召喚された勇者との接触
静かな街道をヘブンズ・ロッジ号は今日も進む。
両脇に低い丘が続き、遠くには森の影が揺れている。
昼下がりの風は穏やかで、土埃も立たない。
ロッジ号はその道をゆっくりと進んでいた。
俺は運転席に座りながら前方を見ている。
隣では悠里が窓に張り付いていた。
「お兄ちゃん見て!羊!」
「あれはただの羊だね。」
「でも異世界の羊だよ?」
「羊は羊だよ。」
「夢がない。」
街道は静かだった。
だが――
「お兄ちゃん?」
悠里が首を傾げる。
「どうしたの?」
「誰かいる。」
まだ視界には入っていない。
それでも、気配と魔力で分かる。
そんなやり取りをしていると、アリアがふと顔を上げた。
「…前方に人影があります。」
「街道の真ん中に?」
「はい。」
ロッジ号の速度を落とす。
やがて視界に入ってきたのは一人の青年だった。
腰に差した長剣と、右手に盾、全身を覆う白銀の鎧。
整った装備だ。
そして何より保持する魔力が強い。
「勇者ですね。」
アリアが小さく呟く。
「知り合いかい?」
「聖教国が秘密裏に召喚した勇者の一人です。」
なるほど。
青年はロッジ号が近づくと剣を抜いた。
完全に戦闘態勢だ。
「止まれ!」
若くよく通る声から確かな敵意を感じる。
仕方ない。
ロッジ号を停め、俺は外へ出た。
背後から悠里も顔を出す。
「わーThe勇者って感じだね。」
「静かに。」
アリアも降りてくる。
青年の視線はすぐにアリアに向いた。
その瞬間顔色が変わる。
「…アリア様!」
怒りと安堵が混ざった声だった。
「やはり…!」
青年の剣先が俺に向けられる。
「貴様か。聖女様を攫った男は。」
彼の声からは怒りと共に、どこか侮蔑の感情を感じる。
どうやら誤解されているらしい。
「違います。」
アリアがすぐに否定する。
「私は自分の意思で――」
「騙されているんです!」
青年がアリアの言葉をすぐに遮った。
青いな。
「安心してくださいアリア様。今お助けします。」
だめだ、完全に話を聞く気がない。
俺は軽く肩を竦めた。
「勇者様。」
自分でも驚くほど感情の無い声がでた。
「話を聞く気は?」
「ない。」
即答だった。
「あなたは聖女様を拘束している。」
「してない。」
「ならなぜ一緒にいる!」
「…。」
説明しても無駄そうだな。
青年は改めて剣を構える。
「財前彰人。聖教国にて召喚された勇者だ。」
青年は律儀に名乗る。
「貴様を倒し、聖女様を取り返す。」
「そうかい。」
俺は半身になり緩く構える。
「なんだ貴様、武器もないのか。」
「これが一番慣れていてね。」
彰人は嘲笑した。
「舐めているのか?」
「いや。これで十分なんだよ。」
そう言った瞬間。
彰人の姿が消えた。
正確には消えたと錯覚するほどの速さで動いた。
速い。
踏み込みと同時に剣が閃く。
聖属性の光が刃に宿っていた一閃。
聖光強化とおそらく身体能力の大幅強化。
なんとも勇者らしい能力だ。
剣が俺の首を狙う。
避ける。
半歩だけ横に。
剣は空を切った。
彰人の目がわずかに開く。
すぐに体勢を立て直し、次の一撃。
縦斬り、横薙ぎ、突き。
シールドバッシュも加えたコンビネーション。
どれも鋭く、いい攻めだ。
勇者としての訓練はきちんと受けているみたいだ。
だが、俺には当たらない。
俺は歩くように避け続けた。
「…っ!」
彰人の表情が変わる。
自分の攻撃が全く当たらず、焦れてきているのだろう。
「逃げるな!」
「逃げてないよ。」
むしろ彼我の距離は近づいている。
剣が再び光る。
今度は本気の様だ。
剣に更に魔力が集まる。
深い踏み込み、斬撃と共に集まった魔力が放たれる。
「聖光斬!」
空気が裂ける音がした。
俺は放たれた斬撃に向かって、魔力の込めた拳を突き出す。
斬撃と拳がぶつかった瞬間。
ガラスが割れるような音と共に、勇者の放った斬撃は砕け散った。
光の粒子が空気に溶けていく。
背後から悠里の声が聞こえる。
「わー!きれい!」
のんきだ。
彰人は完全にさっきまでの勢いを失っていた。
「お前はいったい何なんだ!」
「さあ。」
本当の理由を言うほど親切ではない。
彼が驚いて固まっている間に、落ちていた木の枝を拾い正眼に構える。
「なめるなぁ!」
その様子が気に入らなかったのか、激昂した様子の勇者。
剣が振り下ろされる。
さっきまでとは違い、精細さを欠いた単調な振り下ろし。
その瞬間。
俺は一歩踏み込んだ。
距離がゼロになる。
彰人の目が見開かれる。
遅い。
枝を振るう。
狙いは――額。
コン、と乾いた音が鳴った。
軽く叩いただけ。
だが、次の瞬間。
彰人の身体はそのまま後ろへ倒れた。
地面に転がる。
今の一撃で完全に気絶してしまったようだ。
「終わり?」
悠里が首を傾げた。
「終わったよ。」
枝を投げ捨てる。
アリアがゆっくり歩いてきた。
そして倒れた彰人を見て。
小さくため息をつく。
「…だから止めましたのに。」
呆れた様子だった。
「説明するの?」
「そうですね。」
アリアはしゃがみ込み、彰人の額を見た。
うっすら赤い。
「勇者とはいえ、無茶をしますね。」
「若さ故かもね。」
「それだけだと良いのですが...。」
悠里が覗き込む。
「この人強かったの?」
「普通の人よりは。」
「ふーん。」
妹はあまり興味なさそうだ。
そのとき。
彰人の指が動いた。
意識が戻りかけている。
「…う…。」
ゆっくり目を開ける。
そして。
起き上がろうとして止まった。
目の前に俺が立っているからだ。
彰人は額を押さえた。
「…何が。」
状況が理解できていないらしい。
アリアが静かに言う。
「彰人様。」
「アリア様…!」
「この方は敵ではありません。」
彰人は俺と落ちている枝を見る。
信じられないものを見る目だった。
枝一本で負けたのだから無理もない。
俺は肩を竦める。
「勇者様。」
淡々と言う。
「今度は話を聞いてくれるかい?」
彰人はしばらく黙っていた。
拳を握り、とても悔しそうだ。
だが、立ち上がることはできない。
最後に小さく呟いた。
「…化け物め。」
悠里が笑う。
「それは違うよ。」
そして俺を指差し言った。
「お兄ちゃんだよ。」
街道の風が静かに吹き抜けていった。




