



一介の貴族令嬢に過ぎないわたくしがあの方のために出来ることはないと言っても良いでしょう。

ですからわたくしは祈ります。

せめてあの方のこれからが明るいものでありますように。

あの方の唯一が見つかりますようにと。


どんな極寒でも、逆行でも。

それが一人でないことで救われることは多いでしょうから。



私が抱く我が子に思うように誇りと引き換えにしても良いと思える存在を。





あけましておめでとうございます。


遅くなりましたが、今年もよろしくお願いします。


小話からになりました。



                        2011年 かりんとう

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