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第二十四話 悠里は勇者?

夜の街道をヘブンズ・ロッジ号は音もなく走っていた。

車内は柔らかな灯りに包まれている。


外は闇に包まれているが、ここだけは不思議と切り取られた別世界のようだった。


「お兄ちゃん、ほんとに平気?」


助手席から身を乗り出す悠里(ゆうり)の声は、いつもより少し元気がない。

俺を心配してくれているのだろう。


「平気だよ。」


そんな悠里に短く返す。

間を置かず、ヘブンズ・ロッジ号のモニターが淡々と光る。


《虚偽反応を検知》

「ロッジ号。」

《出血量は許容範囲内ですが、安静を推奨します》

「ほらぁ!」


悠里が声を上げる。

車内にあるリビングのソファーでは、毛布にくるまったアリアが小さく息をこぼした。

笑ったようだ。


その笑顔を見て悠里の表情が少しだけ和らぐ。

街の教会から連れ出され、まだ半日も経っていない。


軟禁からは脱したが、追手が来ない保証はどこにもなかった。

それでも。


この車内だけは、妙に穏やかだった。

 

「…あの時の約束を、ひとつ果たします。」


アリアが静かにつぶやく。

俺はバックミラー越しに視線を向けた。


「砦の救援の事で、協力の報酬にと言っていた話です。」


悠里が小さく息を呑む。


「あの時の…。」

「はい。あなたの”正体”についてです。」


ロッジ号が自動的に室内音量を下げる。

わずかに走行音が強まった。

 

「悠里さん。あなたは勇者ではありません。」

「え?そうなの?」


不思議そうに答える悠里に、アリアは神妙な表情で頷く。

俺は小さく息を吐いた。


「やっぱりか。」

「驚かれないのですね。」

「勇者とはいえ、訓練もしていない悠里が魔力に干渉していたからね。本人は気付いて無いかもだけど。」

「え?そうだったの?」

《今日に至るまで複数回の干渉が確認されています》

「ロッジ号も!」

 

小さなやり取りのあと、空気が落ち着く。

アリアは両手を膝に重ね、言葉を選ぶように続けた。

 

「この世界には均衡があります。光と闇、秩序と混沌、生と死。それらが大きく傾いたとき、必ず“補正”が働く。」

「勇者召喚とか?」

「それもその一つではあります。」

 

アリアが悠里を見つめる。

 

「ですが、もっと重要な存在があります。」


呼吸がわずかに震えた。

 

「それが、“楔”です。」

 

沈黙。

タイヤが路面を滑る音だけが一定のリズムで続く。

 

「楔は、世界そのものが打ち込む杭。均衡が崩壊しないように、理を固定する存在。」

「…杭?」

「はい。世界が壊れないための、大事な支え。」

 

悠里は自分を指差した。

 

「わたしが?」

「ええ、そうです。」

 

アリアの声は、どこか緊張を孕んだ声だった。

 

「あなたが強いからではありません。戦えるからでもない。ただ、あなたが“在る”こと自体が、世界の安定に影響しています。」

「だから予感があるの?」

「恐らく。無意識のうちに理に触れているからだと思われます。」

 

ロッジ号のモニターがわずかに明滅する。

 

「文献によると、楔は均衡が崩れる方向に敏感なようです。処刑の夢も、ただの夢ではないのでしょう。」

「流石教会、昔からあるだけあるな。そんなものまであるのか。」


悠里がぎゅっとシートを握る。


「アリアさんがいなくなると、世界がまずいから?」

「可能性は高いです。あなたの役目に大きな影響があるからかもしれません。」

 

成程、そういった理由か。


「だからか。」

「ええ。今後もこの様な事があるかもしれません。」


魔王なき世界で主導権を取りたい聖教国からの圧力。

教会の焦る理由も分かる。 


各国で勇者召喚は繰り返され、人間の権力争いに世界が軋んでいる。

しばらく沈黙が続いた。

 

「でもさ。」


悠里がぽつりと言う。


「わたし、別に世界守るつもりないよ?」


あっけらかんとした声。

 

「お兄ちゃんが一番だからね!」


元気よく言う悠里。 

アリアの瞳が揺れる。

 

「世界より、湊さんを?」

「うん!」

 

本当に迷いがない。

俺は前を見たまま言う。


「俺は悠里を守るよ。何が相手でも。」

 

簡潔で、揺るがない覚悟。

ロッジ号がモニターが光る。


《優先順位を更新しますか?》

「しなくていい。」

《了解》

 

アリアはふっと笑った。

 

「羨ましいです。」

「え?」

「私はずっと、民の為に生きてきましたから。」

 

その言葉には、どこか疲れが滲んでいた。 

ロッジ号が画面を光らせる。


《温飲料を提供します》


自動アームが伸び、三つのカップを差し出した。

 

「…本当に気が利くな。」

《当然です》

「誰に似たのそれ?」

《設計者不明です》

「神じゃないのかよ。」


小さな笑いが車内を満たす。

その時。

 

《聖教国方面、魔力収束を検知》

《勇者召喚の備確率 71%》

 

空気が変わる。

 

「…またか。見境が無いな。」


俺は思わず声をだす。

アリアはカップを握りしめた。

 

《進路を変更しますか?》

 

ロッジ号の問い。

俺は迷わない。

 

「いや、いいよ。のんびり行こう。」


そう言いながらアクセルを僅かに強く踏んだ。

世界の云々とは真逆の言葉。


悠里が小さく笑う。


「うん。そうだよね!」

 

窓の外、遠くで雷が光った。

世界が揺れている。


だが。

この車内の優先順位はただ一つだった。

 

《勇者召喚の確率、変動中》

 

それでもヘブンズ・ロッジ号は、静かに走り続ける。

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