自分の方が婚約者に相応しい。ですか
メイディナ・クルルカンは身体の弱い公爵令嬢だ。
………………と、思われている。
青白い顔で学園内の椅子に腰かけている様がよく見られ、いくら成績は優秀でもあれが王太子の婚約者なのかと眉を顰める生徒もいる。
特に我が国では、人々の平和を脅かした古の龍を退治して、建国した逸話があるからこそそんな身体が弱い令嬢が王族になるのは好ましくないと考えている輩が多いのだ。
もっともそれは一部の生徒で、彼女の才覚を認めて、次期王太子妃として相応しいと思っている生徒も普通にいたのだが、そういう生徒たちに食って掛かっている者もいるのも現状だ。
「親の教育か。都合の悪いところは見ていないのか」
「わたくしの母の代にもあのような方が居たそうなので、試金石にはピッタリではないかと」
次期王太子妃に相応しいと思っている生徒たちは、秘かにその時が来るのを娯楽として楽しんでいた。
だが、そんな学園内の思惑を知らないのか。知っていてもあえて放置しているのか。王太子であるニックスとメイディナは仲睦まじく、武術訓練の授業を終えたニックスが日陰のベンチで柱にもたれるように見学をしていたメイディナの元に向かい、体調を気遣い、そっと隣に腰を下ろしてぴったりくっついている様に二人の関係をよく思っていない者は目を尖らせて睨みながら、よく思っている者は微笑ましげに見ていた。
「貴女は殿下の婚約者には相応しくないわ!!」
メイディナが日陰の席で背もたれにもたれて休んでいる時だった。一人の令嬢が目の前に立ち塞がって堂々と告げてくる。
王太子の婚約者候補に名前が挙がったが、何かが足りないと判断されて婚約者になれなかった公爵令嬢だ。
「貴女のように病弱で、いつ倒れてもおかしくないような方が王太子妃なんておかしい!! 自分の体調を理由にしてさっさと婚約を解消しなさいよっ!!」
その言葉に、確かに病弱なら王太子妃の公務に耐えられないだろうと言われた当人も思うのだが、あいにくメイディナは病弱ではない。
「解消はできません」
「はぁっ⁉ 王命だから仕方ないとか言うのかしら。でも、今の貴方の体調は十分考慮されるでしょう」
「病弱でもありませんし、体調も悪くありませんので考慮する必要性はありません」
身体が弱い。それが学園内で認識されているメイディナの姿だったのに本人の即否定に喧嘩を吹っ掛けた方は強がりにしか思えない。
馬鹿にされていると。
「ところで、建国記をお読みになったことは?」
メイディナの発言は、こちらの言葉を無理やり切り替え、誤魔化しているのかと思えた。
「ふざけないで!! 殿下にとって貴女は病弱だから気を遣われているだけの足手まといの婚約者のくせにっ!!」
令嬢の叫ぶような声にメイディナが答えるよりも先に、
「足手まとい? 誰が?」
背後からの声。騒ぎを聞きつけたニックスがこちらに向かっているのを振り向いた令嬢が気づく。
「メイディナ。遅くなってすまない」
「いえ。十分早かったですよ」
申し訳なさそうに告げるニックスの顔は体調が悪いのか若干青白い。
「に、ニックス殿下……」
「――で、メイディナが病弱で、公務も出来ないような感じなので婚約を白紙にしろ。とか」
令嬢に向けて尋ねると、最初は震えていたが、やがて開き直ったように、
「そうです!! 確かに成績は優秀ですが、あのような体調では公務も疎かになる未来しか見えません」
なので、婚約者を選び直した方がよろしいと言い掛けた令嬢の声が止まる。
ニックスがそっと令嬢の手を取ったのだ。
「建国記は熟読したか?」
先ほど、メイディナが同じ質問をしたが、その時は誤魔化したのかと思って何も言わなかった。だけど、ニックスに問い掛けられたのでのぼせ上り実際にはほとんど読んでいないのに、
「もっ、もちろんです!!」
と答えた。
「――そう。メイディナ」
「はい」
ニックスの持つ手と反対側の手をメイディナがそっと持つ。
「ならば。――大丈夫だね」
