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第三話 ヘブンズ・ロッジ号は非常識

礼拝堂を出てからほとんど会話はなかった。

正確には俺が話していないだけで悠里(ゆうり)はずっと俺の腕を抱えたままだ。


離す気配がない。

引っ張られているわけでもないのに歩くたびに小さくない揺れる感触がある。


…まあ無理もないか。

いきなり異世界に召喚され、泣く暇もなく兄が現れて国を敵に回すような宣言を聞かされたんだ。


普通なら腰を抜かしてもおかしくない。

しばらく歩くと、街外れに停めてあったヘブンズ・ロッジ号が見えてきた。


白くて無地の、どう見てもどこにでもあるキャンピングカー。

悠里はそれを見て一瞬だけ首を傾げた。


「……お兄ちゃん。」

「なんだい?」

「……これ?」

「そうだよ。」

「……え?」


疑問形が多い。

俺は特に気にせずリモートでロックを解除すと、自動ドアが静かに開いた。


「ほら、入って。」

「…え?」


悠里は一歩下がった。


「…え?家、じゃないの?」

「家だが?」

「キャンピングカー…だよね?」

「高性能なね。」

「……え?」


思考が完全に追いついていない顔だ。

まあいい。


説明は中でいいだろう。

俺が先に乗り込むと、悠里はおずおずと後に続いた。


そして入った次の瞬間。


「………え?」


声が完全に止まった。

視線がゆっくりと動く。


広いエントランスと吹き抜け。

その奥に見えるリビング。


二階へと続く階段。

悠里は三秒ほど沈黙したあと俺を見上げた。


「…お兄ちゃん。」

「ん?どうしたんだい?」

「…ここ、どこ?」

「車内だよ。」

「…え?」


いいリアクションだ。

俺も最初そんなリアクションをしていた。


「キャンピングカーだ。見ての通り。」

「……全く見ての通りじゃない。」


即ツッコミが入った。

悠里は床を踏み、壁を触り、天井を見上げ、もう一度俺を見る。


「…え、これ…動くの?」

「動く。」

「…揺れる?」

「揺れない。」

「…狭い?」

「4LDKだ。」

「…寝れる?」

「2階に部屋が沢山ある。好きに使っていい。」

「…お風呂は?」

「超立派なのがあるよ。」

「……えぇ?」


質問の処理が追いつかず、最後は声が裏返った。

俺は靴を脱ぎながら言う。


「とりあえず座りな。水飲むかい?」

「…う、うん。」


ソファに座らせ、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出す。

キャップを開けて渡すと悠里は反射的に受け取り、一口飲んで固まる。


「…冷たい」

「冷蔵庫だからね。」

「…え?」


悠里はラベルを見る。


「…日本語。」

「日本の水だからね。」

「……え?」


そろそろ限界だな。

俺はコーヒーメーカーの電源を入れながら淡々と説明する。


「魔王倒したあと、神にもらったんだ。」

「…え?」

「帰れない代わりにこれだって。」

「……え?」

「飯も風呂も安全も諸々保証付きだよ。」

「………えぇ?」

「まぁ、神にとっては悪くない取引だったのかもしれない。俺は納得いってないけどね。」


悠里はペットボトルを握ったままぷるぷる震えている。

いかんすぐにでも泣き出しそうだ。


俺はソファの前にしゃがみ、悠里に目線を合わせた。


「悠里?」

「…な、なに?」

「落ち着けるかい?」

「……無理。」


即答だった。


「……情報量が…多い……。」

「そうかぁ。」

「…お兄ちゃんが…強くて…けど私のせいで国を敵に回したっぽくて…。」

「回したね。」

「…車が…家で…日本で…。」


そこでふっと悠里の力が抜けた。

悠里はそのまま俺に額を預けてくる。


「でも……。」


か細い小さな声。


「お兄ちゃんが…いる…。」


 俺はそのままぽん、と悠里の頭に手を置いた。


「ああ、いる。」

「…帰れないって…言われた…?」

「ああ、言われた。」

「…それでも…。」

「…悠里は帰す。」


少し迷いながら言う。


「…私、元の世界に…戻らなきゃ、なの?」


その問いには迷わず答えられた。


「いいや。」

「…いいの?」

「ああ。」


 即答だ。


「帰りたければ考えるけど、帰らなきゃいけない理由はない。」

「…お兄ちゃんは?」

「俺も同じだ。」


 悠里は少し考えて、それから小さく笑った。


「……じゃあ。」


 一拍置いて。


「……ここでも、どこでも。お兄ちゃんと一緒ならいいや。」

「そっか。」


悠里のその言葉に俺は頷く。

世界が違うとか、常識が違うとかどうでもいい。

 

隣にいるかどうかそれだけだ。

悠里も同じ考えらしい。


「…この家、すごいね。」

「そうだろ?その内慣れるさ。」

「…慣れるかな?」

「慣れなかったら改造する。」

「…改造?」

「部屋も設備も頑張れば増やせる」

「…え?」


また思考が止まりかけたので俺は話題を変えた。


「とりあえず、悠里の部屋を選ばないとな。」

「…部屋、あるの?」

「さっきも言っただろ?あるよ。」


二階へ案内すると悠里は扉の前で立ち止まった。

扉を開ける。


窓付き、ベッド付き、収納も完備。

完全に“住むための部屋”。


悠里は中に入ってぐるりと見渡し、最後に俺を見た。


「…ねえお兄ちゃん。」

「ん?」

「…私、ここで…生きていいんだよね。お兄ちゃんと一緒に。」

「当然。」

「…勇者とか…そういうのじゃなくて?」

「関係ないさ。」


俺はきっぱり言った。


「悠里は俺の妹だ。それだけでいい。」


「…うん。」


そう言うと、悠里は目を潤ませながらもくすっと笑った。

世界はどうでもいい。


国が何をしようが、神が何を言おうが。

俺たちはもう一緒にいる、それで十分だった。


「ねえお兄ちゃん改まって今更なんだけど…。」

「ん?」

「この車…。」

「なんだい?」

「すごいけど…。」


一拍置いて。


「…非常識すぎない?」

「本当に今更だな。」


そう言うと悠里は小さく吹き出した。

ようやく少しだけ空気が軽くなった。

こんにちは!

作者のコネコ〇です!


ここまでお読みいただきありがとうございます。

明日から十話まで毎日18:00に一話ずつ投稿させていただきますので、よろしくお願いします。

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