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第十六話 観察する者

街道から少し離れた所で一夜を明かし翌朝。

俺たちは再びヘブンズ・ロッジ号を走らせ、街道を進んでいた。

 

街道の先に見える小さな村。

その村の畑の向こうには低い森が広がっている。


森特有の湿った風。

人々の営みが見えるどかな風景――だが、どこか違和感を感じる。

 

「お兄ちゃん。」


隣の座席で悠里(ゆうり)が小さく呟く。

 

「なんだい?」

「なんか…ざわざわする。」


気配を探る、生き物の息遣いを感じない。

耳を澄ませば虫の羽音も聞こえない。

 

(ダミーの建物、誘導型だな。)


村人はいないだろうが、誰か囚われてる人がいないか確かめるためにヘブンズ・ロッジ号を畑の近くに停め外に出る。

悠里が外に一歩踏み出した。

 

次の瞬間。


森の縁から魔物が溢れ出した。

大型犬サイズの狼型、蟻の様な節足型、小型の蝙蝠の様な飛行種。


その他にも様々な魔物が見て取れる。

おかしい、これだけ雑多に集まっているのに動きが揃いすぎている。

 

「悠里、下がって。」

「うん。」

 

俺は前に出る。

 

一歩。

魔力を纏った手刀の一振り。

 

最前線にいた複数の狼の首が宙を舞う。

逆手の一振りで節足型をまた数体薙ぎ倒す。

地面を蹴って跳び上がり、空中の飛行種をまとめて地面に叩き落とし命を奪う。

 

魔物は悲鳴すら上げない。

ただ恐怖を感じる事も無くこちらに向かってくる。

 

戦闘開始から数秒。

魔物が動く音は無くなり、周囲は木の揺れる音が聞こえる程の静寂に戻った。


戦闘中に感じた違和感。

 

(…やっぱりだ。)

 

魔力の残り方がおかしい。

群れを成す魔物らしくないただ命令された通りに動いているような、生きる事を目的としていないような突撃。


完全に“使い捨て”。

 

その時。 

背後の空間がほんの一瞬だけ歪んだ。

 

俺は振り返り何もない空に視線を向ける。

 

「…そこにいるのか。」

 

反応はない。

だが、確実に“見られている”。

 

 ◇ ◇ ◇

 

遥か上空。

人の視覚が届かぬ程に高い層。

 

影はそこに在った。

雲でも霧でもない。


空間の欠落のような存在。 

草原を進む鋼鉄の箱。


その内部の反応を淡々と読み取る。

 

「勇者反応、想定値より上。」

 

金色の微光。

 

「核、安定状態。」

 

次に男。

 

深く重い果てを感じられない白。


総量異常。

密度異常。

深さ異常。

異常、異常、異常。

 

「護衛個体…規格外。」

 

数値が乱れる。

影の演算が一瞬だけ停滞する。


本来ならあり得ない現象。

 

(人間の形をしているが、あれは人間の範疇では測れない。)

 

世界の楔。

異常干渉点。

 

影は距離を取り、観測を続行する。

 

「接触不可。」

 

魔物群の反応が物凄い速さで減少していく。

最後の魔物の反応が消え、今の役目は終わった。

 

「本日は測定のみ。」

 

影は空間に溶けるように薄れて消えた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

魔物の残骸は霧のように消え、草原には何も残らなかった。

 

「お兄ちゃん…今の…。」


悠里が不安そうに袖を掴む。

 

「大丈夫だよ。」


俺は悠里を安心させるために頭を撫でる。


「ただの魔物だよ。これくらいなんてことない。」

 

言葉ではこう伝えたが、胸の奥では別の結論に辿り着いていた。

――これは所謂斥候だ。

 

数を測り、実力を測り、対応を測る。

完全になにかを起こす前の動き。

 

悠里はなにかを“感じている”ようだ。

流石に正体には気づいていない。


それでいいと思う。 


村のあった場所に目を向けると、ボロボロの廃墟が複数存在するだけの場所になっている。

俺達はロッジ号に戻り再び発進させる。

 

走り出した車内で、悠里は俺の腕に寄り添った。


「…お兄ちゃん、ちょっと寒いかも。」

 

俺はどこからともなく現れたブランケットを掛けてやる。

ロッジ号が気を利かせてくれたのだろう。


「これで多少はましかな?」

「うん…。」


どこか不安そうな様子の悠里を慰めながら、俺達は街道を進んだ。


 ◇ ◇ ◇

 

時間は進み夕方。

また街道から少し離れた場所にロッジ号を停め、俺は外で周囲の魔力残滓を確認していた。

 

やはり統制力と隠蔽能力に長けた魔族のようだ。

しかも残した残滓がとても少ない事から、かなりの実力があると窺える。

 

(魔王軍の残党か?それとも…。)

 

組織的であるが、過去に戦ったどの魔王軍幹部より冷静。

背後から小さな気配。


「お兄ちゃん。」


思った通り悠里だった。

寝巻に身を包み、不安そうにこちらを見ている。


「大丈夫?」

 

俺は笑って答える。

 

「ああ。大丈夫だよ。」

 

眠そうな妹の頭を優しく撫でる。

 

「今日は疲れただろう?早く休もうか。」

 

深夜。

悠里はまた俺の腕を枕に眠っていた。


今日も一緒に寝たいらしい。

小さな寝息と温かい体温。

 

俺はその髪を指で梳きながら、窓の外に広がる黒い空を見る。

今にも雨が降りそうだ。


けれど平和で落ち着いた、大切な存在と過ごす幸せな時間。


だが、周囲が不自然なほど静かすぎる。

あまりにも状況が整いすぎている。

 

――来る。

きっと次はもっと踏み込んでくるだろう。

 

俺は小さく息を吐いた。

 

何度でも自らに誓う。

この世界がどうなろうと関係ない。

 

悠里と一緒にいれるなら。

王様だろうが魔族だろうが神だろうが。

 

この生活を壊そうとする者はすべて薙ぎ払う。

眠る妹の指が、ぎゅっと俺の服を掴んだ。

 

本当に可愛い妹だ。

何物にも代え難い俺の大切な存在。

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