ニックスの言葉と同時に令嬢に襲い掛かってくるのは急激な吐き気。頭痛。耳鳴り。立ち眩み。身体全体に激しい痛み。と同時に倦怠感。
「なっ……!?」
しゃべろうとした途端吐き気が襲ってくるのでしゃべるのもままならない。
「――君は婚約者候補だったけど落選した理由は足りないからと報告を受けたと思う。あの時はぼかしていたけど、足りないものを教えておけばよかったね」
冷たい声。先ほどの青白い顔が嘘のように赤みがさしている。
「古の龍を討伐した際、初代王が呪いを受けたんだ。子供が成人するまで龍が受けた苦痛をそのまま体験させられる呪いを。そして、それは子々孫々まで続く代物だった」
建国記にも記されている事実。だが、なぜか信じない輩は一定数いる。事実だと知っている家系はきちんと教え継ぐのだが、それでも数代、代を重ねると迷信だとかおとぎ話。または王族にそんな瑕疵があってはいけないと盲目的な考えによって消えていく。
「場合によっては死んでもおかしくないという呪いを緩和する方法。それは、呪いを分散することだった」
王族の婚約者はその呪いを分散するための受け皿になるのを前提で選ばれる。
呪いに耐えられるほどの強靭な精神力。肉体を持っているか。
呪いを半分でも受け入れるほどの王族に対して忠誠心、またはその者に愛を抱けるか。
それが可能だったのは、メイディナだった。
「足りないのは王族の呪いを受け入れる覚悟。それに耐えられる精神力。――君は幼いころにその苦痛に耐えられずに足りないと判断された」
幼過ぎて覚えていないようだけど。
「わ、分かったから。もう、許してっ!!」
涙と鼻水。汗でぼろぼろになっている令嬢の必死な叫び。これでも三等分の呪いの効果なのでこの状態。
それでよく自分の方が王子妃に相応しいと豪語したものだ。
半分受け持ってくれる存在に王族は心から愛と献身を返せるか。
呪いは別の婚約者以外にも分散できるのだが、同意した者にのみ呪いを託すやり方を代々の王族は行っていて、婚約者は自分こそが相応しいと告げたご令嬢は呪いを受け入れるという前提で告げたと判断して呪いを分けたのだ。
「――仕方ない」
ニックスとメイディナが手を離すと激痛は消える。
解放されたと同時に地面に伏せて、息も絶え絶えになっている令嬢。
「私とメイディナが常に受けている感覚よりも弱いが、これでもメイディナが身体が弱く、王子妃に相応しくないと?」
「すっ、すみましぇん………勘弁して………」
断るだけで一杯一杯なのだろう言語が乱れている。
「休めば楽になるよ。じゃあ、行こうか」
「はい。ニックスさま」
呪いで苦しんでいるのに表に出さずに二人は歩き出す。
それこそまさに次代の王と王妃の姿だった。
「今代は公爵令嬢だったな」
「陛下達の頃は婚約者候補にすら上がらなかった男爵家令嬢とありましたね」
「ああ。呪いを知らない。一応建国記にも記載されているが信じない者も一定数いるからな」
「体験しないと信じません。人は」
今も呪いの苦痛を感じているが互いにすでに慣れてしまった感覚なので日常生活を送る分に支障はない。
呪いは常に一定ではなく、シーソーのように負担を増減できる。
なので、剣術とかの訓練ではメイディナに多くの呪いを受け持ってもらうことも可能であり、逆も出来る。
王族の長い歴史の中では自分の婚約者にすべての呪いを移して好きなことをしようとした輩もいたが、互いに思いやる心がないと呪いは王族にすべて返っていく。いや、そんな扱いをされた婚約者の令嬢が見限った分、呪いはより強くなったとか。
すべての民に呪いを分散させる方法を進言した者も居たそうだが、暴君になるつもりはないと断った王族もまたいた。
「あと半年か……」
「成人すれば呪いから解放されますね」
「いや。それもあるけど」
ニックスは立ち止まる。
「君に負わせていた私が背負うはずの呪いを無くせるのが嬉しい」
ニックスの言葉にメイディナは嬉しそうに恥ずかしそうに顔を赤らめた。
ちなみに直系の王族のみ。直系が途絶えると傍系に呪いが移行するので国家転覆は起きない。




