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短編小説

ウチの旦那はソース派

作者: 歌池 聡


 ウチの旦那は、根っからのソース派だ。フライものや目玉焼き、天ぷらに至るまで、何にでもウスター・ソースや中濃ソースをかける。旦那が醤油で食べるのは、たぶんお刺身だけだ。

 一方の私は基本的に醤油派。もともと酸っぱいのがあまり得意じゃないので、ソースを使うことはまずない。


 まあ、別にそれはいいのよね。味の好みなんて人それぞれだし。


 ──新婚の頃、お祖母ちゃん直伝の『だし巻玉子』を初めて出したのに、箸をつける前からソースをダバダバとかけられた時は、さすがにちょっぴり殺意が芽生えたけど。


 でも私の料理に文句を言うこともないし、いつも『おいしいおいしい』と食べてくれるので、手間がかからなくてむしろ楽かな、なんて思うようにしていた。


 本当は、私の味付けをまずはそのまま味わってほしいところなんだけどね。






 今日の晩ご飯はカレー。独身時代にちょっと凝ってたので、市販のルーを使わずにスパイスから作る、私のオリジナルだ。

 友人たちからも絶賛された自慢の一品なんだけど、旦那は食べる前からいきなりソースをかけようとする。あーあ。


「──あれ? ウスター・ソースが切れてるじゃないか。ちゃんと買っておいてくれよなー」

「はぁっ!?」


 その横柄な言い方にカチンときた。

 旦那も相当ストレスが溜まっていたのだろう。この春に関西支社に転勤してきてからは、どうも関西人とは波長が合わないと、よくこぼしていたし。

 だけど、そのイライラを私にぶつけるのは違うでしょ。おまけに、その言い分が理不尽極まりないし。


「あのねぇ、私は結婚してから今まで、一滴たりともソースなんて使ったことないんですけど!」

「え?」

「今の言い方は何!? 私は自分で使いもしない調味料の残りを、日々チェックしないといけないわけ?」

「あ、いや、その──」

「毎日のようにソースを使ってるあなたなら、残りが少なくなってることくらい把握できたはずよね?

 だったら、あなたの方から『そろそろ無くなりそうだ』って言ってくれればよくない?

 私の責任みたいに言うのって、どう考えてもおかしいわよね?」


「──あー、うん、ごめん。確かに今のは俺が悪かったわ。

 次からは俺が残りをチェックするよ」


 こういう時、変に意固地にならずに素直に謝ってくれるのは、旦那のいいところだ。

 私も引越しのストレスからか、ちょっと言葉がキツくなりすぎたかもしれない。

 ここは歩み寄っておかないとね。


「あのね、私はソースを使わないから、味の違いとかよくわからないのよ。

 駅の向こう側の〇〇スーパーなら、あなたが帰ってくる時間にもまだ開いてるから、一度覗いて、自分の好みのものを選んできたら?

 ──ちょっとぐらいお高いものでもいいわよ」

「え、ホントに!?」


 旦那が子どもみたいに目を輝かせる。

 こういう表情を見ちゃうと──やっぱり憎めないのよねぇ。






 次の夜。帰ってきた旦那の手には、駅向こうの〇〇スーパーのレジ袋がしっかり握られてた。


 ──あれ? 他に買い物は頼んでないんだけど。ソースを1本買ってきただけにしては、袋がずいぶん大きくない?


「おい、あそこのスーパー、凄いぞ! 見たこともないメーカーのソースが山のようにあったんだ!」


 ええっ、まさかこの袋の中身って全部ソースなの!?


「いや、あんまり種類が多いからビックリしてさ。知らないメーカーばかりで迷ってたら、通りすがりのおじさんが色々教えてくれたんだよ。

 大阪とか神戸には小さなソース・メーカーがいくつもあって、実は『地ビール』ならぬ『地ソース』のメッカなんだって!」


 ──いや、初対面からぐいぐいと距離を詰めて来る関西人のノリが苦手だって言ってなかったっけ?


「とりあえず、その人が勧めてくれたやつをいくつか買ってきたんだけどさ。

 ──あ、心配いらないよ。家計のカードで買ったのは1本だけで、あとは自分の小遣いで買ったし」


 違う、私が心配してるのはそこじゃない。

 これだけ一気に買ってきたってことは、食べ比べする気満々だろうし、開けてしまったら常温で置いとくわけにもいかない。

 冷蔵庫にこんなにスペース、空けられるかなぁ……。


「他にも色々教えてもらったんだよ。

 例えば、同じメーカーが『焼きそばソース』『お好み焼きソース』『たこ焼きソース』を別に出してたりするそうなんだけど、何が違うと思う?」


 旦那はかなり興奮気味に、仕入れたばかりのウンチクを語ってくるんだけど──ごめん、1ミリも興味ないわー。


「──あ、それから、神戸には地ソースの専門店があって、100種類以上も置いてるんだって!

 今度、一度見に行ってくるよ。

 楽しみだなぁ。100種類のソースなんて、全部制覇するのに何年かかるんだろう。

 もう、俺、このまま関西に骨をうずめてもいいかも!」






 ──この日。私の脳裏に人生で初めて、『離婚』の二文字がうっすらとよぎったのだった。



ソース派の方は、大阪や神戸方面に来る機会があったら、ぜひ普通のスーパーのソース売り場をのぞいてみてくださいね。

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― 新着の感想 ―
楽しく、というか若干ドキドキしながら読ませていただきました。 奥さんの旦那さんに対する『子供っぽくて憎めない』が、 もし追撃あったらライン超えちゃう! とハラハラしました。
マヨラーみたくソース味にしか興味ない馬鹿舌になってるのかなぁ。 有るいみ味覚破壊。
 面白く読ませて戴きました❗  コミカルな展開がソースと醤油の如くいい味だしてますね❗  ここのご夫婦、とても倖せそう。  円満の秘訣は旦那さんの忍耐ですかね。笑    
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