53. 海賊襲来と樹洞に響く太鼓
深夜の枯れ木林でキャンプを張り、迷子の少年たちを守っていたインディアン勇士たちは、地下之家の中でピーターパンたちがウェンディと帰るか帰らないかで騒動を起こしているなどとは、まったく想像もしていなかった。
さらに、海賊たちが自分たちのキャンプを奇襲しようとしていることにも、まるで気づかなかったのだ。
というのも、インディアン勇士たちはこれまでの経験から「フック船長が地下之家を襲うなら、まずは下の小高い丘に陣取って夜が明けるまで休むはず」と考え、そこを厳重に見張っていたからだ。夜通し見張っていた小高い丘になんの動きもないので、彼らは「今夜は大丈夫だ」と思いこみ、すっかり警戒を解いて歌い踊りはじめてしまった。
だが、その読みは見事に外れてしまう。
狡猾なフック船長は、インディアンたちが自分を小高い丘で待ち構えていると察していた。そこでわざと丘を迂回し、夢幻島の左側海岸から小舟で上陸。そのまま休憩も取らずに一直線で枯れ木林まで向かったのだ。
「いいか、お前たち。インディアンどもは、どうせ丘のほうしか見てない。今のうちに奇襲してやるぞ!」
闇の森を静かに進むフック船長は、得意げに笑う。
副官のスミスさんもうなずきながら言う。
「ここ数年、島中を探し回ってもピーターパンや迷子の少年たちの住処が見つからなかったのに、インディアンたちが枯れ木林に陣取ったおかげで場所がわかったんですからねえ」
フックは高らかに笑う。
「奴らは少年どもを守るつもりでキャンプを張ったんだろうが、かえって居場所をバラしちまうとはな。ああ、なんと滑稽なことか!」
そう言うが早いか、海賊たちは夜の森を抜けて枯れ木林の端に到着。フックの合図と同時に、一斉に林へなだれ込んだ。
「うわああっ!」
「なんだ! 海賊だ!」
油断していたインディアン勇士たちは、武器を取る間もなく突然の攻撃を受ける。手近にあった松明で応戦する者もいたが、混乱は避けられなかった。
やがて次々と負傷者が出て、インディアン勇士たちは包囲を突破して森の奥へ散り散りに逃げていく。短時間で戦いは決着し、枯れ木林は海賊たちの手に落ちた。
「どうだ、この勝利の味は!」
フックは両腕を広げ、誇らしげに叫ぶ。
「インディアンどもに何度も手こずってきたが、今回の大胆な作戦のおかげであっさり勝った。さあ、次の標的はピーターパンだ。あいつめ……オレの左手をワニにくれてやった恨み、絶対に忘れんぞ!」
海賊たちはあちこちの木の洞を探し回り、地下之家へ続く入口を必死に探す。
ただし少年たち向けに作られた穴なので、大人の海賊が通れるような大きさではない。ここで彼らは一旦行き詰まることになった。
――地下之家のピーターパンたち
そのころ地下之家の中では、上で響いていた戦闘の音がやがて静まったことに気づき、ウェンディや迷子の少年たちが顔を見合わせていた。けれども、どちらが勝ったのかはわからない。
「ピーターパン、どうなってるの?」
少年たちが尋ねると、ピーターパンは余裕そうにうなずく。
「もしインディアンが勝ったなら、彼らは勝利の太鼓を打ち鳴らすはずだよ。あれが彼らの慣わしなんだ」
だが、その言葉を聞いていた海賊のスミスさんは、こっそり太鼓のそばにしゃがみ込み、にやりと笑う。
「残念だねえ……インディアンたちは負けたんだよ。だから太鼓を鳴らすわけがない。でも……こっちで叩いちゃえば、あの子たちはどう思うかな?」
フック船長も邪悪な笑みを浮かべ、手首をくるっと回してスミスさんに合図を送る。
「そうだ。奴らをおびき出してやれ。太鼓を鳴らせば、少年どもは『インディアンの勝利だ!』と勘違いして外に出てくるだろう。そしたら捕まえてやるまでさ!」
ドンドンドンドン……!
