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51. 陶磁の女王が秘めた運命の鍵

「へえ、これが銀の斧……!」

精霊の(せいれいこく)の女王は、ジャックの手にある斧を見つめて小さく息をのんだ。そばには小さな妖精――みんなから「ティンカー・ベル」と呼ばれている子もいて、興味津々で斧の柄をじっと見つめている。


「小ジャック、あなたが言っていた“湖水女神”というのは……もしかしてオズの国東方の森に住む、あの広大な湖に宿る女神のことかしら?」

女王の問いに、ジャックはうれしそうにうなずいた。


「はい! ぼくたち、オズの国東方の森で巨木を切り倒そうとしたときに、鉄の斧が壊れて湖に落ちちゃったんです。そしたら湖水女神が金と銀の斧を貸してくれて――おかげで小さな魔女の新しい杖を作れたし、魔龍山へ行ってドロシーを救い出せたんですよ!」


女王は「なるほどね」とつぶやきながらも、どこか思いつめたように眉をひそめる。何かを言いかけたが、すぐにその表情を消して笑顔を作った。


「湖水女神の金と銀の斧を狙う悪い人は多いの。だから彼女はめったに人を信じないわ。でも銀の斧をあなたに渡したってことは……小ジャック、あなたが本当に優しくて正直な子だと認められたのね。よかったわ」

そう言って女王は柔らかく微笑み、続けた。


「さあ、もう遅いし、今夜は精霊の谷でゆっくり休んでいってちょうだい」


――夜の精霊の谷


夜の精霊の谷では、小さな妖精たちが今日の作業の締めくくりをしていた。

花粉を集めた瓶をきちんと並べ、大きな木桶に詰めた果実を倉庫へ運んでいる。虫と会話できる妖精は、生まれたばかりのホタルたちを上手に誘導して飛行練習をさせていた。やがて湖のほとりには、星のように瞬くホタルの灯りがふわりふわりと舞いはじめる。

――湖面を踊る光の粒は、夜空の星が降りてきたかのように美しかった。


一方、ジャック、フライングイーグル(飛鷹)、虎リリー姫(虎蓮姫)、そしてピノキオは、森の空き地に簡単なテントを張りはじめる。

そんなジャックの周りを、金色にきらめく小さな影がひらひらと飛び回っていた。そう、ティンカー・ベルだ。どうやら彼女は、ジャックの銀の斧にかなり興味津々らしい。だけど本人は素直にそう言えず、「あんたの斧、ちょっと見せてよ」なんて頼むのもプライドが許さないようで、斧を外す瞬間を虎視眈々と狙っているようだ。


そこへ、精霊の谷の女王がジャックのそばにやって来た。

「小ジャック、よかったら少し花園を散歩しない? 夜の花園はとてもすてきよ」

フライングイーグルが「テントの準備は任せて」と笑うので、ジャックは女王と一緒に夜の花園へ向かうことにした。


――女王の秘密


満月の光が白く照らす花園。

女王はそっと月を見上げて、ふう、とため息をつく。そして少し曇った表情でジャックを見た。


「小ジャック、もしこの世界に、魔龍山の魔竜よりもはるかに恐ろしい危機が訪れたら……あなたは、みんなのために立ち上がってくれるかしら?」


ジャックはこれまでの旅を思い出す。

オズの国、夢の仙境、海港都市、そして故郷や夢幻島で出会った人たち。みんなが優しく手を差し伸べてくれた。彼らが危険にさらされるのは、どうしても見過ごせない。


「ライオンが教えてくれたんです。勇気を出すって、無謀なことをするのとは違うって。でも……もしぼくが少しでも役に立てるなら、仲間やお母さんを守りたい。ぼくを助けてくれたみんなを、危険に巻き込みたくないんです」


ジャックのまっすぐな瞳を見て、女王は小さくうなずく。

「ありがとう。やっぱりあなたは正直で優しい子ね」


それから女王は声のトーンを落とし、こっそりジャックに耳打ちした。

「実は……あなたにしか話せない重大なことがあるの。絶対に秘密よ。まだ詳しくは言えないけれど、“陶磁の女王”にまつわるある秘密があるの。もしそれが解き明かされてしまったら、この世界のすべての人々が危険にさらされるかもしれない」


ジャックは息をのむ。

陶磁の女王はオズ大王とその魔法使いたちに守られていると聞いた。なのに、なぜそんな大きな秘密が……?


女王は続ける。

「その秘密を知った邪悪な魔女が、オズの国の魔法を破って陶磁の国に侵入したの。きっと、陶磁の女王を拉致して世界を危険に陥れようとしているのよ。それに、女王を探しに行った男の魔法使いと“右の騎士”も消息を絶ったわ。おそらく魔女の罠にはまったんでしょう」


「……それで、ぼくに何か手伝えることがあるんですか?」

ジャックは思わず身を乗り出した。


女王は優しく首を振る。

「今のあなたの力では、まだ邪悪な魔女には太刀打ちできないと思う。だから、もし旅の中で男の魔法使いや右の騎士の手がかりを見つけたら……すぐにオズ大王に連絡してほしいの。くれぐれも、あなた一人で危険な場所に飛び込まないで。いいわね?」


「わかりました。ぼく、そうします。絶対に無茶はしません」

ジャックの言葉を聞き、女王はほっとしたように微笑んだ。


「ありがとう、小ジャック。そろそろテントの準備も終わっているわ。今夜はゆっくり休んでちょうだい」


ジャックは花園を後にしながら、女王が言っていた“陶磁の女王の秘密”について思いをめぐらせていた。邪悪な魔女とはいったい何者なのか。男の魔法使いと右の騎士は本当に無事なのか。

