17の秋
今の所、初の主要人物の小話です。
あの時。
もう駄目かと思ったあの時
耳に聞こえてきたのは今にも泣きそうな女性の声
『死なないで
大丈夫だから頑張って』・・・・・と
必死に叫ぶ悲痛な声
それを聞いて思った
泣かないで・・・・と
敵か味方か誰かもしれない声だけのその人を、守りたいと思った
***
夏の盛りを終え、夜には肌寒さを感じるようになっていた17の秋、俺は初陣を迎えた。
ここ何年か隣国との緊迫した関係が続いていた我が国は、何度か国境での小競り合いを繰り返した後、一人の騎士の死をきっかけに開戦を宣言した。
それは俺がまだ軍にも入隊していなかった頃。
長年の家族とのわだかまりが徐々に溶け出した頃だった。
幼い頃、仕事で家を空けることの多い父との関係は長い間微妙なものだった。
良い父だったのだとは思う。
たまに返ってきたときは母を労わり、息子の成長を観察していた。
口数の多い父ではなかったから、何か出来たといって誉められた記憶は無い。
その代わり、母は『お父様が誉めていらした』と伝えたり、以下に父が愛情深く、尊敬できる人なのかを日々俺に言っていたように思う。
だが身近にいない、近寄りがたい父親のことなど理解できるはずも無かった。
その距離が少しずつ近づくきっかけとなったのは母の妊娠だった。
つわりの酷かった母は、出産前後の約一年の間、静養と称して街を離れ、俺は一人誰も居ない屋敷に残された。もちろん、実際に一人だったわけじゃない。
使用人がいた。
だが、隣の家と違って、厳格な父の元に管理された使用人たちは、その枠を超えることなく、9つの子供には疎外感と、寂しさだけが植え付けられた。
そんな中で唯一の逃げ場となったのが、隣家の兄妹、カーシェン・ベル・マクラージ(当時13歳)と、サラ・ベル・マクラージ(当時8歳)の二人。
カーシェンは近所のガキ大将といっても良いくらい、兄弟の居ない俺にとって憧れの存在だった。年下とそれ以前に女とも思えない横暴さで、人をこき使うサラからよく助けてもらったっけ。
(騎士となった今では、絶対に人に知られたくない秘密だ)
何を思ってか、サラはことあるごとに嫌がらせをしてきて、小さな頃は泣かされることもしばしば。
芋虫の詰まった弁当箱をくれたり、人のおやつをことごとく横取りするかと思ったら、食べかけのものをヒトの皿に寄越してみたり・・・・正直された嫌がらせの数々を列挙したらきりが無いほどだ。
そういえば。
誕生日におばあさまからいただいた、黄緑石の付いたカメオも、取り上げられたことがあった。
その後なぜかサラの肖像画と、桃蜜石が埋め込まれた、元の形が思い出せないほど改造されたペンダントトップとして俺の元に戻ってきたが、不気味すぎて見たくないものを入れる箱の中に入れた。
ペンダントとしても、俺をおびえさせる気かと、正気を疑ったな・・・・。
その上、いつの間にか黄緑石はサラのペンダントとなって蘇っていて・・・・理不尽すぎるなホント。
今は、一丁前に淑女の仮面を被っているサラだがどこか苦手意識は否めない。
カーシェンといえばその後入隊を果たし、滅多に家に帰ってくることは無くなった。
自分も同じ道をたどった今だから、入隊後いかに自分のことで精一杯で、家に帰って来れない事も分かる。
けれど、あのときは見捨てられた寂しさで一杯になった記憶がある。
まあ、何処までも甘えていたのかもしれない。
カーシェンは俺にとって、母親以外で唯一弱みを見せられるヒトだったから。
なんだか、ここまでだけを見ると、随分弱っちくて、貧弱なもやしっ子を想像されそう(笑)だが、俺だって男だ。
守るべき者を見つけて、変わったんだよ?
