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第二十一話 雪祭りの村

俺と悠里(ゆうり)は一度聖教国の街を離れ、北部に向かっていた。

お礼を渡すのが遅くなるとアリアに言われたためだ。


その時の彼女の本当に申し訳なさそうな顔を見てはダメとは言えまい。

なので兄妹で雪でも見に行こうという話になったのである。


北へ向かうにつれ、空気は寒く鋭くなっていった。

ヘブンズ・ロッジ号の助手席に座る悠里は、積る雪に目を輝かせている。


「お兄ちゃん、すごい!見渡す限り全部が白いよ!」

「雪だからね。」

「知ってるけど!ここまで積もっているのは初めて!」


はしゃぐ悠里を見て自然と頬が緩む。

悠里は雪自体を見た事はあるはずだが、ここまで喜べるのは観光や遊びの観点で雪を見たことが無かったからだろう。


向こうとは全然違う状況、状態。

無邪気に笑う妹に愛しさを感じる。


やがて辿り着いた北部の小村は、ちょうど雪祭りの最中だった。

色とりどりの布が軒先に張られ、子供たちが雪玉を投げ合い、大人たちは酒樽や焚火を囲んでいる。


そして村の中央広場には、目を引く二体の雪像がそびえていた。


「…何なんだあれは。」

「おっきな雪像だねお兄ちゃん!」


悠里が雪像を見上げ元気な声をあげる。


片方は細身で紅く長いマントを翻し、どこか神々しい微笑を浮かべている優男。

聞くところによると村の女性陣が作ったらしい。


表情がやたら優しい。

顎のラインが妙に整っている。


もう片方は――


「筋肉すごいね…。」


悠里がぽつり。

腕が丸太のように太く、胸板がとんでもなく厚い。

掘りの深い顔の表情は険しく、剣を振り上げる姿は迫力満点だがどう見ても人類の骨格を逸脱した体形をしている。


村の男たちが誇らしげに胸を張る。


「どうだ!これぞあの恐ろしい魔王を叩き割った勇者様よ!」


女性陣がすかさず反論する。


「勇者様はもっとお優しい顔立ちだったはずよ!」

「いや、絶対こうだ!」

「いえ、こうよ!」


村は男女で意見が真っ二つに割れていた。

俺は腕を組み二体を見比べる。


「…どっちも似ても似つかないね。」

「え?」

「いや、なんでもないよ。」


女性達作成の優男像の前に立つ。

整ったて傷ひとつない頬。


(これは…あまりにも美化しすぎじゃないか?)


戦場の泥、血、焦げた匂い。

記憶がかすかに蘇る。


次に男性陣が作った筋肉像。


(これはそもそも人間か?)

「お兄ちゃんは細いもんね。」


悠里が遠慮なく言う。


「うるさいよ。」


だが内心では思う。

最初の頃は怖かった、迷った。


逃げたい日もあった。

けど悠里のいる世界に還る。


それだけを一心に想い戦った。

この雪像のどちらにも、そういう暗いものは刻まれていない。


「勇者様って、どんな方だったんでしょうなあ。」


村の老人が呟く。

俺は肩をすくめ答える。


「さあ。案外、普通の人だったかもしれませんよ。」

「はは、そんなまさか!」


笑い声が広がる。

悠里はしばらく像を見上げていたが、やがてぽつりと呟いた。


「お兄ちゃんはどっちでもないよ。」


俺は視線を悠里に向ける。


「そうか?」

「うん。本物は知ってるもん。」


その瞬間だった。

ふわり、と。


像の周囲の雪が、風もないのに舞い上がる。

一瞬だけ。


きらめく粉雪が、二体の雪像を包む。

村人は気付いていない。


歓声と笑いに紛れている。

だが俺だけははっきりと感じた。


空気の“質感”が変わった。


冷気が、一定に揃った。

揺らぎが、不自然に消滅した。


悠里は自分の手を見ている。


「…あれ?」


雪が掌の上で溶けずに光を放っている。


ほんの数秒。

やがて普通に溶けて消えた。


「寒いからかな?」


無邪気な声。

俺は何も言わない。


代わりに村の外れへと視線を向ける。

森の方角。


白い静寂。

そこだけ、雪が落ちる音がしなかった。


 ◇ ◇ ◇


その夜。

祭りの焚き火がぱちぱちと音を立てる。


悠里は配られた甘いスープで頬を赤くしている。


「楽しかったね!」

「ああ。」

「勇者様、人気者だったね。」


悠里が悪戯っぽく笑いながら言ってくる。


「…そうだな。」


火が揺らぐ。

風はない。


だが、炎が一瞬だけ縦に伸びた。

悠里が可愛らしくくしゃみをする。


その直後、広場の雪が一斉にさらさらと崩れた。

それと同時に、俺の背筋にはっきりとした感覚が走る。


これは偶然じゃない。

魔力の発露。


だが荒れていない。

暴発でもない。


――“制御されている”。

悠里はまだ気付いていない。


無意識だ。

だが。


(これは…勇者の力じゃない。)


もっと静かで。

もっと深くて。


もっと“根源的”な何か。

俺はゆっくりと息を吐く。


今まで目を逸らしていた仮説が形を持ち始める。

勇者は俺だった。


ではそれとは違う力を感じる悠里は何だ。


「…参ったな。」


小さく呟く。

悠里が首を傾げ、こちらを見る。


「どうしたの?」

「いや。雪ってのは、静かに積もるもんだなって思ってな。」

「うん?」


悠里の傾げた首の角度がさらに深くなる。


「気づいた時には、景色が全部変わってる。」


悠里は意味が分からなかったのか笑う。

その笑顔はいつもの妹のものだ。


だが俺の感覚はもう誤魔化せなかった。


(あの時のアリアの言葉…。)


白い村、白い像、白い夜。

静かに、確実に。


悠里の中で何かが形になり始めている。

焚き火の火が、ぱちりと弾けた。


俺は空を見上げる。

雪は止んでいる、だが。


降り積もった雪は簡単には消えない。


(悠里、君は…。)


問いの続きは、まだ口にしない。

けれど。


俺は一歩だけ、真実に近づいていた。

――そしてそれは、この雪が解けるよりも先に訪れる。

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