不気味なほど大きな太鼓の音が、枯れ木林に響き渡る。
地下之家にもその音はしっかり届き、少年たちは大歓声を上げた。
「やったー! インディアンが勝ったんだ!」
「外に行って一緒に祝おうよ!」
一瞬前まで家に帰るかどうかで色々と悩んでいた彼らも、勝利の喜びでそんな不安をすっかり忘れてしまう。
全員がピーターパンと別れの挨拶をしてから、大廳の脇にある樹洞へと急ぐ。海賊たちは樹洞の上で待ち伏せし、息を潜めて彼らが出てくるのをじっと狙っていた。
「ようし、一人ずつ捕まえていくぞ……」
フックの命令で、海賊たちは左右に配置し、一匹も逃がすなとばかりに構える。
最初に樹洞から出てきたのはトットだった。彼は飛び出してきた瞬間、赤服の海賊にがっちり捕まり、白服の海賊へ放り投げられ、スミスさんへと手渡され、最後にはフック船長の足元に転がった。声を上げる間もなく口をふさがれ、あっという間に縄で縛り上げられる。
双子、ルフィオ、カーリー、その他の少年も同じように捕えられ、まるで投げられる荷物のように宙を舞っては、次々に縄でぐるぐる巻きにされてしまった。
一方、ウェンディだけは扱いが違った。
彼女が最後に地上へ出ると、フック船長はゆっくり近づき、口の前に指を当てて「シーッ」と脅す。
それからまるで紳士のように会釈すると、ウェンディの手を取って優雅に歩き出す。ウェンディは恐ろしくて声も出せず、足が震えてうまく動かない。それでもフック船長に無理やり連れて行かれ、少年たちがまとめて拘束された場所へ連行される。
こうして全員が海賊船へ連れて行かれてしまうのだった。
――地下之家に残されたピーターパン
その頃、地下之家の中にいるピーターパンは、地上がこんな大変なことになっているとは露ほども思っていなかった。
ウェンディや少年たちが出て行ったあと、彼はわざと笛を吹き続ける。
「ふん、みんながいなくったって平気だもんね」
なんて強がるように。わざと靴を履いたままベッドに横になり、布団を床へ投げ捨てる。
(ウェンディがいたら「ちゃんと靴を脱いで!」って叱るだろうに、これなら怒る人もいないからね!)
――そう言わんばかりの態度を取りながらも、心のどこかで寂しさを感じている。
実は彼の胸の奥には、「みんな行っちゃうのか」という焦りがあり、泣きそうになるのを必死でこらえているのだ。
「ははっ、ぼくには関係ないもんね……!」
そんな空元気な笑い声を上げているうちに、ピーターパンは眠気に負けてぐっすり寝入ってしまった。
翌朝――精霊の谷
翌朝、暖かな陽射しが精霊の谷を照らすと、花びらや小さな樹上の家で眠っていた妖精たちが次々に目を覚ました。みんな目をこすり、羽を伸ばし、「今日もいい朝!」と笑顔であいさつする。
花と花のあいだで旋律を奏でる妖精や、小さな樹上の小屋で踊りを披露する妖精……。朝の谷には軽やかな活気があふれている。
太陽が少しずつ昇っていくにつれ、無数の妖精たちが金色の軌跡を描きながら空を飛び交い、それぞれの仕事をはじめていく。
そして、谷の中心にそびえる大樹の前では、ジャックやピノキオたちがテントを片付け終わり、地下之家へ戻って「ロバにされた少年たちを助ける計画」を練ろうとしていた。
すると、大樹のきらめく滝から金色の光がふわりと飛び出し、輪のように広がる。その中心から仙子女王がゆっくりと姿を現す。
ジャックは急いで頭を下げた。
「仙子女王さま、精霊の谷に泊めてくださってありがとうございました。これから地下之家へ戻って、救出作戦の打ち合わせをするつもりです!」
女王はうなずき、やわらかな微笑みを浮かべる。
「先ほど見張りの者から報告があったわ。海賊たちが何やら動き出しているみたい。道中は気をつけて。もし戦いになるなら、私たち妖精も協力するわ。邪悪な薬粉を壊して、あの子たちを救いましょう」
