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第四話 兄妹の新生活

ヘブンズ・ロッジ号の中は朝でも静かだった。

正確には〈いつもより静かになっている〉と言ったほうが近い。


俺が一人でいた時は外の風の音や鳥の囀りが多少なり聞こえていたはずだ。

もしかしてと思うが…まさかな。


俺は一階の自分の部屋で目を覚まし、天井を見上げたまましばらく動かなかった。

理由は単純だ。


二階で妹が寝ている。

階段を上がったすぐの窓付きの景色のいい部屋。


昨日、悠里が「ここがいい」と選んだ場所だ。

昨日の今日だ、ゆっくりと休めてると良いのだが…。


俺はゆっくりと上体を起こしベッドを降りた。

その音すらいつもより静かに聞こえる。


洗面所へ向かう途中、通路の照明が一段だけ弱く灯る。

明るすぎない、目が覚めきらない程度の光。


俺は何も言っていない。

言っていないが、なんとなくこの家は「俺が今は悠里を起こしたくない。」という思いをちゃんと汲んでいる気がした。


キッチンに立つといつものように湯が沸く準備が整っていた。

音はもちろん最小限。


コーヒーメーカーも豆を挽くガリガリとした大きな音もしない。


コーヒーを淹れながらふと背後を見る。

リビングのソファ。


昨夜、悠里が「非常識すぎない?」と笑った場所。

その横にクッションが一つ増えていた。


…いや、増えてないな。

配置が変わっている。


悠里が座っていた位置にだ。

ありがたいことではあるんだが…。


俺は心の中でそう呟きマグカップを手に取った。

ソファに腰を下ろしカップを傾ける。


一階のリビングから見える窓の外は穏やかな草原だ。

平和で牧歌的な風景。


魔王もいない。

追手もいない。


少なくとも、今は。

ふと、天井を見上げる。


この上で会いたかった妹、悠里が眠っている。

なんとも不思議な気持ちになる。


それでも、近くにいられるならそれで十分だ。

俺がそう割り切った、そのときだった。


布が擦れる音。

コトン、と階段の方から、ためらうような足音がする。


「…お兄ちゃん?」


妹のすごく眠そうな声。

昔から寝起きが悪かったが、案の定か。


「おはよう、ゆっくり眠れたかい?」


俺がそう言うと、

階段の上からパジャマを着た妹がもそもそと姿を現した。


寝癖がひどい。

完全に油断している。


「…おはよう。…なんで部屋にいなかったの?」

「悠里ももう17歳だからね。流石に一緒には寝れないさ。」

「…そっか。」


納得したような、してないような顔で悠里は階段を降りてくる。


「起こしたか?」

「ううん。なんか…目が覚めた。」


曖昧な理由だが、まあそういうこともある。

俺はソファの隣を軽く叩いた。


「悠里も飲むかい?」

「…うん。」


俺はキッチンに戻り、悠里用に新しいコーヒーを淹れる。

悠里は素直に座り、眠そうに目をこすっている。


「お待たせ。熱いから気をつけて。」


悠里は差し出したマグカップを両手で持つ。

一口。


「…苦い。」

「コーヒーだからね。」

「…でも、あったかい。」


そう言って、少しだけ安心したように息を吐いた。

隣に座り、それを横目で見ながらコーヒーを飲む。


―礼拝堂で見た泣きそうな悠里の顔。

「帰りたい」という声。


それが、ふいに蘇る。

この家は何でもあるし何でもできる。


けれど、その記憶や傷を消してはくれない。

音も、光も、温度も整えてくれる。


けれど、あの夜の続きをなかったことには出来ない。

それはこの家が「できない」ことなんだろう。


そこまで都合よくはいかないか…。

そう心の中で独りごちる。


「…ここ、静かだね。」

「ああ。」

「…落ち着く。」


それだけ言って俺の袖を軽く掴む。

それ以上は何も言わない。


俺はマグを置いて悠里の頭に手を置いた。

あの時とは違うけど、すごく懐かしい感触。


「朝食、どうする?」

「…あとで。」

「了解。」


俺はその返事に頷きながら、今日の予定を頭の中で全部キャンセルした。

補給は急ぎのものはないし、情報集めも大したものも集まらないだろう。


全部後回しにして、今日は悠里が落ち着くまで傍を離れないことを決めた。

俺の再優先事項は悠里なのだから。


こういう判断が、もう自然にできる自分がいる。

悠里のいない数年前の俺なら国の動きだの、神の思惑だのを考えていたはずだ。


…随分と図太くなったものだな。


悠里は眠そうに俺の腕に寄りかかる。

世界のどこだろうと関係ない。


愛する妹がここにいる。

それだけで、今は十分だった。


「…ねえお兄ちゃん。」


悠里が不安そうに声を上げた。

その不安を取り除くように、優しく返す。


「なんだい?」

「この家さ。」

「うん。」

「…洗濯機、ある?」

「ある。」

「…乾燥機は?」

「ある。」

「…じゃあ、まあ…生きていけるか。」


妙に現実的な結論に笑ってしまいそうだった。

立て続けにに悠里が呟くように話す。


「…昨日さ。」

「ん?」

「正直寝る前、ちょっとだけ怖かった。」


悠里はそう言ってマグの縁を指でなぞる。


「でも、この家にお兄ちゃんがいるとおもって…。絶対に守ってくれるって感じて…。気づいたら寝ちゃってた。」


そう言って、こちらを見て少し恥ずかしそうに微笑む悠里。

あぁ、何て俺の妹は可愛いんだと心の中で身悶える。


「…ねえお兄ちゃん。」

「まだ何かあるのかい?」

「…昨日は部屋のシャワーで済ませたけど、お風呂もすごい?」

「…ああ、すごいよ。」

「…露天とか?」

「ある。」

「…非常識だね。」

「今さらだね。」


二人して同時に小さく笑った。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

次話から、少しずつ外部の動きを書いていきます!

兄妹のこのシスコン・ブラコン具合が読者の皆さんにも届いていたら嬉しいです(笑)

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