2.勇者を導く女神
氷魔の山の麓で一組のパーティーが焚き火をして野営を過ごしていた
このパーティーこそが勇者クロスが率いるパーティーのはずなのだが、その雰囲気はとても重苦しいものになっていた
「クロス様、このまま山頂に行けば明日には四天王の『氷魔アイスケルベロス』と戦う事になりましょう」
「・・・・・・分かっている」
勇者パーティーの一人、戦士ラリーの言葉に勇者クロスは顔を地面に落としたまま答える
「ねぇ勇者様、私たち勝てるよね?」
「・・・・・・・・」
「そんなの当たり前だろ!俺達の勇者様は魔王を討伐するのが目的なんだぜ!四天王なんかに負けるわけないだろ!」
「そ、そうよね!」
心配そうに声を上げた年若い魔法使いのサヤに対して何も答えない勇者クロスの代わりに武闘家であるマルサンが不敵な笑みとともに代弁をする
「・・・・ぐっ」
そんな二人の様子に勇者は静かに歯噛みしていた
(なんで・・なんで僕が勇者なんてやらなきゃいけないんだよ・・!)
幼い頃から特別な力を持っていた勇者クロス
しかしそれはクロスの産まれた村では恐ろしい存在でしかなく、村人全員から疎まれ、親は厄介払いのように幼いクロスを教会に売ったのだ
(僕には特別な力はある・・けどそれは人族の中での話だ・・これまでだって何度も死にそうになったんだぞ!)
トレントの森を支配していた魔族ブォガルを討伐した時も協力してくれた仲間の多くを犠牲にしての勝利だった
しかもそれは本当に紙一重の勝利であり、あそこで自分の運は全て使い切ってしまっているのではと本気で考えていた
「しかも今度はブォガルを遥かに凌駕する氷魔アイスケルベロスを倒せなんて・・こんなの死ねって言われているのと同じじゃないか」
今回の四天王討伐は勇者にとって処刑とあまり変わらないものであった
「クソッ!僕が何か悪い事でもしたのかよ!少し特別な力持って産まれただけなのに・・」
ブォガルとの戦いをなんとか生き残った勇者パーティー仲間達も『氷魔アイスケルベロス』を倒せると笑顔で話をしているものの・・
「そ、そうだよね・・ひっく・・わ、私達・・ブォガルだって勝てたんだもん・・四天王にだって・・か・・勝て・・ひっく・・ぅぅっ・・」
魔法使いサヤの幼い瞳には何度も涙が浮かび・・
「そ、そうさ!勇者様と共に俺達で四天王のアイスケルベロスを倒して、いずれは魔王を倒してやるのさ・・は、はははっ・・!」
武闘家マルサンの笑みは引き攣ったものであり、必死に取り繕おうとしているのか嫌でも分かってしまう
「・・・・・・」
戦士ラリーは空に浮かぶ星空を見上げ、魔族との戦争で亡くなった家族にもう少しで会いに行けると語りかけているようであった
この時、勇者パーティーは確実に訪れるであろう死に絶望していた
しかし、次の瞬間
その絶望を打ち払うかのような光が勇者達へ降り注ぐ
「な、なんだこれは!?」
「魔族の攻撃!?」
警戒する勇者達であったが光はまるでスポットライトのように一箇所に集まっていく
「勇者クロス、あなたが現れるのをお待ちしておりました」
収束された光の中から現れたのは、透き通るような白銀の髪と全てを見通しそうな真っ白な瞳をした女性であった
「お、お前は・・何者だ!魔族の仲間か・・!」
その姿に恐る恐ると声を上げる勇者に白銀の髪の女性は優しく微笑みかける
その微笑みの衝撃は寡黙であった戦士の目に突き刺さる
「そ、その神々しいお姿・・貴女様は女神セリア様ではありませんか!」
戦士の問い掛けに肯定するかのように白銀の髪の女性は笑みを向ける
「女神セリア様って・・導きの女神様の事!?」
この世界を作ったとされる神々の伝承
その伝承の中でも導きの女神セリアは幼い子供でも知っているであろう知名度を誇っていた
「ほ、本当に!?・・いや、その姿は・・まさに女神セリア様そのものだ・・!」
子供の絵本や教会にデカデカと飾られている姿絵と同じ白銀の髪、真っ白な瞳の姿に勇者以外のパーティー仲間達は地面に額を擦り付けるように頭を下げていく
「・・・・・・」
そんな中、勇者だけが女神セリアと呼ばれた女性を見つめ・・いや、その目は鋭く尖り、睨みつけていた
別に勇者はその女性を怪しんでいるわけではなかった
女神セリアと信じており、信じたうえで睨み付けていたのだ
(神・・今更何しに来たんだよ!)
