第三十三話 船の調査依頼
次の日の朝。
港町セレンの宿の食堂は早い時間から賑わっていた。
船乗りらしい男達が朝から酒を飲み、商人達が地図を広げて話し込んでいる。
潮の匂いが窓から入り込んでいた。
悠里は朝食を頬張りながら言う。
「昨日の船すごかったね。」
俺はパンをちぎりながら答える。
「行儀悪いから飲み込んで話しなさい。すごいというか、嫌な感じだったけどね。」
アリアも静かに頷く。
「船員だけが消えるなんて、普通ではありません。」
悠里は少し考える。
「海に落ちたとか?」
「船員全員がかい?」
俺は首を傾げた。
「争った後でって事ならわかるんだけど、それなら血や争った跡が残るはずなんだ。」
「海って怖いね。」
悠里が呑気そうにそう言う。
その時だった。
ポンポンと肩を叩かれた。
振り返ると宿の店主だった。
「お客さん、あんたらを訪ねてきた人がいるよ。」
俺達が顔を見合わせ店主の指差す方を見る。
そこにいたのは短髪の日焼けした女性傭兵ウェインだった。
昨日と同じ軽装の鎧に双剣を下げている。
悠里が嬉しそうに手を振った。
「ウェイン!」
ウェインは軽く手を上げた。
「よう。悠里。」
そしてすぐに真顔になる。
「朝から悪いな。」
俺を見る。
「昨日の船、覚えてるな。」
「もちろん。」
ウェインは椅子を引いて俺たちと同じ席に座った。
「港の代表から調査を頼まれた。」
「調査?」
悠里が目を輝かせる。
「なんだか探偵みたい!」
ウェインは肩をすくめた。
「似たようなもんだ。」
そして俺を真っ直ぐ見る。
「昨日、お前船を見て何か気付いてただろ。」
俺は苦笑した。
「まあ、思うところはあったね。」
ウェインが言う。
「正直に言う。オレ一人じゃ判断できそうにない。」
少し間を置いた。
「手を貸してくれ。」
言われて悠里がすぐに答えた。
「やる!」
アリアも続く様に頷いた。
「私達も気になっていました。」
俺も同意する。
「いいよ。うちのお姫様が興味津々だからね。」
ウェインが立ち上がった。
「よし、決まりだな。」
◇ ◇ ◇
港は朝から忙しそうだった。
昨日の船は岸壁に繋がれたまま、周囲には人払いのロープが張られている。
ウェインが説明してくれる。
「あの後港の連中には触らせてない。」
「証拠が消えるかもしれないからね。」
「それが賢明ですね。」
アリアが頷きながら言った。
俺達は縄梯子を登り船へ上がる。
甲板は静かだった。
波の音だけがやけに大きく聞こえる。
悠里が小声で言う。
「なんか怖いね。」
それはそうだろう。
なんたって乗組員が謎の失踪をした船だ。
船はまるで抜け殻だ。
甲板の上を少し探索してから船内へ入る。
食堂らしい場所があった。
テーブルの上にパンとスープの皿が置かれている。
「食べかけ。」
悠里が言う通り、パンが食べかけのまま残っていた。
俺は頷く。
「食事の途中だったみたいだね。」
アリアが思案顔で言う。
「急に何かが起きた可能性があります。」
ウェインが難しい顔をしながら腕を組んだ。
「でも戦った跡はない。」
確かにその通りだ。
椅子も倒れていない、血の跡もない、荷物もそのままだ。
その時だった。
「ねえ!こっち来て!」
食堂の奥の方から悠里の呼ぶ声がした。
「お兄ちゃんこれ見て。」
床に長い跡があった。
何かを引きずったような跡。
俺はしゃがみ込み、指でなぞる。
木材が削れている。
「…重い物だ。」
跡は甲板後方へ続いていた。
そして船の端で終わっている。
その先は海だ。
ウェインが真剣な表情で言う。
「海に引きずられたか?」
俺は首を振って答える。
「変だ。抵抗したような跡がない。」
「確かに。」
その時、まだ船内にいた悠里が甲板に上がってくる。
「これなに?」
手に持っているのは一冊の本。
航海日誌のようだった。
俺は受け取ってページをめくる。
内容は普通だった。
天候、航路、今日の出来事。
だが最後のページ。
『海の下に影が見える』という不穏なワードが残されていた。
俺は眉をひそめる。
「影、か。」
ウェインが覗き込んでくる。
「なんだそれ。」
「どうやらこの船の航海日誌のようだ。最後の方に不穏な事が書いてある。」
悠里が不思議そうに言う。
「海の中から影?」
俺は航海日誌を静かに閉じた。
悠里の質問には誰も答えなかった。
◇ ◇ ◇
次に俺達はもう一隻の船へ向かった。
昨日見えた壊れた船だ。
こちらは損傷が激しい。
船体が裂けているし、マストも折れていた。
甲板も荒れている。
悠里がその様子を見て言う。
「こっちは戦った感じだね。」
ウェインも頷く。
「海魔獣だろうな。」
その時だった。
アリアが船体に触れ、目を細めている。
「…魔力。」
「海魔獣か?」
ウェインの質問に、アリアはゆっくり首を振った。
「違います。」
そして触手の跡を指差した。
「これは魔族の魔力です。」
その言葉で空気が変わった。
ウェインの表情が固くなる。
「…魔族?」
俺は腕を組んだ。
「仮説だけど。」
三人がこちらを見る。
「海魔獣が船を襲った。でも、それを操ってる奴がいる。」
「もしかしてこの前みたいな魔族?」
「そう。」
アリアが頷き言う。
「高位の魔族なら可能かもしれません。」
ウェインが緊張を孕んだ表情で問いかけてくる。
「つまり。」
「そう、この海域付近に魔族がいる。」
「…港が襲われる可能性もあるって事か。」
港の向こうには青い海が広がっている。
俺は水平線を見る。
「もしかしたら思っているよりも近付いて来ているかもしれないね。」
港町セレンの海。
その奥にまだ見ぬ敵が潜んでいた。




