第七話 街道町リュネイ
あれから数日経った昼下がり。
ヘブンズ・ロッジ号は街道から少し外れた丘の上で速度を落とした。
遠くに見えるのは低い石造りの建物が寄り集まった小さな町。
高い城壁はなく、代わりに倉庫と宿屋の看板が目につく。
「ここ、町?」
助手席側の窓から悠里が身を乗り出す。
「ああ。交易の中継点の街リュネイだよ。危ないから席につきなさい。」
《当該地点:街道中継町・登録名“リュネイ”》
《短期滞在者多数》
《長期滞在者:少数》
淡々と浮かぶ文字と悠里がきちんと座ったのを確認し、俺はハンドルを切った。
町の中心には入らず、あくまで外れ――人の視線が集まりすぎない場所に停車する。
「今日はここで少し休もう。」
「うん。」
悠里は素直に頷いた。
気後れしている様子はない。
けれど、外に出る前に俺の袖を軽く掴んだ。
初めての異世界の町に緊張しているみたいだ。
町の中は思ったよりも賑やかだった。
人の声、金属の触れ合う音、遠くで叩かれる鍛冶の槌、馬の嘶きに、荷車の軋む音。
露店の呼び声が重なったり途切れたりしながら流れていく。
空気は乾いていて、煙やパンの匂いが混ざっている。
「なんだか…生きてる、って感じだね。」
悠里がぽつりと呟いた。
「ああ。そうだね。」
俺は周囲を観察しながら露店が並ぶ通りを歩く。
視線を感じないわけじゃない。
だが警戒や敵意ではない。
“旅人を見る目”好奇心の視線だ。
「いらっしゃい、旅の人!」
声を掛けてきたのは露店の女性。
年の頃は三十代半ほど、日に焼けた顔で布袋に入ったパンを並べている。
「これ、焼き立てだよ!」
悠里が一瞬、こちらを見た。
俺はそれだけで分かった。
欲しいかどうかじゃない。
“話しかけられて大丈夫か”を確かめている。
俺が軽く頷くと、悠里は一歩前に出た。
「…2つください。」
その声は小さかったが、知らない街での買い物というイベントに心を躍らせているようだ。
「はいよ。」
パンを受け取った悠里は少し照れたように笑った。
悠里は紙袋の中をそっと覗いてから俺の方を見る。
その表情は“ちゃんとできたよ!”と報告してくる子供のようだった。
可愛い。
「ありがとうございます!」
「いい子だね。」
女性はそう言って俺の方を見る。
「兄妹かい?」
「はい。」
「最近は物騒だからね。こんなに可愛い子だ、気をつけなよ。」
何気ない口調だったが引っかかる言い方だった。
「物騒とは?」
俺が聞き返すと女性は肩をすくめる。
そして顔を近づけ、囁くような声で答えてくれる。
「神殿の連中さ。最近、街道をうろついてる。」
「勇者探し?」
「さあね。前はそんな噂もあったけど……今は“想定外の存在”を探してるって話もあるよ。」
その言葉に悠里は何も言わない。
ただ、俺の袖を指先でつまんで不安そうな様子。
だから聞いてみた。
悠里がパンをちぎりながらそっと耳を傾けている。
「“想定外の存在”とは?」
「王国の思い通りにならない何か、だってさ。」
俺はそれ以上聞かなかった。
聞きすぎるのも目立ってしまう。
「忠告ありがとう。感謝します。」
そう言って少し多めに代金を払う。
女性はにやりと笑った。
「旅は無事が一番だね。気をつけて行くんだよ。」
「ええ、間違いありません。ありがとうございます。」
宿屋の前で悠里が足を止めた。
「…ねえ。」
「どうした?」
「この世界の人、思ったよりも優しいね。」
その言葉は少し意外だった。
「怖くなかった?」
「うん。最初だけ。」
悠里は少し考えてから言う。
「知らない人だけど…敵じゃないって分かる感じ。」
それは俺が見てない間の彼女なりの成長だった。
俺は一瞬だけ守ることに集中しすぎて、過保護になっていた自分を自覚する。
「少し、中に入ってみるか?」
「いいの?」
「ああ。様子を見るだけだ。」
“関わらない”じゃない。
“選んで関わる”。
今まで関わらないで生きて行こうとしていたもの。
妹の成長のためにも必要なことだと心に刻む。
宿の中は薄暗く、木の床が軋んだ。
カウンターに立つ女将がちらりとこちらを見る。
「泊まり?」
「情報と、水を少し。」
「なら銀貨一枚。」
妥当だろう。
悠里は女将から水を受け取り、丁寧に礼を言った。
「ありがとうございます。」
女将は一瞬目を細めた。
「…旅は、楽しいかい?」
「うん。」
悠里は少しだけ笑って答えた。
「大変なことも多いだろう?」
「けど、お兄ちゃんと一緒だから。」
そのやり取りを、俺は黙って聞いていた。
◇ ◇ ◇
町を出る頃、夕陽が倉庫の影を長く伸ばしていた。
ヘブンズ・ロッジ号へ戻る道すがら悠里が言う。
「ねえ。」
「ん?」
「また、こういう町、寄ろうね。」
俺は少しだけ考えたあと答える。
「ああ。選んで寄ろう。」
《移動準備完了》
《次目的地:候補三件》
ロッジ号の文字は、相変わらず無機質なものだ。
それでも――
「旅を続けよう。」
「うん!」
「にぎやかな所と景色がきれいな所、どっちに行きたい?それとも他に行きたい所や見たい場所はあるかい?」
「分かんないから任せます。」
「じゃあ、おすすめの所に行こうか。すごく景色のいい場所があるんだ。」
「うん!」
俺がそう言うと、悠里は嬉しそうに頷いた。
ヘブンズ・ロッジ号は静かに走り出す。
新たな日常と思い出を積み重ねながら。
次の出会いへ向かって。




