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07. 迷宮で紡がれる不思議な物語

ジャックは巫術学院の迷宮で、豪華な服に身を包み、銀色の懐中時計を手にしたウサギさんを見かけた。

あまりにも珍しい光景だったので、彼は思わずウサギさんのあとを追いかけていく。ウサギさんは迷宮の角を曲がり、慌ただしくどこかへ走り去ってしまう。


「ちょ、ちょっと待って――!」


ジャックはそれを追おうとしたが、曲がり角で足を滑らせてしまい、深い穴へ真っ逆さまに落ちてしまった。


「わわわっ……!」


転落した先は想像以上に深く、あたりは暗く静まり返っていた。しかし、しばらくするとジャックの身体はふわりと浮き上がるように、ゆっくりと落ちていることに気づく。まるで重力が弱まったかのように、どんどんスピードが緩んでいくのだ。


やがて洞穴のあちこちに、ぼんやりと光るランプのような明かりが見え始める。よく見ると、そこには棚や小さな茶だんすが浮かんでいて、どれもゆっくり回転しながらジャックの横を通り過ぎていく。


「これって……いったい何だろう?」


不思議そうに手を伸ばすと、近くを漂う本棚から本を一冊取り出せた。暇つぶしにページをめくってみるが、何だか難しい文字ばかり書いてあって頭に入ってこない。次の本棚が流れてきたタイミングで、今の本を戻して別の本を取り、気分転換に読む――そんなことを繰り返していると、いつのまにか紅茶セットの載った茶だんすが近づいてきた。


「お茶……? …うわっ、本当においしそうな香り!」


ジャックはティーポットとカップを取り、ふわふわ落ちながら紅茶を一杯味わう。飲み終えたら、ちょうどタイミングよく流れてきた別の茶だんすへそっとカップを戻した。


(こんなにのんびり落ちてて大丈夫なのかな……。)


長い下落の果て、急に「ドスン!」と鈍い衝撃が走った。

どうやら柔らかい干し草の山の上に落ちたらしい。


「いてて……でも、ケガはなさそう。」


干し草の山から立ち上がったジャックは、先ほどのウサギさんの声を聞き逃さなかった。


「うわあ、遅刻しちゃう! まずい、まずいよ……!」


あのウサギさんが、どこかに急いでいるらしい。ジャックは急いで干し草の山を飛び降り、その姿を追いかける。すると目の前には長い廊下が伸びており、ウサギさんはその奥へと消えかけていた。


ジャックは足をもつれさせながら廊下を駆け抜ける。その壁には、大小さまざまな絵が飾られていたが、一つの絵だけがやたらと印象に残った。


それは、左右でまったく異なる光景を描いたもの。右側は明るい昼の世界で、純白の城と白衣を纏った白髪の女性がにこやかに立っている。彼女の肩に乗っているのは、深紅の大きな鳥――ジャックの知らない珍しい鳥だった。


左側は暗い夜の世界で、灰赤色の城と赤毛の女性が怒りに燃えている。彼女のそばには、獅子の体に鷲の頭と翼を持つ怪物――グリフォンが描かれていた。どちらも対照的な構図で、まるで昼と夜が永遠に対立しているかのよう。


「……何だろう、この絵……。」


立ち止まってじっくり見たい気持ちがあったが、ウサギさんを見失いかけている。焦ったジャックは絵を後にし、猛ダッシュで廊下を抜ける。


廊下の端を曲がると、そこは大きなホールだった。高い天井には豪華なシャンデリアがぶら下がり、淡いブルーの壁には赤や黄、緑、青、紫といった色とりどりの扉がずらりと並んでいる。


「ウサギさんは……どこに行ったの!?」


ジャックはホールを見渡すが、その姿は見当たらない。もしかすると、どこかの扉を開けて抜けてしまったのかもしれない。


試しに扉に手をかけてみるが、どの扉も鍵がかかっていてビクともしない。ジャックは落胆してホールの床にごろんと寝そべり、穴へ戻る術を考えあぐねる。


「うーん、あの穴を上に登るなんて無理だし……小さな魔女の箒があれば、楽に戻れたのになあ。」


ふと顔を上げると、ホールの真ん中にガラス製のテーブルが出現していた。今まではなかったはずなのに、いつのまにかそこに置かれている。そして、その上には金色の鍵がひとつ。


「さっきまでは、こんなテーブルなかったよね……?」


ジャックは起き上がり、鍵を手に取ってみる。もしかすると、この鍵でどれかの扉が開くかもしれない。ジャックは意気揚々と色とりどりの扉を試してみるが、どれも開かない。


落胆しかけたそのとき、ホールの片隅に小さな金色の扉が目に入った。

「こんなところに扉なんてあった……?」


大人の背丈ではとても通れそうにない小さな扉。試しに鍵穴に鍵を差し込むと、カチャリと音がして開いたではないか。


「やった!……って、こんなに小さい扉、僕が通れるわけないよね……。」


扉を開けてみると、その先には美しい花園が広がっているのが見える。そこを慌ただしく駆け抜けるウサギさんの姿もあった。


「うう……あのウサギさん、あんな森へ入っていくみたいだけど、僕はどうやってここを通れば……。」


悩むジャックは再びテーブルのほうを振り返る。すると今度は、テーブルの上に小さな瓶が乗っていた。ラベルには「飲んでね」とある。


「さっきまでは何もなかったはずなのに……。うーん、でもこのままじゃ通れないし……飲んでみるしかないか。」


瓶の中には果汁が混ざったような、どこか甘い香りが漂う液体が入っている。ジャックは恐る恐る口をつけてみると、チェリーやストロベリー、ブドウ、それにキャラメルミルクのような味が絶妙に混ざり合っていて、とても美味しい。思わず一気に全部飲み干してしまった。


