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第二十三話 元勇者の導き

薄暗い教会の回廊。

燭台の火が揺れている。


その教会の一番奥の部屋に白い影。

アリアは目を閉じて祈っている。


俺は壁に張り付き窓からその姿を捉えていた。

窓を開けようとした手が止まる。


空気が不自然に静まる。

音が落ちるような感覚。


アリアがゆっくりと目を開けた。


「…意外ですね、悠里(ゆうり)さんはよろしいのですか?」


窓越しにくぐもった彼女の声。

言葉の割に驚きは少なく、むしろ確認するような視線を向けられる。


「迎えに来たんだ。」


短い言葉。

アリアはかすかに微笑む。


「ここを出れば、私は反逆者になります。」

「ここにいればどうなる?」

「…処断の名目が整い次第でしょうか。」

「あんまりいいことは無さそうだな。」

「…民が混乱します。」


沈黙。

俺は施錠された窓に視線を向ける。


「選ぶ時間はなさそうだ。」

「あなたは、迷わないのですね。」

「お姫様のお願いだからね。」


一瞬。

アリアの瞳が揺れた。


やがて静かに頷く。


「…では、導いてください。」


俺は鐘楼の鐘が鳴る瞬間に合わせて窓の鍵を壊して開ける。

破壊音が、やけに大きく響いた。


下から巡回の足音。

真下に来た瞬間飛び降りる。


こちらには気付いていない様子。

音がしたところはどこかと、周辺を見渡す巡回の背後に静かに着地する。


意識外からの手刀の一撃。

一人。


続けざまにもう一人。

鎧の擦れる音が鳴る前に喉元の装飾を掴み、ゆっくりと床に横たえる。


殺しはしない。

だが、今晩中に目を覚ます事は無いだろう。


一跳びでアリアの軟禁されている部屋の窓へ。


「ここは四階ですよ?相変わらず凄まじいですね。」


呆れたような物言いだが、何処か楽しそうだ。

部屋に入りアリアを横抱きにして再び飛び降りる。


音も無く着地しアリアを降ろす。


「荷物は大丈夫かい?」

「はい、もとより私の物はありませんので。」

「そうか。」


聖女も色々と大変そうだ。

音を立てないように街の石畳を歩く。


裏手の通路。

鐘楼の陰。


教会の裏門から出るまであと数メートル。

その時。


門の見張りをしていた若い聖騎士と目が合った。

一瞬の硬直。


俺は彼の近くにある物を見て、咄嗟に飛び掛かる。

一瞬で懐に入り込み、掌底で顎を打つ。


聖騎士の意識は既にない。

だが――


聖騎士の手が、壁の警鐘に触れている。

鐘は鳴らない。


鳴らなかった。

だが、金具が軋む音が夜に響く。


完全な無音ではない。

僅かに発された違和感。


「急ごう。」


俺達は影に溶け、教会の裏門を抜けた。

街中は静まり返り、簡単に抜けることが出来た。


 ◇ ◇ ◇


門を出て街外れまで移動し、へブンズ・ロッジ号のドアを開く。

相変わらずキャンピングカーとは思えない空間が俺達を出迎える。


帰って来た事に気付いたのか、ソファーで横になっていた悠里が立ち上がりこちらに駆け寄ってくる。

俺は軽く腰を落とし、受け入れる構えをとる。


「お兄ちゃんおかえり!」


駆け寄った勢いで、悠里がこちらに飛びついてくる。

俺に抱き着いたまま視線がアリアに向く。


アリアの瞳がわずかに細められている。


「何と言いますか、大変仲がよろしいのですね…。」


言葉が途切れる。

悠里はにこりと笑う。


「うん!とっても!」


天使の笑顔があるのなら、正にこれの事だろう。

悠里が笑う、それだけで空気が柔らぐ。


俺は運転席に座りハンドルを握る。

エンジンが低く唸る。


《システムオールグリーン》

《発進します》


へブンズ・ロッジ号は静かに夜の街を離れて行く。

背後に残るのは揺れる街の光と倒れた騎士。


そして、教会の割れた窓。

数時間もすれば嫌でも気付かれるだろう。


 ◇ ◇ ◇


数刻後。

教会内部。


「聖女がいない…?」


冷たい声が石壁に反響する。

庭に倒れた騎士。


壊れかけた警鐘。

割れた窓。


明らかに荒らされた痕跡。

だが今の今まで誰にも気付かれなかった。


庭以外にも聖騎士はいたはずなのに…。

高位の神官が低い声で呟く。


「…勇者でも動いたというのか?」


燭台の火が揺れる。

整えられた教会の裏庭に重い沈黙が落ちた。


高位神官の一人が倒れた騎士を一瞥し、ゆっくりと口を開く。


「想定よりも早い。」


誰も否定しない。

別の神官が続ける。


「聖女の拘束は“確認”のためだったはずです。まさかこの段階で動くとは。」

「…だからこそだな。」


高位の神官が静かに目を細める。


「勇者に近い何者かが盤上に乗った。」


その一言で空気が変わる。


怒りではない。

焦りでもない。


ただ、計算の修正をする。


「では、例の計画は。」

「前倒しにする。」


迷いなく告げられる。

燭台の火がわずかに強く揺れた。


「聖女不在の混乱は利用できる。民には“神意による試練”とでも伝えればよい。」

「聖女を連れ出した何者かが庇うのであれば、それもまた都合がいい。」


若い神官がわずかに眉を寄せる。


「…敵対してもですか?」


老神官は静かに笑った。


「勇者は常に正義の側に立つ。ならば正義の形を我らが定めればよい。」


若い神官は反論しない。

すでに準備は整っている。


聖女がいなくとも動く仕組み。

むしろ、いない方が都合のいい歯車。


「通達を出せ。」

「は。」

「王都にも伝える。儀式の日取りを繰り上げると。」


その言葉が落ちた瞬間、

聖教国の均衡は、目に見えぬ角度で傾いた。


燭台の火が静かに揺れ続ける。

夜はまだ深い。


だが、盤面はすでに次の手へ進んでいた。

そしてその波紋はまだ誰も知らない形で広がり始めていた。

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