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触れれば枯れると蔑まれた令嬢ですが、不毛の地の公爵様に「君だけが私の春だ」と溺愛されています  作者: 九葉(くずは)


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第10話

枯れた大地に、白い手が置かれる。

そのあまりに無防備で、しかし、揺るぎない覚悟に満ちた光景を、集まった領民たちは固唾を飲んで見守っていました。

わたくしの背後には、アシュレイ様が静かに立っています。彼の存在が、その穏やかで力強い魔力の気配が、何よりの支えでした。


(大丈夫……一人じゃない)


わたくしは、ゆっくりと目を閉じ、意識を集中させます。

指先から、体内の魔力を大地へと流し込んでいく。

それは、かつてのような制御できない奔流ではありませんでした。この地でアシュレイ様と共に学んだ、穏やかで、慈しみに満ちた、春の小川のような流れ。


けれど。

大地は、わたくしの力を拒絶しました。

毒に蝕まれた土は、まるで固く心を閉ざしたように、生命力を受け付けようとしないのです。金色の魔力は、ただ地表を滑り、霧散していくだけ。


「……だめだ……力が、通じない……」

ざわ、と領民たちの間に、再び不安の波が広がります。

「やはり、魔女の力では……」

「毒には勝てないのか……」


焦りが、胸を焼く。

このままでは、人々の信頼を取り戻すどころか、絶望を確定させてしまう。

(もっと、強く……! でも、強くすれば、また暴走して……!)

恐怖と焦燥が、せっかく掴みかけた力の制御を乱していく。指先から溢れる光が、不安定に揺らめき始めました。


その時でした。

すっ、とわたくしの白い手の上に、大きくて骨張った、アシュレイ様の手が、優しく重ねられました。

手袋越しではない、彼の素肌の温もりが、直接伝わってくる。


「リゼット」


耳元で、彼の低く、落ち着いた声が囁きました。

「一人で背負うな。言っただろう、二人で種を蒔こうと。……ここも、俺たちの庭だ」


その言葉と共に、彼の静かな『吸収』の魔力が、わたくしの手を通して大地へと流れ込み始めました。

それは、大地を枯らす力ではありません。

毒に蝕まれた土の中から、その穢れだけを、まるでふるいにかけるように、丁寧に、吸い上げていく。

大地が、浄化されていくのが分かりました。


そして、穢れが取り除かれたまっさらな大地に、わたくしの金色の力が、今度は何の抵抗もなく、すぅっと染み込んでいきました。

それは、まるで、乾いた海綿が水を吸うかのようでした。


「ああ……!」


わたくしとアシュレイ様、二人の力が、大地の中で完璧に混じり合う。

それは、地下の温室で奏でた協奏曲よりも、もっと力強く、もっと壮大な、愛の詩そのものでした。


次の瞬間。奇跡が、起きました。


わたくしたちの手が触れる場所を中心に、枯れた大地から、一斉に、柔らかな緑の芽が、力強く顔を出したのです。

それは、一区画だけではありません。見る見るうちに緑の波は広がり、毒に枯れた畑全体を、瞬く間に覆い尽くしていきました。

領民たちから、信じられないものを見た、というどよめきが上がる。


しかし、奇跡はそれだけでは終わりませんでした。

芽吹いた麦の苗は、常識では考えられない速度で成長し、天に向かってぐんぐんと伸びていきます。そして、その穂先が、陽光を浴びて、まばゆいばかりの黄金色に輝き始めたのです。


ほんの数分前まで、死と絶望の象徴だった茶色い畑が、今、生命と希望に満ちた、黄金色の絨毯へと姿を変えていました。

風が吹き抜けるたびに、さわさわと音を立てて揺れる麦穂は、まるでわたくしたちを祝福しているかのようでした。


「……おお……」

「神よ……」


誰からともなく、その場に膝をつき、祈りを捧げる者たちが現れました。

疑いの目は、もうどこにもありません。

そこに宿っているのは、絶対的な信仰と、畏敬の念でした。


「春の女神様だ……! 俺たちの女神様が、本当の奇跡を起こしてくださった!」


歓声が、地鳴りのように湧き起こりました。

わたくしは、その光景を、涙で滲む瞳で、ただ呆然と見つめていました。

アシュレイ様が、わたくしの体を支え、その肩を強く抱きしめてくれます。


「よく、やったな。リゼ-ット」

彼の声もまた、深い感動に震えていました。


その日の夕方。

領民たちの興奮冷めやらぬ中、城に、アシュレイ様が放っていた調査隊からの吉報が届きました。

枯れた畑の上流にある水源地で、毒物の痕跡と、それを投げ入れたと思われる者の痕跡を発見。

そして、逃亡しようとしていた王都訛りの男を、三人、捕縛した、と。


連行されてきた男たちは、アシュレイ様の尋問に、あっさりと全てを白状しました。

彼らは、ソフィア様が神殿騎士の中から選び出した手練れで、「聖女様の御心である」と命じられ、この地に潜入し、毒を流した、と。

動かぬ証拠となる毒の小瓶と、ソフィア様からの指示が書かれた密書も、男たちの所持品から発見されました。


全ての駒が、揃いました。

わたくしは、黄金色に輝く畑を窓から見下ろしながら、隣に立つアシュレイ様の手を、そっと握りました。

もう、手袋はしていません。


「アシュレイ様」

「なんだ?」

「参りましょう。わたくしたちの春を、奪おうとした者たちに、冬の厳しさを教えに」


わたくしの言葉に、アシュレイ様は、不敵に、そして誰よりも頼もしく、微笑んでくれたのでした。

反撃の時は、来たのです。

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