死んでいった仲間達への想い・・そしてそれより遥かに心を支配していたのは・・
(なんで・・なんで僕に勇者の力なんて授けたんだ・・!)
それは憎悪であった
(神が僕に特別な力さえ与えなければ、勇者として祭り上げられる事も、死を覚悟して死地へと赴く事もなかった・・こんな力さえ無ければ、今だって親といっしょに村で暮らしていたはずなのに・・!)
自分へ望まぬ力を与えた神が目の前にいる
歯噛みする勇者へ微笑み続けていた女神が言葉を紡いていく
「勇者クロス、私は貴方を助けたいのです」
「助ける・・僕を助けるだって・・!」
今まで助けを求められる事はあっても勇者を助けようとする者などおらず、女神のその言葉に呆気にとられたような顔になってしまう勇者
「そうです・・勇者クロスよ
このまま氷魔アイスケルベロスのところに行けば、貴方は確実に死んでしまうでしょう」
「うぐっ!?」
その言葉は先ほどまで嫌でも痛感していたものであり、勇者はうねり声を上げてしまう
「ですが、氷魔アイスケルベロスの弱点は炎です、ここから西に向かったところにある蛇王の洞窟の奥に炎の魔剣が隠されています」
「なっ!炎の魔剣だと!?」
魔剣とは特別な力が封印されたものであり、それ一つで国が買えるとまで言われている品物であった
「その炎の魔剣を使えば四天王の力を封じる事が出来ます」
「それは本当か!」
「はい、ですが魔剣は強力な毒のブレスを吐く蛇王ヒュドラが守っています」
「毒のブレス・・!?」
「そうです、なので洞窟に行く前には、毒対策を万全にして臨んで下さい」
「毒対策・・それならパーティー全員で毒消し草を持っていけば良いのか?」
「そうですね、それとヒュドラには多くの首が存在しており、普通に斬っても復活してしまいます」
「復活するって!?それじゃあ倒せないじゃないか!」
「安心して下さい、真ん中にある首を切り落とせば倒す事が出来ます」
「真ん中の首を斬れば倒せる・・!」
(凄いぞ!これから戦う相手の攻撃手段と弱点さえわかれば、いくらでも対策を打てるぞ!)
「ねぇ、これって私達・・勝てるの・・?」
確実に負けると思っていた魔法使いが思わずといった感じで言葉を漏らしてしまう
「もちろんです、勇者クロス様を勝利に導くために私は現れたのですから」
その言葉を肯定し、優しく微笑む女神セリア
「あ・・あああっ!め、めがみひゃぁまぁぁぁぁーーーっ!」
その瞬間、張り詰めていた糸が切れたかのように幼い魔法使いミラは滂沱の涙を流し、女神に頭を垂れる
「ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます!」
武闘家マルサンも状況は同じであり、こちらは額から出血するほどに何度も地面に額を叩きつけていた
「ううううっ!女神セリア様は、我々をお見捨てにならなかった・・!」
戦士ラリーは両手を前で固く閉じ、家族を亡くしてから無表情になっていたその瞳からはいくつもの雫が流れ、地面を濡らしていた
「お、落ち着いて下さい・・皆様・・」
その様子に女神セリアの方が逆に引き気味になってしまっていた
「女神セリア様!」
「は、はい、女神セリアです・・!」
「あなたに対する僕の無礼な態度、心より謝罪致します!どのような罰でもお受けします!」
深々と頭を下げる勇者
「いえ、それは良いのです・・これまで勇者クロス様がどれほど困難な道を歩んで来たのかは理解しています・・それを知った上であなたを咎めようなどとは思いません」
先程まで親の仇のような視線を向けていた勇者の態度が180°変わった事に少し面食らった顔になりながらも女神セリアは頭を下げ続けている勇者へ優しく手を差し伸べていく
「これより先は私が勇者様を導き守ります、絶対にあなたを死なせたりはしません」
勇者の頭を胸に埋めるように抱きしめたセリアは傷付いた勇者の心の傷を癒すかのようにその頭を優しく、ゆっくりと撫でていく
「あ、あああっ!あ、ありがとうございます!女神セリア!」
幼い頃に親に捨てられて以来、教会で勇者になるために鍛えられ続けていた勇者にとって、自分の全てを優しく包み込むようなその抱擁は抗いようのない魅惑となって勇者の心を支配していく
「女神セリア!約束します!僕が絶対に魔王を倒し、この世界に平和を取り戻してみせます!」
「はい、勇者様・・絶対に・・魔王を殺して下さいね・・」