54. フック船長の罠と少年たちの反撃
ピーター・パンは、赤い小屋のテーブルの上に置かれた「自分宛ての手紙」を見つけると、そっと手を伸ばした。
あとから続いて入ってきたのは、ジャック、ピノキオ、そしてティンカー・ベルだ。部屋に足を踏み入れたピノキオは、周囲を見回して首をかしげる。
「ヘンだな……。海賊たちは椅子を壊したはずなのに、わざわざ立て直してテーブルのそばに並べたみたいだよ?」
それを聞きながら、ピーター・パンは手紙をつまみ上げ、視線をピノキオへ向ける。
「フック船長の仕業だろう。あいつはいつも、わけのわからない演出で相手を惑わせるのが好きなんだ。この手紙に気づいてほしくて、わざと目立つように椅子を並べたんじゃないかな」
ジャックはピーター・パンから手紙を受け取り、封を開けて中身を読み上げた。
「我が最愛の友、ピーター・パン。
昨夜は枯れ木林でインディアン勇士たちと盛大な舞踏会を開いていたのさ。そこに君の大切なお友だちや、あの可愛い少女も参加してくれてね。踊りが終わったあと、彼らはわたしの招待で海賊湾に来て、パーティを楽しむことにしたんだ。
そうそう、明日の正午には海賊船で“飛び板”を用意して、彼らを一人ずつ海に放り込んでやるつもりだ。あのワニに遊んでもらおうと思ってね。もし助けたいのなら、君ひとりで海賊湾に来い。ハハハハ!」
読み終えた途端、ピノキオは首をひねって唸った。
「フック船長がインディアンの舞踏会に参加? そんなわけないし……ウェンディたちが海賊と祝うはずもないのに……。意味わかんないよ」
すると、ティンカー・ベルが飛んできてピノキオの頭を軽くトンと叩く。
「もう、鈍いわね。フックが言いたいのは『昨夜インディアンを倒して、ウェンディや少年たちを捕まえた』ってことよ。ピーター・パンが正午までに行かなければ、彼らを海に落としてワニのエサにするって脅してるのよ!」
「なっ……! ど、どうしよう!」
ピノキオは顔を青ざめて叫んだ。
「海賊湾には海賊がいっぱいいるんだよ? ピーター・パンひとりで行ったら、すぐ捕まっちゃうじゃないか!」
そのとき、フライングイーグルと虎リリー姫も小屋へ入ってきた。状況を聞き終えたフライングイーグルは腕を組んでうなる。
「どうやら悠長に作戦を練っている暇はなさそうだ。とにかく急いで海賊湾に行き、少年たちを救わなければ……。とはいえ、オレたちインディアンのキャンプは海賊湾から遠い。全力で森を駆けても、正午までに着けるかどうか……」
ティンカー・ベルも不安そうに羽を揺らす。
「私がすぐに精霊の谷へ戻って、仙子女王に助けを求めても……妖精の守衛たちが正午までに海賊湾に来るのは無理かもしれないわ。間に合わなかったら、あの子たちがワニに……」
すると、ピーター・パンは唇をきゅっと結び、勢いよく扉のほうへ向かった。
「フックの狙いはぼくだ。奴は『ぼくが来れば少年たちを助けてやる』と言ってる。だったらぼく一人で乗り込んで、海賊どもを全部倒してやる!」
「待って!」
ジャックはピーター・パンの腕をつかみ、引き止める。
「フック船長は狡猾だよ。呼び出しに応じたとしても、本当に少年たちを放す保証はない。ここは計画を立てよう。フライングイーグルとティンカー・ベルはそれぞれインディアンのキャンプと精霊の谷へ急いで戻って、応援を頼んでほしいんだ。僕たちは先に海賊湾へ向かって、ウェンディと少年たちがどこに捕まっているか探り、なんとかフックの計画を引き延ばす。そこへインディアンの勇士や妖精の軍が合流してくれれば、海賊たちをまとめて倒せるかもしれない」
虎リリー姫はジャックの案に深くうなずいた。
「ピーター・パンが飛んで行くと、空の鳥たちを驚かせて見張りの海賊に気づかれる可能性が高いわ。森の中を地道に進むのが一番いい。インディアンは森で身を隠すのが得意。あたしが案内するから、一緒にジョリー・ロジャー号まで忍び込むわよ」
話がまとまると、ティンカー・ベルとフライングイーグルはすぐに出発し、応援を呼びに向かった。
ピーター・パン、ジャック、ピノキオは虎リリー姫の先導で海賊湾を目指すことに。
森での移動はなるべく音を立てず、野生動物に気づかれないよう細心の注意を払う。ちょっとでも枝が折れる音がすると、ピーター・パンが口笛を吹いて鳥の声を真似し、足音をごまかす。そうやって絶えず警戒をしながら進んでいくのだ。
虎リリー姫は四方に目を光らせ、危険な根や茂みを避けるルートを探す。
ピーター・パンとジャックは森の物音に耳をそばだて、猛獣の気配が近づけばすぐに合図を送ってみんなを隠れるよう誘導した。
ピノキオも必死にみんなの後をついていき、葉や木の陰に身を潜ませながら、なるべく地面を踏む音を減らすよう苦心している。
