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第十七話 聖教国国境の砦

悠里(ゆうり)の提案で、街道の横でピクニックよろしく食事をしているとセブンズ・ロッジ号がピコンと気の抜けた着信音のようなものを鳴らす。

悠里が不安がるため、最初の頃使っていた警告音は止めてもらったためだ。


考えた結果がこれだったらしい。


《進行方向、遠くより馬車が接近中。》


遠くに視線を向けるとうっすらと馬車の影の様なものがこちらに向かって来ているのが見えた。

魔力を目に集中しよく見る。


豪華な装飾の施され、聖教国の国旗がはためいている。

それだけで聖教国の重鎮が乗った馬車だという事が分かる。


聖教国領に入って立ち寄った町で、砦が襲われているらしいという話は少し前に聞いていた。

御者が馬を必死に叩いて急がせている様子からかなり緊迫した状況のようだ。


だから特に驚きはしなかったが――

無理が祟ったのか、俺達の近くまで来た瞬間馬が倒れ込み馬車が止まる。


降りてきて馬に回復魔法を掛ける人物を見て、俺は思わず目を見開いた。


「…アリア?」


白い法衣。

腰の位置よりも長く美し輝く銀の髪。


慈愛の光を宿す金の瞳。

俺と魔王が戦うその直前まで一緒に戦っていた元仲間。


今では“聖女”と呼ばれている女性。


「湊さん…?」


向こうも俺に気が付いたらしい。

目が合った一瞬だけ言葉を失って、彼女は小さく笑った。


「久しぶりだね。」

「…はい。ご無事で、本当に…よかった。」


彼女の声が震えている。

俺は何とも言えない気分になり軽く頭を掻いた。


「色々あってね。」


悠里が俺の袖を掴む。

無意識のものだろう。


「妹の悠里だ。」


紹介するとアリアは丁寧に頭を下げた。


「初めまして。悠里さん、アリアと申します。」

「…よろしくお願いします。」


悠里も丁寧に頭を下げて返事を返す。

その瞬間、アリアの表情がほんの一瞬だけ固まったのを俺は見逃さなかった。


視線が悠里に向いている。

ほんの一瞬、彼女の金の瞳の奥で光が揺らいだ。


何かを感じ取ったような顔。


…まあ、聖女様だしな。

そっち系の感覚が鋭いんだろう。


そう結論付けて深く考えなかった。

直後、遠く砦の方角で轟音と煙が上がる。


アリアが我に返ったように顔を上げた。

慌てたような声を上げる。


「砦が…!」


事情を聞くと、やはりかなり切羽詰まっている状況らしい。

俺は少し考える。


「悠里さんについて私が分かる事をお教えします。あと、後ろ盾が必要でしたらお力になれます。ですからお力を貸していただけませんか?」


そう言って彼女は胸に付けていた聖教国の意匠の入ったブローチを差し出してくる。


「聖女様それは!?」

「四の五の言っている場合ではありません!」


アリアの護衛と思われる御者の男が驚いた声で静止しようとしたが、彼女の剣幕に押され黙り込む。

彼女が提示した条件はそれほど破格なものなのだろう。


「行こう。悠里もいいかい?」


確認をすると悠里が小さく頷く。

アリアは嬉しそうに柔らかく微笑んだ。


 ◇ ◇ ◇


馬をその場に残し、ヘブンズ・ロッジ号にアリアと御者を乗せ砦に到着する。

砦は既に半壊していた。


兵士たちが壁際で踏ん張り、中央には魔族の幹部と思われる者が居座っている。

赤い皮膚に異常に肥大化した筋肉、大きな体。


髪の無い頭部に二本の短い角が生えている。

第一印象は知性より腕力タイプといったところか。


「お、なんだてめぇら。死にに来たのか?」


下卑た笑い。


「おお!今日は大当たり日だな!噂の聖女サマじゃねぇか。」


アリアに視線を向ける。

彼女は頷くと結界を展開し負傷者の方へ走る。


その背中を確認してから俺は視線を魔族に向ける。

悠里が服を掴む。


「お兄ちゃん…。」

「大丈夫。」


いつも通り短く返す。

筋肉達磨が俺を見て鼻で笑った。


「なんだその細ぇ身体。こんなのが聖女の護衛か?掴んだだけで折れちまいそうだ。」


…やれやれ。


「簡単に死ぬなよ?」

「ぬかせぇ!」


次の瞬間、向こうの拳が飛んできた。

我慢は出来ない質らしい。


拳を真正面から受け止める。


衝撃で地面が沈む。

悪くない威力だが。


「遅い。」


腕を掴んで体勢を崩し、腹に一発。

続けて落ちて来た顎、鳩尾。


反撃の隙すら与えない。

そのまま石畳に叩きつけ、バウンドして浮かんだ顔面を掴んで地面に押し付ける。


「…は?なにが…。」


魔族の間抜けた声が漏れた。


「まだ終わりじゃないぞ。」


そこからはほぼ作業だった。

抵抗?


そんな暇など与えない。

俺の拳が魔族を叩く打撃音だけが砦に響く。


魔族が意識を完全に失った頃には顔面の原型をとどめていなかった。

結構持った方か?


砦に静寂が落ちる。


兵士たちが呆然と固まりこちらを見ていた。

アリアは結界越しに俺を見ていた。


…なんだその目は。

尊敬とかじゃなくそういったものではない、もっと重たい何か。


居心地が悪い。


少し遅れて砦の兵たちの歓声が上がった。


 ◇ ◇ ◇


夜。

ヘブンズ・ロッジ号内で悠里は俺の腕を枕に眠っていた。


小さな寝息。

体温。


安心する。


悠里が完全に眠った事を確認して外に出る。

空を見上げる。


砦は守れた。

間に合った負傷者はアリアが治している。


それでも、胸の奥に嫌な感覚が残っていた。

今日の魔族に、この間の測るような視線。


そしてアリアの悠里を見る目。

聖女の勘か、何か分からないが――悠里の中の”なにか”を見ていた。


探られているようであまりいい気のするものでは無い。

ヘブンズ・ロッジ号の着信音の様な音が聞こえた。


《睡眠の質低下。素早い対応を推奨。》


俺は素早く悠里の寝るベットへと戻り、悠里の頭を優しくなでる。

悠里の指が俺の服を掴む。


無意識のものだろう。

それでも胸の奥が静かになる。


俺は小さく息を吐いた。

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