そこへ、ティンカー・ベルが勢いよく飛んできて、ピノキオの帽子の上にちょこんと座った。
「ねえ、あたしも一緒に地下之家へ戻る! ウェンディにちゃんと謝りたいんだ。ピーターパンにも、仲直りしたいし……」
ピノキオは笑顔でうなずく。
「大丈夫さ、ウェンディは優しい人だから、きっと許してくれるよ。さあ、出発しよう!」
仙子女王に別れを告げ、一行は森を急ぎ足で進んでいく。
けれど、ジャックは途中で奇妙な違和感を覚えた。
「変だな。誰もいない……。いつもなら、どこかで少年の姿を見かけてもおかしくないのに」
森を抜け、地下之家の上にある枯れ木林へ近づくほど、折れた枝や荒れた地面の痕跡が目立ちはじめる。
フライングイーグルと虎リリー姫も目を光らせ、周囲を警戒していた。
やがてフライングイーグルがインディアンの羽飾りを地面から拾い上げ、虎リリー姫と視線を交わす。
「昨夜、ここで戦闘があったみたいだ。海賊に襲われたのかもしれない。ジャック、ピノキオ、武器を構えて。森の隅々まで気をつけよう」
フライングイーグルの低い声に、ジャックとピノキオは一気に緊張した。
枯れ木林へ足を踏み入れると、そこには崩れ落ちたインディアンのテント、消えかけの焚き火、荒らされた地面……。ウェンディが使っていた赤い小屋までもが破壊され、バラの花びらが散乱していた。
フライングイーグルが鋭い目で辺りを見回す。
「海賊どもは、さすがに少年の身体サイズに合わせた樹洞には入れないはずだ。ジャック、ピノキオ、ティンカー・ベル。君たちは地下に降りて様子を見てくれ。俺と虎リリー姫は上を捜索する」
ジャックたちは急いで樹洞を降り、大広間へと向かう。
そこには、普段どおりきれいに整えられたテーブルやイスが並んでいたが……不自然なほど静かだ。
「なんだか変だね。誰もいない……」
ピノキオが小声でつぶやく。
寝室を探しても、どこにも少年たちもウェンディも見当たらない。
ようやく見つけたのは、ぐうぐう寝息を立てているピーターパンの姿だけ。
ティンカー・ベルは慌ててピーターパンを起こしに飛んでいく。
「ピーターパン! 起きてよ、ピーターパン!」
するとピーターパンは眠そうに目をこすり、あくび混じりに笑った。
「あれ、ティンカー・ベル? 一週間は帰ってくるなって罰を与えたはずだぜ? ははっ、どうしちゃったのさ。ぼくは一人だって平気なんだからね!」
そんな能天気な彼に、ジャックは真剣な顔で問いかける。
「ピーターパン、昨夜なにがあったか知ってる? 上は戦闘の形跡がすごいんだ……」
ピーターパンは笛をくるくる回しながら答える。
「そうそう。昨夜、海賊がインディアンのキャンプを襲ったんだ。だけど最後には太鼓が鳴ったから、インディアンが勝ったんだろ? 心配ないさ」
ピノキオは首をかしげる。
「でも、地上には誰もいない。海賊もインディアンも、ウェンディたちも見つからないんだ」
「え……?」
ピーターパンは頭を掻き、ようやく真剣な表情になった。
「おかしいな。それじゃあ、あの太鼓って……まさか海賊が打ち鳴らしてたのか? もしそうなら、ウェンディや少年たちは地上に出たところで海賊に捕まっちゃったかもしれない……! い、いや、きっとウェンディの小屋で寝てるだけかも!」
ピーターパンは一気に不安そうな顔をしながら飛び立ち、赤い小屋を調べに行く。だが、中にウェンディの姿はない。むしろ壊れた家具が整然と並べ直されていることに不気味さを覚える。
「これ……わざわざ並べたってこと? ……なんだ?」
ピーターパンはテーブルの上に目を止める。そこには一通の手紙が置かれていた。封筒には「親愛なるピーターパンへ」、そして差出人は「君の親友、フック」と書いてある。
「フック……! ちくしょう、アイツめ……!」
ピーターパンは悔しそうに手紙を握りしめながら、地上を吹き抜ける風を感じた――。