そうやって一行は“森の影”のようにすばやく移動し、野生動物との接触を最低限に抑えながら前進を続けた。もし物音を立てたときには、ピーター・パンがすかさず鳥のさえずりを口真似する――そんな連携のおかげで、うまく危機を切り抜けていく。
だが、海賊湾が近づくにつれ、森の木々はまばらになり、隠れ場所が減ってしまう。そのうえ海賊湾には食べ物が豊富なのか、獣たちの姿も多くなってきた。戦闘を避けようと身体を低くして進むうちに、どうしても移動速度が落ちてしまう。
「このままじゃ正午までに間に合わないかも……」
そう焦るピーター・パンは、四つんばいで進むピノキオを横目で見ながら、ふとあるアイデアを思いついた。
「そうだ。ワニの“チクタク”音を真似したら、獣たちがビビって逃げるんじゃない?」
ピーター・パンはあの宿敵ワニが体内で鳴らしている時計の音――「チクタク……チクタク……」――をできるかぎり似せて口で鳴らしてみせた。
森の獣たちはその音を聞きつけると、「あの大きなワニか?」と身構え、次々と遠ざかっていく。
虎リリー姫はその隙を逃さず、一行を率いて一気に森を抜けた。こうしてようやく、彼らは海賊たちの巣窟――海賊湾にたどり着く。
夢幻島の中央にそびえる山脈から西へと流れ下る大きな川。その川が海に注ぐ地点に、自然の良港が広がっている。そこに海賊たちは拠点を築き、いつしか「海賊湾」と呼ばれるようになったのだ。
今、フック船長のジョリー・ロジャー号はその湾に停泊している。巨大な船体は見る者に“邪悪”を連想させ、至るところに斬りつけられた傷跡が残っていた。その姿だけで「フック船長が来た!」と誰もが恐れおののくほどだ。
一羽のカモメが翼を広げて海上を滑空し、ゆっくりと甲板の手すりに舞い降りる。下をのぞくと、海賊たちは好き勝手に過ごしていた。
酒樽のそばで寝転んでいる者、トランプやサイコロで遊びながら大声でケンカを始める者、料理担当のシルファがトマトを刻む様子を見て「今日の夕飯はスパゲッティかな?」なんて話している者……。
そして、迷子の少年たちを担いでここまで連れてきた四人の海賊は、もうクタクタで甲板に倒れ込んでいた。
「ふう……まったく骨が折れる仕事だぜ」
彼らはフック船長が近づいてくる気配を感じると、寝ていても器用にゴロリと転がってフックの鉤爪に引っかけられないようにしている。
もっとも、今のフック船長は彼らに目もくれず、船長室の前の甲板を行ったり来たりしていた。
「ようやくこのときが来た……。ピーター・パンを倒して、夢幻島を支配する日がな」
フック船長の瞳には獰猛な光が宿り、口元には冷酷な笑みが浮かんでいる。
「ピーター・パンさえ来れば、あいつの仲間を人質にしてやる。あいつをワニに食わせれば、ワニの興味はオレじゃなくなるってもんだ。ああ、長かった因縁がやっと終わるんだ……ハハハ!」
しかし、急にフック船長の表情が陰り、さみしそうにうなだれた。
「……でも、ピーター・パンを倒したら、オレを楽しませてくれる相手がいなくなるかもしれん。昔、大海賊バビットを倒して以来だな……こんなに胸が高鳴る勝負は。終わってしまうのは、なんだか惜しい気もする」
そうつぶやくフック船長の声には、孤独な影がにじんでいた。
だが、その沈黙を破ったのは、甲板下で起きた賭けトランプの大ゲンカ。
「そっちがイカサマしてるんだろう!」「返せ、この泥棒!」
わいわい騒ぎ立てる声が、せっかくのフック船長の余韻を台無しにする。
「うるさいっ!」
フック船長は怒りにまかせて船長室前の欄干をドンドン叩き、近くにあった木桶を蹴落とした。桶は階段を転げ落ち、ちょうどあのケンカ海賊たちの頭上にドカンと直撃する。
「お前ら、オレが集中したいときに限って騒ぐんじゃない! 次にうるさくしたら、船の錨代わりに海に沈めてやるからな!」
海賊たちは一瞬で静かになり、恐る恐るフック船長の命令を待つ。
「……で、少年どもはちゃんと縛っておいたか? 逃げられちゃ困るからな」
赤服の海賊がビクビクしながら返事する。
「も、もちろんです、船長! 彼らはロバにされた連中と一緒に監禁してますから、まず抜け出せませんぜ」
フック船長は満足げにうなずいた。そのとき、雲間から強い日差しが差し込む。フック船長は目を細めて空を仰ぎ、邪悪な笑みを浮かべる。
「太陽はもうオレの頭上……つまり正午だな。ピーター・パンは間に合わなかったか。オレは“船長”だからな、約束は守らせてもらうぜ、フフフ……!
おい、野郎ども! 迷子の少年どもを引きずり出せ。飛び板をセットしろ。さあ、ワニにごちそうを運んでやる時間だ!」
ゴクリ……という生唾を飲む音が、甲板のあちこちで響く。海賊たちは一斉に動き出し、少年たちを海へ突き落とす準備を始める。
その陰で、森のほうからひっそりと様子を窺う者たちの姿があった――そう、ピーター・パンとジャック、ピノキオ、そして虎リリー姫。
果たして彼らはこの絶望的な状況をひっくり返すことができるのか……!?




