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第二十七話 ロッジ号は今日も賑やか

最近のヘブンズ・ロッジ号のリビングは、昼になると少し騒がしい。

原因は彼女たち。


「お兄ちゃん見て見て!こんな事も出来るようになったよ!」


中を舞うナイフやスプーンといったカトラリーに、グラスや皿といった割れ物。


「悠里さん!危ないです!割れてしまいます!」


その惨状を慌てて止めようとするアリア。

アリアのお気に入りである猫のマグカップが混ざってるのも要因だろう。


最近気付いたのだが、キッチンにある食器棚からは取り出した人のイメージした食器が出てくる。

俺であればシンプルな飾り気のない物、アリアだと銀食器、そして悠里だと前の世界で見たような多種多様なデザインのものがといったように。


アリアにとってそのデザイン食器は琴線に触れるものがあったのだろう。

気に入ったものを自室のインテリアにするくらいだ。


「…いったい何を。」

「魔法の練習!」


そう言って胸を張る悠里(ゆうり)

とても自慢げだ。


「これはまた、随分と器用なことを...。」

「そうですよね!危ないですので猫さんのカップだけは下ろしてください!」

「いや、そういうことではなく。」

「魔法楽しい!」


ぽすん、と俺の顔にクッションが飛んできた。

柔らかいが、地味に視界が塞がれる。


「攻撃魔法かい?」

「平和的魔法だよ!」


どこがだ。

クッションをどけると、悠里は既にテーブルの上に要塞を築いていた。


スプーンやフォーク、お皿やコップが城のように積まれ、それを見て満足そうに頬を緩めている。


「これ、ジェンガ出来そうじゃない?」

「いくらでも出せるからって物を大切にしないのは良くないよ。」

「はーい。」


ぱたぱたと足を揺らす。

その拍子に、クッションが一つ床へ落ちた。


拾おうとした瞬間、横からすっと影が伸びる。


「…片付けてから遊んで下さい。」


アリアだ。

呆れ顔でクッションを持ち上げる姿は、もはや完全に保護者である。


「だって楽しいんだもん」

「楽しいのは結構ですが、車内で無差別に物を増やしたり、飛ばしたりして遊ばないでください。」

「無差別じゃないよ、ちゃんと可愛いのを選んだし。」

「そこではありません。」


淡々と返され悠里がむくれる。

俺はソファの端に腰を下ろし様子を眺めた。

 

道の上を静かに進むロッジ号。

大きな窓から陽が差し込み、木目の床にやわらかい光を落としている。


外は穏やかだ。

風もほとんどない。


だが、その静けさを悠里の賑やかな声が軽く揺らしている。


「お兄ちゃんもやってみなよ!」

「断る。」

「えー。」


腕を掴まれ、強引に引き寄せられる。

体勢が崩れ、俺は半ば押し倒される形になった。


「悠里、危ないだろ?」

「えへへ、ごめーん。」


至近距離で笑う。

無邪気で、屈託がない笑顔。

 

新たな勇者だの、世界の楔だの、そんな肩書きが嘘みたいだ。

ただの元気でかわいい俺の妹。


「…魔法の練習はどうだい?」

「楽しいけど、今日はもうお休み!」

「勝手に決めていいのか?」

「だってロッジ号でのんびりするって言ったじゃん。」


確かに言った。

言ったが。


俺はちらりとアリアを見る。

悠里が築いた城から、可愛い食器を取り出すのに夢中みたいだ。


「お兄ちゃんも休みなよ。」

「俺は元気だから。」

「強がりだ。」

 

にやりと笑う。

どこで覚えた。


視界の外でアリアが小さく溜息をつく。


「…ほどほどにしてくださいね。」


その一言で、この騒がしさはゆるく収束した。

食器類を片付け、リビングは本来の姿を取り戻す。

 

悠里は結局、俺の隣に落ち着いた。

午後の光が傾き始める。


山の斜面が橙色に染まる頃、悠里の声は少しずつ静かになっていった。

 

 ◇ ◇ ◇


夜。

皆で食事をして入浴や練る準備を終えた頃。


照明は落とし、窓の外には一面の星空。 

ロッジ号の微かな振動が、規則正しく足元から伝わってくる。


アリアは既に用意した寝室に戻り、俺と悠里はソファに並んで座っている。 

街で手に入れた本を一緒に読んでいた。


昼と同じ場所。

違うのは、昼と違って静かということだ。


「…ふあ。」


小さなあくび。


「眠いなら寝るといい。」

「んー…。」


返事になっていない。

肩に重みが乗る。

 

悠里の頭だ。


「重いよ。」

「むっ軽いもん。」


目を閉じたまま悠里は反論する。

そのまま静かになる。


次の瞬間には呼吸が浅くなる。

完全に寝たようだ。


…早い。

肩に触れる髪が少しだけくすぐったい。

 

昼間あれだけ元気に騒いでいたのに。

今は驚くほど静かで無防備だ。


指先が俺の服を軽く掴んでいる。

離れたくないとでも言うように。

 

吐息が頬にかかる。

――近い。


苦笑をこぼし視線を逸らす。

近くに現れたブランケットを取り、そっとかけてあげる。


起きる様子はない。

穏やかな幸せそうな寝顔。


離れている間に随分と成長したと思う。

まだ子供みたいで。

でももう子供ではない。

 

その事実をほんの一瞬だけ意識する。

だからといって何かが変わる事はない。


いつものように守るだけだ。

ただそれだけでいい。


外では星が揺れている。

ロッジ号は今日も静かに進む。


肩の重みをそのままに、俺は動かない。

ただ、隣で眠る妹を見守り続けた。

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