それは母と、生まれてきたリーリュシアだ。愛すべき我が家の女性たち。
そして変わったのは俺だけじゃなかった。
父もリーリュシアの誕生から変わった・・・少なくても俺はそう感じた。
母は『あなたのときもこうだったのよ』と微笑むが、信じることは難しい。
あれだけ、仕事仕事だったのに、無理をしてでも休みをもぎ取ってくるようになり、傍目から見ずとも親ばか一直線な姿だ。
─────微笑ましい、家族の姿だ。
それから父は、いかに女性が守られるべき存在か、男が家族を守るための存在かを俺に教え始めた。
俺だって、いつまでも子供じゃいられない。
父の教えどうり・・・って言うのがちょっと悔しいけど、自分を鍛え始めたんだ。
その後無事に入隊を果たし、17の春、騎士に叙任された。
その頃国は戦争真っ只中で、俺が入隊・叙任後の家族の不安は言うに及ばないだろう。
だけど、家族を守るため、大切なひとのために戦うことに、戦えることに俺は誇りを持っていこうと思った。他の大多数の騎士もそうだし、本来男ってのはそういう風にあるべき者なんだから。
そして、運命の秋。
想像以上の激戦に、俺は己の未熟と、戦争の悲惨さを痛感することになった。
一度はもう駄目だと思い、全てを諦めた。
やるだけのことはやったし、俺が死んでも、父が家族を守ってくれる。
そんな信頼がいつの間にか生まれてたんだろうな。
押しつぶされそうな瓦礫の重みの中、そっと眼を閉じた。
見たい景色なんかそこには無かったから。
累々と広がる屍の海。
無念にも息絶えたものたちの墓場。
死の臭いが立ち込める中、まぶたを閉じれば家族の顔が浮かんできたから。
だが、運命は俺を見放しはして居なかった。
朦朧とした受け答えの後、しばらくして俺は温かなぬくもりに包まれていて。
このとき、しっかりと眼を開け、現状を認識できたらよかった・・・と後々後悔することになる。
家族以外ではじめて守りたいと思った女性に。
俺の命を救ってくれた女性に。
生涯消えない傷を残すことになったからだ。
俺がしっかりしていたら、彼女一人で水を汲みになど行かせなかっただろう。
不安と恐怖の中、心細い思いをさせずに済んだだろう。
何を言っても後の祭り。
後悔先に立たず。
彼女は敵兵と誤認され、左肩に矢傷を負った。
気を失う最後まで俺のことを気遣いながら・・・。
情けないことに俺が全てを知ったのは、隊が天幕を構える場所についてからだった。
何年ぶりの再会だろう・・・カーシェンに全てを聞いた。
カーシェンは混乱し、喚く俺に
「彼女を守りたいと思うなら、後悔したらのなら、これから現せば良い。守れば良い。お前は生きているんだから、時間はいくらでもある」
と頬を張った。
やっぱり昔のまま。俺の憧れの存在。
眼を覚まさせてくれてありがとう、カーシェン。
エミにはその後すぐに会えた。
自分の傷をものともせず・・・というか省みず、ひたすらに怪我人の世話をしている彼女を見て、俺は自分が情けなくなったよ。
負けられないと思ったし、そんな彼女を眩しく思った。
この気持ちが何なのか、まだ分からない。
ただ、彼女を見ていると切なくなるし、守りたいと思う。
これから続く帰還までの道程、せめて彼女の支えであれる様に、切にねがう。
セディオン・ウル・サヴォア
予断だが。。。
初恋もまだらしいセディオンは、周りから見たらばればれのその気持ちの名を知るのに、随分かかっていた。正直、幼い頃そういう意味で遊ばせときゃよかったと思ったよ。
でもまあ、誠実に、まっすぐにヒトを思うからこそ、セディオンらしいとも思ったけどな。
つーか、実際のところ、セディオンより年上の彼女の態度は、弟を見るそれで、ちょっとばかしあいつがかわいそうになった。
妹の幸せも大事だが、弟の幸せも大事なんでね。
俺はいつだって見守ってるぜ。
一足先に幸せな家庭を築いてからな!
平凡な幸せを願うカーシェンより。
なんだか、人物紹介のような様相を呈してきましたが・・・
いかがだったでしょうか。
楽しんでいただけたら幸いです。
また、主人公の話については、本編中に閑話としてあげていきたいと思っています。
こちらは、あくまで『異世界の小話集』ですので。
あしからず。 かりんとう