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触れれば枯れると蔑まれた令嬢ですが、不毛の地の公爵様に「君だけが私の春だ」と溺愛されています  作者: 九葉


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最終話

数日後。

王都にあるヴァインベルク侯爵家の屋敷に、国王陛下からの勅使が訪れました。

父と兄は、何事かと緊張した面持ちで、応接室へと向かいます。

そこに待っていたのは、近衛騎士団を引き連れたアシュレイ・クレイヴン公爵と――その隣で、穏やかに微笑む、わたくし、リゼット・フォン・ヴァインベルクの姿でした。


「り、リゼット……!? なぜ、お前がここに……公爵閣下、これは一体……」

驚愕に目を見開く父と兄に、アシュレイ様は一枚の羊皮紙を突きつけました。

それは、国王陛下の署名と玉璽ぎょくじが押された、正式な告発状でした。


「聖女ソフィアによる国家転覆未遂、及び王領への投毒容疑。その共犯として、エドワード第二王子、並びにヴァインベルク侯爵家にも嫌疑がかけられている」


その冷徹な言葉に、父と兄の顔から、さっと血の気が引いていきました。


わたくしたちは、捕らえた実行犯と物的証拠を全て揃え、王都へと乗り込みました。

そして、国王陛下に直接、全ての真相を言上したのです。

我が子の罪、そして聖女の裏切りを知った陛下の怒りは凄まじく、即座にソフィアとエドワード殿下の身柄拘束を命じました。

そして、彼らに唆され、資金提供などの形で加担していた貴族たち――その筆頭が、我がヴァインベルク家だったのです。


「そ、そんな馬鹿な! 我らは、聖女様のお言葉に従ったまで! あの女の呪いから、この国を救うため……」

見苦しい言い訳をする兄を、アシュレイ様の凍てつくような視線が貫きます。

「呪い、だと? ヴァインベルク卿、君の妹君が起こした奇跡を、まだその目で見ていないと見える」


アシュレイ様が合図をすると、騎士が扉を開け、外から運び込まれたのは、一つの巨大な鉢植えでした。

そこに植えられていたのは、一本の、枯れ木。

それは、母様が亡くなって以来、ずっと屋敷の中庭で放置されていた、あの白い薔薇の、最後の名残でした。


「リゼット」

アシュレイ様に促され、わたくしはゆっくりと枯れ木の前に進み出ました。

そして、集まった王侯貴族、そして父と兄が見守る前で、素手の指先を、その枯れた枝に、そっと触れさせます。


金色の光が、溢れ出す。

それは、もはやアシュレイ様の助けがなくとも、わたくし自身の意思で、完璧に制御された、慈愛に満ちた光。


光を浴びた枯れ木は、見る見るうちに瑞々しさを取り戻し、緑の葉を芽吹かせ、そして、次の瞬間。

純白の、それは美しい薔薇の花を、一斉に咲かせたのです。

その花は、かつて母様が愛した、どの薔薇よりも大きく、気高く、そして甘い香りを放っていました。


「……母様の、薔薇……」

兄が、呆然と呟く。

父は、その場にへなへなと座り込み、ただ、わなわなと震えていました。

彼らは、自分たちが何を見て、何を信じ、そして、何を失ったのかを、ようやく理解したのです。


聖女ソフィアとエドワード殿下の裁判は、迅速に行われました。

全ての罪を暴かれたソフィアは、聖女の座を剥奪され、国境の修道院へ幽閉。

エドワード殿下は、王位継承権を剥奪の上、北のさらに奥、国境警備の任に就かされることになりました。事実上の永久追放です。

そして、ヴァインベルク家は、爵位こそ剥奪されなかったものの、莫大な罰金と領地の一部没収を命じられ、その権威は完全に失墜しました。


全ての決着がついた、ある晴れた日のこと。

わたくしは、アシュレイ様と共に、王都を見下ろす丘の上に立っていました。

眼下には、わたくしの力で再生した、青々とした麦畑が広がっています。


「ようやく、終わったな」

アシュレイ様が、隣で優しく微笑みます。

「いいえ。ようやく、始まるのですわ。わたくしたちの、本当の毎日が」

わたくしがそう答えると、彼はくすりと笑い、わたくしの手をそっと取りました。

その手にはもう、あの黒い手袋はありません。


彼は、わたくしの左手の薬指に、きらりと光る指輪を、そっと嵌めてくれました。

それは、彼が秘密の温室で、わたくしのためだけに咲かせてくれた小さな白い花を、銀で象った、繊細で美しい指輪でした。


「リゼット」

彼は、真摯な黒曜石の瞳で、わたくしを見つめます。

「君を初めて見た時、私は、君の瞳の奥に、凍てついた大地の下で春を待つ、強い生命力を感じた。君は、呪われた魔女などではなかった。君こそが、俺の不毛の人生に、初めて彩りを与えてくれた、たった一人の春だった」


彼の言葉が、温かい雫となって、心に染み込んでいきます。


「だから、リゼット。改めて、言わせてほしい。私と、結婚してください。私の、永遠の春の女神になってほしい」


わたくしは、涙で滲む視界の中で、最高の笑顔を浮かべて、頷きました。

「……はい、喜んで。あなたこそが、わたくしの凍てついた心を溶かしてくれた、ただ一つの太陽ですわ、アシュレイ様」


ポケットの中で、母様の形見である勿忘草のブレスレットが、かすかに音を立てました。

母様、見ていてくれますか。

わたくしは今、世界で一番、幸せです。

あなたの娘は、偽りの呪いを乗り越え、自分の手で、真実の愛と、本当の春を、掴むことができました。


わたくしたちは、どちらからともなく、そっと唇を寄せました。

北の地から吹いてくる風が、祝福するように、わたくしたちの髪を優しく撫でていく。

それは、もう冷たい冬の風ではありませんでした。

たくさんの花の種を運び、新しい命の始まりを告げる、温かで、希望に満ちた、春一番の風でした。

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