第十三話 王都レガリア
高い城壁が見えてきた。
白い石で築かれた外壁は陽光を反射し、遠くからでもこの都市の規模が分かる。
その中央と思われる所には城の尖塔が飛び出て見えている。
「わぁ…。」
助手席の悠里が思わず感銘の声を漏らした。
この大陸でも指折りの人口と騎士団戦力を誇る国家中枢。
エデン王国王都レガリア。
俺達はここに情報収取の為に訪れていた。
門へと続く街道は広く、往来する多くの商隊や旅人の列が途切れない。
様々な職業、人種。
それでも流れは整然としていて、それを誘導する警備の騎士たちの動きには無駄がない。
「なんだかきっちりしてるね。」
「騎士団の質が高い国だからな。」
悠里は感心したように頷き、いつものように俺の袖を掴んだ。
ヘブンズ・ロッジ号を離れた丘の麓に停め、列に並び門前検問のため足を止める。
「失礼します。通行証の提示を――」
若い騎士が近づいてきたその瞬間。
ぴたり、と空気が変わった。
騎士が不思議そうな表情をしている。
「…?」
次いで、腰の魔力計測器が小さく唸り始めた。
「な、なんだ…?」
騎士は慌てて機器を確認し視線を悠里へ向ける。
「…お嬢さん。少し、こちらへ。」
「え?」
悠里は戸惑いながら俺を見る。
この感じ、嫌な予感しかしない。
「どうしました?」
俺が声をかけると騎士は慎重に言葉を選んだ。
「異常な魔力反応です。量は問題ないのですが…性質が普通の人間のものと違う反応を示しています。」
性質。
なるほど。
勇者として覚醒している悠里の魔力は一般的な魔法使いや魔道士のそれとは根本から違う。
しかも本人が無自覚な分制御もしていない。
ぬかったな、これは俺のミスだ。
「念のため団長をお呼びします。」
そう言って騎士は駐屯地があると思われる方へ走っていった。
悠里は不安そうに俺の服を掴む。
「お兄ちゃん…これ大丈夫?」
「大丈夫。俺がいるからどうとでもなるさ。」
短く言うと悠里は小さく頷いた。
待つこと数分。
カツカツと石畳を鳴らす足音とともに、一人の女性が現れた。
濃紺の軍装。
背筋は真っ直ぐで所作に一切の無駄がない。
近づくにつれて、その姿と気配に覚えがあることに気づく。
…そうか。
「何事ですか。」
凛とした声。
俺は顔を上げ、彼女をまっすぐに見据える。
彼女の視線が俺を捉えた。
目と目が合った一瞬。
時間が止まったように感じた。
団長と呼ばれた女性の瞳が見開かれる。
呼吸が浅くなり、唇がかすかに震えている。
「…湊?」
俺は苦笑して返した。
「久しぶりだな、レティシア。」
手に持っていた剣が音を立てて鞘ごと地面に落ちた。
周囲の騎士たちがざわめく。
彼女は一歩、先ほどとは違いにおぼつかない足取りで前へ出る。
「…生きて…。」
震える声が彼女からは漏れる、しかし次が続かない。
俺は肩をすくめた。
「死ぬほど働かされただけさ。」
それでようやくレティシアは現実に戻ったようだった。
視線が俺の隣にいる悠里へ移る。
黒髪。
似た輪郭。
そして何より悠里を庇うように立つ俺の位置。
彼女の事だ、すぐに察したのだろう。
「…あなたが、話に聞いていた妹さんですね。」
悠里はぺこりと頭を下げる。
「悠里です。」
俺は安心させるために自然と悠里の肩に手を置いた。
レティシアの視線が、その手に一瞬止まる。
そして次に悠里の目を見た。
悠里もまっすぐ彼女を見ている。
ほんのわずか、レティシアの眉が揺れる。
俺の袖を掴む悠里の手に力が入るのを感じた。
「…。」
「…。」
「ゴホン。」
二人の無言のにらみ合いが開始されてしまった…。
俺は咳払いをして検問の件の説明を求める。
「魔力の質が異常、か。まあそうだろうな。それで、この子は?」
「俺の妹さ。」
俺の動じない様子に、騎士たちが息を呑む。
レティシアだけが冷静に頷いた。
「…なるほど。」
それから俺を見る。
「あなたの力も含め、このまま素通りさせる訳にはいきません。」
「だろうな。」
「話をさせてください。詰め所に案内します。」
案内されながら歩く間、安心させようと俺は悠里の手を離さなかった。
悠里はこんな状況でも何処か上機嫌で、レティシアはその様子を横目で見ている。
いや、もはや睨みつけているレベルだ。
誰が見ても分かるほどの…。
彼女は何も言わなかったが、明らかに表情の奥で何かが揺れているのが分かった。
◇ ◇ ◇
詰め所の応接室。
形式的な挨拶のあと、レティシアは単刀直入にはっきりと言った。
「湊。貴方にはこの国に力を貸してほしい。騎士団顧問、あるいは自由騎士として迎えたい。」
俺は回答しなかった。
代わりに悠里を見る。
悠里は俺の袖を掴んだままレティシアをまっすぐ見ている。
「…少し難しそうだ。」
そう言って俺は悠里の方を見る。
「そうですか、分かりました。」
それだけ言って、思っていたよりもあっさりとレティシアは引き下がった。
その後、俺たちは特に何を聞かれるも無く無事許可証を貰い門を通された。
一体何だったんだ?
◇ ◇ ◇
夜。
勤務が終わり私は一人、自室で鎧を外していた。
剣を磨きながら今日の光景が何度も脳裏をよぎる。
生きていた。
本当に。
ずっと探していた人物が、急に目の前に現れた。
けれど…。
彼の意識は終始隣にいた妹に向いていた。
触れ方、距離、守り方。
一挙手一投足すべてが彼女のためだとはっきりと分かる所作。
――羨ましい。
そう思ってしまった。
戦いの時、彼は優しかった。
けれど、それとは違う自分に向けられた事のないもの彼女は貰っていた。
同じものを自分に向けられることは無いかもしれない…。
それでも。
私は剣を置き、静かに目を閉じる。
「…諦める気はありません。」
自然と声が出た。
彼は紛うことなき英雄だ。
今後この国に必要な存在で間違いない。
そして私は戦友としてではなく、一人の女として彼を想っている。
手段を問わなければ方法は幾らでもあるだろう。
大陸一と名高い精強なこの国の騎士団、私の家の権力に国家、新たな使命。
公の理由だけでもこれだけ作れる。
彼をこの場所に繋ぎ止めるために。
私レティシア・ミレイユは静かに決意した。




