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第九話 ヘブンズ・ロッジ号内は今日も平和

戦闘を終え、ヘブンズ・ロッジ号に戻る。

ヘブンズ・ロッジ号のドアが閉まると、外の世界は一瞬で切り離された。


遮音、遮光、防御結界。

認識阻害と空間安定化処理。


いつもの静かな空間になる。

俺は靴を脱ぎながら息を吐く。


「…ふう。さっきはびっくりしたね。」


その横で悠里はまだ離れなかった。

腕に絡みついたまま、ほとんど体重を預けている。


「歩けるかい?」

「…ん…。」


返事はあるが動かない。

埒が明かないため俺は仕方なく悠里を横抱きに抱き上げた。


軽い。

思っていたよりずっと。


指先で簡単に折れてしまいそうな華奢さに、守れている実感より先に失う想像が浮かぶ。

もしさっきの一撃がずれていたら。


もし俺が一瞬でも遅れていたら。

この腕から感じる温もりは、世界から消えて二度と戻らなかったかもしれない。


そう考えただけで喉の奥がひりつく。

俺は無意識に腕に力を込めた。


落とさないように。

離さないように。


自分に言い聞かせるみたいに。

ソファに座らせようとした瞬間、悠里が首に腕を回してきた。


「ちょ、悠里――」

「だめ。」


小さく、でもはっきり。


「今は、離れたくない。」


俺は一瞬だけ動きを止め、それから何も言わずにそのまま一緒にソファへ沈み込んだ。

悠里は即座に胸に顔を埋める。 


ぐり、と擦り寄せてくる。

犬や猫みたいだ。


「…お兄ちゃんの匂い。」 


くぐもった声。

どうやら犬寄りらしい。


「安心する…。」 


俺は思わず苦笑した。


「汗と血の匂いだろ。」

「ううん。」


悠里は首を横に振る。


「お兄ちゃんの。」


一言それだけ。

理屈じゃないらしい。


悠里は俺のシャツを掴んで深く息を吸う。

何度も、肺いっぱいに満たすみたいに。


「…生きてる匂い…。」


思いもしない言葉に喉が少し詰まった。

頭を撫でる。


ゆっくりと丁寧に、さっきよりも優しく。


「大丈夫。ちゃんと生きてここにいる。」

「…うん…。」


悠里の声はもうほとんど眠気混じりだった。

体の力が抜けて、完全に預けてくる。


脚まで絡めてくるのは無意識だろうか?

俺は片腕で支えながら、もう片方でいつの間にか近くにあった毛布を引き寄せてかけた。


足先が冷えないように折り返し、背中に隙間が出来ないよう軽く寄せる。

幼かった頃、夜中に泣きながら俺にくっついてきたあの時みたいだ。


風邪を引かせないように。

寝冷えしないように。


昔悠里が寒くて眠れずに泣いた事もあったっけ。

そんな昔の思い出を思い出す。


「寒くない?」

「…平気…あったかい……。」


二人分の体温だからだろう。

悠里は頬を胸に押し付けたままぽつりと言う。


「…戦ってる時さ…。」

「ん?」

「お兄ちゃんの背中しか見えなくて……。」


一瞬、間が空く。


「…それでよかった。」


悠里のその言葉に、俺は静かに答える。


「前は全部俺が引き受けるよ。悠里には傷一つつけさせはしない。大丈夫。少なくとも悠里を守れるくらい俺は十分強い。」


悠里の指がきゅっと服を掴む。


「…ずっと?」

「ああ、ずっと。」


考える事も無く即答した。

悠里はそれを聞いてようやく完全に安心したみたいだった。


呼吸が整ってくる。

体の力がゆるんで、最後に小さく言った。


「…だいすき…。」


その言葉は、とても小さくて。

空気に溶けるみたいだった。


けれど確かにしっかりと胸の奥に落ちてきた。

俺は無意識に息を止めてしまう。 


そうしないと叫んでしまいそうだったから。

だが返事もせず必死にこらえた。


返事をしたら、この静けさが壊れそうで…。

代わりにもう一度だけ頭を撫でた。


その存在を確かめるみたいに。

悠里はそれで満足したように小さく息を吐く。


「……えへ。」


眠りに落ちる直前の無防備な笑い。

その顔を見てるだけで胸の奥が温かくなる。


誰にも見せたことのないような優しい仕草で頭を撫でる。

ヘブンズ・ロッジ号の表示が静かに浮かぶ。


《居住者B:ストレス値低下》

《睡眠誘導モード移行》


それを見て小さく息を吐いた。


「…ありがとうな。」


何で言ったのか、この時は自分でも分からかった。

俺は腕の中の悠里を抱いたまま動かずにいた。


世界がどうなろうと。

神が何を観測していようと。


俺には関係ない。

腕の中にいる大切な愛しい妹の命だけが現実だ。


この先どんな土地を歩くのか。

どんな街に寄って、どんな空を見上げるのか。


悠里が笑う場所も、疲れて眠る夜もすべてがこの子にとって幸せであるならそれだけでいい。

そのためなら俺はなんだって出来る。


一緒に色んなところにいって、美味しものを食べて、綺麗な景色を眺める。

そんな当たり前を、当たり前のまま続けられるなら。


それが俺にとっての“世界”だ。

前の世界で守ってやれなかった分も。


失った時間も。

全部まとめてここで取り戻す。


国の陰謀だとか、神の思惑だとか。

そんなものは後回しだ、どうでもいい。


俺は強い。

おそらくこの世界一番、それを疑ったことはない。


だから考えるべきは一つだけ。

この力を何のために、誰のために振るうか。


俺は悠里のお兄ちゃんだ。

それだけでなんのために力を使うかなんて理由は十分だ。


悠里が眠るこの場所を、これから先の未来を、俺の全てを尽くして全力で守る。

誰にも壊させない。


神にも。

国にも。

運命にさえも。


たとえ世界そのものが敵になっても。

俺は悠里の味方で、隣に居続ける。


最後まで。

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