――考えているうちに、いつの間にか睡魔が襲ってくる。

テントへ戻ったジャックは、ほかの仲間の寝息を聞きながら静かに目を閉じ、深い眠りに落ちていった。


――その頃、夢幻島の地下之家


夜だというのに、そこはまるで昼間のようににぎやかだった。

ジャックが虎リリー姫を救い、迷子の少年たちとインディアンたちを仲直りさせてからというもの、インディアン酋長は勇士たちを選び、地下之家の上にある枯れ木林にキャンプを張らせている。彼らは夜通し踊りを楽しみながら、少年たちが海賊に襲われないよう見張っているのだ。


地下之家の中も、いつものようにガヤガヤと大騒ぎ。

寝る時間だというのに、迷子の少年たちはパジャマ姿で歌ったり踊ったり。はしゃぐあまり、ルフィオがうっかりカーリーにぶつかって床へ転がし、さらに双子の兄弟まで巻き込んで大混乱。「いててて!」と文句を言いながら、いつの間にか枕投げ合戦が始まってしまった。


「あはは、そっちだ!」「やったなー!」

枕が何個もふわふわと宙を舞い、まるで戦場さながらに飛び交っている。

そのとき、温かいランプの灯る大きな部屋で裁縫をしていたウェンディが、ひときわ大きな騒ぎに気づいて針と破れたズボンを置き、寝室をのぞきに来た。


「一体、なにごと――きゃっ!?」

ウェンディが言い終わらないうちに、枕の一つが彼女めがけて飛んできた!

ヒットする寸前、ピーターパンがサッと横から飛び込んで受け止める。


「おいおい、君たち! せっかくお母さんになってくれたウェンディに枕をぶつけるなんて、どういうつもりだ! 誰が投げたんだ?」


怒ったピーターパンがそう問いかけると、少年たちはピタリと動きを止める。

「誰が投げたか?」――そう聞かれた瞬間、みんな同じことを考えた。「手に枕を持っていれば“投げた”ことにならないんじゃないか?」と。

結果、少年たちは一目散に床に落ちている枕を奪い合い、それぞれ自分の手にしっかり握って見せる。


だが、手ぶらになってしまったのはトット(トット)。

彼はがっくり肩を落とし、しょんぼりウェンディの前へ歩いていくと、涙目で言った。

「ボクの手に枕がない……ってことは、ボクが投げたのかな……ごめんなさい」


「よし、じゃあお仕置き決定だな!」

ピーターパンがにやりと笑う。

トットは「ひーっ、勘弁して!」と身を縮める。


けれど、ウェンディはそんなピーターパンを止めて穏やかに首を振った。

「大丈夫よ、ピーターパン。私がお母さんになると決めたからには、子どもたちのやんちゃは全部受け止めるわ。お母さんの愛って、そういうものなんだから」


「お母さんの愛……?」

ルフィオが首をかしげ、双子の兄弟も不思議そうに顔を見合わせる。

「それっていったいなんだろう?」


ウェンディは微笑んで、ささやいた。

「ちょっと、お話をしてあげる。だからみんな、ちゃんとベッドで横になってね。そうしないと、お話はなしよ?」


少年たちはわっと歓声を上げて、ばたばたと寝床へ向かう。

不思議なことに、彼らを率いるピーターパンだけは、なぜか耳をふさいで困ったような顔をしている。でもウェンディは気づかず、ベッドに集まった少年たちを優しく見つめた。


「よし……じゃあ話すわね。むかしむかし、ダーリング氏とダーリング夫人という夫婦がいました。彼らには可愛い“あとつぎ”……つまり、あなたたちと同じ子どもがいたの」


「子どもがいたんだね!」

双子の一人が目を輝かせる。


ウェンディは深呼吸して、続ける。

「でも、その子がある日、窓からふわっと飛んで行っちゃったの。どこに行ったかもわからない。ダーリング夫人はとても悲しんで、毎晩空っぽの子ども部屋を見て涙を流したの」


「そ、そんなのかわいそうだよ……」

もう一人の双子も眉を下げる。


「でもね、ダーリング夫人は子どもが帰ってくることを信じていた。だから、毎日その部屋の窓を開けっぱなしにしていたの。もし戻ってきたら、『おかえり』ってすぐ抱きしめられるようにね。風が吹いて落ち葉が入り込んでも、彼女は掃除をしながらずっと待っていた」


「わあ……」

少年たちは息を飲み、話に聞き入る。

ピーターパンは横で頭から布団をかぶり、ぶつぶつ言いながら耳を塞いでいる。どうやら“親”や“帰る家”の話を聞くのが少し苦手らしい。


ウェンディは気づかぬまま、穏やかに笑顔を浮かべる。

「そして、何年も何年も経ったある日……その子は本当に帰ってきたの。冒険やいろんな経験をおみやげにして。ダーリング夫人は心から『おかえりなさい!』って抱きしめたのよ。彼女のお母さんの愛はずっと消えなかった。だから窓は、ずーっと開いたままだったの」


少年たちは目を潤ませながら、「お母さんってすごい……」とつぶやく。

ウェンディはそっと彼らの寝具を直しながら、続けた。


「そう、これがお母さんの愛。それはいつだって温かくて、大きな腕で包み込んでくれるもの。帰る場所があるって、すごく幸せなことなのよ」


寝静まる少年たちを見届けて、ウェンディは部屋を出て行く。

ピーターパンは布団の中で小さくつぶやいた。


「……窓を開けて待ってる、か。なんだか……くすぐったいな」


部屋のランプがふっと消え、彼らの夜はしんと静まり返っていった。

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