「ぷはぁ……なんだこれ、美味しい……もっと飲みたいな。」


味を堪能していると、周囲の様子が急におかしくなっていく。いや、正確には、ジャックの身体がぐんぐん伸び始めているのだ。


「え、ちょっと……あれ、天井が近い……わっ、いたっ!」


頭が天井にぶつかり、「ゴツン」と大きな音が鳴る。気づけば、自分の体が大ホールいっぱいに膨れあがり、狭くて身動きがとれない状態になっていた。


「ど、どうしよう……こんなになっちゃって、扉どころか何もできないじゃないか。」


手足をちょっと伸ばしてみると、壁や扉を壊してしまいそうな勢いだ。ジャックは壊すつもりがなくても、力が何倍にもなっているのか、軽く足を動かしただけで扉を壊しかけてしまった。


「やばい……この家の主が戻ったら大激怒されるぞ……。」


困り果てたジャックが座り込んでいると、外からドタドタと足音が近づいてきた。こっそり壁の隙間から覗くと、先ほどのウサギさんが戻ってきている。周囲に向かって必死に叫び声を上げながら、何かを探しているようだ。


「ないないないっ! どこにもない! もし女王にバレたら首をはねられちゃうよー!」


どうやらウサギさんは何か大切な物を落としたらしく、焦っている様子だ。

やがてウサギさんはドンとジャックの足にぶつかり、ギョッとして顔を上げる。


「ひぃっ! な、なんだこの怪物!? 僕の家に入り込んでるじゃないかぁ!」


驚いたウサギさんはジャックを力ずくで引っ張り出そうとするが、到底かなうわけもない。ウサギさんは仲間を呼び寄せ、皆でジャックを引きずり出そうとするがびくともしない。

仕方なく一同は知恵を絞り、


「……よし、ビルを煙突から送り込んで、中から追い出そう!」


と作戦を立てたようだ.


ジャックは頭上からガサゴソと音がするのに気づいた。どうやら、その「ビル」という人物が梯子を使って煙突から侵入してくるらしい。煙突の煤が舞って、ジャックの鼻をくすぐる.


「は、は……ハ、ハックショーンッ!!」


突然のでっかいくしゃみに、外の連中もビクッと身体をすくませる。更に災難なのは、煙突を降りかけていたビル。強烈なくしゃみの気流に巻き込まれ、ロケットのように外へ吹き飛ばされてしまったのだ.


「うわあああああぁぁぁッ……!」


ドサッ! 外では人々が騒ぎ立て、


「ビルが空を飛んだ! 大丈夫か、ビル!?」


と大混乱. ジャックは申し訳ない気持ちでいっぱいだ.


すると今度はウサギさんの怒声が聞こえてきた.


「よし, こんな奴, 石をぶつけて追い出しちゃえ! どんどん放り込むんだ!」


雨のように小石がホールに投げ込まれ、ジャックの頭や顔にパラパラと当たる. その石を見てみると「食べてね」と文字が書かれていた.


「石……なのに, 食べろって書いてある. まさか, あの『飲んでね』と同じ仕掛けなのかも……。」


恐る恐る口に放り込んでみると、石はさくさくとして甘いクッキーのような味がした.

「おいしい……!」


調子に乗って次々と食べていると、途端に身体が小さくなり始める. しばらくして, ホールの中を占拠していた体が通常よりもむしろ小さくなるほど縮んだ.


「よし, 今なら金色の扉を――」


石を投げ続ける連中の隙をついて、ジャックは小さな体のまま扉を押し開け、外へ逃げ出す. 花園を駆け抜け、森の入口へたどり着いたころには、どうやら追っ手はいないようだ.

彼は大きな草むらの影に身を潜め、近くにあったキノコの上で一息つく.


「はぁ, はぁ……あんなにいっぱい食べるんじゃなかった. めちゃくちゃ小さくなっちゃったなあ……. どうにかして元に戻れないかな. 何か別の飲み物とか……。」


彼がぼやきながら、キノコの上に腰をおろすと、ふと隣の大きなキノコに目が留まった. そこに、青い毛のイモムシがのっそりと腰かけ、水煙管をぷかぷかとふかしているではないか.


イモムシは淡々とカラフルな煙を吐き出し、ジャックの存在などまるで気にしていない様子だった.


「……何だろう, あのイモムシ. まるで人みたいにくつろいでるなあ……。」


ジャックは思わず声をかけようか迷いながら、その奇妙な光景をじっと見つめるのだった.

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